二百三十三話 謎の連鎖
――フィニイッド村。
リョマペ村の北に位置する農村である。
大陸中央から流れるユーン大河とは別の川が村の近辺にあり、その川の恩恵で農業が盛んである。
中でも、水を張った場所で穀物、主に米を育てる水田の規模が大きく、この村で作る作物の代表格と言える。
しかし、イアン達がリョマペ村で聞いた話によると、ここ半年の間に米が出荷されていないという。
イアン達は、その疑問を胸に、このフェニイッド村に来ていた。
「そこの男。少し、いいか? 」
村に辿り着き、イアンは、一人の男性に声を掛けた。
イアン達は今、フィニイッド村の入口にいる。
村の入口には、木で作られたアーチ状の建造物が立っており、そこの付近に立っていた男性に声を掛けたのだ。
「ああ……旅人かい、珍しい…何かな? 」
男性は、イアン達に目を向けると、そう呟いた。
やはり、この男性は村の住民であるらしい。
「ふむ、聞きたいことがあってな。最近、米を他の村や町に売っていないそうだな。どうしてだ? 」
「はぁ……やっぱ、それかよ…」
イアンの問いかけに、村の男はため息をつきながら答えた。
「それは、俺が聞きたいぜ。ここずっと、水田に入れなくなっちまったんだよ…」
「水田に入れない理由は、知らないのですか? 」
イアンの後ろに立つロシが、村の男に訊ねる。
「ああ。いきなり、村長が行くなって言ってな。皆、村長に逆らうわけにはいかねぇから、誰も行かねぇし、理由も聞かねぇ。いや、聞くのが禁忌になってやがる…」
「理由を聞いちゃいけないんっスか? なんか変っスね」
村の男の話を聞き、マコリアはそう呟いた。
「……理由を聞こうとすると、すごい形相で睨まれるらしい。だから、禁忌って言われてんだよ。怖いから、誰も知りたがらないのさ」
村の男は、そう言うと村の中に入っていく。
「ふむ……村人がダメなら、オレ達が聞くのは、構わないか? 」
イアンは、去りゆく村の男の背中に向かって、そう言った。
「……構わねぇ…が、よそもんが、あんまり深入りすんなよ…」
村の男は、イアンに振り返ることなくそう言うと、歩き去っていった。
「村長本人に聞くしか、理由を知る術は無いようですね…」
「うん、ロシさんの言う通りっス。イアン先輩、村長の家を探しましょう」
「うむ、そうしよう」
イアン達は村に足を踏み入れ、村長の家を探すことにした。
フェニイッドの村には、多数の家らしき建物があった。
その数から、村人の数が百人以上いることが推測できる。
イアン達が歩いていると、前方に複数の子供達の姿が見えた。
その子供達がいるのは、村の中でも開けた場所で、どうやらそこが村の広場であるらしい。
「……あの者達に、村長の家の場所を聞くか。マコ、行ってこい」
「はいっス! ……って、何でマコっちなんっスか!? 」
イアンに従い、子供達の元に向かうマコリア。
しかし、途中で踵を返して戻ってきた。
「この中で、子供と話す人物としては、おまえが一番だろう……と思った」
「ええー、イアン先輩だって、変わんないっスよ! ていうか、イアン先輩は知らないかもだけど、霧形影族のビジュアルは、人に嫌われやすいんっスよ! 」
「そうなのか? 」
マコリアの発言を聞き、イアンがロシに意見を聞く。
「うーん……見た目…というより、性格の問題でしょうか。私の知る霧形族の方は、人の神経を逆撫でする性格……でしたね…」
ロシは、マコリアの頭を見ながら、そう答えた。
「うぐっ!? そ、その人は、ともかく、マコっちの性格は良いはずっス…」
マコリアは、ロシの発言を聞き、動揺する。
「心配しないでください。マコさんは、良い子ですよ」
ロシは微笑みながら、そう言った。
「ホッ……ロシさんのような大人の人に、そう言ってもらえると自信が出るっス…」
マコリアは、胸を撫で下ろして安堵した。
「二人で盛り上がっているところで悪いが、誰が行くかが決まってないぞ」
「あ、そうっスね。どうするっスか? 何かの遊びで決めるっスか? 」
「……二人が行きたくないのなら、私が行きましょう」
誰が行くか、行く人を決める方法はどうするかと、イアンとマコリアが考えていると、ロシが子供達の方に向かって歩きだした。
「……ロシが行ったか…」
「ああー、一番適任じゃなさそうな人が行っちゃったっス…」
イアンとマコリアは、不安そうにロシを見ていた。
すると、ロシが子供達の元に辿り着く。
子供達は、ロシの巨体に驚く素振りをするが、すぐに笑顔になる。
声を上げて笑うほど、子供達は上機嫌な様子であった。
「……ほう、流石はロシだな…」
「そうっスね。やっぱ、大人は違うっスね」
子供達に、好感触な様子のロシに、二人はそう呟いた。
ロシが行ったことを不安に思っていた自分達は、既に棚の上である。
しばらく、何事かを話すと、ロシが子供達の元から戻ってきた。
「どうだった? 村長の家は分かったか? 」
「ええ。そこの道を真っ直ぐ行ったところにある大きい家…だそうです…」
ロシが、広場から伸びる道の一つに左手を向けながら答えた。
「……? なんか、元気無いっスね…」
マコリアは、心なしかロシの様子が暗いことに気づいた。
今のロシの顔は、僅かに渋い表情であった、
目が細いため、分かりづらいが、そんな表情である。
「何か――あ! ……なんか、すまんな…」
イアンは、暗くなった理由を訊ねようとしたが、途中で何があったのかを察した。
そして、彼は申し訳ない気持ちになり、ロシに謝ったのである。
「いやぁ…謝る必要は無いですよ。やはり、子供は正直……無邪気というのは、恐ろしいですね…はぁ…」
ロシは、肩を落としながら、そう答えた。
「え? イアン先輩、何か分かったんっスか? 教えてくださいよ~。ロシさんが、落ち込んでるのは、どうしてっスか~? 」
マコリアは、ロシが暗くなった理由が分からず、それを知ろうと、イアンの腕を掴んで揺する。
「……ロシよ、先ほどの言葉を撤回するのなら、今のうちだぞ? 」
「……いえ、こんなのは、可愛いものですよ…ははは…」
ロシは、イアンの腕を揺すり続けるマコリアを見て、乾いた笑いを漏らした。
イアン達は、村長の家と思わしき場所に向かう。
そこは、村で一番大きな建物がある場所であり、その建物が村長の家のようだ。
イアン達、三人は村長の家の前に立つ。
「……」
その中のイアンが、前に進み、家のドアをノックする。
「……知らん顔……旅人か…」
すると、ドアが開かれ、一人の老人が顔を出した。
「ここに来た……ということは、ただの観光じゃあないな。何しに来た? 」
ドアから顔を出す、老人はイアンにそう訊ねた。
「この村の村長でいいな? 用というのは、水田に行ってはいけない理由を聞きにきたのだ」
「……水田だとっ!? 」
イアンの返答を聞き、老人――村長は、イアンを睨みつける。
「ひっ! 本当におっかない顔っスね…」
老人の形相に、マコリアは体を震わせる。
「ええ……この様子だと、本当にただならぬ理由があるみたいです…」
ロシは、老人の顔を見て、そう推測していた。
「…………水田に興味がある……か…おぬし、何故そんなことを聞きに来た? 」
村長は何事かを呟くと、再びイアンに問いかけた。
イアンは、村長の顔が心なしか柔らかくなっている気がした。
「米が欲しいのだ」
「米か……どうしても、欲しいと申すか? 」
「ああ。できることなら、手に入れたい」
「……そうか」
イアンの返答を聞くと、村長はドアを開く。
「村の者には話さない……と約束するのであれば、入るがいい」
村長は、そう言うと家の中に入っていった。
「……なんか、うまくいったみたいっスね」
「そうですね。しかし、厄介事に巻き込まれる雰囲気があります。イアンさん、本当に入りますか? 」
マコリアとロシがイアンの横に並び立つ。
「無論だ。ここまで来たからには、米は必ず手に入れる。では、行くぞ」
イアン達は、村長の家の中に入った。
すると、大きな部屋に足を踏み入れる。
村長の家は、この大きな部屋一つで構成されている家のようで、部屋の中には、生活に必要な様々な物が置かれていた。
部屋の真ん中には、大きなテーブルがあり、その四方向に一つずつ椅子が置かれている。
村長は、そのテーブルの一番奥の椅子に座っていた。
「座れ」
イアン達は、村長の言葉に従い、椅子に座る。
イアンが村長の正面、マコリアとロシは側面の方の椅子に座った。
「まず、この村の北側に、水田地帯がある」
村長の言葉に、イアン達三人は頷く。
「うむ。そこで米を育て、時期が来たら収穫に行く……というのが、この村の者がやること」
「この村の者が……? なんかその言い方、気になるっス」
村長の発言の一部を疑問に思うマコリア。
「うむ。実は、ここの村人以外にも、水田に向かう者達がいる。その者達は、水田の番人だ」
「水田の番人? 」
イアンが首を傾げる。
「この地域で、米を育てている村はここだけ。故に、我々が育てた米を盗む輩がおるのだ。彼らは、その盗人から米を守る役目を担ってもらっている」
「番人ですか……確かに、必要になるかもしれませんね。ん? もしかして、村人達は、番人の存在を知らない? 」
「その通り。番人達との約束で、村人達から存在を隠しておる」
ロシの疑問に村長が答えた。
村長以外の村人は、番人の存在を知らない。
水田地帯に向かう時は、村長の許可を得ないといけないという規則を作り、徹底して村人から番人の存在を隠していた。
「ふむ、これで村人達が理由を知らない…理由を聞くことが許されない理由が分かったな」
イアンは、そう言うと椅子に深く腰掛けた。
「それで、番人とやらから、水田に行けない理由を聞いているのだろう? それはなんだ? 」
「……」
イアンが訊ねると、村長は黙って何も答えなかった。
その沈黙が意味するのは――
「え……ま、まさか、村長さんも知らないんっスか? 」
「……小娘、おぬしの言う通りよ。わしは、水田に入れん理由を知らない…」
理由を知らないことであった。
「番人から聞かされているのは、連絡するまで水田地帯に入らないこと。水田地帯に入ってはならないことしか聞かされておらん…」
村長は、そう言うと顔を俯かせた。
「ふぅ…参りましたね。謎を追っているにも関わらず、どんどん遠ざかっていく気がします…」
この状況に、ロシが苦笑いを浮かべる。
「ロシよ、それは気のせいだ。オレ達は、確実に真実に近づいているはず…村長よ、提案がある」
「なんだ? 」
村長は顔を上げると、イアンに視線を向けた。
「オレ達が水田の様子を見に行かせる…‥というのはどうだ? 」
「なに!? 」
村長は、イアンの言葉に驚愕し、目を見開いた。
「よそもの…のオレ達が行くのは、問題あるまい。水田に立ち入れない理由を聞いてこよう」
「……そこまでする……諦めない。おぬし、どうしてそこまで…」
村長が信じられないというような顔で、そう呟いた。
「どうして……それは、もう言っただろう? 米がどうしても必要なのだ」
イアンは、村長の顔を見据えて、そう言うだけであった。
太陽がちょうど真上を通り過ぎた頃。
イアン達は、フィニイッドの北、水田地帯へ向かう道を歩いていた。
村長に、水田地帯の様子を見に行く役目を買って出て、それが承認されたのである。
「この先に行けば、番人達が詰める砦があるみたいですが……あれみたいですね」
ロシが遠くへ視線を向けながら、そう呟く。
彼らが歩く北の方角には、石煉瓦で出来た塔のような建造物が遠くに見えた。
「なかなか本格的な砦っスね。水田を守るにしては、大げさじゃないっスかねぇ…」
マコリアが目を細めながら、そう言った。
「米はフィニイッド村にとって食料、または収益とも言える。守りを固める理由と価値は充分ある。それに、大人数の盗賊を相手にするかもしれんからな」
「はぁ、そっか。そこまで考えてなかったっス。流石は、マコっちの人生の先輩」
イアンに言われ、マコリアは納得し、イアンに関心する。
「そう考えられるというだけで、確実にそうとは言い切れんがな。あまり、鵜呑みにするなよ」
「あながち間違いじゃない気がします……っと、何か来ましたね…」
足を止め、ロシは、背中に背負うメルガフロラクタの一本に、左手を伸ばす。
「む…」
「おっと」
イアンとマコリアも、自分の武器に手を伸ばす。
イアンが戦斧で、マコリアは、金属製の三角形と棒である。
程なく、三人に前に、魔物のような者が現れた。
その数は二体で、顔にはクチバシがあり、腕は羽のようになっている。
体を支える二本の足には、水鳥の足によく見られる水かきのようになっていた。
その魔物のような者達は、イアン達の前に立ちはだかると、手にした三股の槍を向けてくる。
「お前達! そこで止まれ! 」
「動くなよ! 」
二人の魔物のような者達は、槍を向けながら、声を上げた。
彼等は、水鳥であるカモに似ているため、これ以降はカモの者と呼ぶ。
「動いてないっスけどね~」
カモの者達の言葉を聞き、マコリアはそう呟いた。
「どいてくれ。これから、水田の様子を見に行かなくてはいけないんだ」
「グワワッ!? こいつら、水田に行こうとしているぞ! 」
「ガアッ! 絶対に行かせない! 」
イアンの発言を聞くと、カモの者達は、より一層険しい顔になった。
「やれやれ問答無用ですか。それに、この謎の者達……これは、何が何でも砦に向かうべきですね」
メグガフロラクタを取り出し、両手で構えるロシがそう呟いた。
「ああ。番人達がどうなっているかが、気になる。悪いが、お前達、そこを通してもらうぞ! 」
イアンは、そう言うとカモの者の一体に向かって駆け出した。
ロシは、別のカモの者の方へ向かう。
ガチッ! キンッ!
イアンとロシのそれぞれの武器が、カモの者達の槍とぶつかり合う。
「ありゃ、二人共前衛に……マコっちの相手がいないっスね…」
戦う二人の姿を見て、マコリアは残念そうな顔をする。
「じゃあ、裏方に徹するっス」
マコリアは、左手に三角形に曲げられた金属棒、右手に先端の尖った金属棒を手にして、それらを掲げた。
「闇の旋律を聴くっス! まずは、無気力な旋律! 」
キーン! キーン! キーン!
マコリアは、右手に持った金属棒で、左手に持つ三角形に曲げられた金属棒を規則的に打ち始める。
「音? マコの奴、何を」
イアンがマコリアの放つ音に疑問を持っていると――
「ガ、ガアッ……力が入らなくなったぞ…」
「グワッ……なんだ、これは…この音は…」
カモの者達が、喚き始めた。
「……? なんだというのだ? 」
イアンは、疑問に思いながら、カモの者に向けて戦斧を振るう。
「グワワワワッ!! 」
すると、カモの者はイアンに力負けし、後方へ弾き飛ばされた。
「……!? 」
カモの者を弾き飛ばせるとは思っていなかったイアンは、驚愕の表情を浮かべた。
「ガアアアッ!! 」
イアンの隣で戦っていたロシも、カモの者を弾き飛ばす。
「ふむ、これが噂に聞く旋律魔法の効果ですか……想像以上ですね…」
「旋律魔法? 」
ロシの言葉に、イアンが首を傾げる。
「そうっス! マコっちは、この武闘楽器で旋律魔法を奏でられるんっスよ! 」
首を傾げるイアンに向かって、マコリアはそう言った。
マコリアの両手に持つ物は、武闘楽器と呼ばれる武器兼魔法の杖のようなものである。
武器のように、敵を切り裂いたり突いたりでき、旋律魔法という魔法を行使することもできるのだ。
マコリアの左手に持つ物はトライアンダッグ、右手に持つ物がエストックビーダーと呼ばれる。
エストックビーダーをトライアンダッグにぶつける事で、音を鳴らすというものだ。
この二つはセットで使用され、二つ合わせてトライアンダッグとまとめられることが多い。
そして、彼女が奏でる旋律魔法は、闇属性に属する。
闇属性の旋律魔法は、属性の性質から、敵の能力を下げたり、精神に異常を起こさせるものが多い。
今回、彼女が奏でたのは無気力な旋律。
これは、敵の戦意を失わせ、腕力を下げるというもので、端的に言えば攻撃力を下げる旋律魔法である。
ちなみに、闇属性の旋律魔法の特徴から、それを扱う者は嫌われ者になるという傾向があると言われている。
キーン! キーン! キーン!
「ひひひ! 武器を持てなくなるまで、腕力を下げさせてもらうっスよ~」
怪しい笑みを浮かべながら、マコリアは、トライアンダッグを叩き続ける。
「グワッ!? 劣勢、ここは逃げた方が……」
「ガアッ! 出直すべき! 」
「グワ、ならそうしよう! 」
カモの者達は、何事かを相談すると、踵を返して逃げ出した。
彼らが向かう先は、砦の方向である。
「あ、逃げた!なら、憂鬱な旋律で……って、もう効果が薄いところまで行っちゃったっスね…」
マコリアは、トライアンダッグを叩くのを止めた。
「逃がしてしまいましたか。できれば、番人達の状況を聞き出したかったのですが…」
ロシが、メルガフロラクタを鞘に戻しながら、そう呟く。
「なに、砦に向かえば分かることだろう。奴らを追って、砦を目指すぞ」
イアンは戦斧をホルダーにしまうと、カモの者達が逃げ去った方向――砦に向かって歩きだした。
「イアン先輩の言うとおりっスね。行くっスよ、ロシさん」
「ええ」
イアンに続いて、マコリアとロシも歩き始めた。
はたして、砦に向かえば、この一連の謎の真相が分かるのだろうか。
砦に向かうイアンは、密かにそう思っていた。
2016年10月23日――誤字修正
しばらく、何事かを離すと、ロシが子供達の元から戻ってきた → しばらく、何事かを話すと、ロシが子供達の元から戻ってきた
誰が行くか、行く人を聞ける方法は → 誰が行くか、行く人を決める方法は
ロシは、もう別の一体の方へ向かう → ロシは、別のカモの者の方へ向かう
マコリアの両手に持つ者は → マコリアの両手に持つ物は




