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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
九章 彷徨うアックスバトラー
234/355

二百三十三話 謎の連鎖

 ――フィニイッド村。


リョマペ村の北に位置する農村である。

大陸中央から流れるユーン大河とは別の川が村の近辺にあり、その川の恩恵で農業が盛んである。

中でも、水を張った場所で穀物、主に米を育てる水田の規模が大きく、この村で作る作物の代表格と言える。

しかし、イアン達がリョマペ村で聞いた話によると、ここ半年の間に米が出荷されていないという。

イアン達は、その疑問を胸に、このフェニイッド村に来ていた。


「そこの男。少し、いいか? 」


村に辿り着き、イアンは、一人の男性に声を掛けた。

イアン達は今、フィニイッド村の入口にいる。

村の入口には、木で作られたアーチ状の建造物が立っており、そこの付近に立っていた男性に声を掛けたのだ。


「ああ……旅人かい、珍しい…何かな? 」


男性は、イアン達に目を向けると、そう呟いた。

やはり、この男性は村の住民であるらしい。


「ふむ、聞きたいことがあってな。最近、米を他の村や町に売っていないそうだな。どうしてだ? 」


「はぁ……やっぱ、それかよ…」


イアンの問いかけに、村の男はため息をつきながら答えた。


「それは、俺が聞きたいぜ。ここずっと、水田に入れなくなっちまったんだよ…」


「水田に入れない理由は、知らないのですか? 」


イアンの後ろに立つロシが、村の男に訊ねる。


「ああ。いきなり、村長が行くなって言ってな。皆、村長に逆らうわけにはいかねぇから、誰も行かねぇし、理由も聞かねぇ。いや、聞くのが禁忌(タブー)になってやがる…」


「理由を聞いちゃいけないんっスか? なんか変っスね」


村の男の話を聞き、マコリアはそう呟いた。


「……理由を聞こうとすると、すごい形相で睨まれるらしい。だから、禁忌(タブー)って言われてんだよ。怖いから、誰も知りたがらないのさ」


村の男は、そう言うと村の中に入っていく。


「ふむ……村人がダメなら、オレ達が聞くのは、構わないか? 」


イアンは、去りゆく村の男の背中に向かって、そう言った。


「……構わねぇ…が、よそもんが、あんまり深入りすんなよ…」


村の男は、イアンに振り返ることなくそう言うと、歩き去っていった。


「村長本人に聞くしか、理由を知る術は無いようですね…」


「うん、ロシさんの言う通りっス。イアン先輩、村長の家を探しましょう」


「うむ、そうしよう」


イアン達は村に足を踏み入れ、村長の家を探すことにした。

フェニイッドの村には、多数の家らしき建物があった。

その数から、村人の数が百人以上いることが推測できる。

イアン達が歩いていると、前方に複数の子供達の姿が見えた。

その子供達がいるのは、村の中でも開けた場所で、どうやらそこが村の広場であるらしい。


「……あの者達に、村長の家の場所を聞くか。マコ、行ってこい」


「はいっス! ……って、何でマコっちなんっスか!? 」


イアンに従い、子供達の元に向かうマコリア。

しかし、途中で踵を返して戻ってきた。


「この中で、子供と話す人物としては、おまえが一番だろう……と思った」


「ええー、イアン先輩だって、変わんないっスよ! ていうか、イアン先輩は知らないかもだけど、霧形影族のビジュアルは、人に嫌われやすいんっスよ! 」


「そうなのか? 」


マコリアの発言を聞き、イアンがロシに意見を聞く。


「うーん……見た目…というより、性格の問題でしょうか。私の知る霧形族の方は、人の神経を逆撫でする性格……でしたね…」


ロシは、マコリアの頭を見ながら、そう答えた。


「うぐっ!? そ、その人は、ともかく、マコっちの性格は良いはずっス…」


マコリアは、ロシの発言を聞き、動揺する。


「心配しないでください。マコさんは、良い子ですよ」


ロシは微笑みながら、そう言った。


「ホッ……ロシさんのような大人の人に、そう言ってもらえると自信が出るっス…」


マコリアは、胸を撫で下ろして安堵した。


「二人で盛り上がっているところで悪いが、誰が行くかが決まってないぞ」


「あ、そうっスね。どうするっスか? 何かの遊びで決めるっスか? 」


「……二人が行きたくないのなら、私が行きましょう」


誰が行くか、行く人を決める方法はどうするかと、イアンとマコリアが考えていると、ロシが子供達の方に向かって歩きだした。


「……ロシが行ったか…」


「ああー、一番適任じゃなさそうな人が行っちゃったっス…」


イアンとマコリアは、不安そうにロシを見ていた。

すると、ロシが子供達の元に辿り着く。

子供達は、ロシの巨体に驚く素振りをするが、すぐに笑顔になる。

声を上げて笑うほど、子供達は上機嫌な様子であった。


「……ほう、流石はロシだな…」


「そうっスね。やっぱ、大人は違うっスね」


子供達に、好感触な様子のロシに、二人はそう呟いた。

ロシが行ったことを不安に思っていた自分達は、既に棚の上である。

しばらく、何事かを話すと、ロシが子供達の元から戻ってきた。


「どうだった? 村長の家は分かったか? 」


「ええ。そこの道を真っ直ぐ行ったところにある大きい家…だそうです…」


ロシが、広場から伸びる道の一つに左手を向けながら答えた。


「……? なんか、元気無いっスね…」


マコリアは、心なしかロシの様子が暗いことに気づいた。

今のロシの顔は、僅かに渋い表情であった、

目が細いため、分かりづらいが、そんな表情である。


「何か――あ! ……なんか、すまんな…」


イアンは、暗くなった理由を訊ねようとしたが、途中で何があったのかを察した。

そして、彼は申し訳ない気持ちになり、ロシに謝ったのである。


「いやぁ…謝る必要は無いですよ。やはり、子供は正直……無邪気というのは、恐ろしいですね…はぁ…」


ロシは、肩を落としながら、そう答えた。


「え? イアン先輩、何か分かったんっスか? 教えてくださいよ~。ロシさんが、落ち込んでるのは、どうしてっスか~? 」


マコリアは、ロシが暗くなった理由が分からず、それを知ろうと、イアンの腕を掴んで揺する。


「……ロシよ、先ほどの言葉を撤回するのなら、今のうちだぞ? 」


「……いえ、こんなのは、可愛いものですよ…ははは…」


ロシは、イアンの腕を揺すり続けるマコリアを見て、乾いた笑いを漏らした。







 イアン達は、村長の家と思わしき場所に向かう。

そこは、村で一番大きな建物がある場所であり、その建物が村長の家のようだ。

イアン達、三人は村長の家の前に立つ。


「……」


その中のイアンが、前に進み、家のドアをノックする。


「……知らん顔……旅人か…」


すると、ドアが開かれ、一人の老人が顔を出した。


「ここに来た……ということは、ただの観光じゃあないな。何しに来た? 」


ドアから顔を出す、老人はイアンにそう訊ねた。


「この村の村長でいいな? 用というのは、水田に行ってはいけない理由を聞きにきたのだ」


「……水田だとっ!? 」


イアンの返答を聞き、老人――村長は、イアンを睨みつける。


「ひっ! 本当におっかない顔っスね…」


老人の形相に、マコリアは体を震わせる。


「ええ……この様子だと、本当にただならぬ理由があるみたいです…」


ロシは、老人の顔を見て、そう推測していた。


「…………水田に興味がある……か…おぬし、何故そんなことを聞きに来た? 」


村長は何事かを呟くと、再びイアンに問いかけた。

イアンは、村長の顔が心なしか柔らかくなっている気がした。


「米が欲しいのだ」


「米か……どうしても、欲しいと申すか? 」


「ああ。できることなら、手に入れたい」


「……そうか」


イアンの返答を聞くと、村長はドアを開く。


「村の者には話さない……と約束するのであれば、入るがいい」


村長は、そう言うと家の中に入っていった。


「……なんか、うまくいったみたいっスね」


「そうですね。しかし、厄介事に巻き込まれる雰囲気があります。イアンさん、本当に入りますか? 」


マコリアとロシがイアンの横に並び立つ。


「無論だ。ここまで来たからには、米は必ず手に入れる。では、行くぞ」


イアン達は、村長の家の中に入った。

すると、大きな部屋に足を踏み入れる。

村長の家は、この大きな部屋一つで構成されている家のようで、部屋の中には、生活に必要な様々な物が置かれていた。

部屋の真ん中には、大きなテーブルがあり、その四方向に一つずつ椅子が置かれている。

村長は、そのテーブルの一番奥の椅子に座っていた。


「座れ」


イアン達は、村長の言葉に従い、椅子に座る。

イアンが村長の正面、マコリアとロシは側面の方の椅子に座った。


「まず、この村の北側に、水田地帯がある」


村長の言葉に、イアン達三人は頷く。


「うむ。そこで米を育て、時期が来たら収穫に行く……というのが、この村の者がやること」


「この村の者が……? なんかその言い方、気になるっス」


村長の発言の一部を疑問に思うマコリア。


「うむ。実は、ここの村人以外にも、水田に向かう者達がいる。その者達は、水田の番人だ」


「水田の番人? 」


イアンが首を傾げる。


「この地域で、米を育てている村はここだけ。故に、我々が育てた米を盗む輩がおるのだ。彼らは、その盗人から米を守る役目を担ってもらっている」


「番人ですか……確かに、必要になるかもしれませんね。ん? もしかして、村人達は、番人の存在を知らない? 」


「その通り。番人達との約束で、村人達から存在を隠しておる」


ロシの疑問に村長が答えた。

村長以外の村人は、番人の存在を知らない。

水田地帯に向かう時は、村長の許可を得ないといけないという規則を作り、徹底して村人から番人の存在を隠していた。


「ふむ、これで村人達が理由を知らない…理由を聞くことが許されない理由が分かったな」


イアンは、そう言うと椅子に深く腰掛けた。


「それで、番人とやらから、水田に行けない理由を聞いているのだろう? それはなんだ? 」


「……」


イアンが訊ねると、村長は黙って何も答えなかった。

その沈黙が意味するのは――


「え……ま、まさか、村長さんも知らないんっスか? 」


「……小娘、おぬしの言う通りよ。わしは、水田に入れん理由を知らない…」


理由を知らないことであった。


「番人から聞かされているのは、連絡するまで水田地帯に入らないこと。水田地帯に入ってはならないことしか聞かされておらん…」


村長は、そう言うと顔を俯かせた。


「ふぅ…参りましたね。謎を追っているにも関わらず、どんどん遠ざかっていく気がします…」


この状況に、ロシが苦笑いを浮かべる。


「ロシよ、それは気のせいだ。オレ達は、確実に真実に近づいているはず…村長よ、提案がある」


「なんだ? 」


村長は顔を上げると、イアンに視線を向けた。


「オレ達が水田の様子を見に行かせる…‥というのはどうだ? 」


「なに!? 」


村長は、イアンの言葉に驚愕し、目を見開いた。


「よそもの…のオレ達が行くのは、問題あるまい。水田に立ち入れない理由を聞いてこよう」


「……そこまでする……諦めない。おぬし、どうしてそこまで…」


村長が信じられないというような顔で、そう呟いた。


「どうして……それは、もう言っただろう? 米がどうしても必要なのだ」


イアンは、村長の顔を見据えて、そう言うだけであった。







 太陽がちょうど真上を通り過ぎた頃。

イアン達は、フィニイッドの北、水田地帯へ向かう道を歩いていた。

村長に、水田地帯の様子を見に行く役目を買って出て、それが承認されたのである。


「この先に行けば、番人達が詰める砦があるみたいですが……あれみたいですね」


ロシが遠くへ視線を向けながら、そう呟く。

彼らが歩く北の方角には、石煉瓦で出来た塔のような建造物が遠くに見えた。


「なかなか本格的な砦っスね。水田を守るにしては、大げさじゃないっスかねぇ…」


マコリアが目を細めながら、そう言った。


「米はフィニイッド村にとって食料、または収益とも言える。守りを固める理由と価値は充分ある。それに、大人数の盗賊を相手にするかもしれんからな」


「はぁ、そっか。そこまで考えてなかったっス。流石は、マコっちの人生の先輩」


イアンに言われ、マコリアは納得し、イアンに関心する。


「そう考えられるというだけで、確実にそうとは言い切れんがな。あまり、鵜呑みにするなよ」


「あながち間違いじゃない気がします……っと、何か来ましたね…」


足を止め、ロシは、背中に背負うメルガフロラクタの一本に、左手を伸ばす。


「む…」


「おっと」


イアンとマコリアも、自分の武器に手を伸ばす。

イアンが戦斧で、マコリアは、金属製の三角形と棒である。

程なく、三人に前に、魔物のような者が現れた。

その数は二体で、顔にはクチバシがあり、腕は羽のようになっている。

体を支える二本の足には、水鳥の足によく見られる水かきのようになっていた。

その魔物のような者達は、イアン達の前に立ちはだかると、手にした三股の槍を向けてくる。


「お前達! そこで止まれ! 」


「動くなよ! 」


二人の魔物のような者達は、槍を向けながら、声を上げた。

彼等は、水鳥であるカモに似ているため、これ以降はカモの者と呼ぶ。


「動いてないっスけどね~」


カモの者達の言葉を聞き、マコリアはそう呟いた。


「どいてくれ。これから、水田の様子を見に行かなくてはいけないんだ」


「グワワッ!? こいつら、水田に行こうとしているぞ! 」


「ガアッ! 絶対に行かせない! 」


イアンの発言を聞くと、カモの者達は、より一層険しい顔になった。


「やれやれ問答無用ですか。それに、この謎の者達……これは、何が何でも砦に向かうべきですね」


メグガフロラクタを取り出し、両手で構えるロシがそう呟いた。


「ああ。番人達がどうなっているかが、気になる。悪いが、お前達、そこを通してもらうぞ! 」


イアンは、そう言うとカモの者の一体に向かって駆け出した。

ロシは、別のカモの者の方へ向かう。


ガチッ! キンッ!


イアンとロシのそれぞれの武器が、カモの者達の槍とぶつかり合う。


「ありゃ、二人共前衛に……マコっちの相手がいないっスね…」


戦う二人の姿を見て、マコリアは残念そうな顔をする。


「じゃあ、裏方に徹するっス」


マコリアは、左手に三角形に曲げられた金属棒、右手に先端の尖った金属棒を手にして、それらを掲げた。


「闇の旋律を聴くっス! まずは、無気力な旋律! 」


キーン! キーン! キーン!


マコリアは、右手に持った金属棒で、左手に持つ三角形に曲げられた金属棒を規則的に打ち始める。


「音? マコの奴、何を」


イアンがマコリアの放つ音に疑問を持っていると――


「ガ、ガアッ……力が入らなくなったぞ…」


「グワッ……なんだ、これは…この音は…」


カモの者達が、喚き始めた。


「……? なんだというのだ? 」


イアンは、疑問に思いながら、カモの者に向けて戦斧を振るう。


「グワワワワッ!! 」


すると、カモの者はイアンに力負けし、後方へ弾き飛ばされた。


「……!? 」


カモの者を弾き飛ばせるとは思っていなかったイアンは、驚愕の表情を浮かべた。


「ガアアアッ!! 」


イアンの隣で戦っていたロシも、カモの者を弾き飛ばす。


「ふむ、これが噂に聞く旋律魔法の効果ですか……想像以上ですね…」


「旋律魔法? 」


ロシの言葉に、イアンが首を傾げる。


「そうっス! マコっちは、この武闘楽器で旋律魔法を奏でられるんっスよ! 」


首を傾げるイアンに向かって、マコリアはそう言った。

マコリアの両手に持つ物は、武闘楽器と呼ばれる武器兼魔法の杖のようなものである。

武器のように、敵を切り裂いたり突いたりでき、旋律魔法という魔法を行使することもできるのだ。

マコリアの左手に持つ物はトライアンダッグ、右手に持つ物がエストックビーダーと呼ばれる。

エストックビーダーをトライアンダッグにぶつける事で、音を鳴らすというものだ。

この二つはセットで使用され、二つ合わせてトライアンダッグとまとめられることが多い。

そして、彼女が奏でる旋律魔法は、闇属性に属する。

闇属性の旋律魔法は、属性の性質から、敵の能力を下げたり、精神に異常を起こさせるものが多い。

今回、彼女が奏でたのは無気力な旋律。

これは、敵の戦意を失わせ、腕力を下げるというもので、端的に言えば攻撃力を下げる旋律魔法である。

ちなみに、闇属性の旋律魔法の特徴から、それを扱う者は嫌われ者になるという傾向があると言われている。


キーン! キーン! キーン!


「ひひひ! 武器を持てなくなるまで、腕力を下げさせてもらうっスよ~」


怪しい笑みを浮かべながら、マコリアは、トライアンダッグを叩き続ける。


「グワッ!? 劣勢、ここは逃げた方が……」


「ガアッ! 出直すべき! 」


「グワ、ならそうしよう! 」


カモの者達は、何事かを相談すると、踵を返して逃げ出した。

彼らが向かう先は、砦の方向である。


「あ、逃げた!なら、憂鬱な旋律で……って、もう効果が薄いところまで行っちゃったっスね…」


マコリアは、トライアンダッグを叩くのを止めた。


「逃がしてしまいましたか。できれば、番人達の状況を聞き出したかったのですが…」


ロシが、メルガフロラクタを鞘に戻しながら、そう呟く。


「なに、砦に向かえば分かることだろう。奴らを追って、砦を目指すぞ」


イアンは戦斧をホルダーにしまうと、カモの者達が逃げ去った方向――砦に向かって歩きだした。


「イアン先輩の言うとおりっスね。行くっスよ、ロシさん」


「ええ」


イアンに続いて、マコリアとロシも歩き始めた。

はたして、砦に向かえば、この一連の謎の真相が分かるのだろうか。

砦に向かうイアンは、密かにそう思っていた。




2016年10月23日――誤字修正


しばらく、何事かを離すと、ロシが子供達の元から戻ってきた → しばらく、何事かを話すと、ロシが子供達の元から戻ってきた


誰が行くか、行く人を聞ける方法は → 誰が行くか、行く人を決める方法は


ロシは、もう別の一体の方へ向かう → ロシは、別のカモの者の方へ向かう


マコリアの両手に持つ者は → マコリアの両手に持つ物は

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