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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
九章 彷徨うアックスバトラー
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三百三十ニ話 霧形影族の少女


 「え、えへへ……」


ランドウラルードの森の中、少女は笑みを浮かべながら、両手を上げ続けている。

その笑みは、自然と出たものである。

しかし、自然に出た笑みにも関わらず、引きつった様子である。

イアンの脅しにかけられた少女は、恐怖のあまり、笑うしかないのだ。


「……ふむ、また変わった奴だな…」


イアンは、少女の姿を見て、そう思った。

まず、少女は緑色の服を着ており、首元には赤いリボンを結んでいる。

服の上から、袖の長い黒いジャケットを羽織っている。

腰から下には、薄い茶色のズボンがあり、膝にかかるかかからないかの長さである。

イアンから見て、彼女の腰の左側面には、三角形に曲げられた金属が括り付けられている。

反対側である右側面には、先端の尖った金属の棒が、ホルダーのようなものに収まっていた。

ズボンの下から伸びる足は、白い絹の布地に包まれ、紐の無い黒くて小さな革靴を履いている。


「……ふむ…」


そして、特に目を引くのは、頭の部分である。

少女は、赤いつばが前に長く突き出た黒い帽子を被っており、その下から伸びる髪は黒かった。


「……」


イアンは、少女の顔を見ながら横に移動する。

すると、少女の髪が後頭部の下、耳と同じくらいの高さで、二つに結ばれていることが分かった。


「うっ…うう…」


イアンに観察され、少女はさらに顔を引きつらせる。


「どうしました? イアンさん」


興味深げに少女を見るイアンの様子を見て、ロシが訊ねる。


「いや、変わった服装だと思ってな。それに、何故だか好感が持てる…」


「はぁ…そうでしょうか? ただ、言えることは、どうやら彼女は霧形影(むぎょうえい)族の者……だということでしょうか…」


「霧形影族? 聞いたことがないな…」


イアンがロシに顔を向ける。


「種族の名前の由来となった、自分の体に黒い霧状の魔力を纏わせる種族特有の魔法を始め、様々な闇魔法を得意とする種族です。昔、彼女……と同じ種族の方に、お世話になりましたよ…」


ロシは、少女の頭の部分を見ながら、左手で顔の傷をなぞる。


「あ、ああー……その人、心当たりあるかも…」


ロシの視線に気づいた、少女はそう呟いた。


「……霧形影族は小規模で、名を上げた者は少ないです。イアンさんが知らないのも無理もありません」


「そうか……では、本人に事情を聞くとしよう…」


イアンは、少女の前に向かう。

ロシもイアンについていき、左手を背中のメルガフロラクタの柄にかけておく。


「……単刀直入に聞く。何故、オレ達の後を追っていた? 」


少女の前に立つと、イアンはそう訊ねた。


「え…? えーと……しょ、正直に答えるっス…」


「当たり前だ」


「そ、そうっスよね……えー…マコっちは、あなたのことが気になりまして…」


「気になる? どういうことだ? 」


イアンは、首を傾げた。


「……うまく言えないっスけど……この森で、あなたを一目見た時に……うーん…なんと言えばいいのか…」


少女は、表情を歪ませる。

どう言えばいいのか分からない様子であった。


「むぅ……ロシよ、おまえはこいつをどう思う? 」


答えが一向に出ない少女をよそに、イアンはロシに訊ねた。


「喋り方は独特ですけど、悪い娘では無い…ような気がします。見逃しても良いと思いますよ」


ロシはそう答えると、左手を下げた。


「ふむ……分かった。おい、お前」


「うーん……え? あ、はい! 」


頭を悩ませながら、体をくねらせていた少女は、慌てて姿勢を正した。


「見逃してやる……だから、もうオレ達の後をついてくるな。分かったな? 」


「え…………は、はい…っス。分かりました……っス…」


イアンの言葉を聞くと、少女は暗い顔になり、ゆっくりと踵を返した。

そして、重い足取りでイアン達から去っていく。


「……」


イアンは腕を組んで、ゆっくりと遠ざかっていく少女の背中を見つめる。


「イアンさん」


彼の隣に立ち、ロシはイアンの名を呼んだ。


「……ロシよ……おまえはあいつを、ただ者では無いと言ったな? 」


「言いましたね」


「戦いの役に立つと思うか? 」


「どうでしょう……ただ、彼女次第であることは、言えますね」


「……そうか。ロシ、少しここで待っていてくれ…」


イアンは、ロシにそう答えると、前に向かって歩き出す。


「……ふふ、子供って、すごいですね…」


歩いていくイアンの後ろ姿を見て、ロシはそう呟いた。




「おい、待て」


イアンは、少女の元に行くと、彼女を呼び止める。


「……? 」


少女は不思議そうな顔をして、イアンに振り返った。


「……おまえは、オレが気になると言ったな? 」


「……! は、はいっス! でも……」


少女は、姿勢を正して返事をすると、すぐ暗い顔になる。

その顔を見て、イアンは頷くと――


「提案があるのだが……オレとダチ公にならないか? 」


そう言った。


「え……なに? ダチ公? 」


少女は、イアンの口にした言葉が分からないのか、怪訝な顔をする。


「むぅ、知らないか。友達になろうということだ」


「……? …………うぇっ!? 」


首を傾げていた少女だが、ようやく言葉を理解すると、両手で口元を押さえながら飛び上がる。


「ようやく分かったか。オレの提案……友達になる気があるのなら、この手を叩くのだ」


イアンは、そう言うと右手を上に掲げた。


「これは、ハイタッチと言ってな。ダチ公……友達同士でやるものだ」


イアンは、少女にこれからやろうとすることを説明する。


「と、友達……マコっちと? う、嬉しい! そんなことを言われたのは初めてっス! 」


少女の表情は徐々に明るいものになってゆき、やがて笑顔になった。


「で、でも、友達というのは、恐れ多いっス…」


そして、彼女は、はにかむように笑う。


「恐れ多い? 何がだ? 」


イアンは、首を傾げて訊ねたが――


「へ? い、いや、こっちの話っス! 気にしないでくださいっス! 」


「……そうか…」


少女は答えてくれなかった。


「……友達……は、嬉しいッスけど……」


少女は、両手で顔を覆い隠しながら、そう呟く。

悩んでいる様子であった。


「うーん……あ、そうだ! 」


やがて、両手を下げて、顕になった顔を上げ――


「先輩! 先輩とお呼びしてもいいっスか? 」


と、イアンの顔を見ながら言った。


「先輩……上下関係は、あまり作りたくはないのだが…」


少女の発現に、イアンは困った顔をする。


「そんな堅苦しいものじゃあないっスよ! 人生の先輩ということっス! 」


「ううむ……そういうのもあるのか…」


イアンは、いまいち腑に落ちないが、納得することになった。


「マコっちの名前は、マコリア・シェーダーって言うっス! あなたの名前は? 」


「イアン・ソマフだ」


「じゃあ、イアン先輩! よろしくお願いします! 」


少女――マコリアは、そう言うと――


パチッ!


軽く跳躍し、イアンの右手に自分の右手を当てた。


「うむ……オレは、おまえのことをマコリア後輩と呼べばいいのだろうか? 」


「うわぁ……普通、後輩の名前の後に後輩は付けないっスよ。マコリア……を可愛く省略したマコって呼んでくださいっス」


「分かった。では、マコよ。オレは、西のアロクモシアに向かう旅をしている。おまえもついてくるか? 」


「アロクモシア……分かりましたっス! イアン先輩について行くっス! 」


「よし、では行くぞ」


「はいッス! 」


イアンは踵を返し、ロシの元へ向かう。

マコリアは彼の後ろに続いて歩きだした。


「いやー、外部の娘と仲良くなったのは初めてっス! マコっちみたいなのと、友達になろうだなんて、イアン先輩は変わってますね~」


ロシの元へ向かう途中、イアンの後ろを歩くマコリアが、そう言った。


「……ん? こ……子……娘? もしや…」


イアンは、マコリアの発現から、彼女が勘違いをしていると思い――


「マコよ、一応言っておくが、オレは男だぞ」


と言った。


「へ? んな、馬鹿な……………嘘……本当…っスか? 」


初めは冗談と受け取っていたマコリアだが、イアンの言葉を真実として受け止め始める。


「……よく間違われるが、男だ…」


「……へぇ、それは大変っスね…………って、えええええええええええ!!? 」


マコリアは、イアンが男であるとようやく認識し、絶叫した。


「ん? ああ……分かりますよ…その気持ち…」


ロシは、戻ってきたイアンとマコリアに顔を向けながら、僅かに微笑んだ。







 ――リョマペ村


ランドウラルードの森の北に位置する村である。

この村の西には、ツライッドと呼ばれるこの地域では、一番大きな町がある。

そのため、ツライッドへ向かう行商人等の旅人達の休憩地点として知られている。

ここから北西の方に向かえば、ヒリアソス山脈の坑道に辿り着くが、エライエルからアロクロシア行きの船の運行が始まって以来、坑道へ向かう者は、ほぼいないという。

空が赤く染まる頃、森を出たイアン達は、この村に来ていた。


「夕暮れに、すまないが鍋をくれないか? 」


この村には、旅人が立ち寄るということで、様々な店を開いている。

イアンは、その店の中の一つである雑貨屋で鍋を買おうとしていた。


「気にしないでくれ。そんで、鍋だね? 火起こし用の火打石と薪もいらんかね? 」


「貰おう。薪は多めに貰いたい。金はQでいいか? 」


「おうとも。鍋と火打石と薪で、1150Qだね」


イアンは、750Q分の硬貨を店主に渡し、鍋とその他を受け取った。


「まいどあり! また来なよ! 」


「ああ…」


イアンは、雑貨屋を後にする。


「鍋……村に来たのに、何か作るんっスか? 」


イアンの隣を並び歩くマコリアが、訊ねる。


「一応病人であるロシのための飯を作るのだ」


「……面目ない…」


イアンの発現に、ロシは申し訳なさそうな顔をする。


「へぇ、どんなものを作るんっスか? 」


「それは……秘密だ」


「え~、教えてくださいよ~」


マコリアが、イアンの腕を掴み、軽く揺する。


「ふふ、すっかり打ち解けたみたいですね…」


ロシは、目の前のイアンとマコリアを見て微笑んだ。


「マコよ、出来てからのお楽しみというやつだ。おまえにも、食わせてやる。それまで、楽しみにしておけ」


「わーい、やったー! イアン先輩の手料理だぁ! 嬉しいな~! 」


イアンの作るものが食べれると聞いて、マコリアは上機嫌になる。


「作るには、まだ材料を買わねばな。さて…」


イアンはそう言うと、立ち止まる。

立ち止まったイアンの側には、様々な食材が並べられた店であった。


「いらっしゃい、お嬢さん」


そこの店主がイアンに挨拶をする。


「……米が欲しいのだが……」


いちいち男だと言うのが煩わしくなり、そのことには何も言わないイアン。

彼は、米らしきものが並べられていないか探すが、見当たらなかった。


「ああ…米かい。残念だけど、今は無いんだ…」


店主の表情が曇り出す。


「なに? 何か事情があるのか? 」


「ここから北にあるフィニイッド村から、米を仕入れているんだが、最近……ここ半年か…米が収められないと言ってきてね。ここの近辺は、最近パンばかり食べてるよ」


イアンが訊ねると、店主はそう答えた。


「ふむ……そうか、分かった。すまないが、米目当てで来た。何も買わずにすまないな」


「気にするこたぁない。むしろ、用意していなくて、申し訳ない…」


店主の言葉を聞くと、イアンはその場を後にする。


「……」


イアンは、村の中を歩いていたが、ふと足を止め、空を見上げた。


「米を使うのか……米が売ってなくて残念っスね……って、どうしたんっスか? イアン」


マコリアは、イアンが足を止めていることにようやく気づき、彼の方に振り返る。


「……明日、フィニイッド村に行くぞ…」


イアンは、顔を正面に向けると、そう呟いた。


「早くアロクモシアに辿り着きたいのなら、ここからヒリアソス山脈の坑道に向かうべき……ですが、すみません…」


再び、ロシが申し訳なさそうな顔をする。


「気にするな。それに、米を出さない理由……それが、オレは気になる…」


イアンは、北の方角を見て、そう呟いた。


「はぁ、何でっスかねぇ……とりあえず、今は考えても何も分からないっス。イアン先輩、今日は早く宿屋に行って、ゆっくり休みましょう」


「ああ、そのつもりだ…」


イアン達は、宿屋を目指して歩き始めた。




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