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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
九章 彷徨うアックスバトラー
232/355

二百三十一話 森の中の尾行者

 午後、まだ太陽は真上に来ていない。

それを確認できない場所の一つが、ランドウラルードの森だ。

その森は、ウルドバラン大陸の中央、エライエルの北に広がっている。

西側にあるヒリアソス山脈のふもとから、東のユーン大河まで広がっているので、エライエルから北にある村や町に行くのならば、必ず通らなければならないだろう。

森の中は、木々の密集している場所が多く、行商の旅人が通る道は狭い。

見上げれば、木々の葉で埋め尽くされているため、森の中から空を見ることはできないのだ。


「……ふぅ…なかなか、いい森だな」


森の中にて、一本の木の前に腰を下ろしたイアンが、そう呟いた。


「イアンさんには、分かるのですか? 」


彼の後ろに立つロシが、イアンに訊ねる。

エライエルを出たイアンとロシは、今、ランドウラルードの森にいた。


「ああ。生えている木も多種多様で、色々な物に使える。そして、何よりは薬草が沢山生えていることだ。ほれ」


イアンは立ち上がると、ロシに体を向けて、右手を差し出す。

彼の右手には、一本の草が握られていた。


「ほれ……と、言われましても……うーん、ただの草にしか見えません…」


「……だろう…な。だが、これは使える草だ。進む途中で、これと同じ薬草を見かけたら取っておいてくれ」


イアンはそう言うと、握っていた薬草をカバンの中に入れた。


「……すみません…お役に立てなさそうです…」


薬草を見分けられないロシは、項垂れた。


「むぅ……仕方ないか…」


イアンは残念そうな顔をすると、森の出口へ続いているであろう道を進み始める。

ロシもイアンに続いて歩き出した。


「……その薬草、私の毒を治すのに使えますか? 」


歩いている途中、ロシがイアンに訊ねた。


「いや、使えない。薬を使えば、死ぬと言っただろう…」


「いえ、それは分かっているのですが……栄養を取るために作られたものはどうかと思いまして…」


「栄養を取る…? ああ、栄養剤のことか。あれもやめておこう」


「何故ですか? 」


ロシは、イアンの発現に疑問を持った。


「栄養剤の多くは、体の疲労を取り除くため……体に無理をさせる時に使われる。それ以外にも、不足している栄養を取るための物があるが、それらに頼るのは危険だ」


「……」


ロシは、口を開くことなく考え始める。

そして、ようやく口が開き――


「毒……毒性が含まれてるかもしれない……ということでしょうか? 」


と、言った。


「そうだな。何が入っているか分からん物は口にしないほうがいい。薬草の類とかは特にな…」


「うう…何を食べれば、いいのか……」


イアンの答えを聞き、ロシは渋い顔をする。


「そう悩む必要はない。ただうまい物を食っておけばいいのだ」


「旨いもの? 」


「ああ……そうだ、森を出たら村か町を探そう。そこで鍋と米を買うのだ」


イアンは、何かを思いついたかのように声を上げた。


「……なんか、迷惑かけてますね……すみません…」


ロシは、イアンに対して申し訳のない気持ちになった。







 イアン達が森の中に入ってから、二時間の時が流れる。


「キッイイイ…」


「キルッルル…」


今、イアンとロシは互いに背中を合わせた状態で、魔物に囲まれていた。


「狼型の魔物……この類の魔物は、どこにでもいるのだな…」


イアンは、右手の戦斧を構えながら、そう呟いた。


「ヴァンプルフ……血を吸う狼型の魔物です。噛まれないように気をつけてください…」


ロシは、一本のメルガフロラクタを両手で構えている。

二人は、周囲を取り囲むヴァンプウルフを睨みつけていた。


「……動かないな。こちらから仕掛けるか? 」


「…‥いえ、ここは反撃主体で戦いましょう。木々で囲まれている中、動き回るのは危険です」


ロシにそう言われ、イアンは周りを見回す。

周囲は、やはり木々に覆われている。


「……伏兵か。確かに、いたら厄介だな」


ロシが懸念したのは、死角からの攻撃である。

森の中は、木という障害物が多い場所。

それを利用して、攻撃を仕掛けられれば、苦戦を強いられることは明白なのだ。


「オレは……いや、油断できないか…」


元木こりであったイアンは、危惧しなかった点である。

しかし、絶対ということはない。


「ならば、迎え撃つか」


イアンは、戦斧を握り締め、ヴァンプルフ達を見据える。


「キィィヤアアア!! 」


すると、一体のヴァンプルフが動き出した。

そのヴァンプルフは、ジグザグに方向転換しながら走り――


「キュルルアアッ! 」


口を大きく開いて、イアンに飛びかかった。


「ふっ! 」


イアンは、飛びかかってきたヴァンプルフの顔目掛けて、戦斧を横降りに振るう。


「アブッ――!! 」


戦斧は、ヴァンプルフの顔の左頬に打ち付けられた。

ヴァンプルフは、顔を破壊され、イアンの側面方向へ飛ばされていった。


「キッ――!? 」


仲間が倒されたことに、他のヴァンプルフは、僅かにひるむ。


「やるね、イアンさん」


背中越しに、ロシがイアンを賞賛する。


「まだ一体……あと、七体ほどいるが……」


戦斧に付いた血を払い、イアンは、残りのヴァンプルフに目を向ける。

皆、仲間が倒されたことで、イアンを睨みつけていた。

そして――


「キュルアッ!! 」


「クルルルッ!! 」


ヴァンプルフ達は一斉にイアンとロシ目掛けて、飛びかかった。

一人ずつでは、勝てないと思い、全員で攻撃を仕掛けることにしたのだ。


「全員で来たか…」


イアンは、ヴァンプルフ達を返り討ちにしようと、戦斧を振りかぶる。

しかし――


「ここは、私に……イアンさんは、しゃがんでてください」


「む? 分かった」


ロシの言葉に従い、イアンはしゃがみこんだ。


「この程度、私がどんな状況であっても、遅れは取りません」


ロシは、そう呟くと同時に、メルガフロラクタを右へ振りかぶる。

そして、ヴァンプルフ達との距離が狭まった時――


「それっ! 」


メルガフロラクタを左へ振り回した。


「ギッ――!? 」


「ガッ――!! 」


ロシの前方にいた二体のヴァンプルフは、横に真っ二つにされて地面に落ちる。

彼が振るうメルガフロラクタの勢いは止まらず――


「ブッ――!? 」


「キイイイ――!! 」


「ギャア――!?」


左側面、背後と次々とヴァンプルフを切り裂いていく。


「……ふぅ…」


やがて、メルガフロラクタは、ロシの周囲を一回転し、彼の前方に戻ってくる。


「……すごい……大会で優秀な成績を取ったこと、疑う余地はないな…」


ロシは一振りで、七体のヴァンプルフを倒してしまったのだ。

しかも、ただ倒したのではない。

例外なく、切り裂いたヴァンプルフを真っ二つをしたのだ。

それは、一振りの中で、振るう力が弱まっていないことを指す。


「はぁ、こうやって楽をするのも戦いに大事なことだね…」


ロシは、額の汗を拭う仕草をすると、メルガフロラクタを背中の鞘に戻した。


「その武器……長さと重量を活かした武器のようだが、それを二本も扱えるのか? 」


「ええ……今は、そんな無理はできませんが、扱えます」


「……すごい……やはり、男と生まれからには、そういう豪快な武器を振り回すのに限るな。オレも、いつかはロシのような体型になるとしよう」


イアンは、戦斧をホルダーに戻すと、再び道を進みだした。


「うーん……私みたいなイアンさんか…」


ロシは、自分のように筋肉が付いたイアンの姿を創造する。


「……ああ……はい…」


ロシは真顔で、首を横に何回か振ると、何事もなかったかのように、イアンの後についていった。


「……」


イアン達が歩く後方、そこに生える木の影に、一人の人物がいた。

前方の二人に気づかれまいと、その人物は木の影から別の木の影に移動しながら追っていく。

その人物が見ているのは、イアン。

イアンをじっと見つめるその人物は、時折、首を傾げる仕草をしていた。







 「イアンさん……気づいてますか? 」


森の中の道を歩く途中、ロシが前を歩くイアンに話しかける。


「ああ、気づいている……」


「……ずっと……ですね。間違いなく、狙いは私達……もしかしたら、イアンさんが、狙われているかも…」


「……いや、違うな」


イアンは、ロシの言葉を否定し――


「狙っているのは、オレだ! 」


前方に向かって走りだした。


「え? イ、イアンさん!? 」


突然の行動に、ロシは狼狽えながら、彼の後を追っていく。

程なく、イアンに追いつくと、彼は木の前でしゃがみこんでいた。


「どうしたのですか? イアンさん」


彼の後ろから、ロシが訊ねる。


「見ろ、ロシ」


イアンは、振り向くと一本の薬草らしき物をロシの顔に向かって突き出した。


「……それは…珍しい物なのですか? 」


「ああ。これは、ナール草だ」


イアンが、握ている薬草は、ナール草であった。

彼は、前方の木の傍に生えているナール草を見つけていたのだ。


「どの環境に生えているかが、まだ分からなく、見つけるのが困難な薬草でな。こいつは、どんな病にも効く……可能性があるらしい」


イアンは、ロシにそう説明すると、手にしたナール草をカバンの中にしまう。


「おお! 凄いものを見つけましたね! ……でも、これも薬草ですか…」


ロシは、嬉々とした声を上げたが、すぐに暗いものになった。


「……? 何を落ち込んでいる? 」


イアンは、暗い顔をするロシを見つめながら、立ち上がる。


「……それも、薬草の一つ。どんな病も治す……万能薬の材料であっても、今の私には使えないのでしょうね…」


「…………」


ロシの言葉を聞くと、イアンは顔を俯かせて、黙り込んでしまった。

その様子が、何かを考えているように見えたので――


「……どうかしましたか? 」


ロシは、何があるのか訊ねてみた。


「……今は、薬草…と言われているが、もしかしたら違うものかもしれない…」


「それは……」


ロシが再び訊ねようとした時――


「このナール草……調理をしなくても、美味いのだ……すごくな…」


イアンの口が開かれ、ゆっくりとそう呟いた。








 イアン達がランドウラルードの森に入ってから、四時間の時が経つ。

彼は未だに、森の中を進んでおり、前方の視界は木々ばかりである。


「イアンさん……」


そんな中、ロシが前を歩くイアンに声をかける。


「なんだ? 」


イアンは、ロシに振り向くことなく返事をした。


「さっきも言いましたが、私達の後を追っている者がいます」


「なに、そうなのか? もっと早く言えよ」


「……言いましたよ…」


ロシが力なく、そう呟いた。


「それで、どうしましょう? 」


「……無視してもいいだろう…」


イアンは、歩く速度を緩めることなく、そう言った。


「後をつけられるのは、気味が悪いが、こちらから動いて、そいつを刺激することもないだろう」


「……それも一理ありますね……ですが、少し気になります…」


「なに? 」


イアンが、後ろへ耳を傾ける。


「先程から、私達をつけている気配……ただ者では、無いような気がするのです…」


「ただ者ではない……強いのか? 」


「……いえ……強くは……ないと思います。しかし、異質というか、何というか……何とも言えませんね」


「そうか……そういえば、気配は一人だけか? 」


「……恐らく…」


「ならば、こちらが動いてもいいか…」


イアンはそう呟くと、立ち止まり、体の向きを後方に向ける。


「どうするのですか? 」


イアンと向かい合うロシが、彼に訊ねる。


「炙り出す……もしかしたら、戦闘になるかもしれん。すまないが、準備をしてくれ」


「……分かりました…」


ロシは頷くと、背中のメルガフロラクタの一本に手をかけた。

その間に、イアンは五歩ほど歩き――


「おい! 隠れている奴、こそこそしていないで出てこい! 」


と、声を上げた。

しばらく、様子を見るが、誰かが現れる気配一向になかった。


「そうか……聞け! ここには、ユンプイヤにあるゾロヘイド…そこで開かれている大会で、優勝した経験を持つ者がいるぞ! 」


「……残念ながら、優勝はしていませんよ…」


イアンの後ろで、ロシが小声で、そう呟いた。


「お前が、どこにいるかは、把握している! 今、おとなしく出てこなければ…………ひどい目に遭うぞ! 」


「……なんか、間がありましたね……大丈夫でしょうか…」


ロシが苦笑いをしながら、そう小声で呟いた。

イアンの言葉は、これ以降口を開くことはなかった。

彼が口にしているのは、ハッタリである。

ロシが強いのは事実であるが、尾行している者の位置は分からない。

効果が無かった後の行動は、考えていなかった。


「……」


しばらく時間が経つが、誰も現れない。

そのため、イアンはもう一つのハッタリを言おうと口を開き――


「……」


すぐに、口を閉じた。

何者かが、木の影から姿を現し、イアン達の前方に現れたのだ。


「……あの……き、危害を加えるつもりはありませんでした……っス。の、ので、勘弁してくださいっス…」


現れたのは、一人の少女であった。

自分に攻撃の意思がないことを伝えるためか、彼女は両手を上げている。

彼女の体は、ブルブルと震えており、目元には涙が滲んでいた。





2016年10月21日―誤字修正

彼女の体は、ブルブルお震えており、目元には涙が滲んでいた。 → 彼女の体は、ブルブルと震えており、目元には涙が滲んでいた。


2016年10月22日―文章おかしい


「そうか……聞け! ここには、ユンプイヤにあるゾロヘイド…そこで開かれている大会で、優勝した経験がある! 」



「そうか……聞け! ここには、ユンプイヤにあるゾロヘイド…そこで開かれている大会で、優勝した経験を持つ者がいるぞ! 」


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