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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
九章 彷徨うアックスバトラー
231/355

二百三十話 病を患う剣士

~~~~~言葉の解説~~~~~

スツール…

背もたれの無い小さい椅子。

形状は様々だが、丸い板に3~4の足のある小さい椅子をイメージすると良い。

足の長い物は、ハイスツールと言い、カウンターテーブルと合わせて使用されることが多い。


↑:上記の説明は、この物語の話ではなく、ノンフィクションの物の説明である。

スツールという椅子の種類の名は、あまり知られていないものだと思い、解説をいれときました。

 「……うっ…うう…」


一人の男性が意識を取り戻し、うめき声を上げる。


(……死んでいない…か…)


男性は、天井を見つめながら、ぼんやりとそう思っていた。

自分がベッドの上で寝ていることと、どこかの建物の一室にいることをここで理解した。

男性は、誰かの気配を感じ、その方向に目を向ける。


「……! 」


すると、男性はハッと息を飲んだ。

自分の寝るベッドの脇、そこでスツールに腰掛ける少女がいたのだ。

その少女の容姿の美しさは、女性の中でもかなりのものである。

しかし、それだけではない。

少女の目は、男性の顔に向けられ、今、男性と少女は目が合っている状態だ。

少女の顔は無表情であるが、男性は彼の目を見つめ、そこから何かしらの力強さを感じた。

美しさと力強さ。

男性は、この二つの要素を持った人間を見たことはなかった。

故に、男性は少女に心を奪われた。


「……よし…」


しばらく、男性が少女の顔を見ていると、少女は立ち上がり部屋のドアの方へ歩きだした。


「あっ! まっ――っ!? 」


部屋を出ようとする少女を呼び止めようと、男性は起き上がろうとしたが、体に激痛が走り、思わず口を閉ざしてしまった。


「む? もう起きたのか。すごいな…」


しかし、少女は男性が起きたことに気づき、体を男性の方へ向ける。


「ここは、エライエルの宿屋だ。ユーン大河の川辺に倒れていたおまえをここまで運んできた」


「……あ、あなたが私を救ってくれたのですか。感謝します! 」


男性はゆっくり上体を起こすと、少女に向けて深々と頭を下げた。


「礼を言われるほどでもない……あと、まだおまえは助かっていない。この町の医者に、おまえの面倒を見るよう頼んでおく。ではな」


少女はそう言うと、踵を返し、ドアの取っ手に手をかけた。


「……! いや、待ってください! 恩を受けたままではいられません! しかも、女性相手に不義理を働くのは…」


少女は、男性の発現にピクリと反応すると――


「はぁ……オレは、男だ…」


少女――イアンは、うんざりしたような顔を男性に向けた。


「え? …………あ……すみませんでした! 」


イアンの言葉を耳にし、数秒間呆けた後、男性は先程よりも深く頭を下げた。







 「改めて、自己紹介をさせてもらいます。私は、ロシ・タキュウトと言う者です」


「ふむ、ロシか…」


スツールに腰掛けるイアンは、男性――ロシ・タキュウトの話を聞いていた。

イアンは、その時、改めて男性の体を見る。

男性は、イアンよりも背が高く、ガタイは常人よりも遥かに良いように見える。

髪は長く、後頭部で一つに結ってあり、暗い茶色の髪色であった。

目は細く、開いているのか閉じているのかが分からず、果ては瞬きをしているのかさえも分からないほど、細かった。

左目の辺りには、縦に一本線の傷がある。


「……私、目が細いのですよ…」


イアンの視線に気づいたのか、ロシがそう呟いた。


「ああ、そうだな」


「ええ。細いのは自分でも分かっています。あまり、言わないようにしてくれると助かります」


「……そうか、分かった」


イアンは、頷いて答えた。


「して、何故あんな状態に? 」


その後、ロシにそう訊ねる。


「……実は……」


ロシは、ジュウチという男が率いるサブク傭兵団の一員である。

その傭兵団はバルヒルター王国に雇われ、王国が保有する土地の警備や国属商人の護衛等の仕事をしていた。

国が雇う傭兵団の中でも群を抜いて活躍しており、待遇もそれに見合ったものであった。

しかし、それは少し前までのこと。

ゾンケット王国から宣戦布告をされると、前線の危険な場所に傭兵団を向かわせることを検討、さらに給与なども下げられる。

そして、本来前線に立つべき国の騎士達は、後方に配置されるというのだ。

まるで使い捨ての駒のような扱いに、団長のジュウチが憤慨し、サブク団員全員で国外に出ることにした。

王国は、この行為を敵前逃亡とみなし、サブク傭兵団を捕縛するため、騎士団を追っ手として放った。

やがて、騎士団に追いつかれると判断し、追っ手の騎士団を引きつけるため、ロシが殿(しんがり)を引き受けた。

向かってくる騎士達をなぎ払い、騎士団を食い止めていたロシだが、異様な数の騎士と、その騎士を率いる王国三剣士の一人との戦いに、苦戦を強いられることとなった。

敗北の色が見えてきた頃、ようやく逃走の機会を掴み、逃げ出そうとしたが、その時に矢を背中に受ける。

激痛の中、決死の思いで大河に飛び込み、なんとか対岸に辿り着いたところで、彼の記憶は途切れている。


「……諦めなくて良かった……本当、感謝しています」


今までの出来事を話終えた後、ロシは再び頭下げた。


「礼は必要ないと言った。しかし、ロシよ。おまえ……おまえ達傭兵団は、王国に尋常ではない恨みを買っていたようだな」


「え? どういう…ことでしょうか? 」


ロシが僅かに放心する。


「おまえを蝕んでいる毒……かなり厄介なものだ。危うく、オレがおまえを殺してしまいそうになったぞ」


「……さ、さらに、分からなく……」


ロシは、イアンの言うことを理解しようとするが、思い通りにいかず、苦笑いを浮かべる。


「ふむ、少しの間オレの話を聞くといい。その毒は、特殊なもので、人の自然治癒能力で治すことができる…」


「……よく分かりませんが、あなたの話を鵜呑みにすれば、大した毒では……」


「…が、薬が服用されれば、その効力を急激に増幅させる作用がある。薬の正体は、毒を打ち消すための別の毒……つまり、薬を飲んだ途端、強力な毒が体の中に出来上がるのだ」


「……!? 」


イアンの言葉を理解したのか、ロシは大きく表情を歪ませた。

ロシの体内にある毒は、トリックマッシュルームと呼ばれるキノコから摂取される。

リサジニア共和国のゴトルギ山でのみ採れるキノコで、世界的に見れば、その希少価値は高い。

他の毒を増幅させる効力を持つが、これは動物の体内でのみ起こる現象、少しの潜伏期間を置かなければ、別の毒に打ち消される特徴を持っている。

一年前に、リサジニア共和国の医師が発見した新しい毒であり、特定方法と対処法を知る医師は、まだリサジニア共和国にしかいない。


「公に、この毒の元になったトリックマッシュルームは取引されていないはず……だが、こいつの毒を悪用する輩が高い金を払って、手に入れているのだろう」


「……そこまでして…」


ロシは、顔を俯かせてそう呟いた。


「……自然治癒能力で治ると言ったが、体が弱っている時は危険だ……無理はできないな」


イアンは、そう言うとスツールから立ち上がった。


「…あ…待ってください」


「むぅ…安静にしておけ。毒が抜ける間……大体一ヶ月くらいは、静かにしておいた方がいい…」


「そういうわけにもいきません。あなたに恩を返さないと…」


「そうは言うが、オレはもう行かなくては…」


「行く……旅ですか。どちらへ? 」


「……ここから西にあるというアロクモシアだ」


「……! ちょうど良かった! 私もそこが目的地です。ぜひ、あなたの旅に同行させてください」


アクロモシアという言葉を聞いて、ロシは満面の笑みを浮かべた。


「何故だ? 」


イアンが腕を組む。


「傭兵団とそこで落ち合う手はずになっていたのです」


「ほう……だが、ここで完全に毒が消え去るのを待ちつつ、船が運行する時期を待った方がいい」


「やはり、歩き旅……なおさら、同行せねばなりませんね」


ロシはそう言うと、ベッドから飛び降りた。


「あ! おい、無茶をするな! 」


イアンは、立ち上がったロシをベッドに寝かせようとする。

しかし、彼の体はイアンよしも大きく、押してもビクともしなかった。


「ふふ…病の中にあっても、このくらいの力はあります。それに、私にはゾロヘイドの闘技大会、初級クラスと中級クラスの出場経験があり、どちらもベストエイトに入っています。腕に自信はありますよ」


「ゾロヘイド? どこだ、それ? 」


イアンは、首を傾げた。


「ご存知無い……ゾロヘイドは、ザータイレン大陸の西、ユンプイヤという国にある町です。そこで年に一回、闘技大会が開催されます」


「ほう、ユンプイヤか…」


イアンは、顎に手を当て、視線を上に向けた。


「ええ……確か、今年はもう終わりましたね。どうやら初級クラスの試合が盛り上がっていたそうな」


「……ほう。その大会で、おまえは上位に入っていたと…」


「はい。病の身にあっても、あなたの足で纏いにはなりません。もし、足で纏いと感じたのならば、遠慮なく見捨てていっても構いません」


ロシは、また頭を下げた。

イアンは、困った表情を浮かべ、結局折れてしまい、ロシを同行者として認めることになった。







 外に出たイアンとロシは、エライエルの町を歩いていた。

彼らは、まだ旅に出発しない。

ロシの武器が無いため、その調達の必要があり、武器屋に向かっている途中である。

これより前は、防具屋に向かっており、そこで防具も新調している。

それは、盾型の肩につけるアーマーで、ロシの右肩から手の甲より少し上の部分を覆っている。


「お久しぶりです」


武器屋に辿り着くと、ロシが店の男に頭を下げた。

店の男の髪は白く、皺が刻まれた顔を見るに、高齢の男性であると推測される。

しかし、がっしりとした肉体をもっており、老いというものを感じさせない雰囲気を漂わせていた。


「おう、ロシの小僧か。なんだぁ? どこぞの姫様の護衛でも頼まれたのか? 」


武器屋の店主は、イアンを見た後、頬を吊り上げながら、ロシに向かってそう言った。


「むっ…」


「あ、違います! えー……メルガフロラクタが欲しいのですが…」


イアンが眉を寄せたことに、ロシは焦り、慌てて話題を変える。


「あ、本当だ、持ってねぇじゃねぇか。無くしちまったか? 待ってな、確か予備のやつがあるからよ。二本でいいんだな? 」


「はい」


「おう…少し待て……あ、そうだ! 」


武器屋の店主は、何かを思い出したかのように、声を上げた。


「さっき、おまえさんとこの――」


「あ! ああ! 分かっています! 分かっているので、言わなくてもいいです! 」


武器屋の店主が口を開いたところで、ロシが大きな声を上げた。


「あん? なんでぇ、知ってたのか…」


「ええ。ですので、心配はいりませんよ」


「そうか……じゃ、メルガフロラクタを取ってくる…」


ロシが返事をすると、武器屋の店主は、店の奥の方に向かった。


「メルガフロラクタ……か。武器……なのだろうが、まったく想像できない…」


ずっと、ロシの扱う武器のことを考えていたイアンが、口を開いた。


「無理もありません。少し変わった剣でして――」


「ほれ、持ってきたぞ」


武器屋の店主が戻ってきて、ロシにニ振りの剣を渡した。

どちらの剣も鞘に収まっており、鞘には皮革で作られた帯がついている。


「ありがとうございます」


ロシは、ニ振りの剣を受け取ると、鞘に付けられた帯をそれぞれ左右の肩に、袈裟懸けでかける。

すると、帯はロシの胸部で交差し、これによりニ振りの剣を背負うことができた。


「よっ! 」


ロシは、背負ったニ振りの剣を抜き、それぞれ左右の手に持つ。


「ほう、二本の剣を操るのか。しかし、柄の長い剣だな…」


ロシの持つ剣は、幅の広く刀身の両側に刃を持つブロードソードのようである。

身長の高いロシが使う分、剣の全長は長い。

従来のものと違い、刀身と柄の部分が同じくらいの長さであった。


「振り回しやすいように、柄を長くしたのです。そして…」


ロシは、ニ振りの剣の柄頭(つかがしら)同士を当て――


カチッ!


何かの音がした後、ニ振りの剣は一つの武器になった。


「おお。柄の両側が刀身の武器か…」


「ええ。メルガフロラクタ―デュアル……これが私の得物です」


ロシは、ニ振りの剣が一つになった武器――メルガフロラクタ―デュアルを両手で持ちながら答えた。


「しかし、このデュアルは、取り扱いが難しいので、毒が残っている今では、扱いきれる自信がありません…」


カチャ!


ロシは、メルガフロラクタ―デュアルを分離すると、左右の剣を背中に背負う鞘に収めた。


「また! おまえさんなら、どんな状態、どの状況でも扱っちまうだろ! 」


「ははは……流石に、限度を超えた無茶はできません。当分は、ツイン……いや、シングルでいきます」


笑う武器屋の店主に、ロシは苦笑いで答えた。


「それで……今回は、いくらになるでしょうか? 」


ロシが、武器屋の店主に訊ねる。


「あん? いらねぇよ。こんな武器、おまえさん以外は誰も使おうとしねぇ。倉庫の空きができるてことで、チャラにしてやるよ」


「ああ…また、そんなことをして…」


ロシは、困った表情を武器屋の店主に向ける。


「うるせェ! おまえさんには、大きな貸しがある。それを返させやがれ! 」


「……何かあったのだな。ロシよ、店主の好意を素直に受け取っておけ」


「……分かりました。では、メルガフロラクタは有り難く頂戴します。ありがとうございます」


ロシは、武器屋の店主に頭を下げた。


「はっ! 知らねぇよ! 」


武器屋の店主は、そう答えたが、顔は笑っていた。


「これで、準備は整ったか。では、早速行くとしよう」


「ええ」


イアンとロシは、町を出るために歩き始めたが――


「おい! ロシの小僧! 」


武器屋の店主の声に呼び止められ、後ろに体を向ける。

すると、武器屋の前に店主が立っており、こちらに体を向けていた。


「メルガフロラクタの在庫は、まだあるからよ! また、無くしちまったら取りに来いよな! 」


武器屋の店主は、そう言いながら、右手を上げて、左右に振り出した。


「……分かりました! 」


ロシは、微笑みながらそう答えると、(きびす)を返して、再び歩き始める。


「おまえ達は、良い奴なのだな…」


ロシの横を歩くイアンが、そう呟いた。


「ええ、あの方は紛れもなく良い人です……でも、私はもう三十三歳……彼は、いつまで私を小僧呼ばわりするつもりなのでしょうか…」


「……さあな…」


イアンとロシは、町の外を目指して歩き続ける。

ロシは、目が細く表情が読み取り辛いが、この時、彼は笑っていた。

イアンは、彼の横顔を見て、何となくそう思った。




2016年10月19日――誤字修正

振り回しやすいように、柄を長くしのです。 → 振り回しやすいように、柄を長くしたのです。


2016年12月4日――誤り修正

しかし、このダブルは → しかし、このデュアルは

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