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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
九章 彷徨うアックスバトラー
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二百二十九話 波乱の冒険 その予兆

 エライエル――


その町は、ウルドバラン大陸にある。

位置は、大陸の西側とも東側言えない中央の地域の南部で、海に面した港町だ。

この町がある地域一帯は、どの国も保有していない地域である。

そのため、自分達が行政や治安維持を行う自治都市や村が点々と存在している。

エライエルもその中の一つに数えられ、漁業と別大陸からやってきた船との交易で、この町は栄えている。





「……ゾンケット王国とバルヒルター王国の戦争は、まだ終わらんのかね」


エライエルの町を歩く男が、そう呟いた。

彼は、背中に大きな荷物を背負っている。


「はっ! 稼ぎ時じゃないのよ。ここからじゃ、バルヒルター王国が近いし、あの国にも商いをしに行ったらどうだ? 」


その隣を歩く男が、そう言った。

彼も大きな荷物を背負っており、二人はどうやら商人のようであった。


「バカ言えよ。傭兵団の一つでも護衛をつけないと、命がいくつあっても足りねぇよ。俺達みたいな木っ端な商人には、到底手が出せねぇ市場だよ…」


「ガハハ! それもそうだな! 戦争が終わるまで俺達木っ端商人は、この辺で平和に商いしてようや。ま、この辺でも多少の危険はあるがね…」


二人は、その後もあれやこれやと会話をしながら、歩き去っていく。


「……ラストンの言っていた通りだな。しかもまだ終わっていないのか…」


二人の商人とすれ違った少年が、そう呟いた。

その少年の服装は、黒いシャツの上に明るい茶色のジャケットを羽織り、暗い茶色の長ズボンを履き、足には黒色のブーツを身につけていた。

後ろ腰のベルトには、縫われた革製の筒が二つあり、そのどちらにも戦斧の柄が刺さっている。

右肩から袈裟懸けに、長い帯が着いた頑丈なカバンをかけている。

髪は、水色に近いような青色であり――


「あの男……のような格好をしている女性……素敵だ…」


「はぁ……カッコイイ……あんなカッコイイ女性になりたいわ…」


道行く人々の目線を引くほどの女性のような容姿を持っていた。

少年の名は、イアン・ソマフ。

彼は、リサジニア共和国を出て、エライエルに辿り着いていた。

ここに来るまで、イアンはナース服という服を着ていたのだが、エライエルに辿り着くや否や服屋に向かい、今の服装に着替えていたのである。


「……オレは、男だ…」


イアンは、そう呟くと港に向かって歩きだした。

彼が何故この町にいるのか。

ここに来ようとしたのには、ちょっとした事情がある。

イアンはバイリア大陸に向かおうとしていた。

その理由は、かつて別れた少女達との再開の日が近いからだ。

しかし、リサジニア共和国からは、バイリア大陸行きの船は出ていない。

そのため、リサジニア共和国から近く、バイリア大陸行きの船が出るエライエルに来たのだ。

しばらく歩き続け、イアンはエライエルの港に辿り着いた。

そこにある乗客船の受付所に向かい――


「バイリア大陸行きの船は何時出発する? 」


と、受付をしていた男性に訊ねた。


「バイリア大陸……ああー、今は無いな」


受付の男性は、番台の上に置かれた紙束を何枚か捲った後、そう答えた。


「なに? 」


その男性の言葉に、イアンは眉を寄せる。


「お客さんは、まだ知らないようだが、バイリア大陸行きの船が壊れちまってな。しばらくの間、運休だよ」


「修理にはどれくらい時間がかかる? 」


「うーん……現段階じゃあ三ヶ月だが、あくまでも予定だ。短く見積もっても、半年はかかるだろうよ」


「……そうか」


イアンは、表情を僅かに曇らせる。

修理に半年かかれば、航海の時間を足せば、バイリア大陸に着くまでに一年以上かかってしまうかもしれない。


「……では、他の港で、バイリア大陸に向かう船がある場所はないだろうか? 」


「……アロクモシア。ここから西にある国だ。そこからなら出てるかもな」


「おお、あるのか。では、そこに向かう船はあるだろうか? 」


打開策が見つかり、イアンの表情が僅かに明るくなる。


「あるが、一年待つぜ? 」


「一年だと? 」


イアンは、再び眉を寄せた。


「時期が悪いな、嬢ちゃん。こっからアロクモシアは、船で十日ほどだが、今は行けねぇんだ」


「何故だ? 海が凍りでもするのか? 」


「いや、海が凍る時期はまだ先だ。船を出せねぇ理由は、あっちに向かう途中の海に、巨大な魔物の巣があって、この時期になると魔物が巣に帰んだよ」


エライエルとアロクモシアの間の海には、彼の言うとおり魔物の巣がある。

巣は海の奥深くにあるとされているが、巣の主である魔物の気性が荒く、上を通過しただけで、襲いかかってくるという。

狙われた船は、例外なく沈没しているため、今の時期になれば、アロクモシア行きの船を止めさせていた。


「魔物の巣……そこを避けていくことはできないのか? 」


「できたらやってる。だが、巣の周辺をでっけぇ魔物彷徨いてる時があんだ。危険すぎる、海賊でもやんねぇよ」


「……そうか」


再び、イアンは表情を暗く、顔を俯かせた。

しかし――


「……待てよ」


イアンは、顔を上げる。


「なぁ、アロクモシアはこの西にあると言ったな。同じ大陸の中にあるのか? 」


「……あそこもウルドバラン大陸にある国だ」


「行けるのだな。よし」


イアンはそう言うと、踵を返して歩きだした。


「あ! おい、どこに行くつもりだ」


受付の男が番台から身を乗り出して、イアンを呼び止める。


「アロクモシアだ」


「ほ、本気で言っているのか? 」


受付の男が呆れた表情をする。

その表情を見つめて、イアンは首を傾げ――


「どういうことだ? 」


と、訊ねた。

何か事情があるのかと思ったのだ。


「けっこう苦労するぜ? 途中、山脈……は坑道があるからいいとして、アロクモシアの周辺は危険だ」


「魔物か? なら、安心しろ。腕には、自信がある」


「いや、魔物も危険だが、最近、あの周辺から良くない噂を聞く……口で言うのも悍ましいぜ…」


「……? 」


イアンは、受付の言わんとすることが分からず、首を傾げた。


「とにかく、歩いていくのは危険だ。時間をかけても、ここで待ってたほうが利口だぜ? 」


「……そうか。だが、オレは行く」


イアンは再び、踵を返して歩きだした。

しかし、少し歩いたところで足を止めて、振り返る。


「すまない。どれくらいの時間はかかるだろうか? 」


「……チッ。早くても一ヶ月くらいだろうよ! 行くか行かないかは、お前の自由だが、ちゃんと俺は忠告したからな! 」


「ああ、分かっている。心配は無用だ」


イアンは、受付の男にそう返すと、再び歩きだした。







 エライエルとアロクモシアの間には、ヒリアソス山脈が連なっている。

ヒリアソス山脈の規模は広く、迂回しようとすれば、多くの月日を費やすことになる。

従って、あまり時間をかけたくないのであれば、山脈を越えるしかないのだ。

しかし、この山脈には坑道が存在している。

かつて、鉱石などを採掘するために掘られた坑道で、アロクモシア側に繋がっているとされている。

イアンは今、その坑道の入口があるとされる場所を目指して歩いていた。


「む…」


草原の中、北へ続く一本道を歩いていたイアンだが、その道が二手の別れ始めた。

イアンは足を止め、二つの道の先を見る。

一つの道は真っ直ぐ続いており、その先には森があった。

もう一方の道は、北東の方へ続いており――


「……おや? 道に迷ったのかな? お嬢さん」


その道から、幌馬車に乗る中年の男性がやってきた。

彼は馬車の上から、イアンに微笑みを向けている。


「……迷ったわけではない。だが、道について聞きたいことがある」


イアンは中年の男に顔を向ける。


「そちらの道を行けば、森を迂回して、ヒリアソス山脈の坑道に行けるか? 」


「坑道? うーん……森は迂回できるけど、坑道からたいぶ遠くなるよ」


「そうか……むぅ…」


イアンは頭を俯かせ、腕を組みだした。


「それにこっちの道は、今は危険だよ」


「何故だ? 」


「盗賊が出るのですよ…」


中年の男は、困った顔をしながら、そう答えた。

大陸中央から流れるユーンと呼ばれる大河がある。

ユーン大河は、大陸中央から流れる広大な河で、エライエルからバルヒルター王国に行くとなると、この大河を越えなければならない。

中年の男がやってきた道は、その大河を越えるための大橋に続いている。

橋を越えると、点々と小山がある草原地帯があり、そこをさらに東に行くとバルヒルター王国に辿り着く。

しかし、橋を越えてからの草原地帯に、様々な盗賊達が潜んでおり、バルヒルター王国に向かう、或いは、王国から出る商人に襲いかかることが多々あるのだ。


「盗賊……む? おまえは、バルヒルター王国から来たのか? 」


「ええ」


「そんな危険な場所を一人で? 」


「幌馬車を襲う盗賊はいませんよ」


「……? 」


商人の言っていることが理解できず、イアンは首を傾げたが――


「……ああ…」


程なくして理解し、イアンは僅かに眉間に皺を寄せる。

商人の後方、幌馬車の中に複数の男達がいるからだ。

彼らは皆、頑強な鎧に身を包み、デレデレとした表情で、イアンに手を振っている。


「しかし、何事にも例外というものはあります。油断はできません。」


「む……? 例えば、屈強な連中と戦うことを厭わない者か? 」


「ええ……かなり強いらしく、蹴りで鎧が凹んだり、二メートルを越える巨漢を片手で持ち上げたり、果ては幌馬車ごと踏み潰されるという被害を聞いています」


「……滅茶苦茶だな…本当にいるのか? そんなやつ…」


イアンが、苦笑いを浮かべる。


「強い…というのは、確かなことだと思いますけど、色々と信用できない情報がありますね。例えば、その者が年端もいかない少女であったとか…」


中年の男も苦笑いを浮かべた。


「ほう…………」


イアンは、顎に手を当て、口を閉ざした。

この時、彼は無意識に、視線を左上方向に向けていた。


「……ふむ、そちらの道が危険だということは分かった。だが、オレも腕には多少の覚えがある。こちらの道に進もう」


しばらくすると、イアンは口を開いて、幌馬車の横を通り抜けていった。


「お気をつけて! 危なくなったら、すぐ逃げるのですよ! 」


中年の男は、イアンの背中に、そう声を掛けた。

去っていくイアンの片手を上げる仕草を見ると、中年の男は手綱を引き、エライエルへ向けて進みだした。







 北東を進んだイアンは、今は北に進んでいた。

彼が歩く道の脇には、大河の川辺があり、これにそって道を進んでいるのだ。

しばらく、進んでいるとイアンの目に、大河にかかる大きな橋が見えた。

その橋は、遠目からでも石煉瓦で作られていることが分かる。


(……長いな……やはり、くるべきではなかったか? )


橋の長さから、イアンはそう思わざる負えなかった。


「……ん? 」


その時、イアンの足が止まり出す。

道の真ん中に立ち尽くすイアン、その目が向いているのは前方の川辺であった。


「……! 」


程なくして、イアンは、その視線の先を目指して走り始めた。

目指していた場所に辿り着くと、イアンはそこにあったものを抱え、川辺にそっと寝かせた。

川辺にあったのは、下半身が河に浸かった状態で倒れている男性であった。


「……息はまだある……いくつかの刀傷があるが……戦った後か? 」


イアンは、その男性を仰向けに寝かせると、服を脱がし、彼の容態を診る。


「河……泳いで移動して、体力を消耗……だが…」


イアンは、男性の顔に目を向けた。

男性の表情は、苦悶の色に染まっている。


「……何を苦しんでる? 」


それがイアンに疑問を抱かせ、その正体を探るために、彼の体を見回す。

怪しい部分は見つからず、男性の体をうつ伏せにした時――


「…………ああ、これか…」


イアンは原因らしきものを見つけた。

それは彼の背中にあり、他の刀傷等の傷と比べて小さい部類の傷であった。


「矢傷……逃走時に負った傷か…」


その小さい傷は、一点に肉の損傷が集中しており、その特徴からイアンは矢傷であると判断した。


「深くはない……なら、毒か…」


そして、矢傷を受けた時に、矢先に塗ってあった何かしらの毒を受けたのだと推測した。

イアンは、肩にかけていたカバンを川辺に置き、中に手を入れて何かを探り始める。


「具合から判断して、大した毒じゃなさそうだ。手持ちの薬で解毒(げどく)してから、エライエルに運ぶとしよう」


イアンは、カバンの中から、一瓶(びん)の小さな薬を取り出した。

彼のカバンの中には、主に治療薬の類が入っており、また、それらを作るための道具も入っている。

イアンはリサジニア共和国で、ナースとして鍛え上げらた経験を持つ。

特に薬の分野に長けており、研修期間中にリサジニア共和国内の薬剤師の免許を取得していた。


「よし、これで…………」


イアンは、薬の瓶の蓋を開けようとしたが、彼の体は時が止まってしまったかのように動かなくなった。


「…………危うい。こいつを攻撃した奴は、何が何でもこいつを殺したかったのか…」


イアンは、そう呟くと、男性の体を背負って、エライエルを目指して歩き始めた。

男性の体を背負うイアンは、無表情である。

しかし、彼の額には冷たくなった汗で湿り、左右の手は滴り落ちるほど、手汗で濡れていた。




2016年 10年18日 誤字修正

あの国にも商いを市に行ったらどうだ? → あの国にも商いをしに行ったらどうだ?


手持ちの薬で解読 → 手持ちの薬で解毒


セリフ抜け修正-----------------------------------


「それにこっちの道は、今は危険だよ」


「何故だ? 」 ←追加


「盗賊が出るのですよ…」


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