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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
八章 都市探偵 ――奇怪事件と異様な骨董品――
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二百二十八話 休息の日々の終わり

 イアン達がジグスの見舞いに行った次の日。

彼等四人は、探偵事務所の中にいた。

四人は、テーブルを取り囲むように立っており、テーブルの上には、今まで集めてきたアンティレンジが並べられていた。


「これで全部……壊れたものもあるけど…」


それらを眺めるもう一人の人物がいた。


「ああ。巨人になったあいつを倒すためには、破壊するしかなかったのだ、メロクディース」


イアンが、その人物に砂時計が破損した理由を述べる。

その人物とは、メロクディースのことであった・


「なら、仕方ないか……アンティレンジの回収。この依頼は達成された。皆、ありがとうね」


メロクディースはそう言うと、並べられたアンティレンジを布にまとめ始める。


「……なんか、雑だな。大丈夫か? 」


「大丈夫、大丈夫。使おうと思わなきゃ、能力は発動しないから」


「いや、そういうことではないのだが…」


イアンは、アンティレンジの詰まった布を背負うメロクディースを不安げな表情で見ていた。

アンティレンジの中には割れ物もある。

それが割れてしまわないか、イアンは不安であった。


「はぁ……やっと依頼達成だぜ。長かったな…」


「そうね。長かったわ…」


「そうかい? ボクは、短かったように思うけど…」


ヴィクター、ケイルエラ、リトワが、アンティレンジを探していた期間について、口にした。


「ところで、報酬は無いのかい? 」


リトワが、メロクディースに訊ねる。


「ああ、そうだ。報酬を払ってなかったね」


メロクディースあそう言うと、背負っていた布を下げ、テーブルの上に置いた。


「さ、好きなの選んでいいよ」


「「「え? 」」」


ヴィクター達三人は、間の抜けた声を出した。


「メロクディースよ、お前の言葉をそのまま受け取れば、まるで、アンティレンジが報酬のようだが…」


一人、特に反応の無かったイアンが、メロクディースに訊ねる。


「そうだよ。この中から……そうだね。人数分、持っていってもいいよ」


「むぅ…何故、貰ってもいいのかを聞きたい」


「何故って……ありゃ? 言ってなかったっけ? 」


「……多分、聞いていない」


「そっか。アンティレンジの回収を依頼したのは、その能力を悪いことに使われるのを防ぐため。アンティレンジによる被害を出さないためだよ」


彼女の言葉に、イアンを始めヴィクター達も頷く。


「要は、悪い奴の手に渡らなきゃいいってこと。みんなは、アンティレンジを悪用しないよね? というか、うまく使ってくれるはず」


「そういうことか…」


イアンは、メロクディースの言葉を聞き、彼女の行動に納得した。

それは、ヴィクター達も同様である。


「じゃ、選んでどうぞ。この私が、他人に物を譲るなんて滅多に無いことなんだからね! 」


メロクディースは、左右の手を広げて優美に振舞った。


「……悪ぃけど、報酬はいらねぇや…」


「そうね。ヴィクターがそう言うのなら」


「うん」


ヴィクター達は、テーブルに広げられたアンティレンジに手を伸ばすことはなかった。


「あったら便利だけどよぉ、そんなもん俺達には必要ねぇ。これからは、自分達の力で事件を解決していくさ」


「ふーん……イアンはいいの? 」


メロクディースがイアンに顔を向ける。


「オレも必要無いな。何しろ、わけの分からん力を持ったものばかりだ。使い方を間違えて、自分を攻撃してしまうかもしれん…」


「そう? なら、全部私が持って行っちゃうね」


メロクディースは、再びアンティレンジを布に包む。


「よし、もう行こうかな。またアンティレンジみたいな物が持ち込まれたら、この国に来るよ」


メロクディースはそう言うと、アンティレンジを包んだ布を背負い、出口のドアに向かって歩きだした。


「へっ、その時はまた、俺達に依頼しろよ? また解決してやるからよ」


ヴィクターが、メロクディースの背中に向かってそう言った。


「うん。その時はよろしくね。じゃあね」


メロクディースは振り向いてそう言った後、探偵事務所を後にした。


「奴もこの国を去るか‥…次は、俺の番だな…」


彼女が出て行ったドアを見つめながら、イアンはそう呟いた。


「あ……そっか。イアンも出て行っちまうんだよな…」


その呟きを聞き、ヴィクターが暗い表情をする。


「少し困るわね。エースがいなくなっちゃうのは…」


「そうだね…」


ケイルエラとリトワも暗い表情であった。


「……あん? 今の聞き捨てならねぇな。探偵事務所のエースは俺だろうが! 」


二人の発言に、ヴィクターは自分に指を差しながら抗議する。


「え? あんたよりも、イアンさんの方が活躍してたと思うけど」


「イアンさんの方が強いしね」


「うぐっ!? そう言われると……参ったなぁ。あ、じゃあ、今までのエースはイアンで、これからのエースは俺ってことで! 」


「これからって……まだ何も始まってないでしょ…」


「はぁ…ヴィクター先輩がエースになれる日は遠いね…」


ケイルエラとリトワは、ヴィクターを呆れた目で見ていた。

三人のやり取りを眺めていたイアンは、口を開くと――


「気が早いぞ。まだ、しばらくはここにいるつもりだ」


と、ヴィクターに言った。


「あん? そうかよ。じゃあ、出て行く日が決まったら教えろよ? みんなで、見送りに行くからよぅ」


「ああ、分かった」


イアンは頷いて答えた。







 ガルトとの戦い及び、アンティレンジの回収依頼が終わってからは平和な日々が続いた。

ジグスも退院し、探偵事務所もようやく営業を再開する。

イアンは、午前はイオの手伝いをし、午後からは探偵の仕事をこなす日々を送っていた。

日を増す事に、お金はどんどん溜まっていき、船代が貯まるのも、そう長くはない話であった。

そんなある日、イアンはイオと共に、ケージンギアの駅にいた。

その時は午後。

花を売りに来たのではなく、二人で遊びに来たのである。


「……」


イオが隣のイアンを半目で見つめる。


「む? イオ、どうした? 」


その視線に気づき、イアンはイオに何事か訊ねる。


「いやぁ……相変わらず、ナンセンスだなって。この日くらいは、男の子の格好でも良かったんじゃないかなーって。私は、ちょっと気合入れてきたのに…」


イオは不満そうな表情で、そう答えた。

イアンの格好は、いつものようにナース服である。

それがイオには気に入らないようであった。

ちなみに、イオの格好はというと、袖の無い白いシャツに、紺色の丈の短いスカートを身につけていた。

さらに、シャツの襟元には桜色リボンを付け、細長い両足には、膝上までを包む長い靴下を履いていた。


「あ、そういえば、まだ感想聞いてなかった。どう? 私の今の服装は? 」


イオは、イアンの前でくるりと回った後、自分が魅力的に見えるようポーズをとった。

そんなイオをイアンはじっと見つめ――


「スカート……だったか? 丈が短すぎる気がする…」


と口にした。


「えーっ!? 」


イアンの発言を聞いた途端、イオのポーズが一気に崩れた。


「そうじゃないでしょ! そんな意見は求めてなかった」


イアンに詰め寄ってゆくイオ。


「お、おお…いや、そんなこと言われても、気になったのでな…」


彼女の剣幕に圧され、イアンは申し訳なさそうな表情で答えた。


「まったく! スカートの丈はこれでいいの! この長さだと、足が細く見えるから」


「なに? 言われてみれば、いつもの花屋の格好よりは、細く見える気が…」


「ちょ!? そんなに見ないで! 恥ずかしい…! 」


イアンに足を見つめられ、イオはスカートの裾を引っ張って、彼の目から見えないようにする。


「……」


イアンは、イオの足を見つめるのをやめ、顔を上げた。

この時、イアンは「なら、もっと長いスカートを履けばいいだろう」を口にしようとしたが、寸でのところでやめた。




 その後、イアンとイオは、ケージンギアを歩い回った。

イオは服屋が目に入ればそこへ入り、何かしらの買い物をする。

彼女の買ったものは、歩くたびに増えていき、ほとんどのものをイアンが持つことになっていた。

やがて、日が暮れ始め、二人はロープワゴンに乗って、フェラワ村に帰った。


「うーん、疲れたぁ!今日は、けっこう買っちゃたね! 」


ファラワ村の駅の前で、大きく体を伸ばす。

その顔は満足感溢れる笑顔であった。


「けっこう? これがけっこう? 」


大量の荷物を抱えるイアンは、視界が悪い中、疑問を持たざるを得なかった。


「あはは……そうだ。イアンさん、ちょっと花園に寄っていい? 」


「花園? 構わんが、何をするつもりだ? 」


イアンは積み上げた荷物から顔を出し、イオに訊ねる。


「ちょっとね……寄っていこう…」


イオはそう言うと、花園の方に向かって歩いて行った。


「……? 」


イアンは釈然としないまま、彼女についていった。

しばらく、歩き続けた後、イアン達は花園に辿り着いた。

花園には、色とりどりの花が咲いているが、今は夕暮れどき。

夕日に照らされ、皆、赤みがかった色をしていた。


「……む? どうした? イオ」


前方を歩くイオがおもむろに足を止める。

それに疑問を思い、イアンは彼女に訊ねた。


「ねぇ……イアンさん。ここって、良いところでしょ? 」


すると、イオはイアンに振り返ることなく、そう言った。


「……ああ。良いところだと思う」


「そうでしょ? なら、ここに住もうとは思わないの? 」


「……それもいいかもな…」


イアンがそう答えると、イオは彼の方に体を向けた。


「なら、ここで暮らそうよ。外に出れば、魔物とかと戦わなくちゃいけないんでしょ? そんな世界より、この国で暮らした方が絶対に幸せになれる! 」


イオはそう言うと、イアンの元へ歩み寄り、彼の手を強引に掴み取る。

その拍子に、持っていた荷物が地面に落ちてしまうが、イオは気にせず、掴んだイアンの手を両手で包み込み――


「もう……戦うのはやめよ。ね、イアンさん…」


優しくイアンに微笑みかけた。

イアンはその微笑みをじっと見つめた後、ゆっくりと目を閉じた。

その時、彼の脳裏に浮かぶのは、この国来てからの出来事。

イオの言うとおり、この国で過ごした日々の大半は平和なものであった。

彼女の他にも、ヴィクター達とも出会うことができた。

ここで暮らせば、本当に自分は幸せになるだろう――


「いや……」


と、イアンは思ったが――


「それはできない」


首を横に振り、イオの手を優しく振り払った。


「……え……なん…で…? 」


イオは、イアンが断る意味が理解できず、呆然とする。

そんな彼女を説得するため、イアンは彼女の両肩に手を置き――


「すまんな。オレには、ある約束しているやつ等がいる。それを忘れることはできん」


と言った。

その言葉を聞き、イオは顔を俯かせる。

彼女はそれから、口を開くことはなかった。

イアンは彼女の肩から手を離すと、地面に落ちた荷物を拾い始める。


「おまえは……ここで暮らすといい。おまえの言う通り、他の大陸には魔物がいる。その他にも危険が沢山ある。そんな世界で暮らすよりは、ここで暮らしたほうがマシだ」


イアンは、落ちてしまった荷物を全て拾い上げ、イオに背中を向ける。


「夜が来る。イオ、帰ろう」


「……うん、分かった…」


黙っていたイオだが、イアンに返事をした。

そして、彼女は走ってイアンの前に向かい――


「ごめんね、変なこと言って。イアンさん、ずっとこの国から出るために、働いてたもんね。うん、早く帰ろう! 」


とイアンに言うと、彼の前を歩き始めた。


「あ、ああ…」


その切り替えの早さに戸惑いつつ、イアンは彼女の後ろを歩き始める。


「ところで、イアンさんは、いつこの国を出るの? 」


「む? まだ決まっていない」


「いつぐらいになりそう? 」


「いつ……このままいけば、二週間後くらいには…」


「二週間……なら、ギリギリいけるかも…」


「……? 何がギリギリなんだ? 」


イオの呟きを耳にし、イアンは彼女に訊ねる。


「へ? いや、何でもないよ! あ! だんだん暗くなってきた。ほら、イアンさん、急いで! 」


「む? 急ぐのは分かったが……こら、引っ張るんじゃない」


イアンの服を引っ張り、彼を急かすイオ。

ぐらぐらと揺れる荷物を落とさないようイアンは必死であった。

そのせいでイアンは気づくことは出来なかったが、この時のイオは、決意に満ちた目つきをしていた。







 ――二週間後、朝。


この日、イアンはリサジニア共和国を出ることにした。

彼の予想した通り、この二週間でお金が溜まったのである。

今、イアンはポトエントラの船着場におり、目の前には見送りに来た――


「いやぁ、イアンくんがいなくなると寂しくなるねぇ」


「あなたのことは忘れないわ。また会いましょう」


「君がいなくなると、少しつまらなくなるなぁ……イアンさん、君といて楽しかったよ」


ジグス、ケイルエラ、リトワ、そして――


「ううっ……わしのナースが……せっかくのナースが……」


ボロボロと涙を流すラストンの姿があった。


「ジグス、世話になった。ケイ、オレも忘れない。リトワ、オレも楽しかった。ラストン、泣きすぎだ」


イアンは、それぞれに挨拶の言葉を返した。


「それにしても、まだナース服を……もう脱いでも良かったんじゃあないの? 」


ジグスがイアンに訊ねる。

イアンは、この国を出るこの日もナース服を着ていた。


「ここまで、こいつを着てきたのだ。最後まで貫き通すしかあるまい」


「いや、もういいと思うよ…」


決意の固いイアンに、ケイルエラは呆れた声を出す。


「そういえば、ヴィクターくんと、イオちゃんがいないね」


ラストンが、周りを見回す。

ここに、二人の姿は見当たらなかった。


「ヴィクターは、どうせ寝坊だろうけど、イオちゃんは気になるね。何かあったのかしら」


「ちゃんと今日と言ったはずなのだけどな……もうしばらく――」


「まもなく、ウルドバラン大陸エライエル行きの船が出港します。お乗りになられる方は……」


その時、出港の時間が迫っていることを知らせる船員の声が聞こえてきた。


「オレが乗る船だ。むぅ…仕方ない。あの二人には、よろしくと言っておいてくれ」


「あ! 待って、イアンくん」


船に向かおうとしたイアンをジグスが引き止めた。


「忘れるところだった。はい、写真」


シグスはイアンに一枚の写真を手渡した。

その写真には、ジグス、ヴィクター、ケイルエラ、リトワ、イアンの五人の姿が白黒で写っていた。


「これは、あの時の……」


「少し前に出来上がってね。今日、渡そうと思ってたんだ」


「……ありがとう、大事にする…む? 」


イアンが写真を服の中にしまうと、ジグスが右手を差し出してきた。


「イアンくん。向こうは、危険がいっぱいだろうけど、頑張って。君が成すこと……成そうとしていることが叶うよう、僕らはここから応援しているよ」


「……ああ。ありがとう。オレもおまえ達が平和に暮らせるよう祈っておく」


イアンは、ジグスにそう返すと、彼の右手を握って握手を交わした。


「うん。じゃ、行っておいで、イアンくん」


「ああ、またな」


イアンは、ジグス達に見送られ、自分が乗る船に向かった。








 「よぅ、イアン」


イアンが船の前に辿り着くと、そこにヴィクターの姿があった。


「ヴィクター、寝坊したんじゃ…」


「してねぇよ! 流石のオレも、今日は寝坊しねぇよ! どうせ、ケイのやつがそう言ったんだろ? 後で覚えとけよ…」


ヴィクターは、ケイルエラのいるであろう方向を睨みつけた。


「寝坊じゃない。なら、どうして…」


「へへっ、おまえとは、サシで話がしたくてよ。だから、ここにいるのよ」


ヴィクターはそう言うと、イアンの元に向かう。

そして、ヴィクターはイアンの前に立つ。


「イアンよぅ、おまえと出会ってから、色んなことがあったな。正直、おまえがいないと乗り切れなかった場面が山ほどあるぜ」


「それは、お互い様だ。おまえがいなければ、気づかないことがあった」


「ははは! お互い様か! いいね、俺たちゃ良い関係だったよ! 」


イアンの言葉が気に入ったのか、ヴィクターは上機嫌に笑った。


「イアン。おまえは俺の最高のダチ公だ。つまんねぇ、死に方すんじゃねぇぞ」


その後、ヴィクターはイアンの目を真っ直ぐ見つめて、そう言った。


「案ずるな。オレは、そう簡単には死なん。おまえこそ、変なやつに殺されるなよ」


イアンもヴィクターの目を見つめながら、そう返した。


「馬鹿言うなよ! 俺は、もっと強くなる。おまえよりも、強くなるかもしれねぇぞ」


「ほう、大きく出たな。これは、また会う時が楽しみだ」


「くくくっ…」


「ふふっ…」


二人は、やり取りが面白いのか含み笑いをする。

そして、二人は同時に右手を上げ――


「「またな、ダチ公! 」」


パンッ!


ハイタッチをした。

二人はその後、振り返ることなく、イアンは船に乗り、ヴィクターはジグス達の元へ向かった。





 やがて、イアンの乗る船は出港し、リサジニア共和国を出て、遠く離れた大陸を目指して進み出す。

甲板の上に佇むイアンは、海を眺めているが、後方のリサジニア共和国には目を向けない。

あの国はイアンにとって、とても心地の良い場所であり、視界に入れば、あの国で過ごした日々を思い出し、後ろ髪引かれる思いをするからだ。

イアンに、そんな思いをさせる程、あの国で過ごした日々は尊いもの。

冒険者となった彼の人生の中でも、といりわけ平和な時間であり、穏やかに暮らす数少ないチャンスであったと言えよう。


余談ではあるが、数年後のリサジニア共和国で、とある本が流行りだす。

その本は、探偵の物語を記したもので、主人公である探偵の仲間に、警士隊と科学者とナースの三人がいた。

主人公と二人の仲間の元となった人物は、はっきりとしているが、ナースの元となった人物は誰も知らないという。



八章 完


次は九章

イアンは、一旦バイリア大陸へ戻ろうとするが……


2017年9月30日 文章変更

おっして、イアンに詰め寄る。 → イオは、イアンに詰め寄ってゆく。

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