二百二十八話 休息の日々の終わり
イアン達がジグスの見舞いに行った次の日。
彼等四人は、探偵事務所の中にいた。
四人は、テーブルを取り囲むように立っており、テーブルの上には、今まで集めてきたアンティレンジが並べられていた。
「これで全部……壊れたものもあるけど…」
それらを眺めるもう一人の人物がいた。
「ああ。巨人になったあいつを倒すためには、破壊するしかなかったのだ、メロクディース」
イアンが、その人物に砂時計が破損した理由を述べる。
その人物とは、メロクディースのことであった・
「なら、仕方ないか……アンティレンジの回収。この依頼は達成された。皆、ありがとうね」
メロクディースはそう言うと、並べられたアンティレンジを布にまとめ始める。
「……なんか、雑だな。大丈夫か? 」
「大丈夫、大丈夫。使おうと思わなきゃ、能力は発動しないから」
「いや、そういうことではないのだが…」
イアンは、アンティレンジの詰まった布を背負うメロクディースを不安げな表情で見ていた。
アンティレンジの中には割れ物もある。
それが割れてしまわないか、イアンは不安であった。
「はぁ……やっと依頼達成だぜ。長かったな…」
「そうね。長かったわ…」
「そうかい? ボクは、短かったように思うけど…」
ヴィクター、ケイルエラ、リトワが、アンティレンジを探していた期間について、口にした。
「ところで、報酬は無いのかい? 」
リトワが、メロクディースに訊ねる。
「ああ、そうだ。報酬を払ってなかったね」
メロクディースあそう言うと、背負っていた布を下げ、テーブルの上に置いた。
「さ、好きなの選んでいいよ」
「「「え? 」」」
ヴィクター達三人は、間の抜けた声を出した。
「メロクディースよ、お前の言葉をそのまま受け取れば、まるで、アンティレンジが報酬のようだが…」
一人、特に反応の無かったイアンが、メロクディースに訊ねる。
「そうだよ。この中から……そうだね。人数分、持っていってもいいよ」
「むぅ…何故、貰ってもいいのかを聞きたい」
「何故って……ありゃ? 言ってなかったっけ? 」
「……多分、聞いていない」
「そっか。アンティレンジの回収を依頼したのは、その能力を悪いことに使われるのを防ぐため。アンティレンジによる被害を出さないためだよ」
彼女の言葉に、イアンを始めヴィクター達も頷く。
「要は、悪い奴の手に渡らなきゃいいってこと。みんなは、アンティレンジを悪用しないよね? というか、うまく使ってくれるはず」
「そういうことか…」
イアンは、メロクディースの言葉を聞き、彼女の行動に納得した。
それは、ヴィクター達も同様である。
「じゃ、選んでどうぞ。この私が、他人に物を譲るなんて滅多に無いことなんだからね! 」
メロクディースは、左右の手を広げて優美に振舞った。
「……悪ぃけど、報酬はいらねぇや…」
「そうね。ヴィクターがそう言うのなら」
「うん」
ヴィクター達は、テーブルに広げられたアンティレンジに手を伸ばすことはなかった。
「あったら便利だけどよぉ、そんなもん俺達には必要ねぇ。これからは、自分達の力で事件を解決していくさ」
「ふーん……イアンはいいの? 」
メロクディースがイアンに顔を向ける。
「オレも必要無いな。何しろ、わけの分からん力を持ったものばかりだ。使い方を間違えて、自分を攻撃してしまうかもしれん…」
「そう? なら、全部私が持って行っちゃうね」
メロクディースは、再びアンティレンジを布に包む。
「よし、もう行こうかな。またアンティレンジみたいな物が持ち込まれたら、この国に来るよ」
メロクディースはそう言うと、アンティレンジを包んだ布を背負い、出口のドアに向かって歩きだした。
「へっ、その時はまた、俺達に依頼しろよ? また解決してやるからよ」
ヴィクターが、メロクディースの背中に向かってそう言った。
「うん。その時はよろしくね。じゃあね」
メロクディースは振り向いてそう言った後、探偵事務所を後にした。
「奴もこの国を去るか‥…次は、俺の番だな…」
彼女が出て行ったドアを見つめながら、イアンはそう呟いた。
「あ……そっか。イアンも出て行っちまうんだよな…」
その呟きを聞き、ヴィクターが暗い表情をする。
「少し困るわね。エースがいなくなっちゃうのは…」
「そうだね…」
ケイルエラとリトワも暗い表情であった。
「……あん? 今の聞き捨てならねぇな。探偵事務所のエースは俺だろうが! 」
二人の発言に、ヴィクターは自分に指を差しながら抗議する。
「え? あんたよりも、イアンさんの方が活躍してたと思うけど」
「イアンさんの方が強いしね」
「うぐっ!? そう言われると……参ったなぁ。あ、じゃあ、今までのエースはイアンで、これからのエースは俺ってことで! 」
「これからって……まだ何も始まってないでしょ…」
「はぁ…ヴィクター先輩がエースになれる日は遠いね…」
ケイルエラとリトワは、ヴィクターを呆れた目で見ていた。
三人のやり取りを眺めていたイアンは、口を開くと――
「気が早いぞ。まだ、しばらくはここにいるつもりだ」
と、ヴィクターに言った。
「あん? そうかよ。じゃあ、出て行く日が決まったら教えろよ? みんなで、見送りに行くからよぅ」
「ああ、分かった」
イアンは頷いて答えた。
ガルトとの戦い及び、アンティレンジの回収依頼が終わってからは平和な日々が続いた。
ジグスも退院し、探偵事務所もようやく営業を再開する。
イアンは、午前はイオの手伝いをし、午後からは探偵の仕事をこなす日々を送っていた。
日を増す事に、お金はどんどん溜まっていき、船代が貯まるのも、そう長くはない話であった。
そんなある日、イアンはイオと共に、ケージンギアの駅にいた。
その時は午後。
花を売りに来たのではなく、二人で遊びに来たのである。
「……」
イオが隣のイアンを半目で見つめる。
「む? イオ、どうした? 」
その視線に気づき、イアンはイオに何事か訊ねる。
「いやぁ……相変わらず、ナンセンスだなって。この日くらいは、男の子の格好でも良かったんじゃないかなーって。私は、ちょっと気合入れてきたのに…」
イオは不満そうな表情で、そう答えた。
イアンの格好は、いつものようにナース服である。
それがイオには気に入らないようであった。
ちなみに、イオの格好はというと、袖の無い白いシャツに、紺色の丈の短いスカートを身につけていた。
さらに、シャツの襟元には桜色リボンを付け、細長い両足には、膝上までを包む長い靴下を履いていた。
「あ、そういえば、まだ感想聞いてなかった。どう? 私の今の服装は? 」
イオは、イアンの前でくるりと回った後、自分が魅力的に見えるようポーズをとった。
そんなイオをイアンはじっと見つめ――
「スカート……だったか? 丈が短すぎる気がする…」
と口にした。
「えーっ!? 」
イアンの発言を聞いた途端、イオのポーズが一気に崩れた。
「そうじゃないでしょ! そんな意見は求めてなかった」
イアンに詰め寄ってゆくイオ。
「お、おお…いや、そんなこと言われても、気になったのでな…」
彼女の剣幕に圧され、イアンは申し訳なさそうな表情で答えた。
「まったく! スカートの丈はこれでいいの! この長さだと、足が細く見えるから」
「なに? 言われてみれば、いつもの花屋の格好よりは、細く見える気が…」
「ちょ!? そんなに見ないで! 恥ずかしい…! 」
イアンに足を見つめられ、イオはスカートの裾を引っ張って、彼の目から見えないようにする。
「……」
イアンは、イオの足を見つめるのをやめ、顔を上げた。
この時、イアンは「なら、もっと長いスカートを履けばいいだろう」を口にしようとしたが、寸でのところでやめた。
その後、イアンとイオは、ケージンギアを歩い回った。
イオは服屋が目に入ればそこへ入り、何かしらの買い物をする。
彼女の買ったものは、歩くたびに増えていき、ほとんどのものをイアンが持つことになっていた。
やがて、日が暮れ始め、二人はロープワゴンに乗って、フェラワ村に帰った。
「うーん、疲れたぁ!今日は、けっこう買っちゃたね! 」
ファラワ村の駅の前で、大きく体を伸ばす。
その顔は満足感溢れる笑顔であった。
「けっこう? これがけっこう? 」
大量の荷物を抱えるイアンは、視界が悪い中、疑問を持たざるを得なかった。
「あはは……そうだ。イアンさん、ちょっと花園に寄っていい? 」
「花園? 構わんが、何をするつもりだ? 」
イアンは積み上げた荷物から顔を出し、イオに訊ねる。
「ちょっとね……寄っていこう…」
イオはそう言うと、花園の方に向かって歩いて行った。
「……? 」
イアンは釈然としないまま、彼女についていった。
しばらく、歩き続けた後、イアン達は花園に辿り着いた。
花園には、色とりどりの花が咲いているが、今は夕暮れどき。
夕日に照らされ、皆、赤みがかった色をしていた。
「……む? どうした? イオ」
前方を歩くイオがおもむろに足を止める。
それに疑問を思い、イアンは彼女に訊ねた。
「ねぇ……イアンさん。ここって、良いところでしょ? 」
すると、イオはイアンに振り返ることなく、そう言った。
「……ああ。良いところだと思う」
「そうでしょ? なら、ここに住もうとは思わないの? 」
「……それもいいかもな…」
イアンがそう答えると、イオは彼の方に体を向けた。
「なら、ここで暮らそうよ。外に出れば、魔物とかと戦わなくちゃいけないんでしょ? そんな世界より、この国で暮らした方が絶対に幸せになれる! 」
イオはそう言うと、イアンの元へ歩み寄り、彼の手を強引に掴み取る。
その拍子に、持っていた荷物が地面に落ちてしまうが、イオは気にせず、掴んだイアンの手を両手で包み込み――
「もう……戦うのはやめよ。ね、イアンさん…」
優しくイアンに微笑みかけた。
イアンはその微笑みをじっと見つめた後、ゆっくりと目を閉じた。
その時、彼の脳裏に浮かぶのは、この国来てからの出来事。
イオの言うとおり、この国で過ごした日々の大半は平和なものであった。
彼女の他にも、ヴィクター達とも出会うことができた。
ここで暮らせば、本当に自分は幸せになるだろう――
「いや……」
と、イアンは思ったが――
「それはできない」
首を横に振り、イオの手を優しく振り払った。
「……え……なん…で…? 」
イオは、イアンが断る意味が理解できず、呆然とする。
そんな彼女を説得するため、イアンは彼女の両肩に手を置き――
「すまんな。オレには、ある約束しているやつ等がいる。それを忘れることはできん」
と言った。
その言葉を聞き、イオは顔を俯かせる。
彼女はそれから、口を開くことはなかった。
イアンは彼女の肩から手を離すと、地面に落ちた荷物を拾い始める。
「おまえは……ここで暮らすといい。おまえの言う通り、他の大陸には魔物がいる。その他にも危険が沢山ある。そんな世界で暮らすよりは、ここで暮らしたほうがマシだ」
イアンは、落ちてしまった荷物を全て拾い上げ、イオに背中を向ける。
「夜が来る。イオ、帰ろう」
「……うん、分かった…」
黙っていたイオだが、イアンに返事をした。
そして、彼女は走ってイアンの前に向かい――
「ごめんね、変なこと言って。イアンさん、ずっとこの国から出るために、働いてたもんね。うん、早く帰ろう! 」
とイアンに言うと、彼の前を歩き始めた。
「あ、ああ…」
その切り替えの早さに戸惑いつつ、イアンは彼女の後ろを歩き始める。
「ところで、イアンさんは、いつこの国を出るの? 」
「む? まだ決まっていない」
「いつぐらいになりそう? 」
「いつ……このままいけば、二週間後くらいには…」
「二週間……なら、ギリギリいけるかも…」
「……? 何がギリギリなんだ? 」
イオの呟きを耳にし、イアンは彼女に訊ねる。
「へ? いや、何でもないよ! あ! だんだん暗くなってきた。ほら、イアンさん、急いで! 」
「む? 急ぐのは分かったが……こら、引っ張るんじゃない」
イアンの服を引っ張り、彼を急かすイオ。
ぐらぐらと揺れる荷物を落とさないようイアンは必死であった。
そのせいでイアンは気づくことは出来なかったが、この時のイオは、決意に満ちた目つきをしていた。
――二週間後、朝。
この日、イアンはリサジニア共和国を出ることにした。
彼の予想した通り、この二週間でお金が溜まったのである。
今、イアンはポトエントラの船着場におり、目の前には見送りに来た――
「いやぁ、イアンくんがいなくなると寂しくなるねぇ」
「あなたのことは忘れないわ。また会いましょう」
「君がいなくなると、少しつまらなくなるなぁ……イアンさん、君といて楽しかったよ」
ジグス、ケイルエラ、リトワ、そして――
「ううっ……わしのナースが……せっかくのナースが……」
ボロボロと涙を流すラストンの姿があった。
「ジグス、世話になった。ケイ、オレも忘れない。リトワ、オレも楽しかった。ラストン、泣きすぎだ」
イアンは、それぞれに挨拶の言葉を返した。
「それにしても、まだナース服を……もう脱いでも良かったんじゃあないの? 」
ジグスがイアンに訊ねる。
イアンは、この国を出るこの日もナース服を着ていた。
「ここまで、こいつを着てきたのだ。最後まで貫き通すしかあるまい」
「いや、もういいと思うよ…」
決意の固いイアンに、ケイルエラは呆れた声を出す。
「そういえば、ヴィクターくんと、イオちゃんがいないね」
ラストンが、周りを見回す。
ここに、二人の姿は見当たらなかった。
「ヴィクターは、どうせ寝坊だろうけど、イオちゃんは気になるね。何かあったのかしら」
「ちゃんと今日と言ったはずなのだけどな……もうしばらく――」
「まもなく、ウルドバラン大陸エライエル行きの船が出港します。お乗りになられる方は……」
その時、出港の時間が迫っていることを知らせる船員の声が聞こえてきた。
「オレが乗る船だ。むぅ…仕方ない。あの二人には、よろしくと言っておいてくれ」
「あ! 待って、イアンくん」
船に向かおうとしたイアンをジグスが引き止めた。
「忘れるところだった。はい、写真」
シグスはイアンに一枚の写真を手渡した。
その写真には、ジグス、ヴィクター、ケイルエラ、リトワ、イアンの五人の姿が白黒で写っていた。
「これは、あの時の……」
「少し前に出来上がってね。今日、渡そうと思ってたんだ」
「……ありがとう、大事にする…む? 」
イアンが写真を服の中にしまうと、ジグスが右手を差し出してきた。
「イアンくん。向こうは、危険がいっぱいだろうけど、頑張って。君が成すこと……成そうとしていることが叶うよう、僕らはここから応援しているよ」
「……ああ。ありがとう。オレもおまえ達が平和に暮らせるよう祈っておく」
イアンは、ジグスにそう返すと、彼の右手を握って握手を交わした。
「うん。じゃ、行っておいで、イアンくん」
「ああ、またな」
イアンは、ジグス達に見送られ、自分が乗る船に向かった。
「よぅ、イアン」
イアンが船の前に辿り着くと、そこにヴィクターの姿があった。
「ヴィクター、寝坊したんじゃ…」
「してねぇよ! 流石のオレも、今日は寝坊しねぇよ! どうせ、ケイのやつがそう言ったんだろ? 後で覚えとけよ…」
ヴィクターは、ケイルエラのいるであろう方向を睨みつけた。
「寝坊じゃない。なら、どうして…」
「へへっ、おまえとは、サシで話がしたくてよ。だから、ここにいるのよ」
ヴィクターはそう言うと、イアンの元に向かう。
そして、ヴィクターはイアンの前に立つ。
「イアンよぅ、おまえと出会ってから、色んなことがあったな。正直、おまえがいないと乗り切れなかった場面が山ほどあるぜ」
「それは、お互い様だ。おまえがいなければ、気づかないことがあった」
「ははは! お互い様か! いいね、俺たちゃ良い関係だったよ! 」
イアンの言葉が気に入ったのか、ヴィクターは上機嫌に笑った。
「イアン。おまえは俺の最高のダチ公だ。つまんねぇ、死に方すんじゃねぇぞ」
その後、ヴィクターはイアンの目を真っ直ぐ見つめて、そう言った。
「案ずるな。オレは、そう簡単には死なん。おまえこそ、変なやつに殺されるなよ」
イアンもヴィクターの目を見つめながら、そう返した。
「馬鹿言うなよ! 俺は、もっと強くなる。おまえよりも、強くなるかもしれねぇぞ」
「ほう、大きく出たな。これは、また会う時が楽しみだ」
「くくくっ…」
「ふふっ…」
二人は、やり取りが面白いのか含み笑いをする。
そして、二人は同時に右手を上げ――
「「またな、ダチ公! 」」
パンッ!
ハイタッチをした。
二人はその後、振り返ることなく、イアンは船に乗り、ヴィクターはジグス達の元へ向かった。
やがて、イアンの乗る船は出港し、リサジニア共和国を出て、遠く離れた大陸を目指して進み出す。
甲板の上に佇むイアンは、海を眺めているが、後方のリサジニア共和国には目を向けない。
あの国はイアンにとって、とても心地の良い場所であり、視界に入れば、あの国で過ごした日々を思い出し、後ろ髪引かれる思いをするからだ。
イアンに、そんな思いをさせる程、あの国で過ごした日々は尊いもの。
冒険者となった彼の人生の中でも、といりわけ平和な時間であり、穏やかに暮らす数少ないチャンスであったと言えよう。
余談ではあるが、数年後のリサジニア共和国で、とある本が流行りだす。
その本は、探偵の物語を記したもので、主人公である探偵の仲間に、警士隊と科学者とナースの三人がいた。
主人公と二人の仲間の元となった人物は、はっきりとしているが、ナースの元となった人物は誰も知らないという。
八章 完
次は九章
イアンは、一旦バイリア大陸へ戻ろうとするが……
2017年9月30日 文章変更
おっして、イアンに詰め寄る。 → イオは、イアンに詰め寄ってゆく。




