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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
八章 都市探偵 ――奇怪事件と異様な骨董品――
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二百二十七話 因縁の終止符

 巨人が倒れた今、時計塔の最上階は静寂に包まれている。

そんな中、巨人の体に異変が起こり始める。

突然、巨人の体が光り始めたのだ。

しばらくすると、光は消え、巨人の体は無くなる。

その代わりに、一人の男の体がそこに現れた。

男の体は仰向けの状態で――


「……ガルト…」


それはガルトの体であった。


「元の体に戻ったか……行こうぜ、オジさん」


ヴィクターは立ち上がると、よろめきながらガルトの下へ向かった。


「うん」


ジグスもガルトの元へ向かう。


「……ガルトのことは、二人に任せよう。オレたちは、イオの元に…」


ガルトの元へ向かう二人を見るイアンは、そう呟き、イオに向かって歩き出す。


「……すまん、イアン。オレは限界だ…」


「……! 」


弱々しいヒカゲの声が聞こえ、イアンは後ろに振り変える。

すると、そこにはヒカゲの姿があるのだが、全体的に透けてみえ、下半身はほぼ見えない状態であった。


「見ての通りだ……じきに消える。イオの所までもたんだろう」


「いいのか? 消える前に……イオに言っておく言葉は無いのか? 」


「……無いな。オレの戦いを見たことで、伝えたいことは伝わっただろう。後は、イオが決めることだ」


イアンの問いかけに、ヒカゲは不敵な笑みを浮かべながら答えた。


「だが、イアン。おまえには言っておきたいことがある」


「オレに? 」


イアンは、体もヒカゲの方に向ける。

全身を向けられたことが嬉しいのか、ヒカゲの表情は柔なくなる。


「良い姿勢だ……おまえならば、イオも大丈夫だろう…」


「……? どういうことだ? 」


「イアン。もし、イオがおまえを頼ることがあれば、導いてやって欲しい。それだけだ」


「導く……よく分からんが、助けることを約束しよう。救われた恩があるからな」


「恩か……できれば、そういうのは無しで頼む」


「む? 」


イアンは、ヒカゲの言うことが分からず、首を傾げた。


「ふっ…すまん、今のは忘れてくれてもいい。イオ次第だからな。とりあえず、イオの助けになることは約束してくれ」


ヒカゲの姿の消滅は進んでおり、もう顔しか見えなくなっていた。


「言いたいことは、もう無い。さらばだ、イアン」


「……ヒカゲよ、またな」


「……! 」


イアンの言葉に、ヒカゲは驚いたように目を見開いた。

その後――


「ああ……もしかしたら、また会えるかもな。イアン、またな――」


微笑みを浮かべたまま、消えていった。

完全にヒカゲの姿は消え、そこにいた痕跡も無くなる。

少しの間、イアンは、その場で佇んた後、再びイオの元に向かって歩きだした。




 ヴィクターとジグスは、ガルトが倒れる場所に辿り着く。

その付近の床には、彼を巨人に変えたアンティレンジである本と、時計を爆弾に変える鍵が落ちていた。

彼の胸の上には、ダーツの矢が刺さった砂時計があり、割れた箇所から中の砂がこぼれ落ちていた。


「思えば……あの時も同じような結末だった。小さかった君が突然泣き喚き、私は音を見失った。その時、ジグスのナイフが私の心臓を貫いた……私は、二度君に倒されたのだな…」


「……俺の名は、ヴィクターだ。冥土の土産に覚えていけ」


「ふふっ、ヴィクターか……ああ、覚えたとも。これは……いい土産だ…」


ガルトはヴィクターの名を聞くと、口元を吊り上げて微笑みを浮かべる。


「それで、分かったのかい? 君と僕の違いってやつは」


「違い……ああ、そうだ。結局……私には分からなかった」


ジグスの問いかけを耳にすると、ガルトの表情は暗くなった。


「生き返った時……いや、君と出会ってずっと、私はその疑問を抱き続けていた。私は、その答えが知りたい……」


ガルトはそう言うと、ジグスに顔を向ける。


「なぁ……ジグス。教えてくれ……私と君とでは、何が違っていたのだ…」


「……あの時は答えられなかったけど、今なら答えれるよ」


ジグスは腰を下ろし、真っ直ぐガルトの顔に目を向ける。


「君には、力になってくれる人がいないんだ。それが、君と僕との違い…」


「力に……なってくれる…人? 」


「ああ、僕にはたくさんいるよ。ラストン先生や義兄さん、姉さんやヴィクターくん達。みんな僕の力になってくれる。僕は、そんな皆のため……人の力になりたいと思って、探偵になったんだ。そうしたら、僕のこの目は、病気や障害じゃなくて、力になったんだ」


「人のため…………そうか……羨ましいな。私には、そんな人間――」


「いたはずだよ…」


ガルトの言葉を遮って、ジグスはそう言った。


「君にも家族がいたはずだ。でも、君はみんな殺してしまった。君が犯した最初の殺人の犠牲者だよ。なんで、殺したんだ…」


「……煩わしかった。私の目のことを知り、気遣う彼らを煩わしく思ったのだ。彼等がいなくなれば、目の痛みが消えると思って……」


その時、閉ざされたガルトの目から、涙が溢れ始めた。


「これは……私は泣いているのか? 今更……今更、後悔しているのか…家族を殺してしまったことを……君のように成れなかったことを…」


「……ガルト、君のしてきたことは許されない。でも、良かったじゃないか。最後に君は気づくことができたんだ。誰もができることじゃないよ」


「ああっ……私はずっと……痛みを恐れ、逃げてきた……君のようにしていれば……」


「……オジさん、もう楽にしてやろう。砂時計を取ってくれ…」


「うん……これで、もういいでしょ」


ヴィクターに促され、ジグスは砂時計を掴むと、ガルトの首から外した。


「ジグス……生き返ってから、私はずっと君に会いたかった。ありがとう……やっと、私は死ねる――」


砂時計がガルトの体から離れた瞬間、彼は砂になった。

元の体の面影が無く、彼が生き返ったことが幻であるかのようであった。


「ありがとう……か。さんざん迷惑かけやがって、最後まで自分のことしか考えてねぇな…」


「まぁ、仕方ないよ。他人のことを思いやれるのなら、殺人鬼とは呼ばれなかった。感謝を言えるだけ、最後は少しマシになったよ」


ジグスは、ヴィクターにそう答えると、立ち上がった。


「これで、本当に終わった。ヴィクターくんの方もそうだろ? 」


「ああ。アンティレンジは三つ。これで、全部のアンティレンジを回収できた。タブレッサの町も、少しは静かになるだろうぜ」


ヴィクターは、ガルトの持っていたアンティレンジを抱えながら、そう答えた。


「よし……イアンくんの方も終わったみたいだ。それじゃあ、帰ろうか…」


イオを背負うイアンの姿を見た後、ジグスは階段に向かって歩きだした。

その時――


「……!? オジさん! そこ危ねぇ! 」


ヴィクターが叫び声を上げ、ジグスの足元の床が崩れ始めた。

そこの辺りの床の損傷は激しく、ジグスが踏んだことにより、耐え切れずに崩壊を始めたのである。

ジグスは疲労のせいか、気づくことができなかった。


「くっ! 」


幸いジグスは、まだ崩れていない床に右手をかけることで、すぐに落下することはなかった。


「オジさん! 今、助けるからよ、辛抱するんだぜ」


ヴィクターは持っていたアンティレンジを床に置くと、ジグスの元へ向かう。


ガラッ……


「……くっ…」


ジグスは、自分が手をかける床の付近に目を向け、表情を歪ませる。


「さ、オジさん! 早く、左手を上げて、俺の手を掴むんだ」


ヴィクターは、ジグスの前で腰を下ろすと、彼に右手を差し出した。


「……いや、ヴィクターくん、僕のことはいいから、早くここから離れるんだ。そこの床も危ない」


「何言ってんだよ! 俺の腕を掴めばすぐ終わることじゃねぇか! 」


「……すまないね。右手はまだ力が入るけど、左手はもう限界さ…」


「おう、動かねぇなら、もっと早く言いなよ。待ってろ、今、オジさんの右手を」


ガラガラ…


ヴィクターがジグスの右手を掴もうとした時、床が僅かに崩れた。


「……! いいからどけよ、ヴィクター! 」


それと同時に、ジグスが怒声を上げる。


「うっ!? 」


その怒声により、ヴィクターは思わず、腕を引っ込め後ろに下がり、果ては尻餅をついてへたりこんでしまう。


「ふっ……ここ何十年か久しぶりに、声を荒らげちゃったね……ごめんよ、ヴィクターくん」


ジグスはすぐに微笑みを浮かべた。


「復活したガルトとの対決……思えば、これは運命なのかもしれない」


「……う、運命? 何言ってんだよ、オジさん」


「世代交代って奴だよ。僕達の時代は終わったのさ。これからは、君の……君達の時代を始まるんだ」


「……待てよ! まだ、オジさんには、教えてもらってねぇことが……ダーツの矢の投げ方を教えてくれんじゃねぇのかよ! 」


「ふふっ、僕が教えられることは無いね。ガルトを倒したダーツの矢……見事なものだったよ…」


ガラガラガラッ!


その時、ジグスが手をかけている床が崩れた。

床の瓦礫と共に、ジグスも下へ落下していく。


「……! オジさああああん! 」


ヴィクターは、ジグスが落ちた崩れた床に向かって駆け出した。


「まずい! イオ、少し下りていてくれ」


「う、うん…」


イアンは背負ったイオを床に下ろすと、ヴィクター目掛けて走り出し――


「うおっ!? イアン! 」


ヴィクターにしがみつき、彼の体を組み伏せた。


「痛ってぇ……イアン! 何すんだてめぇ! オジさんが、下に落ちちまうだろうが! 」


「ヴィクター……もうジグスは落ちてしまった…」


「馬鹿なこと言ってんじゃねぇ! 今なら、まだ間に合うかもしれねぇだろ! 離せよ! 」


「……」


イアンは、ヴィクターに答えることなく、ただ黙って彼の体を押さえつけていた。


「離せって! 早く! 離してくれよ……! なぁ……頼むからよぉ……」


喚くヴィクターは次第に、その勢いを失っていく。

目には涙も滲んでいた。


「……すまん……オレがすぐ向かうべきだった…」


そんなヴィクターに、イアンは謝罪した。


「……謝るんじゃねぇよ……おまえは、悪くねぇだろうがよぉ…」


「……すまん…」


イアンはそれでも、ヴィクターに謝罪し続けた。

ヴィクターはとうとう何も口にすることなく、嗚咽を漏らすだけとなった。







 ――ガルトとの戦いから数日後。


イアンはヴィクターと共に、ファラワ村の医療院にいた。

二人は、病室の中におり、そこに置かれたベッドには――


「いやぁ、生きてたねぇ……運が良かった」


上体を起こし、ヘラヘラと笑うジグスの姿があった。


「運が良かった……じゃねぇよ! 本気で死んじまったと思ったんだぜ? 」


そんなジグスに、ヴィクターはそう声を上げた。

あの日、最上階から落ちたジグスは、すぐ下にあった時計塔の駆動部に落下していた。

運が良かったのかそこからジグスは、螺旋階段に押し出され、階段を下ってきたイアン達と合流していたのだ。


「あの時は驚いた。落ちて死んだと思っていたジグスが、階段にいるのだからな。そして、とてつもなく気まずそうな顔をしていた」


「うっ……あ! ヴィクターくんもすごかったよね? 僕を見た途端、ボロボロと――」


「だああああ! もうあの日のことはいいじゃねぇか! 」


ヴィクターは、ジグスの言葉を遮るように、大声を上げる。


「ふふふ、やっぱ大勢いると握わかでいいね」


そこへ、ラストンがやってくる。


「お! ラストン先生が来たか! じゃあ、持ってきた見舞いの品を開けるとしますか」


「見舞いの品? 」


ヴィクターの言葉を聞き、イアンは首を傾げる。

ヴィクターは持ってきた紙袋を開けると、そこから一冊の本を取り出した。


「じゃーん! やっぱ、男の見舞いに持ってくる物といえば、これしかないだろ! 」


ヴィクターが、取り出したのは、裸の女性の姿が掲載された本。

いわゆるエロ本であった。


「流石、ジグスくんの甥っ子だ。見舞いの何たるかを心得てる」


「ラストン先生の持ってる本を全部見ちゃったから、ちょうど良かったよ」


ヴィクターが掲げるエロ本に、気分を高揚させるラストンとジグス。


「……女の裸体か……そんなにいいものだろうか? うーん…」


喜ぶ三人をよそに、イアンは頭をひねり続けていた。


「はぁ……呆れるわ。あなた達、もっとおとなしくできないの? 」


その時、イアン達の集まる病室にケイルエラがやってきた。

彼女は、ヴィクターが反応するよりも素早く動き――


「没収! 卑猥! 」


ヴィクターからエロ本を奪って、ビリビリに引き裂いた。


「ぎゃああああ! 今月の生活を投げ打って手に入れた俺の至宝がああああ! 」


ヴィクターの絶叫が医療院の中に響き渡る。


(ふふふ、流石……と言ったが、まだまだ青いなぁ、ヴィクターくんは)


そんな彼の姿を見て、ラストンはそんなことを考えていた。


「やぁ、みんな。なんか、ヴィクター先輩の叫び声が聞こえてきたんだけど……」


リトワが病室に入ってくる。


「あ、ジグス所長。これ、お見舞いの花です。ケイ先輩とボクの二人分…」


「花……ああ、ありがとう」


ジグスは、リトワが差し出した花を受け取った。


「ぐ…ううっ、俺はこれから何を糧にして生きていけばいいんだ……って、そういえば、おまえら来るの遅かったけど、何してたの? 」


「ん? ああ、ちょとね…」


「この医療院に、(おびただ)しい数の如何わしい本があってね。それを処分してたの」


ヴィクターの問いに、ケイルエラが答えた。


「えっ!? 嘘……嘘でしょ!? 」


すると、ラストンの顔が青くなり、彼は病室を出ててしまう。


「……ノオオオオオオウ!! 」


しばらくすると、遠くからラストンの悲鳴が聞こえてきた。


(うわぁ、ラストン先生のあの隠し場所を洗い出したのか……恐ろしいな、この子は…)


ラストンの悲鳴を聞き、ジグスはケイルエラに畏怖の眼差しを向けた。


「まったく……そろそろあの人が来るから、私たちは外に出るわよ」


「あの人? 」


「ヴィクター先輩、分からないのかい? まぁ、とりあえず外に出ようか。イアンさんも」


「……? オレも? 」


リトワとケイルエラは、イアンとヴィクターを引っ張りながら、病室を出た。


「ああ? なんだってんだよ? 」


「いいから……ほら、もう来てるじゃない」


ヴィクターの体を押しながら、医療院の廊下を歩くケイルエラが、前方に顔を向けながらそう言った。

その方向に目を向けると、一人の女性の姿があった。

女性は、ヴィクター達の横を通り過ぎる際、彼らに向かって軽く会釈をした。


「今のって……ラナ先生!? なんだぁ、オジさんに告白でもすんのかよ! なぁ、見に行こうぜ! 」


「馬鹿、野暮すぎるでしょ。こういう時は、二人っきりにさせるの! 」


ケイルエラは、後ろに戻ろうとするヴィクターをグイグイと押していく。


「ちぇ! なんだよ……しょうがねぇな。また今度、オジさんに話を聞くか」


「……む? 何がなんだか…」


「イアンさんは、いなかったからね。機会があれば、そのうち話すよ」


ヴィクター達四人は、医療院を出た。

こうして、時計塔に向かった全員が無事に帰れたことで、蘇ったガルトとの戦いは、ようやく終わったと言えるだろう。

彼との因縁も完全に消え去り、ようやく一つの時代が終わりを迎える。

かつての時代を駆け抜けた者、ジグス・フォース。

彼の物語は終わりを迎え、次の世代に引き継がれる。

その世代には、ヴィクター・ヒューライト、ケイルエラ・ブランデン、リトワ・ドミッツの三名の名前が上がるのは確実だろう。

イアン・ソマフに名は上がらないのか、と問いかける者はいるのだろうか。

残念ながら、彼の名がヴィクター達と共に上がることはない。

彼は、この地に偶然流れ着いた、その名の通りの流れ者。

いずれは、この地を去る者であり、その時はすぐそこまで迫っていた。




2017年9月30日 誤字修正


君達の時代が始めるんだ → 君達の時代を始まるんだ

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