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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
八章 都市探偵 ――奇怪事件と異様な骨董品――
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二百二十五話 苦境を切り裂く赤い線

 イアンは、顔を上げたまま動かない。

彼の顔が向いている先には、巨人の手に掴まれているイオの姿がある。

彼女は、巨人の姿に顔を引きつらせ――


「あっ!? い、痛い…」


苦悶の表情を浮かべた。

そう様子から、彼女を掴む巨人の手の力が強くなったようであった。


「フフ…イイ声ヲ出ス……人ヲ握リツブシテ殺スノハ、初メテノ経験ダ」


イオが発した呻き声を聞き、巨人は機嫌の良い声音を出した。


「少年、コノ状況デ君ハ何モ出来ナイ。コノ少女ガ死ンダ後、次ハ君ガ死ニ、伸ビテイル 二人モ後ヲ追ウダロウ」


巨人はそう言うと、イオを掴む腕をイアンに近づける。

すると、近づいてきたその腕は、イアンの十歩ほど手前のところでピタリと止まりだした。


「悪イガ、ココマデガ限界ダ。サァ、冥土ノ土産ニ何カ話ストイイ」


「……言っておくが、オレはまだ諦めていない。いいのか? イオをお前から奪って、反撃をするかもしれないぞ? 」


イアンは、巨人に向かってそう言った。


「往生際ガ悪イナァ、君ハ。ソンナコトヲ言ッテイルト、スグニコノ少女ヲ握リツブスヨ? 人ノ好意ハ素直ニ受ケ取ッテオクベキダ」


「あ、ああああ!! 」


巨人の手に掴まれているイオが悲鳴を上げる。


「くっ……」


イオが苦しむ姿を見て、イアンの顔が悔しげに歪む。


「……なら、話をさせてもらう…」


イアンは構えるのをやめ、一歩前に踏み出す。


「イオ、聞こえるか? 何故ここに来たのだ? ここはおまえのような者が来る場所ではない」


「……ううっ…不安…だったからだよ…」


「不安? 」


イアンは、返ってきたイオの言葉を繰り返し、それがどういうことなのかを暗に訊ねる。


「イアンさん、最近……というか今日、大怪我してたでしょ? いつか、イアンさんが死んじゃうかもって思って、それで……」


「オレが死ぬのを阻止するため? 馬鹿な……言わせてもらうが、おまえに何ができる? 」


「……」


イアンの問いかけにイオは何も答えることなく、頭を俯かせてしまう。

イアンを死なせたくないという気持ちがあるだけで、イオにイアンを救う力はない。

その事はイオにも分かっており、さらに、助けるどころか状況を悪化させてしまったことで、何も言い返せないのだ。


「……いや、おまえばかりを責めるべきではないな。心配させたオレにも責任がある……すまん、イオ」


イアンは、イオに向かって頭を下げた。


「えっ……イ、イアンさんが謝るのはナンセンスだよ! 私が全部悪いんだ……こんなことなら、強くなるために頑張れば良かった……」


顔を上げ、イアンに非がないことを訴えた後、イオの頭は再び下に向いてしまう。

イアンとイオの気持ちは沈みきってしまい、二人の間に沈黙が訪れる。


「……モウイイダロウ。サァ、オ別レオ時間ダ」


その沈黙が二人の会話が終わった証であると判断し、巨人はイオを掴む腕を上に移動させる。


「あ……イ、イアンさん! 」


イアンから離されていく中、イオは巨人の手の中でもがき出す。


「……イオ…」


イアンは、その彼女の姿を見ながら、やはり悔しげな表情を浮かべていた。

しかし、先程の彼とは心境が異なっている。

イオを見つめる彼は、右手を後ろ腰に回していた。

そこにあるのは、FAAファーストエイドアックス

彼の武器であり、それに腕を伸ばすことは、戦うという意思があること。


(この国に来て、イオ……オレはおまえに救われ、今日まで多くの世話をかけた。そのイオが、再びオレを救おうとする。正直、命の危険を冒してまで救おうと思わせることは、おまえにしたつもりはないが、その気持ちは素直に嬉しい…)


イアンの右手はFAAに到達し、その取っ手を掴み出す。


(……オレも気持ちは同じだ。オレを助けようとするイオを死なせるわけにはいかん。もちろん、ジグスやヴィクターも同じだ。オレが奴を倒す)


FAAの取っ手を強く握り締める。

イアンは、最期に彼女と話して覚悟を決めていた。

彼は、ここで巨人となったガルトと刺し違える覚悟ができたのだ。


(イアンよ、その覚悟見事だ。だが、まだ早いぞ)


その時、イアンが足を踏み込もうとした瞬間、彼の脳裏に誰かの声が響いた。

イアンの頭に直接声が届くのは、セアレウスと妖精、聖獣である。

しかし、その声はどれにも属さない。


(……誰だ? )


そのため、イアンは思わず、何者なのかを問いかけた。


(誰? もう忘れてしまったのか。オレだよ、ヒカゲだよ)


イアンの頭に声を送ったのは、ヒカゲであった。





 (ヒカゲだと? おまえ、消えたのではないのか? )


イアンは、なるべく表情を出すことなく、心の中でヒカゲにそう訊ねた。


(手鏡……アンティレンジだったか? まだ、それの力を封印している最中でな。その間、消えていなかったのだ。ずっと、手鏡を持つお前と共にいたよ)


イアンの問いかけに、ヒカゲは事も無げに答えた。

彼の服の中には手鏡があり、そこからイアンの頭の中に声を送っているようであった。


(それより、窮地に陥っているじゃないか。どうだ、手伝ってやろうか? というか、手伝わせろ。でないと、オレも消えてしまう)


(手伝う……今のおまえに何ができるのだ? )


(愚問だな。オレは、あの巨人を倒す力になるぞ。それより、早くしろ。イオが死んでしまう)


イオを掴む腕は、ゆっくりと上がっていく。

巨人は、高い位置でイオの体を握り潰すつもりであった。


(そう言われても、何をすればいいのだ? )


(簡単なこと、手鏡をイオに向かって投げればいい。なんとか、イオに手鏡を渡すのだ)


(なに? また、イオの体を乗っ取るつもりか? )


ヒカゲの言葉に、イアンは眉をひそめた。


(一時的に体を借りるだけだ。おまえの思うような結果にはならん)


(……信じていいのだな? )


(やらなきゃ、ここで終わりだ)


イアンは、ヒカゲを信じるかどうかを考える。

時間が無い今、この思考の時間はほぼ一瞬、イアンはすぐに決断を下した。


「ヒカゲ、おまえを信じるぞ! イオ! これを受け取れ! 」


イアンはFAAの取っ手から右手を離し、服の中から取り出した手鏡をイオに向かって投げ出した。


「ム? 手鏡? ナンノツモリダ? 」


巨人は、イアンの行動、そして、彼が何を投げたのかを把握していた。

しかし、それらが何を意味しているのかが分からず、対処しなかった。


「……! このっ……せめて、腕の一本でも自由になれば……」


イオは左右の腕のどちらかを巨人の手から出そうと、必死にもがきだした。

すると、右腕をだすことができ、飛んでくる手鏡に向かって、その腕を伸ばした。

手鏡は伸ばされたイオの右手に、真っ直ぐ飛来し――


「やった! イアンさん、取れたよ! 」


彼女は手鏡を掴むことができた。


「うっ……!? 」


その瞬間、イオは糸の切れた人形のように、体を脱力させてしまう。


「何ガシタイノヤラ……最後マデ、君ノコトハ分カラナカッタヨ」


巨人は、二人のやり取りに構うことなく、イオの体を握り潰すため、その腕に力を入れた。


「ふん! それが命取りだ。火身蛍焦炎(かしんけいしょうえん)! 」


イオを掴む巨人の手に力が加えられる直前、体を脱力させて項垂れているイオの口が動き――


ゴオオオッ!


彼女の体から炎が噴出された。

その炎の勢いと熱量は凄まじく、周囲を赤々と照らし出す。


「ナニ!? 燃エタダト! 」


イオの体から炎が上がったことに、巨人は驚愕の声を上げる。


ズバッ! ズバッ!


そして、燃え盛る炎の中、十字状に交差する二本の赤い線の軌跡が出来たかと思うと、その赤い線が走った部分の巨人の手が切り裂かれ――


「ふぅ、まずイオの奪還はうまくいったな」


切り裂かれた巨人の手から、イオが飛び出してきた。

イオは地面に着地すると、イアンの隣に並び立つ。

彼女の右手には、赤い刀身の鉈が握られていた。


「持ってきたのは蟷螂炎鬼ではなく、鋼炎石火(こうえんせっか)か……この状況では苦戦するな…」


イオではなく、ヒカゲは右手を上げ、手にした鉈に目を向けると、そう呟いた。


「ヒカゲよ。イオを救ったことには感謝するが、このまま戦うつもりか? 」


イアンは、隣に立つヒカゲに顔を向ける。


「いや、流石にイオの体が危険だ。だから、こうする」


ヒカゲは、イアンにそう返すと、右手の鉈を後ろ腰に戻し、左右の手のひらを互いに合わせた。


「今、一族に伝わりし、召喚魔法を行使する。赤燕魔人が一人、イオの呼びかけに応えよ! 主を偽る者、ヒカゲ! 」


ヒカゲは手を合わせたまま、そう呟いた後――


パンッ!


手を叩いて、左右の手のひらを前に向けたまま、両腕を前につき出す。

すると、前方の床に赤い魔法陣が出現し、ヒカゲは鉈を後ろ腰から取り出して、それを上の方に向かって投げ出した。


「あ……ううっ…」


「む!? 」


鉈を投げたと同時に、イオの体がよろめきだしたため、イアンは彼女の体を支えた。


「……あれ? イアンさん……私、今まで何を……」


イオは、イアンの顔を見上げると、そう口にした。

体の制御がヒカゲから、イオに戻ってようであった。


「イオに戻った……なら、ヒカゲは……? とりあえず、手鏡はオレが持つとしよう」


「あ、うん…」


イアンは、イオから手鏡を受け取り、視線を魔法陣の方に向けた。

すると、魔法陣から赤い光の塊が浮かび上がっていき――


「ふぅ、自分を召喚するなんて、初めての試みだったが、なんとか成功したな」


やがて、人の形となった。


「え……私? 」


魔法陣から出現した人型の何かを目にして、イオはそう呟いた。

出現した何かの後ろ姿は、イオの後ろ姿そのもののように、瓜二つであった。


パシィ! キンッ!


イオと瓜二つの何かは、落下してきた鉈を掴み取ると、それを二本に分解し、それぞれ左右の手に持った。

両刃であった鉈は、二本に分かれたことで、それぞれ向きの異なる片刃の鉈になっていた。


「ヒカゲ……おまえは、ヒカゲなのか? 」


「ああ、そうだ。分かりづらいと思うだろうが、この姿が本来のオレだ」


イアンの問いかけに、イオと瓜二つの何か――ヒカゲが答えた。

そうしているうちに、ヒカゲの元へ複数の巨人の腕が向かってくる。


「何モ無イ場所カラ現レル……油断ノデキン奴ダ。早々ニ片付ケサセテモラウ」


「ふん、やれるものならな」


その瞬間、ヒカゲの姿が消えた。


「え!? 消え……どこに行ったの? 」


目の前からヒカゲの姿が消えたことに、イオは驚愕する。


「ムゥ! コイツ、動ク速度ガ並ナモノデハ――グウッ! 」


すると、巨人の口から呻くような声が発せられた。

何が起きたかというと、ヒカゲに伸ばされた複数の腕に無数の赤い線が浮かび上がったのである。

そして、赤い線が切れ目となり、巨人の腕はバラバラに砕け始めた。


「速イ……ナンテ速サダ。今ノ一瞬デ、十本ノ腕ヲバラバラニ切リ裂カレテシマッタ! 」


「ほう、何をされたかが分かったか。厄介だな」


再び、イアンとイオの前にヒカゲが現れた。

姿を消している間、すなわち、凄まじい速度で動いている時、彼女は自分に迫っていた複数の巨人の腕を左右の手持つ鉈で切り裂いていたのだ。

ヒカゲが持つ鋼炎石火と呼ばれる鉈は、特殊な力が働く。

それは、赤燕魔人が持つことで、刀身から高熱が発生することだ。

この高熱により、切り裂く対象の肉や鎧を焼き、刃を通りやすくするのである。

巨人の腕に出来ていた赤い線は、この鉈が切り裂いた軌跡を表していた。

ちなみに、二本に分かれた今、ヒカゲの右手にある方が鋼炎(こうえん)、左手の方が石火(せっか)と呼ばれている。

二本合わせて、鋼炎石火なのだ。


「は、速すぎて、目に見えなかったってこと? すごい…」


イオは、前方に立ち背中を向けるヒカゲの姿が、自分の姿であるにも関わらず、大きく見えた。


「イオ……いや、我が主よ」


ヒカゲは、前に顔を向けたまま、イオに声を掛けた。

イオは、返事をする代わりに、彼女の背中を見続ける。


「おまえは今日、今まで過ごしてきた世界とは違う戦いの世界に足を踏み入れた。そして、自分があまりにも無力であることを実感することができただろう」


「……うん…」


イオは、視線を落としながら頷いた。


「もし、おまえがこの世界で生きると決めたのならば、今日のおまえの戦いは、我らの戦いを見続けること」


「……! 」


ヒカゲの発現を聞き、イオは落としていた視線を再びヒカゲの背中に向けた。


「そこで、よく見るのだ。赤燕魔人の戦い方と……」


ヒカゲの発現に合わせるように、イアンは彼女の隣に並び立った。

イアンとヒカゲの二人の後ろ姿が今、イオの目に入った。


「おまえが救おうとしたイアン・ソマフを! 」


ヒカゲがそう言うと同時に、彼女とイアンはそれぞれの武器を構えだした。

イオには、二人の後ろ姿がとても遠くに見えた。

見れば見るほど、彼らの姿が遠のいていくような気がして、イオの気持ちは沈んでいく一方であろう。

しかし、彼女は余計な考えを捨て、二人の背中から目を離さない。

イオは、どんなに離れていようと追い続ける意思を持つことができたのだ。




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