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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
八章 都市探偵 ――奇怪事件と異様な骨董品――
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二百二十四話 探偵 対 巨人

 センタブリルにそびえ立つ時計塔。

夜になった今、外を出歩く者は少なく、その中で時計塔に目を向ける者はいないに等しい。

故に、タブレッサに住まう人々が気づくことはないだろう。

この日、時計塔が僅かに揺れ動いていることに。


「ハハハ! 」


その時計塔の中の最上階に、人のものではない笑い声が響き渡る。

笑い声を上げたのは、多くの腕を生やした巨人。

その巨人は、アンティレンジによって変貌したガルトである。


「特別ナチカラナド、イラナイト思ッテイタガ、使ッテミルトナカナカ楽シイモノダナ! 」


巨人は、上機嫌にそう言いながら、多くの腕を動かし続けていた。

それらの腕が伸びる先の一つに、ジグスがいる。

彼は、多方向から襲いかかってくる巨人の腕を躱し続けていた。


「ナァ、ジグス・フォース。チカラヲ封印シテイタナドト言ッテイタガ、久シブリニ戻ッテ、ソウ思ワナイカ? 」


「……そんなことはない。目と頭が痛くてしょうがないよ…」


巨人の言葉に、ジグスはそう返した。

今のジグスの目は、人並み外れたものとなっている。

目に映る全ての巨人の腕を見て、それら一つ一つの動きを把握することで、巨人の動きを回避している。

動体視力が優れた者ならば、ジグスのようなこともできるのかもしれない。

しかし、ジグスの目が優れているのは、動体視力だけではない。

彼の目が人並み外れている点は、焦点の広さであった。

人は視界の中の一点に集中することで、そのものの詳細な情報を得ることが出来る。

それに比べて、集中している一点以外の部分は、曖昧なものになってしまう。

視界に人と景色が映っている状況の時、景色に目を向けた状態のまま、人がどのような顔をしているかを確認することは、困難であるということだ。

ジグスは、その集中する一点の部分――焦点が、ほぼ視界の全域を占めるほど広いのだ。

焦点が広いことによって、一瞬で目に映る全てのものの詳細な部分を見ることができる。

しかし、この焦点の広さが優れていることであるとは言い切れない。

言い方を変えれば、必要の無いところまで見てしまうということ。

複数のものの詳細な情報を同時に処理しなければいけないため、頭に負担がかかるのだ。

負担が掛かる度に頭に痛みが生じ、普通に暮らすことが困難であるため、この能力を病気や障害等と呼ぶ者もいる。

今のジグスにとって、この能力は、巨人となったガルトを倒すために必要な力であった。


「この痛みが嫌で目を潰した君は、今度は耳で苦しんでいると言ってたけど、その痛みは無いのか? 」


打ち下ろされる巨人の腕を躱しつつ、ジグスが巨人に訊ねる。


「無イナ。ドウヤラ、死人ニ痛ミトイウモノハ、無イラシイ」


「へぇ、そこは羨まし……ねっ! 」


ジグスは、前方から向かってきた一本の巨人の腕を躱す際に、その腕にナイフを突き刺す。

その後も彼は、躱した腕にナイフを突き刺していく。


(……やっぱり、効果は無いか…)


時計塔の最上階の空間を縦横無尽に畝ねる巨人の腕。

それらを目にして、ジグスはそう心の中で呟いた。

自分がナイフを突き刺した腕の動きを彼は見たのだが、傷を負ったことによる腕の動きに変化が見られないのだ。

そのうえ、ナイフを突き刺して出来た傷は、数十秒後には元通りに修復してしまう。


(僕の攻撃じゃダメ……ってことはないか…)


巨人の腕を躱すジグスは、イアンの方を見た。

イアンは、ジグスのような目を持っていない。

そんな彼でも回避に専念することで、四方八方から迫る巨人の腕を躱し続けていた。

しかし、イアンは攻撃をするチャンスを掴んだのか、時折FAAファーストエイドアックスを取り出し、攻撃することもあった。

彼のFAAは、腕の直径の半分ほどを切り裂いたが、ジグスのつけた傷と同様に、すぐにもとに戻ってしまう。


「イアンくん、ダメだ! 腕を攻撃したところで、すぐに治ってしまう。チャンスが来るまで、攻撃は控えてくれ」


「む! やはり、すぐに治ってしまうか。しかし、ジグスよ。チャンスを待てと言うが、今の状況ではチャンスが来るとは思えない。この無数の腕を何とかせねばなるまい」


巨人の腕を躱しながら、イアンはジグスにそう返した。


「チャンスはきっと来る……だから、それまで何とか持ちこたえてくれ! 」


「……分かった」


イアンは、ジグスの言葉を信じ、FAAを後ろ腰へ戻す。


(……とは言ったものの、イアンくんの言う通りだ。この大量の腕の中じゃあ、奴に近づくことはできない……)


チャンスは来る。

イアンにそう言ったジグスだが、その根拠もとい確信は無かった。


(チャンスは来ない……なら、作るしかいないよね…)


ジグスは、巨人の体に目を向ける。

その彼の目は、何かを決断したかのように、力強く真っ直ぐであった。







 巨人となったガルトは、耳で捉えた二人に目掛けて、自分の腕を伸ばしていく。

二人に近づいた腕は、彼の意思によって、拳を握り締めて突き出す、振り払う、手を広げて掴みにかかる等、腕ごとの状況に合わせて動かしていた。


(……ホウ、ジグスハトモカク、アノ斧ヲ振ルウ少年。ヨク攻撃ヲ躱スナ)


腕を振るい続ける中、ガルトはイアンに意識を向けていた。

ガルトはかつて、ジグスとは戦ったこともあって、彼の能力や戦い方の情報は持っている。

しかし、イアンについては、今日会ったばかりで、まったく情報を持っていない状況であった。

そのうえ、イアンに対しては、これまでに無い警戒をしている。

その理由は、彼にとってイアンは得体の知れない人物だからだ。

同じリサジニア共和国の人間ならば、彼はここまで警戒することはない。

しかし、イアンは別の国から来た人間である。

それだけで、別の国のことを知らない彼らにとって、イアンは未知の存在なのだ。

ガルトは、イアンが別の国から来たということを知らないが――


(急ニ勢イヨク飛ビ出スチカラト、手カラ雷ヲ出スチカラ…アト、アノ時出ソウトシタ何カ。コノ少年ハ、コノ国ノ者デハナイナ…)


リュリュスパーク等の技を見て、イアンがこの国の人間ではないと判断した。


(最後ノアレハ、恐ラク少年ノ持ツチカラノ中デ、頭一ツ飛ビ抜ケタモノダロウ。厄介ダナ…)


そして、イアンの切り札とも言ううべき、シルブロンスに対しては、特に注意を払っていた。


「……! 」


その時、ガルト――巨人は耳に聞こえる音から異変を感じた。

彼に異変を感じさせたのは、ジグスの動きであった。

ジグスは先程まで躱し続けているだけだったが、巨人の方へ接近し始めたのである。


「……くっ…」


腕を躱しながら巨人の元へ向かうジグスは、苦悶の表情を浮かべる。

接近するジグスに対して、巨人は彼に攻撃を仕掛ける腕の数を増やしたのだ。

これにより、巨人との距離を縮めるジグスの勢いが弱くなったのだ。

それでも、ジグスは巨人の腕の中を進み――


「はあっ! 」


迫り来る腕を踏み台にして、巨人の頭上に飛び上がった。


「……何ノツモリダ? 」


巨人はそう呟くと、頭上のジグスに目掛けて多数の拳を向ける。

ジグスはそれに構わず、左右の手にそれぞれ三本のナイフを手にして、互いの腕を交差する形で振りかぶる。


「……! 」


彼がその動作をした瞬間、巨人は、自分の胸を二本の腕で覆い隠した。

巨人はジグスがナイフを投擲すると推測し、自分の胸に埋め込まれた状態の砂時計を守りに入ったのだ。


「流石に読まれたか……」


実際にその通りのようであった。

しかし、ジグスは不敵な笑みを浮かべ――


「でも、関係無いね。イアンくん! 」


イアンの名を呼んだ。


「今……分かった! 」


イアンは何をすべきかを瞬時に判断し、ジグスの呼びかけに答えた。

イアンは、ナースアーマーの失敗作と呼ばれたものを脱ぎ去ると、迫り来る巨人の腕を巧みに躱しながら、巨人に向かって進んでいく。

重いものを脱ぎ去ったことと、多くの腕がジグスに集中しているため、イアンの阻む腕の数は少ない。

ほぼ真っ直ぐ進むイアンが目指す場所は、巨人の胸であった。


「ム……ジグス、ソウイウコトカ…」


今の状況を察し、巨人は呻いた。

巨人は今、空中からナイフを投擲するジグスと、地上から接近するイアンの二人による同時攻撃を受けようとしていたのだ。

攻撃に転じるということで、ジグスとイアンには、巨人の攻撃を受ける危険性が増している。

油断できない状況の中にいるのだが、それは巨人も同じであった。

いくら聴覚で自分の周囲を把握することができる巨人でも、同時攻撃を受ける中、二人の攻撃を防ぐことは容易でない。

この場にいる全ての者が、並々ならぬ緊張感を感じていた。

そして、この中で一番冷静であり、的確に動いた者は――


「……イヤ、ナンテコトハナイ、一人ズツ対処シテイケバイイコトダ」


巨人であった。

まず、巨人は全ての腕を引き戻し、それらを頭上のジグス目掛けて突き出した。


「なっ!? ぐっ…こんな…」


自分目掛けて向かてくる夥しい数の拳に、ジグスは苦悶の表情を浮かべる。

吹雪のようにまんべんなく突き出される拳の嵐を蹴りばしていくことで、ジグスは躱し続けていたが――


「……ううっ!? 」


流石のジグスも全て避けることは叶わず、一つの拳に突き飛ばされ――


ズドンッ!


壁面に激突した。


「ジグス!? む! 」


ジグスが突き飛ばされる光景を見た後、イアンは足を止め、後方へ飛び退った。


ドンッ! ドンッ! ドンッ!


その瞬間、イアンの手前に多数の巨人の腕が打ち下ろされる。


「まずい! サラファイア! 」


イアンは足下から炎を勢いよく噴射させ、そのまま後ろへ後退してゆく。


ドンッ! ドンッ! ドンッ!


巨人の腕はイアンを押し潰さんとばかりに打ち下ろされてゆくが、イアンに当たることはなく、やがてイアンへの攻撃は止んだ。

この時、イアンは最上階の空間の端にある壁に近づいた時であった。

考えられるのは、巨人の腕が伸びる範囲から出たということであった。


「ジグス! 返事をしろ! 」


床に着地したイアンは、近くで倒れるジグスに向けて声を掛けた。

しかし、彼から返事が帰って来る気配はなかった。


「くっ……死んではいないようだが、体を強く打ち付けたな……実質、もうオレ一人で戦うしかない…」


イアンは、顔を巨人に向け、険しい表情を浮かべる。


「君デ最後ダ……ドウスル? モウ打ツ手ガ無イヨウニ見エルガ、ズットソコニイルカネ? 私ハ構ワンゾ? 」


巨人は淡々とイアンにそう言った。

イアンは、巨人に言葉を返すことができなかった。

百本の巨大な腕と、自分の周囲を把握することができる聴覚。

この隙の無い巨人の能力に、イアンは為す術は無かった。


「……ココデ、マタアノ時使オウトしたチカラヲ出スカ? 」


巨人のこの発現に、イアンは心の中で呻いた。

暗に、シルブロンスの使用を再び阻止してやろうと言っており、この力を封じられたも同然であった。


「万事休す……だが、まだ終わっていない。まだ、やれることは…」


イアンは、そう呟くと目を閉じる。

リュリュかサラに新しい力の使い方を聞こうとしているのだ。


「……? 」


しかし、イアンはそれをやめ、目を開ける。

自分を包むこの空間の空気が変化したのだ。

その空気の変化をいち早く察したのは――


「……マダ、仲間ガイタノカ…」


やはり、巨人であった。

空気が変化した原因は、この最上階部分に誰かがやってきたからであった。


「仲間? まさか、ケイやリトワ……いや、メロクディースか? 」


イアンは思いつく人物の名を呟きながら、下の階へ続く階段付近に目を向ける。


「……背ノ低イ……子供? 体ツキカラシテ女カ? 」


「背が低い……リトワか? 」


巨人とイアンが、誰が来たのだろうかと思っていると、その人物がゆっくりと階段を上がってくる。

そして、彼女の体が完全に最上階部分に出たとき――


「……!? な、なんだと!? 」


イアンは驚愕の声を上げた。


「あ……イアンさん! 」


この場に足を踏み入れた少女は、イアンの姿を確認すると、彼の元へ走り出す。


「良かった……イアンさん、生きてた…」


走る少女は、嬉しそうに笑みを浮かべる。

その彼女の目は僅かに涙で滲んでいる。

イアンは彼女に向けて――


「何故、ここに来た……イオ! 」


と、声を上げた。

この場に来た少女はイオであった。


「イアンさん、あのね……私、実は――」


「後ろだ、イオ! 奴の姿が見えないのか! 」


「え――」


イアンの声でイオが後ろへ振り返った瞬間、彼女の体は持ち上げられた。


「コノ場ニ相応シクナイ者ガキタカ……少年、君ハ運ガ無イナ」


イオは、一本の巨人の手に掴まれていた。


「うぐっ……なに…これ……」


巨人の手に掴まれているイオは、苦悶の表情を浮かべ、自分の体を掴む腕を辿り――


「……ひっ!? いやああああああ!! 」


巨人の姿を見ると、悲鳴を上げた。

そんなイオの様子を見せつけるためか、彼女を掴む腕がイアンの前方に移動する。


「自分ガ死ヌ前ニ、コノ子ノ死ヌ姿ヲ見ナクテハナラナクナッタンダ……フフフ、同様シテイルネ? 分カルヨ」


「……くっ…」


イアンは、巨人の腕に掴まれるイオの顔を見ながら呻いた。

さらに悪化した状況に、イアンは活路を見出すこともできず、ただ呻くだけしか出来なかった。




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