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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
八章 都市探偵 ――奇怪事件と異様な骨董品――
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二百二十三話 ヘカトンケイル・クロニクル

 走るイアンは、FAAファーストエイドアックスを顔の前に掲げながら、ガルトに向かっていく。

FAAを顔の前に掲げているのは、ガルトの投擲したナイフから、顔を守るため。

他の場所は――


キンッ! カキンッ!


今、彼が羽織っているナースアーマーの失敗作がガルトの攻撃を通さなかった。

ガルトの投げたナイフは、それに弾かれて地面に転がる。


「ほう……君の心臓の音が聞こえにくくなったと思えば、やはり頑丈な衣類を羽織っていたか…」


自分の攻撃が効かなかったことを耳で感じ取り、ガルトは関心したかのように、そう呟いた。

イアンはガルトの言葉に反応することなく、走り続け――


「ふっ! 」


ガルトの手前で、体を左回りに横回転させ――


「はあっ! 」


その回転の勢いを乗せた横振りのFAAをガルトに目掛けて振るった。

斧を横振りに振るう行為は、イアンにとって繰り出しやすい技の分類である。

木こりであった時、伐木(ばつぼく)をする際は、斧を横降りに振るっていたため、技のイメージがつきやすく、普段行っていた行為であるため、どのようにすれば威力が上がるか等の知識と技術を持っているのだ。

FAAの刃が、ガルトの横っ腹目掛けて振るわれる。


ガッ!


しかし、知識や技術を持っているのは、イアンだけではない。

ガルトはイアンのFAAを一本のナイフで受け止めると、FAAが振るわれる方向へ飛び退った。

この行動により、イアンの一撃を受けた時の衝撃を緩和させ――


「やはり、顔が弱点のようだ」


自分が攻撃を行う隙を作った。

ガルトは、一瞬の間に、四本のナイフをイアンの顔目掛けて投擲した。


「ああ、その通りだ」


カキィン!


ガルトの投擲したナイフは、イアンの振るったFAAによって弾かれる。


「……! そうか……なるほど、厄介だな」


投擲したナイフがイアンに弾かれたことで、ガルトは何かに気づいた。


(一ヶ所だけ守れていないところがあると、リトワに言いそびれたが、良い具合になったな)


今のイアンの攻撃が通るところといえば、そこは頭の部分である。

別の言い方をすれば、イアンを倒すには頭を狙うしかない。

従って、ガルトの投擲場所は、イアンからすれば筒抜けの状態であった。


「時間稼ぎの役を担う必要は無いな。このまま、オレがお前を倒してやる」


ジャキ!


イアンは、未だに床に足がついていないガルトに、パイルブラスターの銃口を向ける。

その時、イアンはチラりと帯状に連なった杭を見つめた。


(杭の数はまだある。このまま撃ち尽くしてしまってもいいか)


バスッ! バスッ! バスッ!


イアンは、視線をガルトに戻し、彼の体に目掛けて、杭を撃ち続ける。


「なかなか速い杭だ。だが、私の耳に捉えられないことはない」


ガッ! ガッ! ガッ!


ガルトは自分目掛けて飛来する杭を両手のナイフで弾いていく。


「杭だけではダメか。ならば、FAAで! 」


イアンは杭を撃ち出しつつ、ガルトに向かって走り出す。


「くくっ、まさに猛襲というべき攻撃だな、これは」


やがて、ガルトは床に着地し、杭を弾きながら、後ろへ下がっていく。

追い詰められているにも関わらず、イアンに顔を向けるガルトは笑っていた。


「イアンくん、気をつけろ! 奴が何を考えているか分からない! 接近するのは危険だ! 」


ガルトの顔色を見たジグスがイアンに注意を促す。


「分かっている。心配するな」


イアンは走りながら、ジグスにそう答えつつ――


(杭がもう底を付きそうだ……恐らく、奴もそのことに気づいている)


というようなことを考えていた。

杭を撃ち続けるイアンは、徐々にガルトとの距離を縮ませていく。


バスッ! バスッ! カシュ!


イアンがガルトの十歩程手前に到達した時、パイルブラスターから杭が撃ち出されなくなった。


「「……! 」」


その瞬間、ガルトとイアンは同時に動き出した。

ガルトは飛来する杭を全て弾き飛ばした後、イアン目掛けてナイフを投擲する。

一度に投げるナイフの数は五本。

それをほんの一瞬の間に何度も繰り返し――


「ナイフの雨!? まずい、みんな伏せるんだ! 」


ジグスには、まるでナイフの雨がこちらに向かって飛んでくるように見えた。

ヴィクターとジグスは床に伏せ、ナイフの雨をやり過ごそうとする。

しかし、ガルトと同時に動いたイアンは――


「サラファイア! 」


両足の足下から炎を噴射させて飛び上がった。


「飛んだ!? いや、屋根から入ってきたのだ。飛んでもおかしくはないか! 」


ガルトは、イアンが飛び上がったことに驚愕するが、すぐに心を落ち着かせる。


「これで決めさせてもらおう。サラファイア! 」


しかし、ガルトに行動をさせる隙をイアンは与えるつもりはなかった。

ナイフの雨を躱した直後、イアンはFAAを斧形態に変形させつつ、ガルト目掛けて急降下し――


「はああっ! 」


FAAを振り下ろし、ガルトの胸から腹までの部分を切り裂いた。


「ぐああっ!? 」


体を切り裂かれ、ガルトは苦悶の表情を浮かべる。

死人であるからなのか、切り裂かれた傷口からは、血がでることはなかった。


「まだだ! リュリュスパーク! 」


イアンの攻撃はまだ終わらない。

彼は床に着地した直後、FAAを左手に持ち替え、ガルトの頭に右手を伸ばして雷撃を放つ。

雷撃はガルトの頭から足のつま先まで全身を駆け抜け、彼の体から黒い煙が立ち上る。

そして、イアンはFAAを長斧形態に変形させ――


「これで終わりだ! 」


FAAを両手で横振りに振るい、ガルトの頭を跳ね飛ばした。


ゴッ……ドサッ!


ガルトの頭が床に落下し、頭部を失った彼の体は力なく倒れ伏した。


「ふぅ……あぐっ!? 」


FAAを振り切り、一息ついたイアンは、突然苦悶の表情を浮かべ、床に膝をついた。


「……ふっ、どうやら無茶をしてしまったようだ…」


イアンの右肩、左肩、右太もも、右手首に激痛が生じていた。

ここまでの彼の激しい運動により、塞いがっていた傷が再び開き始めたのである。


「……僕が決着をつけるつもりだったけど、イアンくんに持って行かれちゃったね…」


そう言いつつも、ジグスはガルトが倒されたことに安堵していた。

ジグスは立ち上がると、イアンの元へ足を向ける。


「はぁ、まったくだぜ。俺達を差し置いて、ガルトを倒しちまうなんてよぉ……ま、期待はしてたけどな」


ヴィクターも立ち上がり、イアンの元へ向かう。


「とりあえず、ガルトからアンティレンジを――」


言葉を口にする途中、ヴィクターの足が止まった。

否、止まったのは足だけではなく、全身であった。

ヴィクターは、石になったかのように動かない。


「……? 」


そのヴィクターの様子に、ジグスも足を止める。

何があったのかを探るため、ジグスはヴィクターのあらゆる部分に目を向け、ようやく彼が視線を向けている先に注目した。

ヴィクターの視線の先を目で追うと、首の無いガルトの体に向けられていた。


「「……! 」」


そして、ヴィクターとジグスは同時に顔を引きつらせ――


「イアン! 早くアンティレンジを奪え! 」


「イアンくん! まだ終わっていない! 」


と、イアンに向けて、ほぼ同時に声を上げた。

ヴィクターは、ガルトの胸の上に置かれた砂時計を見て気づき、ジグスは、それを見つめるヴィクターの様子で状況を察したのである。

ヴィクターが足を止めてから、声を上げるまで、ほんの数秒。

その数秒はあまりにも、長い時間であった。


「惜しいな……気づくのが遅すぎる…」


ガルトの頭部が転がり、ヴィクター達と顔を合わせると、彼はそう呟いた。

その瞬間、頭の無いガルトの体が起き上がり――


「ぐあっ!? 」


目の前にいたイアンを蹴飛ばした。


「しまった! イアンくん! 」


遠くに蹴飛ばされるイアンに顔を向けながら、ジグスが叫ぶ。


「ちくしょう! 」


ヴィクターは、起き上がった首の無いガルトの体に向かって走り出し――


「今のてめぇの心臓は、その砂時計ってことかよ! 」


ガルトの左手にある砂時計を奪おうと、それに手を伸ばしながら、突進する。


「いかにも…」


「うぐっ!? 」


ヴィクターの手は、砂時計に届かなかった。

砂時計に手が届く寸でのところで、ガルトに腹を蹴られたのである。

ヴィクターは腹を押さえながら、その場に(うずくま)った。


「私は死人。首を跳ね飛ばそうが、動いていない心臓を抉ろうが、私は死人だ。故に、君が言ったように、今の私の心臓はこの砂時計…」


ガルトの頭部は、体に引き寄せられるように転がっていき――


「この砂時計がある限り、私は動き続ける。先程の彼は、私の体ではなく、砂時計を狙うべきだったのだ」


頭部が体の上部に到達すると、元通りに繋がった。

ガルトは、手に持っていた紐が括り付けられた砂時計を、繋がった首にぶら下げる。


「そして、追い詰められた今、君達に伝えなければならないことがある」


ガルトはそう言うと、目の前で蹲るヴィクターに視線を向けた。


「さっき、君が言っていた……アンティレンジかね? それは、この砂時計と時計のネジの鍵ともう一つ……」


ガルトは、色あせたコートから、一冊の分厚い本を取り出した。


「この本の三種類を私は持っていたのだよ」


「……!? 」


ガルトの言葉を聞き、ヴィクターは顔を上げ、驚愕の表情を浮かべた。


「ヘカトンケイル・クロニクル……巨大な人型の化け物……巨人と呼ばれる化け物の中でも、上位に位置するヘカトンケイルを記した書物らしい。さて……」


ガルトはそう言いながら、手にしたヘカトンケイル・クロニクルのページを数ページ捲ったところで、その手を止めた。


「ジグス・フォース。そろそろ君は、以前の君に戻る頃だろう。そして、かつての君は、多くの怪人と呼ばれる者達を倒してきたが――」


ガルトはジグスに顔を向けながら、開いたページの一部分を指でなぞると――


「君に巨人は倒せるかね? 」


ニヤリと頬を吊り上げた。

その瞬間、ガルトの体が光に包まれ、その光から、幾つもの巨大な腕が生えてくる。


「ぐっ――うああああああ!? 」


ガルトの近くにいたヴィクターは、生えてきた腕に突き飛ばされ――


「うがっ――!? 」


壁面に体を叩きつけられ、床に倒れ伏した。


「ヴィクターくん! 」


ジグスは、倒れ伏すヴィクターに呼びかけつつ、異変を起こし続けるガルトから離れる。

ガルトの体を包み込んだ光は広がっていき、その高さが三メートルに達しようとしたところで光は消え、変貌を遂げたガルトの体が顕になる。


「……! 」


顕になったガルトの姿に、ジグスは言葉が出なかった。

ガルトは、幾つもの巨大な腕を体の周囲に生やした巨人に生まれ変わっていた。

その姿にガルトの面影は残されていない。

唯一、彼であると判断できる部分は、胸に埋め込まれている砂時計しかなかった。


「……フム、ドウヤラ腕ダケデハナク、目ノ数モ増エテイルヨウダナ…」


巨人の人を丸呑みに出来そうなほど大きな口が、そう呟いた。

その巨人の口調はガルトのものであるが、声音は別のものであった。


「ドウヤラ、ヘカトンケイルト言ウ化ケ物ハ、コノ百本ノ腕ト頭ノ周リニアル目デ、ドノ方向カラデモ攻撃ヲ行ウコトが出来ルヨウダ。目ノ無イ私ニハ、数ガ増エテモ意味ノ無イコトダガネ」


巨人の頭部には、多くの小さい穴が空いていた。

そこが目の部分のようだが、元の目の無いガルトに反映され、目の穴が増えただけのようだった。

巨人の百本の腕を一本一本が別の動きをしている。


「私ニハ、遠ク離レタ人ノ囁キデサエ聞キ取ッテシマウ耳ガアル。コノ二ツノ耳デ、五十ノ目ナド、容易ニ補ウコトがデキル」


ガルトがそう呟くと同時に、一本の腕が勢いよく伸ばされ――


ドンッ!


部屋の一角に打ち下ろされた。

巨人の拳で床が砕かれ、その周囲に砂煙が漂う。


「くっ、少し近づいただけで感づかれたか…」


その砂煙から、イアンが飛び出してきた。


「イアンくん、無事だったか」


「ジグス……どうやらまずいことになったな」


走るイアンは、ジグスの元に辿り着く。


「ヴィクターくんがやられた。すぐ助けに行きたいところだけど……」


「そう簡単には行かないだろう。ヴィクターには悪いが、奴をどうにかしなければならん」


イアンは、遠くで倒れ伏すヴィクターに視線を向けていたが、すぐに巨人に視線を移す。


「それで、体の方はどうなった? 」


「……今、ちょうど戻ったよ。今更戻っても、巨人になったガルトに通用するか分からないけどね……」


イアンの問いかけに、ジグスはそう答えつつ、黒い刀身のナイフを右手と左手に、それぞれ一本づつ持った。


「やるだけやってみる。イアンくんは、奴の隙ができるまで、攻撃を躱し続けることに集中していてくれ。それで、隙ができたら、奴の胸にある砂時計を狙うこと」


「分かった」


イアンは頷くと、左手のパイルブラスターを外し、FAAを救急箱形態に変形させて、後ろ腰に戻した。


「苦しい戦いだけど、負けるわけには行かない。僕も……いや、僕がここで死力を尽くす! 」


ジグスは、両手のナイフを構えると、巨人に向かっていった。

彼に躊躇はなく、巨人の腕が向かってこようと、足を止める素振りはない。

その姿は、どこか投げやりに見え、イアンはジグスの戦いに期待しつつ、僅かに不安な気持ちを抱いた。







 ドンッ!


「ひっ!? 」


時計塔の内部、最上階へと続いていく螺旋階段を上るイオ。

彼女は、上の階から聞こえてきた強烈な音と地響きに、思わず身を竦ませた。


「…………何…今の? 」


イオは顔を上げ、螺旋階段の先に目を向け、不安げな表情を浮かべる。

彼女の全身は震えており、その足は一向に前に出る気配はなかった。

ここに来て、イオは怖気づいたのである。


「こ、怖い……何で、来ちゃったんだろう…」


イオは、イアンを追いかけたことに後悔し、その震える片足を一段下の段に載せる。


「私が来たところで、何もできないのに……」


イオは、悲しげな表情を浮かべて、また一歩下の段に降りた。

そのうちイオの体は、下の階に向けられる。


「結局……別の世界の人……私には届かない…」


イオは、顔を俯かせながら、螺旋階段を下っていく。

その足取りは重く、おぼつかない。

まるで、ゾンビとなって動かさせる死体のように、今の彼女に生気はなかった。

やがて、彼女は時計塔の最下層に辿り着く。

時計塔から出ようと、扉に手をかけたところで、彼女は振り返り、再び顔を上げて、螺旋階段が続く先へ目を向けた。


「……」


彼女は、そのままじっと動かなくなった。

扉に手をかけた手は、力んではいるが、扉が開く気配は一向に無い。


「……何で……行っても何もできないって……もう帰るって決めたのに……」


イオの体は、再び震えだした。

しかし、その震えは先程のものとは違う。

彼女は今、自分の気持ちを必死に押し殺しているのだ。

その溢れんばかりの気持ちが、彼女の体を動かそうと、体を震わせているのだ。


「うっ……ううっ…」


イオは、自分の体を押し止めようと、強く両目を瞑り出す。

しかし、それはイオの本当の気持ちを後押しする行為であった。

目を瞑った彼女の脳裏に浮かんだのは――


『ごめんな、イオ。おまえだけは、平和に暮らしてくれ。父さん達は……無理なんだ……』


申し訳なさそうな顔をする父と、顔を伏せ嗚咽を零す母が――


『『さようなら…』』


別れの言葉を口にし、自分の元から去っていく光景であった。

その瞬間、イオは走り出し、螺旋階段を駆け上がっていく。


「もう嫌! 私を追いていかないでよぉ! 一人ぼっちにしないでよぉ!! 」


イオは階段を駆け上がりながら、叫んだ。

ここ数日間、共にいたイアン。

彼が、自分の親達のように、自分の元から離れてい行くと思うと、彼女は気持ちを抑えきれなかった。


「絶対に……絶対に死なないでよ、イアンさん。私……実は、凄い種族の血を引いているの。その力で、イアンさんを助けるから! 」


イオは、自分が赤燕魔人だということは知っている。

しかし、知っていることは、それだけで戦ったことはなく、種族の力の使い方も知らない。

イアンを助けるという彼女の言葉に根拠は、無いにも等しいものだった。

しかし、それでも、イオは螺旋階段を駆け上がっていく。

去っていく背中をただ見つめるのではなく、追いかけずにはいられないのだ。




2016年9月26日 誤字修正


やはり頑丈な衣類を羽織っていたたか → やはり頑丈な衣類を羽織っていたか

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