二百二十二話 窮地に駆ける流星
「悪党と探偵……確かに違うが、そういうことを聞いたんじゃないのだがね…」
ガルトはやれやれと言わんばかりに、首を横に振った。
彼に呆れた反応をさせたヴィクターは、階段を上りきった後、ジグスの隣に並び立つ。
「うるせぇ! てめぇとオジさんじゃあ、何もかもが違うっつーことだよ」
ヴィクターはガルトに指を差しながら、そう言った。
隣のジグスは、そんなヴィクターに冷ややかな視線を向けており――
「ヴィクターくん、何故ここに来た? 義兄さん達は、君を止めようとしなかったのかい? 」
と捲し立てた。
「へっ! 親父はともかく、母ちゃんは行ってこいって感じだったぜ」
「ね、姉さんか……義兄さんでも、姉さんには適わないってこと? 勘弁してくれよ…」
ジグスの頭がぐったりと垂れ下がった。
「楽しそうに会話をしている最中で申し訳ないが、君はここへ何をしに来たのかな? 」
「「……! 」」
ガルトの声を聞き、ヴィクターとジグスは、彼の方へ顔を向ける。
「そりゃ愚問ってやつだぜ! てめぇを倒しに来たんだろうが! 」
「ほう! 君が私をね……どうやら君は、とことん格の違いが分からないようだな。君の実力では、それは愚行になるよ」
「うるせっ――! 」
ガルトに反論しようとしたヴィクターだが、途中で口を閉じて腰を低くした。
「……ほう? 」
そのヴィクターの行為に、ガルトは眉をひそめる。
「今、私の攻撃を避けたな……君は見えているのか? 」
「……そうかもな」
ガルトの問いかけに、ヴィクターはニヤリと頬を吊り上げながら答える。
先程、ヴィクターが腰を低くしたのは、ガルトの投げたナイフを躱すためであった。
ガルトがナイフを投げる動作及び、ナイフが飛来するのは一瞬。
並外れた五感を持つ者にしか、彼の攻撃に対応することはできないが――
(今、やつが投げるよりも、ヴィクターくんの方が早く動いた気がする……直感が働いたんだね)
ヴィクターには、並外れた直感能力がある。
ジグスは、ヴィクターがその能力で、ナイフを躱したのだと推測した。
「ふむ……どれ、まぐれか確かめてやろう」
「……! ヴィクターくん! 」
ジグスは、ヴィクター目掛けて三本のナイフが同時に投げられるのを見て、思わずヴィクターの名を叫ぶ。
「げっ! 今度はきついぜ! 」
しかし、ジグスの心配をよそに、ヴィクターは横へ大きく飛び込むことで、三本のナイフを躱す。
その後、ヴィクターは床に倒れ込んだ。
「……まぐれではないか。だが、得たいの知れないものを感じる……本当に見えているのか? 」
ガルトは、ナイフを躱すヴィクターに、自分やジグスとは違った力があるのではないかと疑い始めた。
(感づき始めた……今はいいけど、そのうち対策を取られてしまうね……)
ジグスは、立ち上がるヴィクターと、ガルトを交互に見ながら、ジグスはコートの裏に手を伸ばす。
(ここに来たことには、まだ思うところがあるけど、正直助けられたね…)
ジグスは、コートの裏から取り出したものを口の中に入れて飲み込む。
(でも、君にばっかり頼っていられない……が、もう少し、凌いでくれ。前の目に戻ったら、僕が決着をつけるから)
ジグスは、心の中でそう呟きながら、ヴィクターに視線を向けていた。
彼が口に入れて飲み込んだのは、薬の一種。
ジグスは、その薬の効力発生するまで、ヴィクターに時間稼ぎをしてもらうことにした。
「くそっ! やられっぱなしは勘弁だぜ! 今度は俺がてめぇに攻撃を仕掛けるぜ」
ヴィクターは、体勢を立て直すと、ガルトに向かって走り出す。
「なっ!? ダメだ、ヴィクターくん! そいつに近づくのは危険だ! 」
ジグスがヴィクターに望んでいたのは、ガルトの攻撃をひたすら躱し続けること。
故に、ヴィクターのこの行為は、ジグスの望んだものではなかった。
「向かってくるか……」
ヴィクターが、自分に向かってくるのを耳で感じ取り、ガルトはそう呟く。
呟いただけで、ヴィクターにナイフを投げることはなく――
「へっ! もうナイフは無ねぇのか!? そんじゃ、遠慮なく殴らせてもらうぜ! 」
ヴィクターの接近を易々と許してしまう。
「オラァ! 」
そして、ヴィクターの拳が、ガルトの右頬に目掛けて突き出される。
しかし、ヴィクターの思い通りになったのは、ガルトに接近できたところまで――
「やはり、愚行……君では私を倒すことはできない」
ヴィクターの拳は、ガルトの頬に当たる寸でのところで、止められてしまう。
ガルトに手首を掴まれたのだ。
「ぐっ……片手が掴まれたぐらいで! 」
ヴィクターは掴まれたいない左腕を振り上げるが――
「はぁ……分からん奴だな、君は」
「ぐうっ!? 」
ガルトに首元を掴まれしまう。
右腕は自由になったが、危うい状況は変わっていない。
「ヴィクターくん! 」
ヴィクターの窮地を救おうと、ジグスはナイフを右手に持つ。
「今、助けっ――ぐっ!? ああっ……」
カランッ!
しかし、ジグスはぐらりとよろめくとナイフを落とし、床に膝をついてしまう。
「これは……ラストン先生が言ってた薬の副作用……こんなときに! 」
ジグスは、ヴィクターとガルトの姿が何人も見えている。
薬の副作用により、目眩と視界のぼやつきが生じているのだ。
「ふっ…未熟だな、少年。少しはジグスを見習いたまえ。彼は、君に何故ここに来たと問いかけたにも関わらず、君を利用しているぞ? ま、あの体たらくだがね」
「くっ……」
ジグスは、悔しげに顔を歪ませる。
「……何が……言いてぇのよ…」
ヴィクターは、自分の首を掴むガルトの右手を両手で強く握り締めながら、そう言った。
「分からないか? 感情のまま動くなということだ。時には、自分の感情を押し殺す必要がある。次から気をつけるといい」
「……? どういうことだよ…」
「君はまだ若い……それに、少し見所がある。殺すには惜しいのさ。だから――」
ガルトは、左手にナイフを持ち――
「右目を失うことで、今回の失敗の戒めにするといい」
ヴィクターの右目を見つめながら、手にしたナイフを振り上げた。
――少しの時間を遡り。
ケージンギアにある医療院の一室。
「……む? ここは…? 」
そこで、イアンは目覚めた。
「おや? 起きたか……いや、起きてしまったというべきか。何ともいえないね」
「この声……ラストンか? 」
聞き覚えのある声を聞き、イアンがその声が聞こえてきた方向に目を向けると、自分の傍で椅子に腰掛けるラストンの姿が見えた。
「やはり、ラストン。ということは、ここは診療所なのか? 」
「違うよ。ここはケージンギアの医療院さ。ここの医師がわしを呼び出したのさ。たぶん、ジグスくんが呼べって言ったんだね」
イアンの問いかけに、ラストンはそう答えた。
「ジグスが……そうだ! オレは、ここで寝ている場合ではない! 」
イアンは、寝ていたベッドから飛び起き、部屋の床に着地する。
「ぐっ!? 体が……」
その時、イアンは全身に痛みを感じ、苦悶の表情を浮かべる。
「傷は塞いだんだけどね。まだ完全に治ったわけじゃない。無理に動けば、また傷が開いてしまう……かもね」
ラストンは椅子から立ち上がり、イアンの前に立つ。
「別の大陸……それに戦いの経験があるであろう君がやられたんだ。相手は相当手練のようだね。そんな相手に、今のイアンくんじゃあ、勝ち目は無いと思う」
「……勝ち目が無い戦いは、いくらでもしてきた。オレを止める理由にはならない。そこをどいてくれ」
「医師としても君を行かせるわけには行かない……けど――」
ラストンは、自分のポケットに手を伸ばし、そこから取り出した物をイアンに差し出す。
差し出されたのは、薄い紙に乗った粉の塊。
何かの薬であった。
「ジグスくんに、自分の体質を一時的に戻す薬をせがまれてね……どうやら、君を倒した相手に挑むみたいだ。正直、ジグスくんに勝ち目は無いと思う。だから……わしの本心は、イアンくんにジグスくんを助けに行ってもらいたい」
「……ジグスと縁があるのか? 」
「昔、ジグスくんとは色々とあってね。わしよりも、早く死なせたくないのさ」
「……そうか…」
イアンはそう言うと、差し出された薬を受け取り、躊躇なく口の中に放り込んだ。
「……痛み止めか。傷が開くかもしれんことは覚悟しろということか」
「そうなるね。なるべく、傷が開かないように戦って欲しい。無茶かな? 」
「善処はする」
イアンの答えを聞くと、ラストンは部屋の隅に向かい、そこの机に置いてあった布を手に取る。
「イアンくん、この服に着替えたら、屋上に行くんだ」
「む? リトワの作った服か。して、何故屋上に向かう必要がある? 」
イアンはラストンから、ナースアーマーとエプロンを受け取ると、彼にそう訊ねる。
「さあ? 後は、屋上にいる彼女達に聞いてくれ。それじゃあ……頼んだよ」
ラストンはそう言うと、自分のやることは終わったと言わんばかりに、部屋から出て行った。
イアンはナースアーマーに着替えると、ラストンに言われたとおり、医療院の屋上に来た。
屋上は屋根の無い広い場所で見上げれば、点々と星が輝く空を見渡すことができる。
この場所には、リトワとケイルエラの姿があるのだが、イアンが見ているのは、そのどちらでもない。
「……なんだ……これは……」
彼が見ているのは、屋上にそびえ立つ円筒状のものであった。
それの上の部分は、クレヨンの先のように丸くなっている。
「これは、推進装置。いい名前が思いつかなくてね、今はそう呼んでいるよ」
イアンの疑問に、リトワが答えた。
「さて、イアンさんがここに来たということは、行くって決めたんだね? じゃあ、イアンさんにはこれを着てもらおうか」
リトワは、背負っているリュックサックから、紺色の布を取り出すと、それをイアンに手渡した。
「む? なんだこれは? 少し重いぞ」
「それは、ナースアーマーの失敗作。硬さを重視した結果、重くなってしまったものだよ。でも、これからの戦いには支障にならないだろう? 」
「支障? 」
イアンは何のことか分からず、首を傾げる。
「イアンさん、敵の攻撃が避けられなかったんだろう? だから、避ける必要が無いように、防御力を上げるのさ」
「ああ、そういうことか。確かに、この強度なら、ナイフが突き刺さる心配はしなくて済むな」
イアンは、手にした布を羽織る。
布は厚く、中に鉄が仕込んであるのかずっしりと体が重くなるのをイアンは感じた。
「あと、イアンさんにはこれを」
リトワは、再びリュックサックから手を伸ばすと、今度はFAAと円筒形の何かを取り出した。
ジャラジャラ……
その円筒形のものからは、連なった長細い杭が付いており、円筒形の先は長細い筒状になっている。
「FAA……と、なんだ? 」
「これは、パイルブラスター。この長くくっついた杭があるだろう? これを連続して撃ち出す武器さ」
「杭を撃ち出す……離れた敵に攻撃をすることができるのか? 」
「そうだよ。これは、遠距離武器……前、君がダメ出ししたピストンカフスがあったろう? それの杭を打ち出す機構を利用して……」
「待て、難しい話は勘弁だ。これを付ければいいのだろう」
「うん。きっと役に立つよ」
リトワは、イアンにパイルブラスターの使い方を教えながら、それをイアンの左腕に取り付けた。
「……けっこう重武装になってしまったな。それで、この推進装置とやらは、何のために? 」
「少し、私の話を聞いてもらえないかな」
推進装置を見上げるイアンの疑問の声を聞き、ケイルエラが前に進み出た。
「ここから、時計塔が見えるでしょ? あそこの……恐らく、内部の最上階にジグス所長とヴィクターがいるの」
ケイルエラが、時計塔のある方向に指を差す。
「二人が、あそこに? 」
「ええ。イアンさんに時計塔へ行くように伝えることを、ヴィクターに頼まれていたの。イアンさんの力が必要だって…」
「……そうか。それで、そこに向かえばいいことは分かったが……」
「この推進装置を使うのさ。これで、一気に時計塔の最上階に行くことが出来る。早速、準備しよう」
リトワはそう言った後、彼女の言う準備は始まる。
準備と言っても、イアンを推進装置にベルトで括りつけるだけであった。
「……よく分からんが、すごく不安なだ……」
「気持ちは分かるよ。これを打ち出すのは、これで初めてだからね。何が起こるか分からない。ま、途中で爆発しないことを祈っておこう」
「これが町に落ちた時のことを思うと……すごく不安ね」
平然とするリトワに対し、イアンとケイルエラの表情は不安の色が出ていた。
「さて、後は打ち出すだけ……時計塔に近づいたら、ベルトを切って、時計塔の屋根のステンドグラスから、中に入るといい」
「ステンドグラス……いいのか? ケイルエラ」
「……今の私には、何も聞こえない」
イアンの問いかけに、ケイルエラは自分の耳を塞ぎながら、そう答えた。
「じゃあ、燃料を点火するよ。イアンさん、ヴィクター先輩達を頼んだよ」
リトワが推進装置の下部に火をつけると、そこから勢いよく炎が噴出される。
「三人が無事に帰って来ることを祈るわ。私はもう、警士隊の手伝いに戻らないといけないから」
「ああ、分かった。後は任せておけ」
イアンがケイルエラに言葉を返すと、推進装置が徐々に上へと浮かんでいき――
「いっ――!? 」
とてつもない速度で夜空に飛んでいった。
推進装置は炎を噴射させながら、時計塔の上部へ向かって飛んでいく。
長い炎の尾を伸ばしながら飛んでいく推進装置の姿は、暗い夜でも見ることができ――
「……!? あれは、なに? 時計塔の方に進んでいる? 」
センタブリルを歩く、イオの目にも映っていた。
彼女は、しばらくの間、推進装置を眺めた後――
「……イアンさん…」
それが向かう先である時計塔を目指して歩き始めた。
イオは、いつも通りの華やかな服装をしているが、彼女の腰には、赤い刀身の鉈が月の光に照らされて、赤い光を放っていた。
推進装置の勢いに耐えつつ、イアンは進行方向に目を向ける。
すると、時計塔が近づいていることが確認でき、このまま行くと、時計塔の上を飛んでいくことが分かった。
「そろそろ、降りたほうがいいな」
イアンは、手にしていたFAAを斧形態にする。
「…………今だ! 」
そして、FAAで自分を括りつけていたベルトを切り裂いた。
推進装置から離れ、イアンは地面に向かって落下をし始める。
「爆発などしなかったな……そして、あの推進装置はどこまで飛んでいくのだろうか…」
イアンは落下しながら、飛んでいく推進装置を眺めた後――
「さて、中に入るとするか。サラファイア! 」
両足の足下から炎を噴射させ――
パリーン!
ステンドグラスを突き破って、時計塔の内部に侵入した。
イアンが下に目を向けると、三人の人の姿が見えた。
一人はジグス、もう二人はヴィクターとガルトで――
「パイルブラスター」
ヴィクターの首を掴むガルトに目掛けて、パイルブラスターを打ち出した。
バスッ! バスッ! バスッ!
連続で打ち出された杭は、真っ直ぐガルトに向かって飛んでいく。
「ステンドグラスを突き破って……人か。人が空からここに入ってきたのか…」
ガルトはヴィクターを手放し、イアンの打ち出した杭を躱す。
「これを躱すか……奴を倒すには、どうすればいいのだろうか…」
イアンは下へ落下しながら、走るガルトに目掛けて、パイルブラスターを撃ち続ける。
しかし、杭はガルトに当たることはなく、床に突き刺さっていくばかりであった。
「奇襲はこんなものか。それで、平気か? ヴィクター」
サラファイアで落下の衝撃を和らげながら着地すると、イアンは隣でへたり込むヴィクターに声を掛けた。
「平気だ……ふぅ、危なかったぜ。おまえが来なきゃ、俺は右目を失くしてたところだ。そんで、何で上から来た? 空でも飛んでき来たのか? 」
「後で話そう。しかし、良いところで来たというわけか。ジグスは……平気そうに見えないが……」
「……それはお互い様でしょ。君も無理をしているはずだ」
イアンに言葉を返すジグス。
彼は未だに、床に膝をついた状態であった。
「イアンくん。体がつらいだろうが、来てくれて助かったよ。悪いけど、少しの間一人で戦ってくれるかい? 」
「む、何か思惑があるようだな。分かった」
イアンはジグスに返事をすると、前に進み出てガルトの前方に立つ。
「……君は、あの時の……傷はもういいのか? 数時間で、名乗る傷ではなかったはずだが? 」
「今は塞がっている。腕の良い医者に治してもらった」
「腕の良い医者……ははは! そうか、なるほど」
イアンの答えを聞き、ガルトは笑い声を上げた。
「その医者に心当たりがある。彼なら、あの程度の傷くらい治してしまうだろうね。でも……」
ジャキ!
ガルトは、大量のナイフを取り出し、それらのナイフを両手に持った
「少し動いたら、傷は開いていしまうだろう。いつまで戦い続けることができるかな? 」
「無論、お前が倒れるまでだ」
イアンは、ガルトにそう答えると、FAAを長斧形態に変形させ、彼に向かって走り出した。
この時まで、日が沈んでから数時間の時が経つ。
しかし、夜明けには、まだ程遠く、イアン達の戦いも、まだ終わる気配はない。
2016年9月26日 脱字修正
私の話を聞いてもらえなかな → 私の話を聞いてもらえないかな
2016年10月25日 誤字修正
次から気をつけてるといい → 次から気をつけるといい
いや、起きていしまったというべきか。 → いや、起きてしまったというべきか。




