二十一話 ファトム山 3
イアン達が、ファトム山を登り始めてから、半日以上経過した。
中腹を超え、山頂へと続く道をイアン達は歩いていた。
進むにつれ、道の傾斜は急になって行っていく。
イアンとプリュディスが、汗水を垂らしながら道を進む中、悠々と進む者がいた。
山の中腹付近で、イアン達の窮地を救った妖精の少女である。
彼女は険しい道を歩かず、パタパタと羽根を動かして、宙に浮きながら移動していた。
「…プリュよ。わかったぞ」
イアンが唐突に、前を歩くプリュディスを呼ぶ。
「何だべか? 」
振り返らずにプリュディスが返事をした。
「こいつだ」
イアンは、傍らで宙に浮いている少女に指を差す。
「何がだべ? あと、人に指を差しちゃダメだべ。人じゃないけど…」
「さっき、くすぐったい視線を感じたと言っていただろう」
「ああ…」
プリュディスは、イアンが言っていることを納得した。
こんな山の中に、くすぐったい視線を浴びさせる存在はいない。つまり、イアンのきのせい。少し前まで、プリュディスはそう思っていた。
しかし、この妖精の少女が現れてから、プリュディスの考えは改まった。
視線の正体は、この少女であると。
「それにしても、イアンによく懐いているべな。助けてくれた事といい不思議だべ」
プチュディスが疑問を口にする。
「そうだな…どこかで会ったか…? 」
イアンが、視線を上げ、妖精の少女が記憶の中に無いか探す。
すると、妖精の少女がイアンの袖を引っ張ってきた。
「ん? 」
「……! ……! 」
「……お? そうか…なるほど」
「…………! 」
「ああ…あの時は助かった。……そういうことか」
イアンは、うんうんと頷く。
「……イアン、妖精の言ってることが分かるべか」
二人のやりとりを見ているだけしかできなかった、プリュディスが訊ねる。
「プリュにはわからないのか」
「さっぱりだべ。何を喋っていたべか? 」
「いや、喋ってない」
「は? 」
プリュディスは、イアンの返答に驚く。
「じゃあ、なんでわかったべ? 」
「なんとなく感じとれた。どうやら、こいつは念じてものを伝えることができるらしい」
そうイアンが説明すると、彼女が伝えてきた内容を語る。
彼女は、この山で人目につかぬよう暮らしていた。
今日、気になる人間――つまり、イアンを見つける。
なぜ気になるか疑問に思いつつ、彼の後を追う。
すると、イアンは魔物と戦い殺されそうになった。
イアンを殺そうとする魔物に怒りを覚え、力を使って魔物を倒した。
倒れているイアンに近づくと、それだけで気持ちが落ち着いたという。
そして、起きたイアンに助けたお礼をねだってみると、頭を撫でてくれたので、イアンを気に入った。
「――ということらしい」
イアンは一通り語った後、そう締めくくった。
「…おめぇ、妖精に好かれる体質でも持ってるだべか? 」
「そんなバ――」
そんなバカなと言おうとしたイアンの口が止まる。
これまで、自分がなんと間違われていたかを思い出したからだ。
好かれる理由では無い気がするが、ありえないことはない。
そう思ったイアンは、一応言っておくことにした。
「……オレは、男だ」
「……エ!? 」
「へ? 」
妖精の少女とプリュディスが唖然とする。
そして、プリュディスは跪き頭を垂れた。
「気づかなかったべ。なんか、クソ生意気な口調で喋る女子だなぁと思っていたべが、まさか男だとは…」
「気づけよ。それとお前、声が出るではないか」
イアンが、妖精の少女を見て言った。
「名前を聞いてなかったな。わかるか? 」
「ナマエ…ナイ…」
妖精の少女は、口を動かして答えてくれた。
「名前は無いのか。だが、簡単な言葉が話せることはわかったな」
「だべなぁ。…あっ! イアン、こいつにタトウを見たか聞くべ」
「おお、そうだな。ふむ…馬車……馬を見なかったか? 」
イアンが身振り手振りを交えて訊ねた。
「サッキ…アッチ…イッタ! イッパイトイッショ! 」
妖精の少女は、山頂の方向に指を差した。
「……もっと具体的に教えてくれると助かるのだが…」
イアンがそう言うと、妖精の少女は念じ始めた。
「……! 」
「おお、当分はこっちの方がいいな」
「オラには、わかんねぇけどな。で、何かわかったべ? 」
「タトウ達は近いだろう」
「おお! やったべ! 」
タトウが近いとわかったプリュディスは、両手を上げて喜んだ。
しかし、イアンは深刻な表情をしていた。
「近いが…まずいことになっていたようだ」
プリュディスの表情が固まる。
「タトウ達は、魔物の大群に追われていたみたいだ。急ぐぞ! プリュ!! 」
山を駆け上がったイアン達は、山頂へとたどり着いた。
山頂は見晴らしがよく、ルガ大森林の向こうにあるシロッツの町並みも見える。
しかし、イアン達はその反対方面を見下ろしていた。
数分そうしているとイアンの目に、火の玉が飛んでいくのが見えた。
ガゼルの炎魔法だ。
その炎魔法が飛んできた方向に目を向けると、魔物の大群が確認できた。
大群の中心には、タトウの馬車が僅かに見える。
「プリュ! あそこだ! 」
イアンの言葉を受け、プリュディスも魔物の大群を目にする。
「見えたべ! 囲まれてるべな! 」
「ああ。事は一刻を争う、突っ走るぞ」
イアンは、そう言うと駆け出した。
それを追うプリュディスと妖精の少女。
「イアン! 何か策はないべか」
プリュディスは、イアンの後ろで走りながら訊ねる。
「無い! とりあえず魔物を蹴散しながら進むぞ」
イアン達は、山道を一気に駆け下りると魔物の大群と激突した。




