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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
八章 都市探偵 ――奇怪事件と異様な骨董品――
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二百十八話 死人の足跡

 ――朝。


ケージンギアの駅前は、職場に向かう人々で混み合っていた。

イアンは、その人ごみを遠くで眺めていた。

彼の前には、花を積んだ荷車がある。

今日は、イオの花売りの手伝いをしているのだ。


「今日も人がいっぱいいるけど……今日は花が全然売れないね…」


イアンの隣に立つイオが、彼と同じように人ごみに目を向けて、そう呟いた。


「まだ始めたばかりだ。じきに売れていくだろう」


「そうかなぁ? 」


「……イオ、前を見ろ。客が来たぞ」


「あ、本当だ。いらしゃいませー」


イオがやってきた客に対して、接客を始める。

彼女が客と会話をしている中、イアンは横目で彼女を見つめていた。

ここ数日、イアンはイオの様子に異変が無いかを注意深く見ていた。

その理由は、イアンの胸ポケットにしまってある手鏡が関係している。

アンティレンジである手鏡の力によって、イオの体は別の精神――ヒカゲに乗っ取られていたのだ。

今は、もうヒカゲに乗っ取られる心配は無く、イオにその時の記憶は無いのだが、乗っ取られていたのは事実である。

どこかで影響が出ていないか、イアンは心配であった。


「ありがとうございましたー……ふぅ、イアンさんの言う通り、お客さん来たね」


イアンの心配をよそに、イオは彼に微笑みを向ける。


「……ああ。またやって来る。気を引き締めねばな」


イアンの表情は、僅かに柔らかくなる。

イオの笑顔を見て、彼女を心配することが杞憂であると思えたのだ。

その時――


ドォン!!


遠くの方から轟音が鳴り、地響きが駅前にイアン人々の体を震わせた。


「な、なんだ!? 」


「なに? なに? 」


駅前にいる人々は足を止め、轟音を鳴らした場所がどこなのかを探し出す。


「……ただ事ではないな。イオ、少し状況を見てくる」


イアンは轟音が聞こえてきた方向に走り出した。


「え……イアンさん!? 」


イオの驚いた声が聞こえたが、イアンはそれに構わず走る速度を速めていった。

走るイアンが辿り着いたのは、ケージンギアの駅前から伸びる街道の一つ。

街道の入口の辺りに喫茶店がある場所であった。


「これは……」


そして、イアンは目の前に光景に、呆然と立ち尽くしていた。

喫茶店の建物は半壊しており、内部から炎を吹き出している。

店の周囲は黒焦げで――


「う……ううっ…」


「あ……」


「痛え……痛えよ……」


倒れ伏す人々がいた。

その人々は怪我を負っているようで、目立った外傷の無い者もいれば、頭から血を流す者もいた。


「イアンさん! ……えっ!? な、なんなの……これ……」


その時、イアンの背後からイオがやって来た。

彼女は走るイアンの後を追いかけていたようだ。


「イオ、来たのか……ならば、イオよ、警士隊を呼びに行ってくれないか? 」


「警士隊……? うん、分かった……けど、イアンさんは何を? 」


「怪我人の応急手当だ。自分の出来ることをする。だから、頼んだぞ」


イアンはそう言いながら、怪我人の傍に腰を下ろし、怪我の具合を確かめ始めた。


「う、うん! 」


イオはイアンに返事をすると、警士隊のいる詰所に向かって走り出した。

イアンが、自分の持つ鞄の医療用品で、怪我人達の手当をする中、呼びに行ったイオと共に警士隊と医者がやって来る。

彼らと共に、イアンは怪我人の手当や喫茶店の消火作業に協力し、次第に状況は収束していった。


「君のおかげで、大怪我を負った人も大事はなさそうだ。後は、我々に任せてくれ」


怪我人達を医療院へ運び出す中、医者の一人がイアンに、そう声を掛けた。


「ああ、後は任せた」


「うむ、ではな」


医者はそう言うと、怪我人達を運ぶ者達と共にこの場を去っていった。


「ふぅ……怪我人の方達は医療院へ向かいましたか。死人が出ていなくて良かったです」


警士隊員の一人がそう呟きながら、イアンの元にやって来た。


「ああ。店の中に、人がいなくて良かったな」


「ええ、本当に……ところで、あなたは我々よりもここにいたようですが、事件が発生した時からここに? 」


「いや、オレがここに来た時には、店はあの状態で周りに人が倒れていた。オレには、医療の心得が少しだけある。おまえ達が来るまで怪我人の応急手当をしていた」


イアンがそう口にする中、彼の左腕に付いている腕章が警士隊員の目に入った。


「そ、それは、クロスマーク!? なるほど、妙に落ち着いているわけだ…」


警士隊員は顎に手を当て、納得したかのように、ゆっくりと頷いた。


「原因の調査を始めたばかりだろうが、何か分かったか? 」


今度は、イアンは警士隊員に問いかける。


「ええ、どうやらこうなったのは、店の中で爆発が起きたからのようで…」


「爆発だと? 」


イアンが警士隊員の言葉に、眉をひそめた。


「はい。その爆発で店は壊れ、近くにいた人は吹き飛ばされた……今の段階で分かることはこれだけですね」


「そうか……」


イアンは、半壊した店に目を向けた。

店の一部が派手に壊れていることと、周囲にいた人が怪我を負ったことから、爆発というのに納得がいった。


「怪我人も助かったし、お店の消化も済んだ。後は、我々が調査するだけです。ご協力ありがとうございました。では、私はこれで…」


警士隊員は、イアンに頭を下げ、他の警士隊員の元へ向かって行った。


「ああ、ではオレ達は行くとしよう。行こう、イオ」


「うん」


イアンはイオと共に駅前に向かって歩きだした。


(爆発……自然に起こりうるものなのか? 思い込みは良くないが、アンティレンジが関わっているかもしれない…)


その最中、イアンは思案していた。

傍から見れば、彼はぼうっとしており――


「イアンさん! 」


「む……? イオ、どうした? 」


「どうした…って、こっちのセリフだよ。さっきから声を掛けてるのに…」


周りの音が耳に入っていなかった。

イアンがイオの声に気づいた時、彼女に服を掴まれていた。


「そう…だったか、すまんな。それで、何だ? 」


「…………何でも…ないよ…」


イオはそう呟くと、イアンから顔を逸らした。


「……? 」


イアンは、イオのことが分からず、首を傾げるだけであった。

そこから駅前の荷車に戻るまで、二人は何も口にすることはなかった。

イアンの服を掴むイオの手はそのままで、服に皺ができるほど、その手は強く握り締めていた。






 ――午後。


「え? 自然に爆発が起きるかって? 」


ジグス探偵事務所にて、リトワが怪訝な表情を浮かべる。


「ああ。実は今日、そこの駅前の近くにある喫茶店が爆発したのだ。それで……」


イアンはリトワに、朝起きた事件について説明する。


「はぁ…そんなことが…」


説明を聞いたリトワがそう呟く。


「爆発かよ……ケイ、知ってたか? 」


「知らないわよ。まだ警士隊の人に会ってないし、そういう情報は耳にしてないわ」


ヴィクターとケイルエラも事務所の中におり、イアンの話を聞いていた。


「それで……自然に爆発が発生するかだったね。それはないよ、イアンさん」


「可能性は無い……のか」


「うん。爆発物を取り扱っていない場所……喫茶店なら、有り得ないと言ってもいいくらいだね」


「はーん……てことはよぅ、喫茶店の中に、爆発物を仕込んだ奴がいるって考えられるか? 」


イアンとリトワの会話にヴィクターが入ってきた。


「うん。そう考えるのが自然だね」


「うーん……となると、動機は……喫茶店の人に恨みがあったとか? 」


ケイルエラも会話に入ってきた。


「それならば……喫茶店を破壊するのが目的か? 直接、殺すのではなく」


「うーん…分かんねぇな……分かんねぇことだらけだぜ。こうなりゃ、現場に行くしかねぇよな」


「行くかって……犯人を探すつもり? 」


ケイルエラがヴィクターを呆れた目で見つめる。


「当たり前だろうよ! もしかしたら、アンティレンジが絡んでるかも知んねぇぜ? 」


「しかし、あの場は、警士隊に囲まれているはずだ。容易に近づけないぞ 」


「何言ってんだよ、イアン。俺達には、これがあるじゃねぇか」


イアンの問いに、ヴィクターはそう答えると、パイプを取り出し、それを口に咥えた。




 ケージンギアの街道の一つ。

その街道にある半壊した喫茶店の前に、複数の警士隊の者達が立っていた。

半壊した喫茶店の中にも警士隊はおり、まだ調査をしている最中で、部外者が近づかないように、見張りを立てているようだった。

見張りが立つ後方には、崩れた瓦礫が山のように積まれていた。


「前、失礼するぜー」


そんな彼等の視線を気にせず、ヴィクターは喫茶店を目指して歩き続ける。

彼の口に咥えるパイプの力によって、ヴィクターとその後ろを歩くイアンの姿は、他の者には見えない状態であった。


「とりあえず、喫茶店の入口。ここの足跡を見るぜ」


喫茶店の入口に辿り着くと、ルーペを取り出した。

ヴィクターはそのルーペを地面に向け、イアンがこの場に着く前に出来た足跡を見る。


「……ダメだ、足跡が多すぎる。条件を絞んねぇと」


「なら……アンティレンジを持つ者で、限定したらどうだ? 」


「そうだな。とりあえず…………」


「……? どうした? ヴィクター」


体の動きが止まり、何も口にしなくなったヴィクターに、イアンは彼の後ろからそう訊ねた。


「ガルト……」


「ガルト? 」


イアンは、ヴィクターが発した言葉に、首を傾げた。


「確か、あいつは……盲目の男の足跡を映せ…」


ヴィクターは、イアンに構うことなく、ルーペのレンズを見続ける。

すると、ビクリと体を震わせた後――


「……イアンよぅ……残りのアンティレンジの一つは、人を蘇らせる砂時計…だったか? 」


と、後ろを振り向くことなく、イアンに訊ねた。


「ああ、確かそう言っていた」


「……それの持ち主が誰か分かったぜ」


「なに!? 」


ヴィクターの発言に、イアンは驚愕の声を上げた。

ここ場で、砂時計のアンティテンジの持ち主が見つかることは、イアンにとって予想外の出来事であった。


「そいつはよぅ……ガルト・フォスターって言う奴だ…」


ヴィクターは後ろに振り向き、イアンに顔を見て、その人物の名を口にした。

アンティレンジの持ち主が分かったというのに、ヴィクターの表情は暗い。

平時の彼とは異なった反応であった。


「ヴィクター……そいつは…」


「……十二年前……その時に死んだはずの悪党の名前だ。そいつの足跡がここにあったんだ……ここ最近にできた足跡でな…」


ヴィクターが自分の足元に指を差す。

その後――


「……あいつが蘇ったんだ。あいつが……この町に…」


イアンに背を向け、目の前の半壊した喫茶店に体を向けた。

静かに、崩れた瓦礫を見つめる彼の姿は、暗にこの惨事を引き起こした人物が、ガルト・フォスターであることを表していた。


「……ガルト・フォスター……か…」


ヴィクターの隣に立ち、イアンも崩れた瓦礫に目を向ける。

イアンは、ガルト・フォスターという人物を知らない。

ただ、この国で今まで戦ってきた誰よりも、手強い人物になるであろうと思っていた。

イアンをそう思わせたのは、ヴィクターである。

彼は今、瓦礫に視線を向けながら、体を震わせていた。

その様子から、ガルト・フォスターとの因縁、彼に対する恐怖、怒り、そして――


「……蘇ったんならよぅ……今度は、俺が倒してやるぜ……今度は……俺が…」


絶対に倒してやるという強い意思が読み取れていた。

彼が握り締める両の拳だけは、震えることなく、石のように固く微動だにしていなかった。




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