表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
八章 都市探偵 ――奇怪事件と異様な骨董品――
217/355

二百十六話 脅威を売る商人

 ――夜。


日が沈み、辺りが暗闇に染まった頃。


「はぁ……はぁ……」


ポトエントラの古びた倉庫が並び立つ地域、そこをヴィクターは走っていた。

彼が目指すのは――


「待て! 待てっつてんだろが! 」


前方を走る男性である。

ヴィクターはその男性を追っている最中であった。


「バカが! 待てと言われて、待つやつがいるか! 」


男性が肩ごしに、後方のヴィクターに顔を向け、そう声を上げた。


「ちっ! それにしても、あいつ……何で分かったんだ? 」


男性は顔を正面に戻す。


「……うっ!? な、なんだ!? 」


すると、前方から放たれた光に男性は驚き、その眩さから思わず腕で顔を覆う。


「そこまでだ! 観念して、足を止めろ! 」


その光の正体は、ケイルエラの持つカンテラの灯り。

男性の前に、ケイルエラが立ちはだかったのだ。


「くそっ! 仲間がいたか! どけ、女! さもないと! 」


男性はポケットから、ナイフを取り出し、それを前方に向けながらケイルエラに向かっていく。

ナイフは、カンテラの光に照らされて、ギラリと銀色に光っていた。


「武器……」


「オラァ! どけやああああ!! 」


男性はケイルエラに接近すると、彼女の胸に目掛けてナイフを突き出した。


「だから、どうした」


ケイルエラは、ナイフを持っている男性の腕を掴み、自分の体に当たらないよう逸らした後――


「はっ! 」


「……!? 」


足を大きく回して、男性の両足をなぎ払った。


「ぐっ――うぇ!? 」


それにより、男性はうつ伏せに倒れこむ。


カラン! カラン!


それと同時に、彼が持っていたナイフが手放され、石畳の上に落下した。


「終わったな。さて、おとなしく――」


「ケイ! 油断すんな! そいつはアンティレンジを持ってんだぞ! 」


男性を拘束しようとするケイルエラに、ヴィクターはそう叫んだ。


「ちくしょう! こうなったら!」


男性はそう声を上げると、ケイルエラに掴まれている反対の腕、左腕でズボンのポケットから、もう一本のナイフを取り出した。


「……!? しまった! 」


ケイルエラは、慌てて男性の右腕を手放し、後ろへ飛び退る。


プシュ!


その時、どこからか謎の物音が聞こえ――


「うっ!? 」


ケイルエラが急激に、男性から離れていく。


「ケイ先輩、大丈夫ですか? 」


男性から離れていったケイルエラは、リトワの元に辿り着いた。

彼女のリュックサックからは、鉄でできた腕が伸びており、それがケイルエラの腰を掴んでいる。

リトワのこの鉄の腕により、ケイルエラは男性から離れることができたのだ。


「ちっ! もう少しでその女も……オラッ! 」


男性は悔しげな表情を浮かべた後、左手に持つナイフで自分の喉元を切った。


「バ、バカな! 自決だと!? 」


「……いや、違うよ、ケイ先輩。あれが、あの人が持つアンティレンジなんだ」


「うっ……うおおおおおお!! 」


リトワの言葉を裏付けるように、男性は倒れ込むことはなかった。

倒れる代わりに、彼の体は肥大化し、茶色い獣の毛で覆われていく。


「前のライカンなんちゃらと同じタイプか! 完全にバケモンになるまえにとっちめてやる! 」


変貌をする男性に目掛けて、ヴィクターが拳を振り上げながら向かう。


「ウウッ……ウギャアアアア!! 」


「ぐっ!? 」


ヴィクターの拳は届かなかった。

変貌を遂げた男性の腕は巨大な翼になっており、それを大きく振り回して、殴りかかってきたヴィクターを弾き飛ばしたのだ。


「ヴィクター! 」


「ヴィクター先輩! 」


ケイルエラとリトワが彼の名を叫ぶ。


「グルゥ! コウナッタオレハトメラレネェゼ! 」


変貌した男性は両腕の翼を大きく広げると、空高く飛び上がった。


「あれは……コウモリ? コウモリの化物に変身するアンティレンジか! 」


空を飛ぶ変貌した男性を見て、ケイルエラがそう言った。

彼の体は茶色の毛で覆われ、耳が縦に長く、羽の付いていない翼を持っている。

コウモリをそのまま巨大化させたような姿であった。


「飛ぶのは厄介だね。でも、ボクには、これがある」


リトワはリュックサックに手を伸ばすと、鉄で出来た筒状のものを取り出した。


「ホールドバスーカ。これで撃ち落とす」


リトワは筒の先を変貌した男性に向け、引き金を引き続けた。


バスッ! バスッ!


筒から白い液体のようなものが、変貌した男性に向かって飛んでいくが――


「アタルカッツーノ! 」


すべて、躱されてしまった。

白い液体は、やがて下へと落下を始め――


「痛てぇ……ん? うおおおお!? 」


ヴィクターが倒れていた場所へと落下した。

彼は慌てて起き上がり、何とか白い液体から逃れることができた。


「危ねぇ……おい、リトワ! これなんだよ!? 」


「ごめん、ヴィクター先輩。それは粘着剤だよ。体に付くと、ネバネバになって、なかなか落ないんだ。当たらなくて良かったね。特に顔」


「……本当に危ねぇ……先をちゃんと見てから、撃とうな? そういうの」


「フン! ガキドモメ! オレヲマエニシテ、アソンデンジャネェ! 」


変貌した男性は、空を羽ばたきながら、そう呟いた。


「なら、おまえのその遊びも、終わりにしよう」


「……!? ナニィ!? 」


彼の呟きに答える者がいた。

その声は男性の背後から聞こえ、彼が慌てて後ろへ体を向けると――


「ふっ! 」


視界に一瞬だけ、白い閃光が走り――


「グッ!? イテエエエエ!? 」


変貌した男性は胸から赤い血しぶきを上げながら、絶叫した。

彼が振り返った直前、イアンが彼の胸をFAAファーストエイドアックスの斧形態で切り裂いたのだ。


「アアアアアア! 」


ドォン!


パニックに陥った変貌した男性は、石畳の上に落下する。


「倉庫の上にいて、正解だったな」


落下し、仰向けの状態で倒れる男性の前に、イアンが両足の足下から炎を噴射させながら降り立った。


「流石、イアン。今のうちに、そいつからアンティレンジ……ナイフを奪っちまえ! 」


「ナイフ……? ああ、これか」


ヴィクターの声を聞き、イアンがナイフを探すと、それは変貌した男性の左手に持たれていた。


「グッ……カッタキデイルナヨ! キイイイイイイイイ!! 」


仰向けの彼は、口を大きく開けると、耳をつんざくような叫び声を上げた。


「ぐっ!? 」


「う、うるせぇ! 何も聞こえねぇぞ! 」


「……最後の最後で…」


「……!? でかい音の攻撃……これは使えるかも…」


その叫び声に、四人は思わず手で耳を塞ぐ。

その隙に、変貌した男性は起き上がり、再び空高く飛び上がった。


「ハァ……ハァ……コイツラハキケンダ……トクニ、アノナース。ダカラ、ニゲサセテモラウゼ…」


「くそっ! 空に行っちまった」


「なに、まだ手はある」


イアンはそう言うと、右手を変貌した男性に向け――


「ワイヤーカフス! 」


右手首を捻った。

すると、イアンの右手のカフスから、黒いワイヤーが伸びていき――


「アア? ナンダァ? 」


変貌した男性の右足に絡みついた。


「覚悟しろよ? リュリュスパーク! 」


イアンは、伸びたワイヤーを右手で掴むと、雷撃を放った。

雷撃はワイヤーを伝っていき――


「ギャアアアアアア! 」


変貌した男性の体を貫くように駆け抜けた。

体の所々から煙が上がり、変貌した男性は再び地に落とされた。


「ア……アガッ……」


変貌した男性の姿は黒焦げで、風によってサラサラとその姿は消えていき、元の男性の体に戻った。

イアンは男性の左手から、ナイフを取り上げる。


「ふぅ、アンティレンジ回収完了だな。お疲れ、帰ろうぜ」


ナイフを取り上げるのを確認し、ヴィクターは三人に向かってそう言った。




 ナイフの形をしたアンティレンジを回収した後、ヴィクター達はロープワゴンに乗って、ケージンギアに向かっていた。


「私、センタブリルの方に家があるから、じゃあね」


途中、ケイルエラが降りたことにより、三人になる。


「最近順調だぜ! イアンが手鏡のアンティレンジを回収してから、もう五つ目なんだからよぅ」


ロープワゴンの車内で、ヴィクターは上機嫌の様子であった。

ここ数日、ヴィクターの持つルーペの力を使って、アンティレンジの持ち主を探していた。

足跡を見つけられるが、その人物に辿り着くまでに時間がかかるが、時間をかけた分の見返りは大きい。

ルーペで見つけ出した人物のアンティレンジは、この日で全て回収し終えたのだ。


「奴の手に渡った茶器とルーペを除くと八個か。あと何個あるのだろうか……」


「ひょっとしたら、もう無いんじゃない? ルーペで見つけた分は、もう回収したし…」


イアンの発言を聞き、リトワがヴィクターにそう訊ねた。


「……分かんねぇな。イアンよぅ、メロク…なんちゃら……あの金髪の女の子から、なんか聞いてねぇか? 」


「聞いてない。あれっきり、奴には会っていない。だが、そのうち顔を出すだろう」


「そっかー……じゃあ、まだあんのかねぇ」


ヴィクターはそう言うと、椅子に深く腰掛け、だらしなく足を伸ばした。

すると、ロープワゴンの動きが止まる。


「ケージンギアに到着です」


そして、ロープワゴンの車掌の声が、車内に響き渡る。

イアン達の乗るロープワゴンはケージンギアの駅に着いたのだ。


「…っと、もう着いたか。じゃあな、イアン」


「またね、イアンさん」


二人は、イアンにそう言うと立ち上がり、ロープワゴンの出口へ向かう。


「うむ、またな」


イアンは挨拶を返して、二人の背中を見送った。


「出発します」


その後、車掌が出した出発の合図と共に、ロープワゴンは再び動き出した。

ヴィクターとリトワがいなくなった車内は、しんと静まり返る。

イアンの他にも乗客はいるが、誰も口を開くことはなかった。

やがて、ガスセットに辿り着き、そこで停車した後、再びロープワゴンは動き出す。

複数の駅を通った後、ロープワゴンが次に止まる駅は、ファラワ村となった。

今の時間帯で。ここまで来ると、乗客はイアンぐらいしかいなくなる。

今日も、車内にはイアンしかいなかった。


「……」


イアンは、特にすることがなく、ぼうっと車内の天井を見上げていた。


「…………ん? 」


ファラワ村までぼうっとしていようとしていたイアンだが、ふと彼は視線を下げた。

彼は後ろに振り向き、そこにある窓から、外の景色に目を向ける。

暗闇で分かりにくく、目を凝らしてみると――


「なんだ? 」


イアンは違和感を感じた。

彼の目に映ったのは、一面の野原。

つまり、何もない。


「……まだ、ファラワ村に着いていないのか? 」


目に映る光景に、イアンは思わず椅子から立ち上がった。

ファラワ村の前の駅からロープワゴンが出発してから、数十分。

もうファラワ村に入っている頃であり、家の数戸は見えるはずなのである。

しかし、どの窓を見ても、家が一戸も見つからないのだ。


「……気のせいだといいのだがな…」


イアンはそう呟くと、車内の中を歩き出す。

彼が向かう場所は、ロープワゴンの前方、車掌がいるであろう操縦室であった。

イアンは操縦室の扉に付いている窓から、その中を覗く。


「……バカな……誰もいないだと? 」


そして、イアンは目を僅かに見開いた。

操縦室に誰もいないのだ。

そのことを確認したことで、イアンは確信する――


「これは……何らかの力に巻き込まれたか…」


人知を超えた謎の現象の中に、自分がいることに。

イアンは操縦室から離れると、近くの窓に向かい――


パリンッ!


FAAの救急箱形態でその窓を叩き割った。

その後、割った窓から外へ出て、ロープワゴンの上部に立つ。


「なに? ロープが無い……どういうことだ? 」


ロープワゴンの上に立つことで、イアンは自分の乗っていたロープワゴンがロープを使っていないことに気づいた。

しかし、ロープが無いにも関わらず、ロープワゴンは前に向かって走り続けている。

その方向には、延々と線路が続いているだけであった。


「おっと、外に出てしまいましたか。勘の良い方だ…」


イアンが呆然と立ち尽くしていると、どこからともなく男性の声が聞こえてくる。


「男の声……これはアンティレンジの力によるものか? 」


イアンが周りを見回しながら、声を発した男性に問いかける。

彼がどこを見ても、人の姿は見えない。


「アンティレンジ……その通り。今、あなたがいる世界は、私が持つアンティレンジの力によるものです。そして、これだけではありませんよ? 」


男性の声が発せられた後、空から一つの影が落下し――


ガシャン!


ロープワゴンの上に落ちた。

謎の空間の空に浮かぶ月の光に、その姿が照らされる。


「……! ライカンスロープ? 」


イアンの目の前に落ちてきたのは、二本の足で立つ巨大な狼であった。


「キイイイイイイイイ! 」


「くっ!? 」


突然、耳をつんざくような音と共に、イアンの頭上に何かが高速で通り抜けた。

イアンがそれに目を向けると、翼で羽ばたく巨大な獣が見えた。

その獣は旋回を数回した後、ライカンスロープの隣に並び立つ。


「こいつは、今日、オレが戦った……こいつらのアンティレンジは回収したはずだ。同じ奴が複数あるとでも言うのか」


「うーん、それはどうでしょうね~」


イアンの呟きに対し、その返答をする男性の声が響き渡る。


「ただ、確実に言えることは、ここがあなたの墓場であることです」


「何だと? お前は、オレを殺すつもりでこんなことを……何者だ? 」


イアンがそう問いかけると、二体の化物の前に、黒い影の塊ができる。

その塊が消えると、一人の男性がそこに現れた。

その男性は、リトワの背負うリュックサックのようなものを背負っており、紫色のローブを身につけていた。

ローブ腰から見ても、彼が細身の体であることが分かり、やせ細った顔をイアンに向け――


「私……アグレー・ヒルマンという名前で、アンティレンジを主に取り扱う行商人でございます」


と、頭を下げながら言った。


「ある組織に依頼されましてね……人々に多くの絶望と混乱を提供するため、この地に参りました。それで……」


アグレーは顔を上げると、開かれた右手をイアンに向けた。


「困るんですよ……あなた方のような、お客さんから、商品を取り上げる人達がいると……特に、あなたが一番厄介だ」


「グルルゥ! 」


「キイイイッ! 」


二体の化物が、アグレーの前に進み出る。


「なので、あなたから消えてもらうことにしました。ここで死んでくださいな」


アグレーの体が黒い影に包まれ、その影が消えた後、もう彼の姿は見えなかった。


「アンティレンジの大元のお出ましか。そして、二体の化物が相手……しかし、こいつらを倒したところで……というやつなのだろうな…」


イアンは、FAAを斧形態に変形させながら、そう呟いた。

化物との激戦と謎の空間の解明。

彼は今、一人でその二つを行わなければならない絶体絶命の窮地に立たされていた。





2017年9月3日 誤字修正

「……本当に危ねぇ……先をちゃんと見てから、打とうな? そういうの」 → 「……本当に危ねぇ……先をちゃんと見てから、撃とうな? そういうの」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ