表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
八章 都市探偵 ――奇怪事件と異様な骨董品――
212/355

二百十一話 日常を偽る影

 イアンが怪人 ライカンスロープことフリッツ・エグバートを倒した次の日。

タブレッサの町の雰囲気は、未だに暗い雰囲気を漂わせていた。

一連の首切り殺人事件は解決したが、町を歩く人々は、それを知らない。

まだ知らされておらず、これからも公表されることはない。

元のタブレッサに戻るには、もうしばらくの時間と、警士隊の努力が必要になるだろう。

では、直接事件の解決に関わったヴィクター達はというと――


「はぁ……なんだかなぁ…」


事件を解決したことで浮かれてはいなかった。

探偵事務所の中で、ヴィクターはソファーにだらしなく腰掛け、天井に顔を向けている。


「ふぅ、そのセリフ……今日で五回は聞いたかな」


向かいのソファーに座るリトワが、呆れた目でヴィクターを見る。


「だってよーすんげぇ事件を解決させたってのに、こう……何かさぁ……」


「……ヴィクター先輩、何か……表彰とかされたかったの? 」


「違う……いや、ちょっとあるけど……やっぱ、違う。もっと、うまくやれたんじゃねぇのかなってさ」


ヴィクターは、一昨日の夜のことを思い出していた。

自分の行動次第では、助けれた人がいるのではないかと、彼は考えていた。


「……それは仕方のないのことだと思うよ。せめて、ケイ先輩を助けられて良かったと思った方がいいかな」


「……そうだな……ふぅ…」


ヴィクターはそう言うと顔を下げ、軽く息を吐いた。


「入るぞ」


その時、事務所の中に、イアンが入ってきた。

イアンは、部屋の奥にある机に視線を向け、ジグスがいないことを確認すると、ヴィクターの元へ向かう。


「今日もジグスはいないのか? 」


「あ? ああ、いねぇな……オジさんに、用があった? 」


イアンに訊ねられ、ヴィクターは彼に顔を向ける。


「いや、用は無い。ただ、最近見ないから、気になっただけだ」


「そういえばそうだね。ヴィクター先輩は聞いてないの? 」


「聞いてねぇ。まぁ、オジさんのことだし、心配するこたねぇよ」


「……そうか。ちなみにケイは? 」


「フリッツ関係で警士隊本部に行ってる。しばらくは、こっちに顔出さねぇかもな」


「ふむ、聞くまでもなかったか……」


イアンは、そう呟くと踵を返して、部屋のドアの方へ向かう。


「お? 帰んのか? イアン」


「うむ……今日は、用事があってな。悪いが、依頼は二人でやってくれ」


「そう言われれても、今日の依頼はないけどね……」


「む……なら何故、ここにいるのだ? 」


リトエの発言に、イアンは僅かに体勢を崩した。


「家にいてもやることねぇし、とりあえず来たのよ……じゃ、俺らも帰っか」


「そうだね」


ヴィクターとリトワは立ち上がり、イアンと同様に部屋のドアに向かう。

イアンに追いつくと、ヴィクターは彼の肩を叩き――


「で? 用事ってなんだ? 」


と、イアンに問いかけた。


「首切り殺人は解決したが、まだ終わっていないことがある。それを調べに行くのだ」


イアンはヴィクターにそう答えると、探偵事務所を後にした。






 ――夕方。


イアンはロープワゴンに乗車し、ファラワ村の駅で降りた。

彼がこの駅で降りるときは、決まって家に帰る時である。

しかし、今日は違う。

イアンはラストンの診療所の道には進まず、別の道を歩いていた。


「……」


イアンは、下がっていた頭を上げ、視界の奥に見える一戸の家に目を向ける。

その家の庭には、色とりどりの花々が咲いており、イアンはその家を目指して歩いている。

彼は、イオの家に向かっているのだ。

今日の朝、花売りの手伝いをしている時に、イアンは彼女と夕食を取ることを約束していたのである。

イアンがイオの家に向かう目的は、夕食であった。


「……着いてしまったか…」


イオの家の前に来たイアンは、そう呟いた。

イアンにとってイオは親しい人物の一人である。

その親しい人物と夕食を共にする時に、そんな言葉を呟くだろうか。

彼がここに来た目的は、イオと夕食を取りに来たことではない。

真の目的は、彼女の家の中に入ることで、イオと仮面の者の関係性を調べに来たのだ。


カラン! カラン!


イアンが家のドアの近くにあるベルを鳴らす。

しばらくすると、目の前のドアが開き――


「いらっしゃい、イアンさん」


イオが出迎え来た。


「思ったよりも早かったね。探偵のお仕事は無かったの? 」


「今日は、無かったんだ。早すぎたか? 」


「うーん…ちょっとね。まだご飯の準備が出来てないんだよね。でも、もうすぐで出来るから、中で待っててよ」


イオはそう言うとドアを大きく開いて、イアンに家の中にはいるよう促す。


「ああ…失礼する」


イアンは彼女に従い、イオの家の中に足を踏み入れた。


「……」


彼女と会話をしている最中、イアンは終始無表情であった。

彼は表情の変化に乏しいが、まったくの無表情だった。

対して、イオは終始笑みを浮かべていた。

今のイアンにとって、彼女の笑顔は得体の知れないものに見え、表情を柔らかくすることができないないのだ。




 イアンは、家の中の一室に案内された。

案内と言っても――


『そこの部屋の中で待っててね』


と言われただけで、案内というよりも指示に近いものであった。

部屋に入ったイアンは、部屋の中を見回す。

家の大きさから、一番広い部屋であると思われる、中央にテーブルと椅子があった。

テーブルを挟むように二つの椅子が置かれていた。

イアンは、それらを見た後、部屋の隅に目を向けた。

部屋の隅、角になったところには、一つの椅子が置かれていた。

その椅子は、中央に置かれた椅子と同じ形をしている。


「……」


イアンはしばしその椅子を見つめた後、中央に置かれた椅子の片方に座った。


(さて、どうなることやら)


イアンは椅子に深く腰掛ける。

彼は、家の中に入った後は、何も考えていなかった。

従って、後は成り行きに回せるのみである。


「お待たせ~」


すると、イオが部屋の中に入ってきた。

彼女の両手には、料理が盛られた皿があり、テーブルにそれらを置く。


「イアンさんはこっちね。一応男の子だから多めにしといたよ」


「ああ……ありがとう」


「じゃ、食べよっか」


イアンの礼を聞くと、イオも椅子に座った。

しばらくの間、二人は黙々と料理を口に運び続ける。

ここでイアンは、イオに話を振るべきなのだろう。

しかし、彼は一向に喋る口を開こうとしない。

本当に何も考えていないのだ。

だが、彼の目は動いている。

料理を運ぶ中、イアンの視線を向けているのは、彼女の右手首である。

そこには、イアンが付けたのであろう山彦の鈴があった。


「ねぇ、イアンさん」


「む? 」


声を掛けられ、イアンは手を止める。


「イアンさん、冒険者って仕事をしていたんでしょ? その話が聞きたいなぁ」


「冒険者の話か……いいだろう、話してやる」


イアンは、冒険者になってからの出来事をイオに話し始めた。

イオのことを調べるどころか、自分のことを話してしまう始末であった。


「――で戦い、負けた。その後、この国に流れ着いたのだ」


「へぇ……正直、信じられないことばっかり。イアンさんは、本の中から出てきた人みたいだ」


「魔物や異種族、戦闘等といったものは、この国には無いからな。そう思うのは無理もない」


イアンはそう言うと、イオに出された料理を食べ終えて、一息つく。


(少し頭が回ってきたな。今、鈴を付けている理由でも聞くか)


じっと皿を見つめていたイアンだが、顔を上げ――


「ところで、その――」


「イアンさんって、強いよね? 」


口を開き、問いかける途中で、イオに声を被された。

その時の彼女の声は、僅かに大きく――


(……わざと…か? )


故意に声を大きくしたのだと思われた。

イアンは彼女の顔を伺おうしたが、イオは俯いており、その表情を見ることはできない。


「……強い…か。どういう意味でいったかは知らんが……」


イアンは途中で言葉を止め――


(本当にどういう意味なのか分からん。なんと答えるべきか……)


次に何を言うか思案していた。

あまり長くは時間をかけれない。

数秒の間で、イアンは考え――


「お前よりは強いだろう」


と答えた。


「ぷっ! そりぁ、私よりは強いでしょ! 当たり前じゃん! 」


すると、イオは笑みを浮かべ、大きく両腕を広げながら、そう答えた。

大袈裟ではあるが、イオらしい反応である。

笑みを浮かべるイオに対し、イアンは――


「……」


きょとんとした表情を浮かべていた。

自分が予想していたものとは、違う反応であったのだ。

イアンはそのまま、イオの顔に視線を向けているだけであったが――


「……さっき言いかけたが……いや、何でもない」


ようやく口を開き、イオに鈴の事を問いかけようとしたがそれをやめ、イアンは椅子から立ち上がった。


「もう帰るの? イアンさん」


イオが立ち上がったイアンを見上げる。


「ああ。料理……美味かった」


イアンはイオに顔を向けずにそう言うと、部屋のドアを開く。

そして、家の玄関へと足を運んだ。


「待って、イアンさん」


イアンが玄関のドアに手をかけた時、イオが彼を呼び止めた。

ゆくりと、イアンが振り向くと、紙袋を持つイオの姿が見えた。


「これ……料理作りすぎちゃったんだよね。イアンさんにあげるよ。朝にでも食べてね」


「……分かった、ありがとう。では……次の花売りの手伝いの日にな…」


「うん! また明日」


イアンは紙袋を受け取ると、イオの家を後にした。







 イオの家を出た後、イアンはラストンの診療所に向う。

彼が外に出た時には辺りは暗く、彼は今、ファラワ村の夜道を歩いていた。

ふと、イアンは立ち止まり、持っていた紙袋を開く。

その中に左手を入れ、探るように腕を動かした後、紙袋から手を出した。

その後、紙袋を小脇に抱え――


「リュリュスパーク」


右手から雷撃を放った。

雷撃により、右手が光に包まれ、それを維持する。

その光によって、イアンの左腕が照らされる。

彼の左手にあったのは、白い紙切れであった。

リュリュスパークの光で照らされたそれを見たイアンは――


「ふ……明日は花を売りに行かないと言っていたはずだが……そういうことか」


僅かに頬を吊り上げていた。

紙切れには――


『明日の夜、初めて会った場所に来い』


と書かれていた。

イアンは右手のリュリュスパークを止め、ラストンの診療所に向かって、再び歩きだした。


「まだ色々と分からないことがある。明日、それら全てを聞かせてもらうぞ」


イアンは誰に言うことなくそう呟いた後――


「イオを偽る者……いや、イオの体を乗っ取る者よ」


と言いつつ、後ろ腰に付けたFAAファーストエイドアックスを軽く右手で撫でた。






2016年8月30日――誤字修正


イアンはそのまま、イオの顔に視線を向けているであったが → イアンはそのまま、イオの顔に視線を向けているだけであったが

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ