二十話 ファトム山 2
――昼前。
ようやくイアンとプリュディスは、ファトム山の中腹に辿り着く。
中腹に着てもなお、タトウ達と合流することはなかった。
この辺りは、魔物の数が減り、道もなだらかになっている。
中腹は、ファトム山の中でも比較的安全なようで、それを察したイアン達は休息をした。
その間、山登りの途中で倒した魔物の肉をなんとか調理してみる。
ファトムウルフの肉である。
「……味がしないべ」
「そうだな」
食えないことはなかった。しかし、美味でもなかった。
昼食も済ませ、充分休息をしたイアン達は、再び山を登り始めた。
数十分も歩かないうちに、魔物と遭遇した。
その魔物は、イアン達の前方にある岩陰から現れた。
スィルンと呼ばれる魔物である。
体は球体で、口は裂けたように長く、単眼の大きい目をしている。
体から伸びた四本の触手で体を支えており、先端には強靭な爪が生えていた。
「なんだべ、あいつ! 気持ち悪いべ! 」
プリュディスが不快な顔をする。
「むっ! 伏せろプリュ! 」
「うわぁ! なんだべか」
プリュディスは、慌てて屈むと頭上を何かが通った。
「あれは…コウモリだべか? 」
空を魔物が飛んでいた。
プリュディスを襲った魔物は、ファトムデビルと呼ばれている。
体格は二メートル程の人間似た姿だが、両腕はコウモリのような翼になっていた。
足には鳥類特有の趾を持っていた。
ファトムデビルは、プリュディスを襲った後、旋回しながらイアン達の様子を伺っている。
「まずいぞ、プリュ。こいつらは強い」
「そうみたいだべ。イアンはコウモリをなんとかできないべか」
「空を飛んでて、攻撃が届かない。だが、何とか注意を引いてみる」
「頼んだべ! 」
プリュディスは、スィルンに向った。
スィルンは、二本の触手をプリュディスに向けて伸ばした。
一本は交わしたが、もう一方の触手は避けることが出来ない。
プリュディスは、大剣を盾にした。
ガキィィン!
「ぐっ! 」
触手の先端にある爪が、大剣に激突し、プリュディスは反動で後ろに下がる。
その隙に、スィルフはプリュディスの正面に来ると、二本の触手を鞭のようにしならせ、プリュディスに攻撃した。
「ぐ…ぎ…防戦一方だべ」
連続で放たれる魔物の爪を必死に耐えるプリュディス。
一方、イアンもファトムデビルに苦戦していた。
「ギャァァァ! 」
ファトムデビルが、趾をイアンに向けて突進してくる。
それを横っ飛びで躱しすイアンは、すれ違いざまに戦斧を振るうが、ファトムデビルが体を捻って躱した。
体勢を立て直したイアンは、拳大の石を拾うと、ファトムデビルに向かって投げつけた。
しかし、これも躱されてしまう。
ファトムデビルは再び上空へと舞い上がる。
「さっきからこれの繰り返しだ。ガゼルのように魔法が使えたら……」
つい弱音を吐くイアン。
空を飛ぶ魔物と戦ったことのないイアンは、その魔物に対しての攻撃手段が無かった。
それゆえに、状況はまったく変わらず、ただ体力が消耗する一方である。
ファトムデビルは、旋回した後、再びイアンに向かって突撃してくる。
戦斧を構えて迎撃に備えるイアン。
すると、ファトムデビルの趾から何かが放たれるのが見えた。
それは、イアンの顔目掛けて高速で近づいて来る。
「なにぃ!? 」
咄嗟に顔の前を戦斧で守ったイアン。
ゴッ!
ファトムデビルから放たれたそれは、戦斧に弾かれる。
弾いたそれをイアンは視認した。
「こいつ、オレの真似を!? 」
石だった。ファトムデビルは先程、イアンに突撃した際、石を地面から拾っていた。
そして、イアンの真似をして石を投げつけたのだ。
しかし、その目的はイアンと異なっていた。
「ギャァァァ!ギャギャギャ! 」
「ぐっ!?…うぁ…」
馬鹿にするかのように吠えながら突進するファトムデビルに、イアンは反応できず突き飛ばされた。
ファトムデビルが石を投げたのは陽動が目的だった。
「ぐぁ!! 」
突き飛ばされたイアンは、岩に叩きつけられた。
衝撃で意識が朦朧とするイアンは、すぐに立つことが出来なかった。
「……ン! ど……たべか! ……をす…べ! 」
微かに、プリュディスの声が聞こえるが、うまく聞き取れないイアン。
そのイアンに、止めを刺すべく、ファトムデビルはうんと高く舞い上がり、イアン目掛けて急降下する。
「う……あ…」
迫るファトムデビルを見上げることしか出来ないイアン。
そして――
ドォン!!!!
ファトム山中腹付近に衝撃が走った。
「…………ん? 」
死を覚悟したイアンだったが、痛みを感じなかったことに疑問を持つ。
ゆっくり体を起こし、目を開けると――
「……? 」
「…うおっ! 」
目の前に、少女がいた。
少女の姿は、髪は葉のような黄緑色をしており、腰まで届きそうなほど長かった。
耳は長く尖っており、ぴこぴこと微妙に動いている。
背はロロットより少し小さく、緑色の村人のような服を着ていた。
そして、人間とは異なる部分に目を奪われる。
背中から半透明の羽根が生えていた。
少女は、心配そうにくりくりとした大きな目でイアンを見つめてくる。
「やっぱり、死んだのかオレは? 」
そう呟き辺りを見渡すと、地面に倒れている魔物を発見した。
魔物は、落ちた衝撃のためか頭があらぬ方向を向いており、微かに焦げ臭かった。
イアンは考える。
魔物にやられそうになったら、魔物が死んでいた。そして、見知らぬ羽根の生えた少女がここにいる。
ということは――
「これは、おまえの仕業か? 」
「……! 」
少女は嬉しそうに頷いた。
すると、イアンに向けて頭を差し出してくる。
「ああ、褒めろってことか。ありがとう助かった」
イアンは、少女の頭を撫でた。
「……♪」
少女は嬉しそうに揺れていた。
「イアン! どうしたべか! 返事をするべ! 」
プリュディスがイアンを呼ぶ。
まだ、スィルンの攻撃を凌いでいた。
「ああ、大丈夫だ。こっちは片付いた。今、そっちへ行く」
イアンは、プリュディスの方に行こうと立ち上がる。
ふと、イアンは思った。
この少女はどのようにファトムデビルを倒したのか。
イアンは、それを確かめることにした。
「…頼みがある」
「……? 」
首を傾げる少女。
「あそこの魔物を倒してくれ。ああ、手前にいるのは違う。彼は人間だ」
「……! 」
少女は、任せてと言わんばかりに、そのエメラルド色をした目を輝かせた。
そして、何事か呟きながら右手を前につき出す。
少女の体の周りが、緑色に光る。
「あっ…プリュ! 伏せろ危ないぞ…たぶん」
ズドォン!
「えぇ!? なんだべ急に――ってうあああ!! 」
プリュディスが振り向いた瞬間、緑色の稲妻が迫っていた。
その稲妻は、少女の右腕から放たれていた。
なんとか、プリュディスは屈んで躱したが、スィルンは避けれずその稲妻を浴びた。
スィルンはバリバリとイナズマに焼かれ、息絶えた。
「稲妻の……妖精…? 」
プリュディスが少女を見て呟く。
「お前、妖精なのか…」
そう呟くイアンに少女は、頭を差し出して撫でるのを催促するのであった。




