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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
八章 都市探偵 ――奇怪事件と異様な骨董品――
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二百六話 見えざる者達の戦い

 満月の光に照らされた広場。

そこで、イアンは上を見上げたまま動けないでいた。

彼が見上げる先、建物の屋根の上には仮面を付けた人物がおり、その人物が手にした大鎌に視線が向けられている。

大鎌、それが切り裂き魔であろう仮面の者の得物なのだ。

その大鎌によって、イアンの持っていたカンテラは、一瞬でバラバラに切り裂かれたのだろう。


(一瞬……奴は、カンテラを切り裂いた後、一瞬であそこに移動したのか?いや、元からあそこにいて……違う、暗くなる前には、奴はあそこにいなかった)


イアンは、仮面の者が、一瞬で行動できる力を持っていると考えていた。

そして、それがイアンが動けない一番の原因であった。

一瞬で動けるのであれば、対処のしようがないのである。

仮面の者が消えた一瞬、それで行動を誤れば、イアンは大鎌によって切り裂かれるだろう。

しかし、ここで一つの疑問が生まれる。


(……何故、奴はすぐオレを殺さず、カンテラを狙った? )


それは、最初の一瞬でイアンを狙わなかったことだ。

その気になれば、仮面の者は、イアンを切り裂けたはずなのである。

しかし。仮面の者はそれをせず、彼が持っていたカンテラに攻撃した。


(一番考えられるのは……怖がらせるため……? )


『ククッ……』


(いや……挑発…か)


考える中、イアンは仮面の者が笑ったのを思い出し、仮面の者に挑発されたのだと推測した。


「……何のつもりかは知らんが、オレなんて一瞬で殺せるということが言いたいのか? 」


イアンは思ったことを口にしてみた。


「……クククッ…アハハハハハハハ!! 」


すると、仮面の者は僅かに顔を上げ、高らかに笑い声を上げた。


「……反応に困るな。当たっているかどうか、分からない……だが……」


イアンは仮面の者を見据えたまま――


「次は、殺しに来るということだけは分かっているぞ」


戦う姿勢を取った。

武器を持っていないが、どうにかして仮面の者と戦うことにしたのである。


「クククッ……」


そのイアンの姿が面白いのか、仮面の者から微かに笑い声が聞こえてきた。

そして――


「……消えた! 」


仮面の者の姿が消えた。

イアンは周りを見回して、仮面の者の姿を探す。

満月は雲に隠れておらず、明瞭に広場を見回すことが出来る。

しかし、仮面の者の姿は見えない。

どこかに身を隠しているのか、又は、高速で移動しているかのどちらかの理由で、視界に映らないのだと考えられる。

この状況でイアンにできることは――


「……打つ手なし。なるようになれ…」


何もなかった。

しかし、イアンは諦めることなく、仮面の者が現れる一瞬を狙って、捕まえようとしていた。

そんな彼の元に――


「来るなら、早くこい…」


足音も風切り音も出さず、まさに無音で――


「切り裂き魔とや――らっ!? 」


黒い影が駆け抜けた。

言うまでもなく黒い影は、仮面の者であり、事が済んだ後には、イアンが立っていた場所を背にして立っていた。

イアンの背後から、一瞬で彼の前方へ駆け抜けたのだ。

仮面の者は、大鎌を手にした腕を振り切っており、イアンの横を通り過ぎる際に、振るったのだろう。

大鎌を手にした腕を下ろし、仮面の者が後ろへ振り返る。

そこに、イアンの死体が転がっているのだろう。


「……クククッ…ハハハハハっ! 」


仮面の者が笑い声を上げた。

その声音は、遊ぶ子供のように楽しげであった。

人を殺したことに喜びを感じている。

否、仮面の者は、人を殺していない。

何故なら、仮面の者が持つ大鎌に血は付いておらず、その見下ろす先には、イアンの死体が転がっていない。

イアンは仮面の者の攻撃を躱し、姿を消しているのだ。




 ひとしきり笑った後、仮面の者は消えることなく、その場に佇んでいた。

広場に見えるのは、仮面の者の姿だけである。


「ひぃー…あいつ、動こうとしないぜ…」


しかし、姿が見えないだけで、広場にいる人物は他にもいた。


「どうするよ? イアン」


「どうする……対策を考えない限り、このままでいるしかあるまい…」


ヴィクターとイアンである。

彼等は、広場の中央に近い場所に佇んでいた。

仮面の者から見たら、左前方の方向にいる。

視界に入っているはずなのに、仮面の者が動かないのは、二人の姿が見えないのだ。

今、ヴィクターは口にパイプを加えている。

アンティレンジであるパイプによって、二人は姿を消しているのだ。

姿を消す二人にしか見えないが、彼等の周りを薄い霧が包み込んでいる。

この霧は使用者の姿を隠し、霧の外へ声や足跡を漏らさない効果があった。

そして、その効果は霧の中にいるの者に適用されるため、イアンも姿を消すことができていた。


「しかし、危なかったなぁ。俺がいなかったら、イアン……おまえ、死んでたぜ? 」


「ああ、死んでたな。おまえがいて、良かった」


先ほど、仮面の者がイアンの横を駆け抜ける瞬間、ヴィクターはイアンに飛びかかっていた。

そのおかげで、イアンは仮面の者に切り裂かれることなく、こうして生きているのである。

しかし、何故、ここにヴィクターがいるのだと疑問だろう。

実は、イアンが路地を歩いているその後ろを、姿を消したヴィクターがついて歩いていたのだ。

一人で歩くイアンの補助を行うために姿を消しており、結果、妙案であったと言えよう。


「はぁ……まさか、こんなヤバイ奴だとは思えわなかったぜ。正直、今はどっか行くまで待ってた方がいいんじゃねぇの? 」


「いや、見ろヴィクター」


イアンが仮面の者を見るように促す。

仮面の者は、ゆっくりと顔を動かしていた。

消えた二人を探るような仕草であった。


「おいおいおい……俺達が近くにいんのが分かんのか? 」


「恐らく、そうだろうな。気配とやらを感じるのではないのか? 」


パイプの能力で消せるのは、姿と音ぐらいである。

足跡を残したり、吹き抜ける風を遮ってしまったりと、存在を悟られる要素は多々あり、それらを総合し、気配として感じ取れる者には、効果は薄くなってしまうのだ。


「派手なことはできん。一つしか無い広場の出口へ行って空気の流れを不自然に変えたり、サラファイアを使えば、完全にバレるだろうな。そして、ここに留まり続けていれば、(じき)に殺られる」


イアンが言い終わった後、仮面の者が前方へ横薙ぎに大鎌を振るい、一歩前に動いた。


「おう、平気な顔して言ってんなよ? ヤバイ状況じゃねぇかよぉ…」


「うむ、やばいな」


焦るヴィクターに対し、イアンの表情は変わっていなかった。


「そんならよ……リュリュスパークだっけ? それでさっさと倒しちまおうぜ! 」


ヴィクターが右手を突き出しながら、イアンに言った。


「……良い…かもしれんが、一撃で倒せなければ、もう後がない。奴の高速で動くのをどうにかしないと……」


「あ? あれ、姿を消してんじゃあねぇの? それか瞬間移動ってやつ」


イアンの発言を聞き、ヴィクターが怪訝な顔をした。


「瞬間移動……いや、恐らく目にも止まらない速さで動いているのだろう」


「げぇ!? それじゃあ、ルーペ使えねぇー! 消えたら、どっから攻撃が来るか分からねぇってことかよ」


「ああ。どこから攻撃されるかが分からな……あ! 」


イアンは何かを思い出したかのように、唐突に声を上げると、ナース服に付いたポケットに手を伸ばした。

そこから取り出されたのは、紐が括りつけられた緑色の鈴であった。


「鈴……? おい、イアン。まさか、猫に鈴を付けるみたいな……」


「そのまさかだ。こいつを付ければ、奴のスピードは解決できる…………ヴィクターよ、少し手伝ってくれないか? 」


「……なんかけっこう間があったな…無茶なことじゃあねぇよな? 」


「……」


イアンは何も答えなかった。




 広場をゆっくりと歩き回る仮面の者。

一歩足を踏み出す度に、足を止め、前方へ横薙ぎに大鎌を振るっていた。

仮面の者は、近くに姿を消したであろうイアンの気配を感じていた。


「……」


一歩前に足を踏み出し、大鎌を振りかぶった時、仮面の者の動きが止まった。

しかし、それはほんの一瞬で、瞬きをする間に、大鎌は振るわれていた。

何故、一瞬だけ動きを止めたのか。

仮面の者は、姿を消したイアンの気配を完全に捉えていた。

その瞬間、彼に攻撃しようとしたのだが、思い止まったのである。

イアンの気配は背後にあり、後ろから攻撃を仕掛けてくるのだろうと、仮面の者は推測した。

その推測から、今は攻撃するタイミングではないと思ったからだ。

イアンが攻撃する瞬間、その時が攻撃のタイミングだと――


(クククッ…)


心の底で笑いながら、判断していたのだ。

イアンの気配は仮面の者へと、ゆっくりと近づいていく。

仮面の者は振り向きたい衝動を抑えながら、平然と今までの行動を繰り返す。

そして、すぐ後ろに気配を感じた瞬間――


「ハアアアアアア!! 」


悪戯をする子供のように奇声を上げながら、大鎌を振りかぶりながら、後ろに振り返った。

相手が思い通りに行く手前、そこで全てを台無しにする。

そのために、仮面の者は待っていた。

そして、仮面の者は、今までに感じたことのない――


「アアッ!? 」


ほど困惑した。


「……よ、よう」


後ろにいたのはヴィクターであり、イアンではなかったからだ。

ヴィクターは、顔を強ばらせながら、仮面の者に向かって片手を挙げていた。

その間、予想外の出来事に、仮面の者は体を硬直させていた。


「ウッ!? 」


その時、仮面の者は右手首に痛みを感じた。


「ガアアアッ! 」


何かをされたと思った瞬間、仮面の者は周囲を大鎌で振り回したが、誰にも当たらなかった。


「ひぃー! イアン、もういいだろぉー!? 」


ヴィクターは、大鎌に当たらないよう、体を伏せていた。


「ああ、よくやった。後は、任せろ」


仮面の者の背後から、イアンの声と共にパイプが飛来する。


「はぁ……ヒヤヒヤしたぜ。じゃあ、頼んだぜ! 」


ヴィクターがそれを受け取って咥えると、彼の姿は消えていった。

それを見届けた後、仮面の者が後ろに振り返る。


「これで、ようやくお前と戦える」


すると、そこにはイアンの姿があった。


「アアアアアアッ!! 」


奇声を上げた後、仮面の者の姿が見えなくなった。


「右後ろ! 」


ガッ!


「……!? 」


仮面の者は、驚愕して体を動きを硬直させる。

高速で動き、イアンの右後ろから大釜を振り下ろしたのだが、振り向いたイアンに腕を掴まれ。阻止されたのだ。


「……!! 」


「ぐっ…! 」


仮面の者はイアンを蹴飛ばし、腕を振り払うと、再び高速で動き出す。


「ふっ、何度やっても同じだ」


イアンは、笑みを浮かべると、耳を澄ます。

彼の耳に入ってくるのは――


リイイィィィ………ィィィ…


鈴の音であった。

その音には強弱があり――


ィィイイン!!


「左! 」


鈴の音が一番大きくなった時、イアンは音が聞こえる方へ腕を伸ばした。


「……!? 」


そこに、大鎌を振りかぶっている仮面の者が現れ、イアンのその腕を掴んでいた。

振り上げた状態の仮面の者の腕の手首には、緑色の鈴が括りつけられていた。

その鈴は山彦の鈴といい、かつて、イアンがメロクディースから貰ったものである。

使用者の願いを聞いて音を出すという鈴で、イアンは、自分にだけ聞こえることと、距離で音の強弱が出ること、自分が鳴れと念じたら鳴ることを願っていた。


「気づかないか? 手首に鈴をつけておいたのだが…」


「……!? 」


イアンに言われ、仮面の者は、ようやく自分の右手首に鈴があることに気づいた。


「それは外すことも断ち切ることもできん。気づいたところで、遅いのだ! リュリュ――」


「ちっ! 舐めてすぎた! 放散火炎(ほうさんかえん)! 」


イアンがリュリュスパークを放とうとした瞬間、仮面の者からドスの効いた少女の声が聞こえた。

そして、仮面の者は掴まれていない左手をイアンに向け――


ゴオッ!


その手のひらから、炎を吹き出した。

吹き出された炎は大きく広がりながら、イアンの全身を飲み込んでいく。


「くっ!? サラファイア! 」


イアンは攻撃を諦め、両足から炎を噴出させて仮面の者から離れる。

幸い仮面の者が出した炎は射程が短く、イアンは少し炎を浴びただけで、火傷を負うことはなかった。


「……逃したか…」


着地したイアンは、周りを見回して、そう呟いた。

広場に仮面の者の姿は見えなかった。


「イアン、平気か! 」


姿を現したヴィクターがイアンの元に駆けつける。


「ああ……だが、せっかく見つけた奴を逃してしまった」


「そうだな……けどよぉ、切り裂き魔が、あんな奴だっつーことが分かっただけでも儲けもんだぜ」


「そう……だな。山彦の鈴を付けれた……これで次からは奴を追いやすくなっただろう……ふぅ…」


イアンはそう言うと、その場に腰を下ろした。


「あいつの速い動きはどうにかなったっつーけど、けっこう厳しいな。見てて思ったぜ」


「そうだな。魔法も使うようだし、正直勝てるかどうか分からん」


「お、おい! おまえが勝てなきゃどうしようもないぜ? 俺やケイじゃあ、あんな化物の相手は務まんねぇよ! 」


ヴィクターが狼狽え出す。

悪人と戦うのが彼の望みだが、仮面の者との実力差は分かっていた。


「勝てるかどうか分からんと言っただけだ。せめて武器があれば、多少はマシになるのだろうが……」


「武器? ケイから警士棒借りるか? 」


「……いや、斧がいい。斧の方が勝率はグンと上がるぞ」


イアンは拳を握しめて、ヴィクターに言った。


「斧って……警士棒じゃダメなの? 」


「そうでもないが……斧がいい…」


「……おまえ、案外我が儘なところがあんのね…」


ヴィクターは、緊張が一気に抜けた気分になった。

斧を持たなくなってから数日、イアンは斧が恋しくなっていた。

彼のこの気持ちが理解できる者は、この世に存在するのだろうか。

少なくとも、この国には存在しないだろう。




2016年8月19日 誤字修正

自分が鳴れを念じたら鳴ることを願っていた。 → 自分が鳴れと念じたら鳴ることを願っていた。


2016年9月1日 誤字修正

それは外すことも着ることもできん。 → それは外すことも断ち切ることもできん。


2017年9月3日 ルビ追加

直に殺られる → (じき)に殺られる


2017年9月3日 誤字修正

それでさっさと倒しちまうぜ! → それでさっさと倒しちまおうぜ!


それと瞬間移動 → それか瞬間移動ってやつ

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