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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
八章 都市探偵 ――奇怪事件と異様な骨董品――
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二百四話 不吉な風

 ファラワ村の診療所。

イアンがこの国に来てから、そこが彼の寝泊りをする場所である。

今日も借りている部屋で目を覚まし、出かける準備をしていた。

イオの花売りは、今日は無いということで、これからタブレッサのケージンギアに向かう予定である。


「ラストン、これらの物を持って行くぞ」


イアンが、様々な種類の薬品や包帯等の道具を机の上に並べる。

それは、ラストンが仕事で使っている医療用品であった。


「いいよ、いいよ、いっぱい持って行って~…はい、これ鞄」


ラストンは、ニコニコと笑いながら、イアンに鞄を渡した。

その鞄に付けられている紐は長く、肩にかけれるものであった。


「ああ、助かる」


イアンは鞄を受け取ると、その中にテーブルに並べた医療用品を入れ、肩に掛けた。

ここ最近、怪我を負っても可笑しくはない事件に遭遇し、すぐに応急手当をできるよう、イアンは医療用品を持ち歩くことを考えたのだ。


「いやぁ、まさかイアン君がクロスマークを取るなんてね。本気で、わしの助手にならないかい? 」


「いや、前にも言ったが、これは取らされたのだ。本気でナースをするつもりはない」


「そうか、それは残念だ……はぁ……」


ラストンは、椅子に腰掛けると、肩をガックリと落とした。

彼のその姿は、実年齢より十歳は老けて見えた。


「そこまでか……オレがナース服を脱げば、死んでしまうのではないだろうな……」


イアンは、そんなラストンを呆れた目で見ていた。


「ラストン、オレはもう行くぞ」


「……え? ああ、分かった。気をつけて行ってくれ」


イアンは、顔を上げるラストンの姿を見ると、診療所を後にした。

のどかなファラワ村を眺めながら歩くイアン。

そんな彼の前に一人の男が現れた。


「おや? イアンくんじゃないか」


その男は、ジグスであった。

彼は、いつものヨレヨレの白いシャツとトレンチコート、色の落ちたズボンを身につけていた。


「ジグス……この村に何か用事が? 」


「うん。ちょっと、ラストン先生にね。すぐに終わる用事だよ。じゃ、また後でね」


ジグスは、そう言うと、手をヒラヒラと振りながら、イアンの横を通り過ぎていった。


「……ふむ」


イアンはしばらくジグスの背中を見つめた後、再び駅に向かって歩きだした。




 ロープワゴンに乗り、イアンはケージンギアに辿り着いた。

この時の時間帯は、この国の住人が働きに行く時間で、イアンが駅を出る時までに、多くの人とすれ違った。

駅に入る者ばかりで、駅を出る者は極めて少ない。

その少数派にイアンは数えられ――


「おーい、イアンくん」


ジグスもその中の一人であった。

彼は、イアンと同じロープワゴンに乗っていたのだ。

ジグスに呼びかけられ、駅の外にいたイアンは振り返る、

すると、ジグスが手を挙げながら、近づいてきた。


「ジグス、用事が早く終わると言っていたが、同じロープワゴンに乗れるほど、早いとは思わなかったぞ」


「んー…そうだねぇ。僕も驚きだよ。せっかくだから、一緒に行こうか」


「ああ」


イアンとジグスは、共に探偵事務所に向かうことにした。


「いやぁ、みんなが働きに行く方向と逆に進むのは、なかなか味わえないものがあるねぇ」


向かってくる人々とすれ違いながら、ヴィクターはそう呟いた。


「ふぅ……これから、オレ達も働きに行くのではないのか? 」


「そりゃそうだ。あはは……」


イアンの言葉に、ジグスは目を細めて、軽く笑い声を上げた。


「そう僕達には仕事がある。ところで、イアンくん。最近、変わったことはないかい? 」


ジグスが隣を歩くイアンに、そう訊ねた。


「……」


イアンはすぐに答えなかった。

変わったと言えることは知っている。

しかし、それを言えない事情があるのだ。

ジグスには、アンティレンジのことは話していない。

ヴィクターの提案で、ジグスには言わないことになっていた。

当初、そのことにケイルエラは反対したが――


『これは、俺達探偵部とイアンに依頼されたことだ。俺達だけで、解決しちまおうぜ』


というヴィクターの言葉に、彼女を閉ざしたのである。

もちろん、ケイルエラを始め、イアンとリトワも完全に納得したわけではないが――


「いや、特には…」


ジグスに伝えることはしない。

もし、伝える必要が出てきたら、ヴィクターが言うと、あの四人の中で決めたのだ。


「ふぅん……そうかい…」


ジグスはイアンから視線を外して前を向くと、そう呟いた。

イアンには、彼が何を考えているか分からなかった。


「なんで、こんなことを聞いたか気になるかい? 」


ジグスは、再びイアンに顔を向ける。


「そう…だな。気になる」


「それはね……変な事が起こり始めているからさ」


「変なこと? 」


イアンは、ジグスの発言に眉をひそめた。

彼の言う変な事というのが、気になったのだ。

その変な事に、アンティレンジが関わっているかどうかに。


「うん。警士隊の親しい人に聞いた話で、まだ世間には公表されてないけどね……死人が出てる…」


「死人だと? 」


「ああ。女性がね……首筋をパックリと切られて死んでいたらしいんだ」


ジグスは、自分の首筋を指でなぞりながら言った。


「……ほう? 変な事とは、その殺し方のことか? 」


「少し違うかな……」


「……? 」


「そうやって殺された女性が、ここ数日で十五人見つかっているそうなんだ」


「……なに!? 」


イアンは驚愕し、目を見開いた。


「そうだよねぇ、驚くよねぇ。でも、まだ話は終わらないよ。実は、この十五人と同じ殺され方をした人達が三十年前にもいたらしいんだ」


「三十年前? その事件の殺し方を真似した奴がいるのか? 」


「分からない……イアンくんの言う通り、模倣犯かもしれない……いや、不謹慎なことを言うけど、模倣犯であってほしい……」


「……ジグス、ひょっとして三十年前のは……」


「うん……まだ事件は解決していない。犯人は捕まっていないんだ……」


ジグスが、そう言うと、二人の間に一陣の風が通り過ぎた。

それは、太陽の日差しが強くなりつつあるこの時期にしては、肌を震わせるほど冷たい風であった。







 イアンとジグスは、共に探偵事務所を目指して歩いている。

先ほど、暗く不気味な話がされた後ということで、二人の間に沈黙が訪れる――


「いやぁ、暑くなってきて嫌だけど、女の子の肌の露出が増えて、オジさん嬉しいよ。イアンくんも、そう思うだろ? 」


ことはなく、ジグスが明るい調子で、イアンに話しかけていた。


「……思わないな。特に」


ジグスに対して、イアンは冷えた反応である。

しかし、これがいつもの彼の調子であった。

先程から、ジグスとイアンはたわいの無い会話をしていた。

それが原因か、二人に漂っていた沈んだ空気は、いつの間にかどこかに行ったのである。


「うーん…そうかー……ヴィクターくんは、今の君の年で、女の子のお尻に目が行くようになったのになぁ……」


ジグスは、腕を組んで唸り始めた。

まだ、たわいの無い会話を続けるつもりであった。


「そこが分からん。何故、女を追いかけるのだ? 」


「ええぇ、そこから? イアンくん、もしかして、特殊な環境で育った? 」


「……そうかもしれん。オレは、育ち方を間違ったのだろう……む? 」


ジグスにそう言いながら、イアンが何気なく、余所に視線を向けた。

そこには、一人の女性が歩く姿があった。

しかし、イアンが目を留めたのは、そこだけではない。

その女性の後ろから、不自然に近づく男性がいたのだ。


「……! 」


その時、イアンは、女性の元に向かって走り出す。

女性は肩に鞄をかけていたのだが、それを後ろから近づいてきた男性に奪い取られたのだ。


「大丈夫か!? 」


イアンは、女性の元に辿り着くと、彼女に怪我がないかを確認する。


「は、はい。ですが、鞄を……」


女性は、イアンにそう答え、男が逃げていった方に顔を向ける。

それは女性の前方で、イアンもその方向に顔を向けたが――


「むぅ……この時間帯は……あいつ、人ごみを利用したな…」


今、彼等がいる街路には、人が多く、鞄を奪い去った男を見つけるのは困難であった。


「女の子に怪我はなかった? イアンくん」


イアンが必死に男の姿を探していると、ジグスがやってきた。


「ああ。だが、窃盗犯……と、言うのだったか? 鞄を盗んだ奴が見つからない……」


「ふぅん……周りの人達は、気付かなかったのか……それで、どんな格好をしてた? 」


ジグスが周りを見回しながら、イアンにそう訊ねた。


「黒い帽子に……黒いコートを着ていた…」


「同じ格好の人がけっこういるよ。何か、他に特徴はなかった? 」


「特徴……」


イアンは、男を見かけ一瞬の光景を思い出し、目立つ特徴がないか探し始める。


「…………ホクロ……顔の右頬に、でかいホクロがあった」


「じゃあ、あの人だ」


ジグスはイアンの言葉を聞いた瞬間、後ろに振り向き――


シュッ!


シャツの胸ポケットから、何かを取り出し、それを投げた。


「ぎゃ!? 」


ジグスが投げたものは、一人の男の耳に命中する。

その男は、黒い帽子に黒いコートを身に付けていた。

少し距離が離れており、イアンには、その男の右頬のホクロは確認できなかった。


「イアンくん、見えた? 彼が窃盗犯だね」


「あ、ああ。捕らえてくる」


しかし、ジグスがその男であると言ったため、耳に手を当てながら、ふらふらと走る男性をイアンは追いかけ始めた。




 イアンは無事、窃盗犯を捕らえることができ、奪われた鞄を取り返すことができた。

窃盗犯を警士隊に引渡し、鞄を女性に返した後、イアンはジグスと共に、再び探偵事務所に向かって、歩いていた。


「ジグス、さっきのことだが……」


「ん? なにかな? 」


「よく分かったな。あの男が人ごみに紛れて、後ろの方に回っていたとは、なかなか思えないぞ…」


イアンは、隣を歩くジグスにそう言った。


「ああ、あれ? 思ってないよ。ただ、僕は見ただけだよ」


「……? どういうことだ? 」


イアンは、ジグスの言うことが分からず、首を傾げる。


「イアンくんが言った通り、黒い帽子を被って、黒いコートを着る人の中で、右の頬にホクロがある人を探しただけさ」


「はぁ…………ん? それは……」


「さ、事務所に着いたことだし、何かに入ろうよ、イアンくん」


「あ、ああ……」


二人は、探偵事務所がある建物に辿り着き、階段を上がっていく。

ジグスの後ろを歩いている中、イアンは、彼の背中を神妙な顔つきで見つめていた。

彼は腑に落ちていないのだ。

先ほどの窃盗犯を捕らえる際に、ジグスが人並み外れた力を使っていたのではないかと、イアンは考えていた。

しかし、彼はそんな素振りを一切感じさせない態度のせいで、その考えが気のせいに思えてくるのだ。


「……隠すようなことなのか? 」


イアンは、手のひらにある物を見つめて、そう呟かずにはいられなかった。

彼の手のひらには、先端が丸くなった小さな矢のようなものであった。

それは、この国で行われているダーツという競技に使う道具で、窃盗犯を捕らえてジグスの元へ戻る途中、それが石畳の上に落ちていたのだ。

 




探偵ものといったら……


2016年8月14日 文章修正


診療所を後にして、ロープワゴンの駅に向かった。 → 診療所を後にした。



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