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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
八章 都市探偵 ――奇怪事件と異様な骨董品――
201/355

二百話 尾行者

 ――夜。


ショウボルタの最北部の街路には、イアンとヴィクターの二人が立っているだけで、他の人物がそこを通ることはない。

二人は横に並んで、空に浮かぶ三日月を見上げていた。

否、彼等は月を見ていない。

イアンとヴィクターの目線の先にあるのは、屋根の上に立つ金色の髪の少女、メロクディースであった。


「お願いだと? 俺達に盗みの手伝いをしろっつーことかよ」


ヴィクターが、屋根の上に立つメロクディースに向かって声を上げた。


「盗むなんて、人聞きの悪い。回収だって言ってるじゃない」


メロクディースは悪びれる様子もなく、そう答えた。


「さっき、二人は体験したでしょ? この茶器の力をさ。これと同じような力を持つ物が、この町のどこかにあるんだよ? ほっといたら、どうなると思う? 」


「そりゃあ……」


ヴィクターは、メロクディースに言い返そうとしたが、言葉が見つからなかった。


「……ふむ、こういうことか、メロクディース」


イアンが一歩前に出る。


「俺達に頼む……つまり、アンティレンジとやらで起きた事件を解決し、それを回収する。これを俺達にやれと言うのだな? 」


「そうそう、そういうこと! アンティレンジのほとんどは、よく分からない能力ばっかりでさぁ。謎解きは得意じゃないんだよね。だから、イアン達にお願いするんだよ」


イアンの問いかけに、メロクディースは微笑みながら答えた。

彼女は、イアン達にアンティレンジの回収を依頼しているのだ。


「……確かに、そのティーポットみてぇなのが、そこら中にあったら危険で、回収しなきゃならねぇことは分かる」


ヴィクターは、メロクディースに指を差した。


「だがよぉ、お前はイマイチ信用ならねぇぜ! アンティレンジを俺達に集めさせて、何か企んでるんじゃあねぇのか? 」


「企んでないよ」


メロクディースは、すぐに答えた。

先程まで彼女の顔は、笑みを浮かべていたが、今の彼女の顔は、神妙な顔つきになっていた。


「確かに、私は物を盗むよ。だけど、それは趣味。私は、この国に仕事で来たんだよ。アンティレンジによる被害を食い止めるに……」


そう口にする彼女の目は、真っ直ぐイアン達に向けられている。


「……一応、聞いておく。お前は何者なんだ? 」


イアンも彼女を真っ直ぐ見つめて、問いかけた。


「美少女怪盗だよ! 」


「やはり、聞くんじゃなかったな…」


一瞬で、おちゃらけたメロクディースに、イアンは質問したことを後悔した。


「あはは……それで、引き受けてくれるの? 」


「……どうする、ヴィクター」


イアンは、隣に立つヴィクターに顔を向ける。

ヴィクターは、しばらくの間、黙ってメロクディースを見つめるばかりであったが――


「分かったぜ。引き受けてやるよ」


と、口を開いた。


「ただし、お前のためじゃねぇぞ! 俺は……俺達はこの国、この町を守るためにアンティレンジを回収する。勘違いするんじゃねぇぞ! 」


ヴィクターは再び、メロクディースに指を差した。


「……別に、君が私のために頑張ってくれなくてもいいよ。だって、イアンが私のためにやってくれるもんね! 」


「……いや、オレもお前のためにはやらない…」


「あーん! イアンのバカー! 」


メロクディースは、腕で顔を覆い出す。

一見、泣いているように見えるが、明らかに嘘泣きの仕草であった。


「あいつ、変な奴だなー……イアンの知り合いって、あんな奴ばっかりなの? 」


ヴィクターは、メロクディースに指を差しながら、イアンに顔を向けた。


「こっちを見るな。あんな奴ばかりじゃ……いや、もう一人、似たような奴がいたな……鬱陶しいのが…」


そう答えるイアンは、げっそりとしていた。


「さて、そろそろ帰ろうかな……っと、最後に、部長さーん! 受け取ってー! 」


メロクディースが、ヴィクターに向かって何かを投げた。


「あ? うおっ!? な、なんだ? って、こりゃあ……ルーペ? 」


メロクディースに投げよこされた物は、丸いレンズに柄がついた物であった。


「それも、アンティレンジ……だけど、部長さんなら、使い方を間違えないよね! じゃあ、バイバーイ! 」


メロクディースはそう言うと、風になって消えてしまった。


「お、おい! ……行っちまったか…」


ヴィクターは手を伸ばして、メロクディースを引きとめようとしたが、間に合わなかった。


「ちっ! 何の力があるか行ってから消えろよ」


「……」


「……あん? どうしたよ、イアン? 」


見上げたままのイアンを不思議に思い、ヴィクターが訊ねる。


「……いや、しばらくは平穏な暮らしが出来ると思ったのだが……今回も、そうはいかない……とな…」


「……そうかい。ま、頼りにさせてもらうぜ」


ヴィクターは、そう言うと、イアンの背中を叩いた。


「こちらこそ……今回ほど、自分だけでは、どうにもならないと思ったことはない」


「へっ! そりゃ、言い過ぎだろ」


イアンの呟きに、ヴィクターは笑みを浮かべた。

その後、イアンとヴィクターは、倒れていた骨董店の店主を近くの医療院に連れて行った後、帰路に着いた。







 アンティレンジの回収をすると決めた日から、三日後。

その間、特に何事もなかった。

ヴィクターが学校に行けば、普通に授業を受け、探偵事務所に行けば、猫探しをする日々が続いたのである。

少し変わったことがあるといえば――


「ちょっと、ラストン先生の所に行ってくるよ」


ジグスが、ラストンの元へ行く機会が増えたことであった。

彼のかかりつけの医師がラストンであり、度々、ファラワ村に行くことをヴィクターは知っている。

しかし、ジグスが何のために行っているかは知らない。

そして、その機会が増えたと言って、特に気にすることでもなかった。

しかし、この日、ブラッドウッド学院 探偵部に珍しいことが起こる。

放課後、ヴィクター、ケイルエラ、リトワの三人は部室の中で、ある人物を待っていた。

三人は、部室の入口の方を向き、横に並んでいる。

彼等の目の前には、一つの椅子が置かれておいた。


「失礼します」


ドアが開かれ、一人の女学生が部室の中に入ってくる。

彼女は、栗色の長い髪で、非常に整った顔立ちをしていた。

体の線も細く――


「来たか……学院一の美少女…」


ヴィクターが、学院一と称するほどの綺麗な女学生であった。

ネクタイの色は赤で、ヴィクターとケイルエラと同じ学院である。


「はい? 今、何か……」


女学生がヴィクターの呟きに反応する。


「いでぇ!? 」


「こいつのことは気にしないで、そこに座ってね」


ケイルエラは、ヴィクターのつま先を踏んだ後、自分達の目の前にある椅子に座るよう促した。

珍しいこととは、探偵部に直接相談しにくる者が来たということだった。


「は、はぁ…」


女学生は、若干困惑しながらも椅子に座った。


「それで、シンシアさん、話というのは? 」


ケイルエラが女学生――シンシアに訊ねた。


「ええ、その……私……誰かに付け回されているみたいなの」


「付け回されている……そう感じるのは、どの時? 」


ケイルエラがさらに、シンシアに質問をする。


「ええと……学校から帰る時によく……誰かが後ろにいる気配を感じるんだけど、振り向いても誰もいなくて……でも、確かに気配を感じるんです」


「……なかなか手強いね。それが誰なのかを私達に突き止めて欲しいってことね? 」


「はい……悪戯でやっているのなら、やめさせて欲しいです……すごく怖くて…」


シンシアは俯きがちに、そう答えた。


「女の子をつけ回す輩…か……分かったわ、シンシアさん。私達が力になりましょう」


「あ、ありがとうございます、生徒会長」


「ええ。依頼は引き受けたから、今日はもう帰っていいよ」


「あ……は、はい。よろしくお願いします」


シンシアはそう言うと、ケイルエラに頭を下げ、部室を後にした。


「ボク達はいる意味あったのかな? 」


シンシアが出て行くと、リトワがそう呟いた。


「シンシアさんと話したかったぜ。ケイばっか、話してよぉ…」


ヴィクターは足を組み、顔をしかめていた。


「どうせ、あんたは下世話な話しかしないくせに……それで、ヴィクターは心当たりある? 」


「あ? 何が? 」


「シンシアさんと同じクラスでしょ? 誰か怪しい奴がいないかって、聞いてんのよ」


「ああ、そういうことか」


ヴィクターは、ケイルエラが聞きたいことを理解した。


「別に……怪しい奴なんざ……あっ! 」


「……!? 」


「うわぁ、びっくりしたなぁ」


突然、声を上げたヴィクターに、ケイルエラとリトワは驚いた。


「あの野郎、シンシアさんに馴れ馴れしくしやがって~」


ヴィクターは歯ぎしりをしながら、憎々しげに呟いた。


「……なんか、私の聞きたい話じゃない気がするけど……それは、誰なの? 」


ケイルエラは、一応聞いてみることにした。


「あん? 名前は分かんなぇけどよ、確か三年生だったぜ? ムカつく」


「ムカつく……? それって、もしかして、セーファス先輩のこと? 」


「あん? なんだ、そいつ」


「頭が良くて、運動もできて、誰に対しても優しい素敵な先輩よ。紳士っていうのは、まさしくあの人のことね。本当、誰かさんとは大違い」


ケイルエラは、そう言いつつ、横目でヴィクターを見る。


「ふーん…」


ヴィクターは、興味が無い様子であった。


「……女の子にモテる」


「ケイ、そいつだ! そいつが、最近、シンシアさんに寄ってくるんだよ! すんげぇ、ムカつく! 」


ボソリと呟いたケイルエラの発言に、ヴィクターは過剰に反応した。

彼は、女性にモテる男が大嫌いであった。


「ただの嫉妬じゃないの。はぁ、だから、あんたはモテないのよ……リトワちゃんも、そう思うよね? 」


ケイルエラは、リトワに同意を求めようとしたが――


「うん? ボクは、セーファス先輩よりも、ヴィクター先輩の方が好きだよ」


彼女の思った反応は返ってこなかった。


「えぇ!? リ、リトワちゃん、そんな…好きとか簡単に……」


リトワの発言に、ケイルエラは若干顔を赤くする。


「……? だって、ヴィクター先輩の方がカッコいいし……」


「んなっ!? 」


ケイルエラの顔は真っ赤になり、開いた口が塞がらなかった。


「……あん? ちょっと、待て。 今、どういうつもりで言った? 」


褒められたヴィクターは、意外にも冷静であった。


「それは、もちろんお世辞だよ」


「こいつ! 」


ヴィクターは、椅子から立ち上がると、リトワの頭を小突いた。


「やっぱりか! 舐めてんのか、おまえはよぉ! 」


「いてて……ヴィクター先輩は、すぐ人の頭をポカポカと…」


小突れたリトワだが、まんざらでも無い様子であった。


「うるせぇ! はぁ……で、どうするよ? 」


「……な、なんだ、お世辞かぁ…」


ヴィクターはケイルエラに訊ねたが、彼女は返事をしなかった。


「おい、聞いてんのかよ」


ヴィクターが、ケイルエラの肩を掴んで揺さぶる。


「……え! ああ、うん。シンシアさんの後を追って、誰が付きまとってるか突き止める! はい、決定! 」


ようやく、ケイルエラは返事をし、そさくさと部室の外へ出ていった。


「……? なんだ、あいつ……」


ヴィクターは、腑に落ちない様子であった。


「まぁ、ヴィクター先輩の方が好きということは、お世辞じゃないけどね…」


「……そりゃあ、知らねぇ奴より、知ってる奴の方がいいだろうよ」


「……そういうことじゃないけどね…」


「ああ? 」


「ところで、ケイ先輩は気にしてないみたいだけど、関係あると思うかい? 」


リトワが椅子から立ち上がり、ヴィクターにそう訊ねる。

ヴィクターから、リトワとケイルエラはアンティレンジのことは、既に聞かされている。

今回の依頼が、アンティレンジと関わりがあるか、リトワは気になっていた。


「……分かんねぇ……けどよぉ…」


ヴィクターは、部室のドアに向かって歩き出し――


「気配は感じるけど、誰もいねぇっていう話……もっと詳しく聞きたかったぜ……」


そう呟いた後、彼は部室を後にした。







 部室を出た後、ヴィクター達は、帰路に着くシンシアの後を追っていた。

彼女の家は、駅には向かわず、ブラッドウッド学院から、南に向かって街路を歩いていた。


「……シンシアさん、フィルドエアに家があんのか……ふーん…」


「こら! 変なこと考えているな? 逮捕するぞ! 」


ヴィクターの呟きを聞き、ケイルエラが彼を咎めた。


「考えてねぇし! 決めつけてんじゃねぇよ! このブス! 」


「なにぃ…貴様ぁ、私を侮辱したな? 侮辱罪で、本当に逮捕してやってもいいんだぞ? ん? 」


「ふ、ふがっ! 」


ケイルエラは、腰に下げていた棒状の道具を取り出すと、ヴィクターの頬に押し付けた。

この道具の名前は警士棒と言い、警士隊が常備する護身用の道具である。


「二人共、ストップ」


二人の間にリトワが入り、両腕を広げて、二人を強引に引き離した。


「今はシンシア先輩(クライアント)の後を追っているんだろ? 目立っちゃダメじゃないか…」


三人がいる街路には、他にも多くの人がおり、言い合いをしていたヴィクターとケイルエラを不審な目で見ていた。


「……ちっ、悪かったよ」


「すまない、取り乱してしまった」


二人は、周囲を見回し、自分達が悪目立ちしていることに気づくと、反省した。


「……というか、ケイ先輩、人が変わってません? 」


リトワはそう訊ねたが――


「どこがだ? 変わってなどいないぞ」


ケイルエラは、否定した。

その二人のやり取りを見たヴィクターは、リトワの肩に腕を回し、ケイルエラに背を向く。


「リトワよぅ、今のあいつはな、警士隊モードになってんだよ…」


「警士隊モード? 」


「おうよ。依頼やってる時とか、悪もん見たときとか、奴の正義感が一定に達すると、ああなっちまうんだ」


「はぁ……二重人格? 」


「それに近いな、本人は否定するけどな。ま、普通に接してやれや」


「二人共、何をしている? シンシアさんと離れてしまうではないか」


背を向ける二人に、ケイルエラが声を掛けた。


「悪ぃ、悪ぃ。ちっと、相談してたんだわ」


「そうか。終わったのなら、さっさと行くぞ、このバカ野郎が! 」


ケイルエラはヴィクターにそう吐き捨てると、シンシアの追跡を再開した。


「……ああやって、すこーーし口が悪くなるけどぉ、ブ・チ・ギ・レちゃあダメだぜぇ? 」


「それは、ボクに言ってるのかい? それとも、自分に言い聞かせているのかい? 」


歯を食いしばり、両手の拳を強く握り締めるヴィクターに、リトワはそう聞かざるを得なかった。




 シンシアの後を追い続ける三人。

彼女に近づく、怪しい人物が現れることなく、何事も起こらなかった。


「……シンシアさん、家遠いのな。けっこう歩いたぜ? 」


物陰に身を潜ませるヴィクターがそう呟いた。


「確かに……でも、もうすぐ家に着きそうな雰囲気だよ? 小さい街路に入ったし…」


彼の後ろにいるリトワが、そう答えた。


「……おまえ達、油断するなよ。人気がなくなっている」


二人とは、別の物陰に隠れるケイルエラが、二人に注意を促した。

彼等がいる街路は狭く、入り組んだ場所である。


「……こりゃ、もうシンシアさんの近くに行った方がいいんじゃね? 」


「……確かに、離れていては、彼女を守れない。それに、人気がないのであれば、隠れている方が目立つしな」


ヴィクターの提案に、ケイルエラは頷いて答えた。


「それじゃあ、行こうか」


ケイルエラが了承したことで、リトワが物陰から出ようとした時――


「……!? 待て!」


ヴィクターが、リトワを引き止めた。

彼女は足を止め、キョロキョロと周りを見回し始めたのだ。


「あれは……気配という奴を感じたのか。二人共、周りに怪しい奴がいないか見張っていろ! 私は彼女の元へ行く! 」


ケイルエラは二人にそう言うと、シンシアの元に向かって走り出した。


「ちっ! 勝手しやがって! 怪しいのは……そこだな! 」


シンシアの元へ向かう途中に、別の街路に続く路地があり、ヴィクターはそこに向かって走り出した。


「リトワは、そこにいろ! 」


ヴィクターが、リトワに指示を出した瞬間――


「がっ!? 」


突然、彼は転倒した。


「ヴィクター先輩!? 」


リトワは物陰から飛び出し、倒れ伏すヴィクターの元へ駆け寄る。


「大丈夫!? 一体何が――」


「痛って…バカッ! 俺に構ってんじゃねぇ! 」


ヴィクターは上体を起こしながら、駆け寄ったリトワを叱りつける。


バタッ!


その時、彼等の後方から物音が聞こえた。


「「……! 」」


ヴィクターとリトワが素早く後方に顔を向ける。


「うっ、うう…」


すると、二人の後方で、一人の少年が倒れていた。


「あ、あわわ……」


少年は慌てて立ち上がると、近くの路地へ入ってしまった。

その少年はブラッドウッド学院の制服を着ており――


「……あいつは……」


ヴィクターが知っている人物であった。


「ヴィクター! 」


ヴィクターが呆然と、少年が入ていった路地を見つめていると、彼の元にケイルエラがやってくる。


「ケイ先輩……シンシア先輩は? 」


「家がすぐそこだったようでな。送り届けてきた」


リトワに訊ねられ、ケイルエラはそう答えた。


「それで、犯人を見たのか? 」


「……ヴィクター先輩が…」


リトワがヴィクターに顔を向ける。


「ヴィクター、どんな奴だった? 」


ケイルエラが腰を下ろして、ヴィクターに訊ねる。


「……俺と同じクラスの奴だった…」


「そうか……でかした! これで、犯人を特定できた! 」


ケイルエラは、立ち上がり――


「散々シンシアさんを追いかけ回したその報い……受けてもらうぞ」


薄らと笑みを浮かべた。


「……いや、違う…」


「……なに? 」


しかし、彼女の笑みは、ヴィクターの言葉によって消えた。

そして、さらに彼は――


「あいつじゃない。シンシアさんを追い掛け回したのは、別の野郎だ…」


と続けた。




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