十九話 ファトム山 1
ファトム山――
フォーン王国内で有数の魔物が蔓延る危険地帯である。
この山には、珍しい鉱石が取れることもなければ、魔物から良質な素材が手に入ることもないため、好んで立ち入る者はいなかった。
しかし、大昔この山に街道を敷いていた記録が見つかり、学者が調査に訪れるようになる。
調査のため、ある程度は道を整備できたが、魔物による被害が絶えなかった。
そこで学者達は、冒険者などを雇って対策を試みたが、高難易度により受託料が高いこの依頼を、頻繁に出すことができなかった。
そのため、学者達はこの山の調査を年に一回にし、ファトム山は滅多に人が訪れることのない山へと戻った。
大型の魔物を倒したイアンとプリュディスは、急ぎその場を後にした。
夜になる頃、ルガ大森林を抜けた彼らは、ファトム山のふもとにきていた。
「ぶえくしょ!! 」
プリュディスが凄まじいくしゃみをした。
彼は、薄地の服にヘルムという不格好な姿をしていた。
着ていた鎧を魔物のハサミによって、ズタズタにされたので、今の頭だけガッチリ守った姿になったのである。
その隣でイアンは、屈んで地面を眺めていた。
「…馬車の車輪跡を見つけた。こっちで間違いないようだが、タトウ達は山を登ったようだな」
車輪跡を目で追いながらイアンが言った。
「そっか。暗くて道がよく見えないべ。明日になったら登るべよ」
「わかった」
イアンとプリュディスは、ここで野宿をすることにした。
――翌日の朝。
早速、イアンとプリュディスは、ファトム山に登る
登り始めは、ふもとのようになだらかな坂を進んでいたが、徐々に坂の角度が上がっていく。
彼らが進んでいる道は広いが片方は断崖絶壁で、その下にはルガ大森林南西部が広がっていた。
「ひぃ…はぁ…こりゃ…鎧が無くてよかったべ」
プリュディスが息を切らしていた。
「タトウ達に追いつかなくてはならない。ペースは落とさないからな」
プリュディスの前を歩くイアン。
だが、イアンは前方に何かを見つけると歩くのをやめた。
「プリュ…魔物が来た」
「また、こいつらだべか! 」
イアンの前方にいたのは、三体の魔物だった。
この魔物の名前は、ファトムウルフ。
名前のとおり、ファトム山に生息する狼型の魔物で、体格はあまり大きくない。
少数で狩りを行う習性を持っている。
「三体か…オレが正面に行く。プリュは側面の二体を何とかしてくれ」
「さっきと同じだべね。気をつけるべよ」
二人は武器を取り出した。
その瞬間、イアンが一気に距離を詰め、正面にいたファトムウルフの顔を目掛けて、戦斧を振り下ろす。
「ギャ―!? 」
イアンの先制攻撃に反応できず、ファトムウルフは顔を真っ二つにされた。
「ガァウ! 」
「グルァ! 」
残りの二体が、イアンを挟み込むように襲いかかった。
イアンは、避けようとせず、屈み込んだ。
「うおりゃあああ! 」
プリュディスは、大剣を横薙ぎする。
「ガッ―!? 」
「キャン!? 」
大剣が二体の魔物を巻き込み、吹き飛ばされた二体は断崖絶壁へと落下した。
「最初は手こずったが、もう慣れたな」
「そうだべな」
プリュディスは、大剣に付いた血を払った後、背中に戻した。
イアンは、戦斧を手の持ったまま、プリュディスの後方を見ていた。
「どうしたべか? 」
「…さっきから視線のようなものを感じる」
イアンの言葉を聞き、プリュディスも後方を見るが、山肌と眼下に広がるルガ大森林しか見えなかった。
「何もないべ。魔物も襲ってこないべよ」
「この山には、魔物以外に何かいるのか? 」
「知らないべ。というかイアン、どういうことだべ? 」
「視線に敵意を感じない。何といえば良いか……おっ! これはいい。我ながらうまい表現だ」
「なんだべか? 」
「くすぐったい感じの視線だ」
イアンは、ドヤ顔で言い放った。
「はいはい、わかったべよ。馬鹿なこと言ってないでさっさ行くべ! 商人さん達に早く追いつくべよ! 」
プリュディスは、ドヤ顔をしたまま動かないイアンの襟を掴んで歩き出した。
「くすぐったいでは伝わらないか……かゆい視線ではどうだろうか? 」
ズルズルと引かれながらイアンが言う。
「言いたい事はわかってる。でも、それはない」
「!? 」
プリュディスの口から、なまりの無い言葉が出た。
その言い方から、プリュディスが怒っていることを察したイアンは、黙ってズルズルと引かれるのであった。
――数分後。
「……」
それは、イアン達が見えなくなったのを確認すると岩陰から出てくる。
「……? 」
少女の姿をしたそれは、不思議そうに首を傾げると、イアン達の後を追った。
9月11日 誤字修正―[なまりの無い言葉で出た。]→[なまりの無い言葉が出た。]




