表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
八章 都市探偵 ――奇怪事件と異様な骨董品――
199/355

百九十八話 集結するバイト探偵 怪盗Mの挑戦状

 「ついに、この瞬間が来たか…」


「うん。長いようで、短かったね…」


夕方のジグス探偵事務所にて、ヴィクターとジグスは感極まったような声を出していた。

机に座るジグスの手には、一冊の本が持たれており、本にしては薄い厚さであった。

彼の傍にヴィクターがおり――


「……何をやっているんだ、あの二人は…」


ソファーに座るイアンは、そんな二人を不思議そうに見ていた。


「……イアンさんは、写真というものを知っているか? 」


イアンの向かい側のソファーに座るリトワが訊ねてくる。


「写真? 知らないな」


「そっか。写真というのは……」


リトワが写真について、説明する。

写真というのは、カメラという装置によって、生成される一枚の紙の形をしたものである。

カメラのレンズという部分に映った景色を、黒と白の二種類の色で写真に写すことができ、腕の良い画家が描いたどんな絵よりも、精密だと言われている。


「写真の技術は、五年前くらいに作り出されたものなんだけどね…」


リトワは、そう言うとジグスが持つ本に指を差す。


「他の色が付くには、十年以上かかるって言われてたけど、ここ最近で、黒と白以外の色が付くようになったんだ。いやぁ、男性の持つ情熱? というものは、侮れないね」


「は、はぁ、すごいんだな…あれ」


イアンは、よく分からなかったが、凄いものだという認識は持った。


「オ、オジさん、早く中を開けるんだ! 初のカラーで、大型新人のシュリーだぜ? この日をどれだけ待ちわびたことか! 」


待ちきれないのか、ヴィクターが騒ぎ出す。


「まぁ、待ちなよ。こういうのは、落ち着きが大切だよ。あと、引退した伝説の女優…ヘイゼル様がカラーで復活したことを忘れるなよ? 」


ジグスも興奮しているのか、いつもより元気な様子であった。


「よし。一回、深呼吸しよう、ヴィクターくん」


「わ、分かったよ、オジさん」


「「すぅぅぅぅぅぅ……」」


二人は顔を上げて目を閉じると、大きく息を吸いだした。


ガチャ…


その時、部屋のドアが開かれ、一人の少女が入ってくる。

少女は、金色の長い髪を持ち、キリッとした青い目をしていた。

リトワと同じ制服を身につけているため、ヴィクター達の通うブラッドウッド学院の学生であると判断できる。


「「……?」」


イアンとリトワは、不思議そうに少女を見つめる。


「……! 」


その少女は、ソファーに座るイアンとリトワに気づくと、驚いたように目を開いたが――


「ん? はぁ……」


ヴィクター達の方に目を向け、ため息をつき、二人の元へ向かっていく。


「「ぅぅぅぅぅ…」」


二人は、まだ息を吸っており、少女が近づいていることに気がつかない。

少女は、ジグスの座る机の前に立つと――


「はい没収」


彼の持つ本を取り上げた。


「「ぅぅぅぅ……はあああああ!?」」


ようやく息を吐こうとした二人は、本を取り上げられたことにより、息ではなく、絶叫を口から吐き出した。


「女の子と同じ部屋にいるのに、こんな本を読むなんて……」


少女は、取り上げた本をパラパラと(めく)る。

裸の女性ばかりが記載されており、大半は白黒だが、一部色のついたページがあった。

その本は、最新の技術が使用された、エロ本である。


「卑猥! 」


ビリビリビリ!


少女は、本をバラバラに引き裂き始めた。


「あああああああ!! 」


無残にも引き裂かれていくエロ本に、ヴィクターは悲鳴を上げる。


「あーあ……ここで、ケイちゃん来ちゃったかー…やっぱり、今見るべきじゃなかったねぇ…」


エロ本を引き裂かれているにも関わらず、ジグスはあまり動じない様子であった。


「ふんっ! 清々したわ」


少女がエロ本を引き裂くのをやめる。

彼女の足元には、バラバラになったエロ本のページが散乱していた。


「お、おい、バカ! なんてことをしてくれんだ! 」


ヴィクターは少女を批難すると、彼女の元へ向かい――


「うっ……ひでぇ…なんて有様だよ……」


無残な姿になったエロ本を前に、崩れ落ちた。


「あはは……これは、仕方ないね。それより、久しぶりだね、ケイちゃん」


「お久しぶりです、所長。さっき言ったように、みんながいる場所で、卑猥なものを見せびらかすのは、やめてましょうね? 」


「いやぁ、あはは……見せびらかしてはないんだけどなぁ……」


少女に咎められ、ジグスは肩を落とす。


「ジグス、落ち込んでいるところで悪いが、彼女は? 」


「ボクと同じ学校の……先輩ということは分かるね」


イアンとリトワがジグスの元に向かう。


「あ、ああ、紹介するよ。この子は、ケイちゃん。君達よりも前に、ここに来たバイトの子だよ」


「ケイルエラ・ブランデンよ。気軽にケイって呼んでね」


ジグスに紹介されると、少女――ケイルエラは、イアンとリトワに体を向けて名乗った。


「オレは、イアン。ちなみに、こう見えてもオレは――」


「あっ! すごい! クロスマークだ! イアンさんは、優秀なナースなのね! 」


イアンが喋っている途中で、ケイルエラは口を挟んだ。


「う、うむ……それで、オレは――」


「ボクは、リトワ・ドミッツ。ブラッドウッド学院には、最近編入したばかりだから、学校でも仲良くして欲しい…です」


イアンを声を遮って、リトワが名乗りだした。


「あ、ああ! あなたがリトワちゃんね。編入した学生がいるって聞いてたけど、あなたのことだったのね。よろしくね。私、こう見えても、生徒会長をやってるから、何かあれば頼ってね」


「生徒会長でしたか。それは、頼もしい。よろしくお願いします、ケイ先輩」


ケイルエラとリトワは、握手を交わした。


「……むぅ、後で言えばいいか…」


イアンは、自分が男であると言うタイミングを逃し、若干落ち込んでいた。


「……ん? そのバッチは……」


その時、リトワは、ケイルエラの胸に付けられたバッチが目に入った。

そのバッチは青色で、真ん中には金色に輝く星型の紋章が描かれていた。


「ああ、これ? これは、特警……特別警士隊のバッチだよ」


ケイルエラが、そのバッチを指差しながら説明した。


「聞いたことがある。確か、罰法をすべて暗記し、人格と素行に問題が無い人物が選ばれるとか…」


「そうだねぇ。ケイちゃんは、数少ないその人物の一人さ」


リトワの呟きをジグスが肯定する。


「特別警士隊? 警士隊で充分ではないか? 」


「そりゃ、そうだけど、警士隊では目の届かない所があったり、事件に間に合わない時があるからね。それを補うために、警士隊以外の住民にも、警士隊の権利を上げちゃおうってこと。まぁ、審査が厳しくて、人数が少ないから、補いきれてないんだけどねぇ」


イアンの疑問に、ジグスが答えた。


「さて、これでようやく全員揃ったことだし、せっかくだから写真を撮ろっか」


「……あ? 写真?」


ジグスの言葉を耳にし、ヴィクターが顔を上げる。


「うん。ちょっと、待っててね」


ジグスはそう言うと、部屋の奥にあるドアを開ける。

そこには、もう一つの部屋があり、ジグスはその部屋の中から――


「じゃーん。この日のために、カメラを借りてたんだよ」


四角い箱のようなものを取り出した。

四角い箱には、丸い硝子のようなものが付いており、三本の棒状の足で立っている。


「すげぇ、本当にカメラだよ……高いんじゃねぇの、これ」


ヴィクターが、カメラを見つめながら、ジグスに訊ねる。


「奮発した! 昨日、仕事無かったら、やばかったね……うん…」


「おおぅ……ケイ、謝っとけよ…おまえが早く来ていれば、少しは安く済んだろうに……」


ヴィクターは、若干肩を落としたジグスを見た後、半目でケイルエラを見つめた。


「はぁ!? 私のせい? 仕方ないじゃん、最近は生徒会で忙しかったんだから…」


「まぁまぁ、君達が気にすることじゃないよ。それより……そうだなぁ、僕の机を背にして撮ろう。ヴィクターくん、運ぶの手伝って」


「うーす」


ヴィクターとジグスは共に、カメラを運び出す。


「……ふぅ、この辺でいいかな。じゃあ、みんな並んでー」


ジグスの言葉で、全員が机の前に立つ。


「じゃあ、撮るよー」


ジグスは、長い紐を持つ右手を上げる。

その紐は、カメラに繋がっており、これを引けば写真が撮れる。

従来のカメラの紐はこれほど長くはないが、ジグスが紐を継ぎ足して、長さを伸ばしたのだ。


「はい、せーの! 」


パシャ!


ジグスが紐を引っ張ったことにより、カメラのシャッターが切られた。

この日は、何事もなく平和な日であった。







 ジグス探偵事務所で、働く者達が全員揃った日から、次の日の午後。

探偵事務所の仕事が無いということで、ヴィクターとケイルエラは、ブラッドウッド学院旧校舎にいた。


「依頼来てるかねぇ」


旧校舎二階の廊下を歩きながら、ヴィクターがそう呟く。


「はぁ……あんたが期待しているのは、揉め事系だけでしょ…」


彼の隣で、ケイルエラがため息をつく。


「はっ、そんなことねぇよ! どんな依頼でも、ウェルカムだぜ? 」


「どうだか」


「……疑り深い奴だなぁ。じゃあ、見とけよ? どんな依頼が来ても喜んでやっから」


ヴィクターは、そう言うと、部室の前に設置されている依頼受付箱の元へ向かい、その中を覗く。


「……ちっ、一件だけかよ」


中には、小さな封筒が一枚だけあった。


「あっ! 今、舌打ちした! ほぉら、ダメじゃーん! 」


「ちょっと待てや! 数の少なさにガッカリしただけで、今のはノーカウントだろうが! 」


ケイルエラに茶化され、ヴィクターは彼女に食ってかかる。


「はいはい、ちょっとからかっただけだから、早く中を見なさいな」


「ったく! 面白いと思ってんのかよ…」


ヴィクターは、ぶつぶつと文句を言いながら、封筒を開ける。


「……あー…なるほどね…」


「微妙な反応……何だったの? 」


「イアンのファンレターだ。依頼でも何でもねぇぜ……」


「ああ…そう…」


ケイルエラは、ヴィクターが微妙な反応をしたことに納得した。


「あの娘、学院でも、けっこう噂になってるよね。今日、初めて見たけど、本当に美人だったわ……それにしても、あの娘と私達で交流があるのも、みんなに知られているのかしら? 」


「知らね。とりあえず、今日はやることがねぇのが分かったぜ」


「はぁ……じゃあ、私は生徒会の仕事でもやろうかな。手伝う? 」


「やなこった。俺は、この自由な時間を謳歌するぜ。ちょっくら、部室で昼寝する」


ヴィクターは、そういうと部室のドアを開けた。


「昼寝とか、最高に時間の無駄ね。まあいいわ、私は生徒会室に行くから……じゃあね」


ケイルエラはヴィクターに背を向け、この場を立ち去っていった。


「……」


廊下を歩いていく彼女の姿が見えなくなると、ヴィクターは部室に入ることなく、ドアを閉めた。


「さて…と、イアンのファンレターで間違いないんだがよぉ……それは、最初のとこだけだな…」


ヴィクターが、封筒の中に入っていた手紙を見つめる。

そこには――


『イアン大好き! ということで、探偵部の部長さん。今日の夜、イアンを連れて、ショウボルタにあるブルベル骨董店に来てよ。もちろん二人きりでね。 怪盗Mより』


と、書かれていた。


「怪盗Mか……何者かは知らんが、ついに俺も怪盗と対決するのかぁ……よっしゃあ! 」


依頼受付箱に入っていたのは、怪盗からの挑戦状らしきものであり、ヴィクターは非常に喜んでいた。







 ショウボルタ――


タブレッサの西に位置する区画の名称である。

ショウボルタは、飲食店や雑貨屋等の商業施設が多く集まる区画だ。

舞台劇場等の娯楽施設もあり、タブレッサの町の住民だけではなく、他の町や村から来る人も多い。

リサジニア共和国の中では、一番人が多く集まる場所と言われている。


「ここか……」


ヴィクターが目的の建物を前にして、足を止める。

夜になっても、人の往来があると言われているショウボルタであるが、彼がいる場所には、人の往来は全くない。

彼の目の前に建つ建物、ブルベル骨董店があるのは、ショウボルタの最北部にある。

そこはショウボルタにしては、人気の少ない地域であるのだ。

この地域には、小さな店が集まる場所で、ブルベル骨董店もその一つである。

今は夜で営業時間が過ぎているのか、ブルベル骨董店の入口のドアには、[closed]の札がかけられていた。


「しかし、ヴィクターよ。本当に、オレ達だけで良かったのか? 」


ヴィクターの隣に立つイアンが、彼にそう訊ねる。


「奴……怪盗Mは、二人で来いっつてんだぜ? そりゃあ、オレ達だけじゃなきゃ、ダメだろ」


「うぅむ…そういうものか……それで、その怪盗Mは、本当にオレのことが好きなのか? 」


「そう書いてあった。おまえの知り合いなんじゃねぇの? 」


「……そんな気持ち悪い知り合いはいないぞ…」


イアンは勘弁してくれと言わんばかりに項垂れた。


「しっかし、着いたはいいが、何をすりゃいいんだ? 骨董店の中は、特に変わったところは見られねぇし……」


ヴィクターは、店の大きな窓から店内を覗く。

彼の言う通り、様々な種類の骨董品と呼ばれる古い道具があるだけで、変わったところは見られなかった。


「怪盗と名乗るのならば、この中のどれかを盗みに来たんだろう」


ヴィクターの呟き、イアンはそう答えた。


「そんなら、どっかに隠れて、怪盗を来るのを待つか。向かいの……そこなんてどうよ? 」


ヴィクターが、骨董店の向かいに建つ建物の横にある路地に指を差す。


「……ふむ、そうするか」


「じゃ、行こうぜ」


二人は、骨董店に背を向け、建物の横にある路地に向かって歩きだした。


ガチャッ!


二人が歩いている途中、彼等の後方から物音が聞こえた。


「「……!? 」」


二人は、物音が聞こてすぐ、後ろに振り返った。


キィ…キィ…


すると、骨董店のドアが開かれていた。

それを見たヴィクターは――


「ちくしょう! 油断したぜ! 」


骨董店に向かって走り出した。

怪盗Mが、二人の隙をつき、骨董店に侵入したのだと思ったのだ。


「今の一瞬で、店に入るとは……気をつけろよ、ヴィクター」


イアンも彼に続く。

そして、二人は店内に入り――


ガチャ……


骨董店のドアは閉められた。


「にひひ! 入った、入った! まんまと中に入っちゃった! 」


二人が店内に入った後、一人の少女が骨董店の前に現れた。


「久しぶりに見たけど、ナース服って言うんだっけ? 女の子が着る服を着てるとはね……くくっ、変なのー! 」


少女は、何か面白いことを思い出したのか、含み笑いをする。


「利用させてもらうけど、悪く思わないでよね、イアン……あと、探偵部の部長さん」


少女は、骨董店の中に入った二人に向かって、そう呟いた。

その少女は、金色の髪を持ち、胸元が開かれている黒い衣類を身に付けていた。

彼女の名は、メロクディース。

かつて、イアンと戦った謎多き少女であった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ