百九十七話 変わった後輩との付き合い方 後編
まだ日の高い放課後。
ブラッドウッド学院の二年生の教室にて、探偵部に入りたいというリトワに対し、ヴィクターは
とある条件を突きつけていた。
「ダチ公を作れ。じゃねぇと、俺は認めない」
再び、ヴィクターは、その条件を口にした。
本来、探偵部に入るための条件や資格等は存在しない。
これはリトワに友達という存在を作らさせるためのものであった。
こうでもしないと、彼女は友達を作らないと、ヴィクターは思ったのである。
「おっと。適当な奴を連れてきて、俺の前でダチ公だと言わせるのはダメだぜ。それくらい俺でも見破れるからよぉ」
探偵部に入るためだけの、偽りの友達は不可。
ヴィクターは、彼女がするかもしれない可能性を先に潰したのだ。
「……」
リトワは、口を閉じたまま、ヴィクターの顔を見つめる。
「……わかったよ。ヴィクター先輩を認めさせるために、そのダチ公というものを探しに行ってくる」
すると、彼女は口を開いてそう言うと、持っていた書類をヴィクターに差し出す。
「ヴィクター先輩に認められるまで、活動には参加しないし、部室にも入らない。だから、これは預かっていて欲しい」
「……おう」
ヴィクターは、差し出された書類を受け取った。
「それじゃあ、早速、ボクはダチ公を探しに行くよ」
書類が受け取られたことを確認すると、リトワは、今いる教室から立ち去った。
「……ふぅ…とりあえず、これで奴も、クラスの奴らと仲良くするだろうぜ」
ヴィクターも、カバンを持ち、教室を後にした。
ヴィクターが、リトワに条件を突きつけてから、数日経ったある日――
「……ふぅ、やっと終わったぜ」
一つの授業が終わり、休み時間に入った。
ヴィクターは、座ったまま大きく伸びをし、体をほぐす。
「はぁー…」
体をほぐすのをやめると、彼は机にだらしなく突っ伏した。
「ねぇ、ヴィクター。休み時間でも、寝るのはやめなさいって、いつも言っているでしょ? 起きなさい」
ヴィクターが机に突っ伏している中、彼に声を掛ける人物がいた。
その人物は少女の声であり、ヴィクターにとって非常に聴き慣れた声であった。
「……うるせぇ、寝てねぇよ」
突っ伏したまま、ヴィクターは返事をする。
「はぁ……だらしなくするのをやめろと、私は言っているのよ」
少女の呆れたような声が、ヴィクターの耳に入る。
「ちっ! いちいち、うるせぇっての……で、何だよ? 最近は忙しくねぇのか? 」
「ん? ああ、だいぶ落ち着いてきた。そろそろ、部の方にも、アルバイトの方にも復帰できるわ。悪いけど、所長に伝えといてくれない? 」
「あん? 別に言わなくてもいいだろ」
「はぁ? そのくらいしてくれてもいいでしょ? もう! 」
ヴィクターの発言が気に入らないのか、少女の声は不機嫌なものになった。
「……そういえば、この前、休み時間に、二年生の教室の近くを歩いていた一年生の子がいたけど、最近見ないわね」
その後、少女の機嫌は元に戻り、そう呟いた。
「……」
ヴィクターは、その呟きに反応しなかった。
しかし、彼は、その一年生の学生を知っている。
その上、休み時間に二年生の教室に来なくなった原因を作ったのも彼である。
あの日以来、リトワはヴィクターに会いに来なくなっていたのだ。
「二年生のところに遊びに来る一年生の子は、あんまりいないのに……少し寂しいわ…」
「……別にいいんじゃねぇの。クラスの奴等と一緒にいる方が、良いんだろうぜ」
今度は、ヴィクターは少女の声に反応した。
「……ふーん、そういう見方もあるのね…………そろそろ、私は戻るわ。じゃあね」
少女の声は、それっきり聞こえなくなった。
「……へへっ、あいつ……頑張ってるみてぇだな」
少女の声が聞こえなくなった後、ヴィクターは突っ伏したまま、誰に言うことなく、そう呟いた。
「うーす」
この日、ヴィクターはジグスの探偵事務所に来ていた。
「やあ、ヴィクターくん」
「来たか、ヴィクター」
机に座るジグスと、ソファーに座るイアンが彼に声を掛けた。
「……ん? 今日もリトワは来ないのか? 」
リトワの姿が見えず、イアンはヴィクターにそう訊ねる。
「ん……俺んとこに来なかったから、今日も来ねぇんだろうよ」
「んー…そうか。まぁ、今日もやることといえば、いつもの猫探しなんだけどねぇ」
ヴィクターの答えを聞き、ジグスは椅子にだらしなくもたれかかる。
「ヴィクターくん、リトワちゃんは何かしているのかい? 」
「さあ? ダチ公と遊んでんじゃねぇの? あいつ、今まで学校に行ってなくて、初めてダチ公ができたんだろうぜ。しばらくは、来なくてもいいんじゃねぇかな」
ジグスの問いかけに、ヴィクターは、そう答えつつ、ジグスの座る机に向かう。
「ダチ公……ああ、友達のことね……意外だなぁ…」
「……意外? 」
ヴィクターは、ジグスの机の上にあった猫探しの書類に手を伸ばそうとしたが、ジグスの呟きを耳にし、その手を止める。
「てっきり僕はね、リトワちゃんは君にべったりだと思っていたんだ」
「俺に……オジさんは、どうしてそう思うんだ? 」
「リトワちゃんにとって、学院で一番親しい存在と言ったら、君だからね。授業の休み時間も君の所にいっているんじゃなかと、想像していたよ」
「……すげぇな。オジさんの想像通りだぜ…」
ヴィクターは、目を丸くし、ジグスにそう答えた。
「ははぁ、それじゃあ、今の彼女の状況を作ったのは、やっぱり君かい? 」
ジグスは笑みを浮かべた。
「……この話に、オレが介入する余地はないな…」
話のついていけないイアンは、黙っていることにした。
「そうだぜ、オジさん。あいつは俺んとこばっかり来てよぉ。だから、クラブ活動に入るための資格で、ダチ公を連れてこいって言ったのよ」
「そっか、それでリトワちゃんは君から離れたのか……そうかい……それで…」
ニコニコと笑みを浮かべていたジグスだが――
「ヴィクターくんは、今のあの子の状態を把握していないのかい? 」
目は笑っていなかった。
「……!? 」
その目を見たヴィクターは、体が硬直してしまい、動けなくなってしまう。
そして、ジグスの問いかけに、彼は答えることが出来なかった。
「……ふぅ…このことは、今話すべきことじゃなかったね。とりあえず、猫を探しに行ってきなよ」
ジグスは気の抜けたような顔をすると、ヴィクターに猫探しに向かうよう促した。
「……ああ…うん。行くぞ、イアン」
「……ああ」
ヴィクターは、重い足取りで、部屋を出ていき、イアンも彼に続く。
「……間違っちゃいないけど、ちょっと手荒ぜ、ヴィクターくん。正直、今の彼女に、まともなダチ公ができるとは、僕には思えないんだよなぁ……」
ジグスは一人になると、誰に言うことなく、そう呟いた。
猫探しが終わり、ヴィクターは自分の家であるアパートの一室に帰る。
「……お、おい、帰ってんのか? 」
ヴィクターは、自分の部屋に入り、隣の部屋に呼びかける。
「……お帰りなさい、ヴィクター先輩」
すると、ドアが開き、リトワは顔を出した。
「あ……お、おう! そんでよぉ……ど、どうよ? 仲良くなれた奴はいるのか? 」
ヴィクターは、言葉を探しながら、リトワに訊ねた。
「……そうだね……もうすぐ、ヴィクター先輩の言うダチ公ができるよ。だから、もう少し待っていて欲しい……」
「そっか……そいつはどんな奴だ? おまえのことだから、変わった奴なんだろうな、ははは! 」
「期待に応えられないで、申し訳ないが、普通の人だよ」
「普通……か」
「うん、普通。会えば、分かると思うよ。それじゃあ、ボクはやることがあるから、この辺で。おやすみ」
リトワは、顔を引っ込めて、ドアを閉めた。
「……そんで……何時、そいつを連れてくんだよ…」
次の日の放課後、夕日に照らされた教室で、ヴィクターは呟いた。
今、彼がいる教室は、リトワ達一年生が使う教室で、ヴィクター以外誰もいない。
学院の授業が終わった後、彼はここに来たのだ。
「もうすぐって何だよ、もうすぐって。仲良くなりゃ、それでダチ公だろうが……」
リトワに言うべき言葉をこの場で呟く。
もちろん、誰も言葉を返す者はいない。
「……もう……いるじゃねかよ…」
彼は、リトワが言う友達らしき人物が誰か知っていた。
彼は休み時間に、リオワの教室に行き、様子を伺っていた。
その時に、彼女と楽しげに話す人物がいたのである。
意外にも、その人物は男子学生であった。
今、彼が目を向けているのは、リトワの席。
そこで、リトワとその男子学生は会話をしていたのだ。
「……ちっ、相変わらずよく分かんねぇ野郎だぜ。もう帰っか」
ヴィクターは、そう吐き捨てると、教室を後にする。
「……そんでよぉ…そいつがなぁ…」
「ギャハハ! 本当かよー? 」
彼が教室を出て、廊下を進もうとした時、後ろの方から声が聞こえた。
「……」
その声に聞き覚えがあるものがあり、彼は耳を澄ませる。
「本当だって! そんで、急にクラスの奴らに手当たり次第に話しかけだしたんだよ。すぐ、教室から消えてたくせにさぁ」
「はぁ? 何だそりゃ? 」
「だろ? 変だよなぁ。だから、みんな話は聞くけどよぉ、距離を置くんだよなぁ」
「そりゃ、そうだ。でも、おまえは仲良くしてんだろ? その……リトワって奴と……」
「まぁな。放っておけなかったんだよ……」
ヴィクターの後方から聞こえる声は、だんだん彼に近づいていく、
どうやら、リトワのことを話しながら歩いており、そのうちの一人は、ヴィクターの思うリトワの友達らしき人物のようだった。
(放っておけねぇ……か。良かったじゃねのよ。口は少し悪そうだが、良い奴がクラスにいてよ)
ヴィクターは、彼の言葉を聞き、笑みを浮かべ、学院を出るため足を動かし始める。
「だって、あのファインデション学院を退学した奴だぜ? そりゃ、放っておかねぇよ」
しかし、ヴィクターの足は止まった。
「それが、信じられねぇよ」
「本当だって! 俺の友達に、ファインデション学院の奴がいてよ。そいつから、リトワって奴が退学したって聞いたんだよ。あと、色んなことをな」
「はっ! 本当かよ……そんで、どうやって仲良くなったんだよ? 」
「おう。話聞くと、友達が欲しいらしくてな。言ったんだよ……友達になるには、プレゼントが必要だって」
「ぷっ…あはははは! そんで、何をくれって言ったんだ? 」
「お前が作ったもんを寄越せって言った」
「お! おいおい、おまえ、そいつを使って……」
「おうよ! いい小遣い稼ぎができるぜ! あいつを使ってな」
ヴィクターの両手の拳が、握り締められる。
「悪い奴だなーっ! 嫌がらなかったのかよ! 」
「いいんや。むしろ、嬉しそうにしてたぜ。こっちは、利用しようとしてんのによ! 」
「「ギャハハハハ!! 」」
ヴィクターの両手の拳が、更に強く握り締められる。
「ハハハハ……あ? 何だあいつ…」
男子学生の一人が、廊下に立つヴィクターに気がついた。
「……何年生だ? 分かんねぇ…」
彼等から見えるのは、ヴィクターの後ろ姿で、ネクタイが見えないため、彼の学年を判別することはできない。
「まぁいいや、それでさぁ……最近、ケージンギアに青い髪の――痛っ! 」
ヴィクターの横を通り過ぎようとした時、男子学生の一人が彼の肩にぶつかった。
その男子学生とヴィクターは、ぶつかるような距離ではなかった。
わざとヴィクターが肩を当てたのである。
「いってえな! 何すんだ、てめぇ! 」
男子学生は、少しよろめいた後、ヴィクターの胸ぐらを掴んだ。
「……! お、おい! そい…その人、先輩だぞ! 」
もう一人の男子学生は、ヴィクターのネクタイを見て、怖気ついていた。
「あ? それがどうし――」
「口の利き方がなってねぇ一年生だな…おい…」
胸ぐらを掴まれたヴィクターが、そう呟く。
「た……あ…… 」
胸ぐらを掴んでいた男子学生は、ヴィクターの顔を見た瞬間、血の気が引いていくような感覚を覚えた。
一年生の中には、二年生と交流のある者が少なからず存在する。
そして、二年生から色々と学院について教えられるのだ。
その中の、絶対にやってはいけないことに、こんなことがある。
『機嫌の悪い時のヴィクターに近づくな』
機嫌の悪いヴィクターにひどい目に遭った二年生がいるのだ。
そして、もう一つ――
『ヴィクターを絶対に怒らせるな』
があり、ヴィクターを怒らせて、ひどい目に遭った二年生がいたのだ。
男子学生は、このことを聞かされており、直感的に目の前の人物がヴィクターであると、感じ取ったのだ。
「あぎっ!? 」
胸ぐらを掴む手をヴィクターに握られ、その激痛に思わず男子学生は声を上げてしまう。
「ちょっとツラ貸せや……俺の後輩と仲良くやってるみてぇだからよぉ……その挨拶をしてぇんだわ」
ヴィクターは、掴んだ男子学生の腕を捻ると、掴まれていた胸ぐらを手放させる。
この時の、ヴィクターの顔はニッコリと笑っていた。
しかし、腕を掴むもう一方の手は、強く握り締められていた。
――次の日の放課後。
校舎裏の人気が無い場所で、リトワは、完成した装置を抱えて、男子学生を待っていた。
ここで、リトワが作ったものを受け取ると、男子学生が彼女に行ったのである。
「……や、やあ…」
しばらく、彼女が待っていると男子学生がこの場にやってくる。
「……相変わらず、痛そうだね…」
男子学生の顔を見て、リトワはそう呟いた。
彼の顔には、薄らと青あざがあり、痛々しい顔をしていた。
「約束通り、作ってきたよ。これは――」
「も、もういいっス」
リトワの声を遮って、男子学生はそう言った。
「……? じゃあ、受け取ってくれよ。これで、ボクの友達になってくれるんだろ? 」
リトワは、男子学生に自分の作った装置を差し出した。
「い、いや、あの……」
「さっきから、どうしたんだい? 」
男子学生の様子は可笑しく、理由の分からないリトワは首を傾げる。
「……す、すみませんでしたぁ! お…ぼ、僕はあなたを利用するために、それを作らせました! 」
男子学生は、急にリトワに頭を下げた。
「あ、あなたと友達になるつもりはありませんでした! な、なので……し、しばらくは、ち、近寄らないので……お許し下さあああああい!! 」
男子学生は、そう叫ぶと、リトワに背を向け、走り去ってしまった。
「……」
走り去る男子学生の背中を見つめた後、リトワは顔を俯かせる。
「よう……どうやら、ダチ公は出来なかったみてぇだな」
彼女の後方から、ヴィクターがそう言いながら、歩いてきた。
「……ヴィクター先輩……もうすぐ……ダチ公ができそうだったよ……」
リトワが顔を俯かせながら、そう口にした。
「はぁ…さっきのあいつの言葉を聞いたか? あいつは、おまえを利用しようとしただけだ。それでも、あいつをダチ公って言うのかよ」
「……ボクはそれでもいいと思った。誰かのために役に立つ……ダチ公のために役に立つ人物に、ボクがなればいいと思ったんだ」
「俺は、ダチ公を連れてこいっていったはずだぜ? 」
「その人がどんな人物だろうと、ボクがその人をダチ公だと思えば、問題ないだろう? 」
「……確かに。おまえの言う通り……かもな」
ヴィクターは、リトワの隣に立った。
「でも、それは本当のダチ公じゃねぇ。互いに、ダチ公だと思わなきゃ、本当のダチ公とは言えやしねぇ」
「……そんなこと、ボクには分からないよ…」
「……そうか…」
ヴィクターは、リトワの言葉を聞くと、前に向かって歩き出す。
「……」
リトワは顔を俯かせたまま、装置を抱えて、立っているだけだった。
「おい。突っ立てないで、早く来いや。行くぞ」
そんなリトワに、ヴィクターは体を向けて呼びかける。
「……行くって……どこに? 」
「んなもん、決まってるだろ。部室に行くんだよ」
「……え? 」
彼のその発言に、リトワは思わず、顔を上げた。
「でも、ボクはまだ、部員じゃないよ? 」
「探偵見習い」
「え? 」
「今日から、おまえは探偵見習いだ! 」
リトワが疑問の声を上げたため、ヴィクターは、彼女に指を差し、強く言い放った。
「ダチ公一人も作れねぇおまえには、探偵は務まらん。だから、探偵見習いとして、おまえを鍛えることにした」
ヴィクターは、そう言うと、再びリトワに背を向ける。
「……立派な探偵になるため、ダチ公の作り方から……探偵の基礎っつーもんを一から教えてやる。言っとくが、厳しく行くから、覚悟しとけよ」
背を向けたまま、リトワにそう言うと、ヴィクターは、旧校舎に向かって歩きだした。
「…………は…ははっ…探偵見習いか。ボクが探偵になるには、道のりは長そうだ……」
リトワは顔を俯かせながら、そう呟いた後――
「ありがとうございます、ヴィクター先輩。そして、よろしくお願いします! 」
と頭を下げ、ヴィクターの背中を目指して、走り出した。
(ふん! ダチ公の作り方から、教えんといかんのか。まったく、世話のかかる後輩だぜ)
ヴィクターは、後ろから近づいてくるリトワの気配を感じながら、そう思いつつ――
「おう! 」
と、彼女の思いに、しっかりと答えた。
おまけ
~~~~~ブラッドウッド学院 探偵部 活動日誌~~~~~
★今年の目標★
部長 ヴィクター・ヒューライト : わるいやつをたくさんぶんなぐりたい
副部長 ケイルエラ・ブランデン : ↑バカの暴走を止める
見習い リトワ・ドミッツ : ダチ公を作る
特別部員 イアン・ソマフ : 早く男物の服に着替えたい