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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
八章 都市探偵 ――奇怪事件と異様な骨董品――
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百九十二話 孤高の発明家 前編

 イアンがジグスの探偵事務所で働き始めてから数日。

相変わらず、ナース服のままの彼であるが、探偵の生活にも慣れてきた頃である。

そして、やる仕事と言えば、猫探しばかりであった。

時々行うヴィクターの探偵部の手伝いも、主に落し物拾いだ。

もちろん、イオの花売りの手伝いもしっかりやっている。

つまり、代わり映えのない日々が続いていた。

そんな代わり映えのない日々が日常というものなのだろう。

しかし、それはヴィクターやジグス、イオにとっての日常であると言える。

では、イアンにとっての日常とはなんなのか。

今、それは定かではないが、彼の職業である冒険者としての日常は、その名の通り冒険だ。

冒険には危険が付き物で、厳しい環境や屈強な魔物等と戦うことがある。

収入を得るための依頼にも、それらが立ちはだかるため、冒険者の日常とは戦うことと言えよう。

思えば、イアンが冒険者になってからの日々は、戦いばかりであった。

ならば、今回の彼の日々は、戦いが付きまとうのだろう。

それを予感させる出来事が、この日、ジグスの探偵事務所に依頼という形でやってくる。


「不登校……ですか? 」


ケージンギアにある探偵事務所の部屋。

そこで依頼人と、足の短いテーブルを挟んで対面するジグスが聞き返す。

彼の後ろに、イアンとヴィクターが立っている。

昼を過ぎた午後、まだ夕方には早すぎる時間に、依頼人はやってきた。


「ええ、そうです。我が校に、とても優秀な生徒がいまして、入学式以来一度も学校に来ていないのです。親御さんにも、投稿するようお願いしているのですが、自分の部屋から一歩も出ないそうで……その生徒をどうにか登校させて欲しい」


その依頼人は、ジグスよりも年上の中年くらいの男性であった。

ジグスとは異なり、髪型や服装がピシッと整っており、気品を感じさせる雰囲気を出していた。

彼の顔は無表情で、喋り方も淡々としたもので、全体的に事務的であった。


「はぁ、入学以来……ですか。失礼ですが、あなたは学校の先生ですよね? どちらの学校かお聞きしても? 」


「失礼、名乗り遅れました。私は、ファインディション学院 高等部のジョン・セレハイヤーと言う者です」


ジグスが何者かと訊ねると、その男性は名乗ると同時に、一枚の紙切れジグスに渡した。

そこには、男性が名乗ったのと同じ内容が書かれている。

その紙切れは、名刺と呼ばれるものであった。


「ファインディション……名門の学校の方でしたか……」


名刺を受け取ったジグスの顔が若干引きつる。


「もう一つ、お聞きしたいのですが……名門の学校ならば、もっと良い探偵に依頼できたのでは? 」


ジグスが顔を引きつらせたのは、これが理由であった。

彼の探偵事務所は規模が小さく、ケージンギアの住民くらいしか、その存在を知らないほど名声はない。

ファインデション学院があるセンタブリルには、ジグスよりも優れた探偵事務所が数多く存在し、普通ならばそこを頼るはずなのだ。


「その良い探偵に頼んでもダメだった……と言えば、お分かりでしょう…」


ジグスの問いかけに、依頼人のジョンはそう答えた。


「……なるほど……相当手強いみたいですね、その子は…」


彼の言葉で、ジグスは察した。

既に、他の探偵に依頼し、全て失敗に終わったことを。


「ええ。もうダメか……と思っていたところ、風の噂で、このケージンギアにも探偵事務所があると聞いて……一応やってきたのです」


「風の噂かぁ……もっと広まらないかなぁ……っと、失礼しました…」


依頼人のジョンの言葉に、思わず本音を呟いてしまったジグスであった。


「その子は、どういう子なのか……聞いてもよろしいですか? 」


ジグスが、依頼人のジョンに訊ねる。


「ええ……ですが、先ほど伝えた通り、入学式以来学校に来ていません。私が知っていることは、ごく僅かです」


「それでも構いません。聞かせてください」


「分かりました。その生徒は、近年希に見る天才です。入学試験時に提出されたレポート……その内容は、次世代のエネルギー機関というもので……」


依頼人のジョンは、不登校の生徒について話し始めた。

彼の話の内容は、レポートが中心で、その生徒の研究が人並み外れたものであることが分かった。


「……なるほど、そうですか。その子が頭のいい子……であることは分かりました……」


依頼人のジョンの話しを聞き、ジグスは顎に手を当て、うんうんと頷く。


「それで、どうでしょう? 私の依頼を受けてくださいますか? 」


依頼人のジョンが、ジグスに訊ねる。

その彼の言い草は、頼むというより、やってみるかと問いかけているように聞こえた。


「……もし……ここでダメだったら、どうするつもりですか? 」


彼の言い草にジグスは違和感を感じ、問いかけてみることにした。


「仕方ありません。学校に登校してくれるのを諦めます」


「……それは、どういうことですか? 」


依頼人のジョンの口から、淡々と出てきた言葉に、ジグスは疑問を持った。


「定期的に、その生徒の家に課題を送るのです。そうすれば、我々の学校の授業を受けたと言えます。登校せずとも問題はありません」


「はぁ…………つまり、その子の……学歴を守りたいということでしょうか? 」


「そうです。優秀な人物には高等な学歴が相応しい……つまり、我々、ファインディション学院に属すること。最終的には、我々の学院の卒業資格を得ることが、優秀な人物が目指すべき目標なのです。しかし、学院の授業を受けなければ、その資格を得ることはできない。それが叶わないという言うのであれば、その生徒に合った授業システムを作ればいい。我々、ファインディション学院は最終的に、そう決めました。なるべくなら、登校してもらう方が良いのですがね……」


「…………分かりました。その依頼、受けましょう」


長々と依頼人のジョンが話した後、ジグスは依頼を受ける旨を伝えた。


「受けてくださいますか。では、お願いします。報酬は……」


「報酬は、その子が登校したらで結構。ただし、僕のやり方に文句は言わせません」


依頼人のジョンが話している途中で、ジグスが口を挟んだ。


「……そのやり方とやらをお聞きしても? 」


「この依頼に、僕は一切(いっさい)手を出さないことです」


「どういうことですか? 」


今度は、依頼人のジョンがジグスの発言に疑問を持った。

では、誰がやるのかと。


「言葉の通り、僕はその子に説得もしないし、家にも伺いません。この依頼は、後ろの二人に任せます」


ジグスが自分の後方に指を差す。

そこには、先程からイアンとヴィクターが立っていた。


「学生と…ナース……まだ、子供のようですが、本気……なのですか? 」


依頼人のジョンは、イアンとヴィクターを見て、大した人物ではないのだろうと評価した。

しかし――


(あれは、クロスマーク……あの若さでか…)


イアンの左腕に付けられた腕章を見て、イアンの評価は少し変わった。


「はい、本気です。でなければ、口にしませんよ」


「分かりかねますね……何故、あなたがやらないのですか? 」


「今まで、この依頼を担当してきたのは、凄腕の探偵……ですかね? 」


依頼人のジョンの問いかけに対し、ジグスも問いかけで返した。


「……ええ、名の知れた方ばかりでしたよ」


「なら、僕でもダメでしょう。僕は凄腕の探偵ではありませんが、彼らと同じ大人ですので……」


ジグスは自分の胸に手を当て、依頼人のジョンに笑いかけた。


「……やはり、理解できませんね。優秀な大人に出来ないことが……そこの二人にできると……我々には到底考えられません」


依頼人のジョンは、そう言うと机の上に一枚の紙を置いた。


「そこの書類に、生徒の住所が記載してあります。とりあえず、依頼は頼みましたよ。精々、自分がやっとけば良かったと……後悔なさらないよう…」


依頼人のジョンは、ソファーから立ち上がり、部屋のドアの前でジグスにそう言うと、部屋から出ていった。


「……ふぅ、久々に大きい仕事が来たねぇ…」


依頼人のジョンが部屋から出てしばらくした後、ジグスはだらしなくソファーにもたれかかった。


「なんだ、あのオッサン! まるで、オレ達には、できないようなことを言いやがって! 」


ヴィクターは、依頼人のジョンが気に入れないのか憤慨し始める。


「ような…ではない。完全にできないと言っていただろう。それで、ジグスよ。本当にオレ達だけに任せていいのか? 」


イアンは、ヴィクターをたしなめた後、ジグスに訊ねた。


「いいよ。さっきも言ったように、この依頼は君達の方がうまく行くと思うんだ」


「任せとけよ、オジさん! 天才かなんか知らんねぇけど、そいつを引きずり出して、あのオッサンを見返してやるぜ! 」


ヴィクターは、依頼人のジョンの言葉に火が付いたのか、やる気満々の様子であった。


「もちろん、オレも精一杯やるつもりだ。しかし、あいつの言うことにも一理あると思う。何故、オレ達なんだ? 」


イアンが、再びジグスに訊ねる。

彼もジグスの選択をいまいち理解していなかった。


「そうだねぇ、ジョンさんの言うことも分かるねぇ。でも、子供の気持ちは子供が一番理解出来ると思うんだ」


ジグスは、そう言うと、揺らりと立ち上がり、イアンとヴィクターに体を向けた。


「大人になると頭が固くなっちゃってね、どうしても他人を理解することが難しくなるんだ。他の探偵達が、その子を登校させられなかったのは、たぶん、その子の気持ちを理解できなかったんだろうね…」


そう言うジグスの顔は若干曇っていた。

しかし――


「君達、子供にしかできないことがある。だから、僕は二人に賭けるのさ。頑張って! 僕ができるのはここまでだよ」


その後に、彼はそう言うと微笑んだ。


「……分かった。その……優秀な生徒とやらの気持ちを理解しに行くとしよう」


ジグスの言葉はイアンに響いたようで、返事をしたイアンの表情は少しだけ柔らかかった。


「よく分かんねぇけど、そいつと真正面からぶつかってくるぜ! 」


ヴィクターには、なんとなく響いたようであった。


「うん。その子の家は、タブレッサの北の区画……ノーラスラッドにあるらしい。頼んだよ、二人共」


ジグスは机に置かれた書類を拾い上げ、それを目を通した後、目の前の二人にそう言った。


「ああ」


「おうよ! 」


イアンとヴィクターは返事をすると、探偵事務所を飛び出し、駅に向かって走り出した。

二人が目指すは、不登校の生徒が住んでいるとされる区画、ノーラスラッドである。



7000文字に収まりきらないと判断したので、分割します。

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