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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
八章 都市探偵 ――奇怪事件と異様な骨董品――
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百八十九話 クロスマーク

 イアンがヴィクターと共に、フリョウと戦った次の日。

彼は、イオと共にケージンギアの駅周辺で花売りをしていた。

売り始めの辺りから多くの人達が列を作り、その列がいなくなる頃には、もう花は四、五個ほどしか残っていない。


「ふぅ、もうなくなっちゃうね。今日は、おしまいにしちゃおっか」


イオが、荷車の上に置かれた数個の花を見ながら、そう言った。


「早くないか? というか、服変えたんだな」


イアンは隣に立つイオに目を向ける。

その時、イオの着ている服がいつもと違うものであると気づいた。

かけているエプロンは以前のままだが、上衣と下衣が違う。

まず、今の彼女の上衣は、白い長袖のシャツである。

一見、前と同じように見えるが、今日彼女が着ている服は少し違う。

ボタンが並ぶ縦のラインの両側には、ヒラヒラとした装飾がある。

前と違う部分は、そこしか違いは無いが、前の服よりもずっと華やかに見えた。

次に下衣だが、これは以前のものと大きく異なる。

前は紺色の長ズボンであったが、今は裾の紺色の長いスカートであった。

スカートの裾は、彼女の足首の上辺りまでの長さで、裾に白いラインが横に伸びている。

その白いラインにより、スカートがカジュアルに見える。


「あ! やっと、気づいたね、イアンさん」


「ああ……実は、今日会った時にはもう気づいていたのだが……」


「え!? なんで、その時に言わないの!? ナンセンス! ナンセンスだよ、イアンさん! 」


イオは、イアンに詰め寄る。


「う……すまん。何でもないようなことだと思ったのだ……」


服を変えることに特別な意味は無い。

イアンは、そういう考えであった。


「なるほど、見た目が女の子だから、油断してた……やっぱり、イアンさんも男の子だね」


イオはイアンから離れると腕を組み、うんうんと頷いた。

その後、イアンに顔を向け――


「イアンさん、その考えはナンセンス!! 」


指を差しながら、声高々に言い放った。


「服装はね、とても重要なんだよ。どう? 今の私はどういう風に見える? 」


イオは両腕を横に広げると、くるりと横に一回転する。


「……前より……華やか? 」


「……うん。まぁ、この服装に関しては、それで充分かな……やりすぎると、花よりも目立っちゃうし……」


イアンの答えに、イオは頷いた。


「今の服だと分かりづらいと思うけど、着る服でその人の印象はだいぶ変わるんだよ。だから、イアンさんも、服を買うときはよく考えようね! 」


「う、うむ、服について少し理解した。で、今日は、もう終わるのか? 」


イアンはこれ以上話しが長くなることを恐れ、話題を元に戻した。


「あ、そういえば、そうだったね。今は……十時過ぎか…」


イオが北の方角の空に目を凝らしながら、そう呟いた。


「……? 太陽はまだ東の方にあるぞ? 」


イオの仕草に疑問を抱くイアン。


「太陽って……イアンさん、あっちに時計塔があるの知らないの? 」


イオは呆れながらそう言うと、北の方角に指をさす。


「時計塔? 」


イアンは、イオが指さした方向に目を向ける。


「……あ! なんだ、あのでかい塔は…」


すると、視界の奥に巨大な塔があるのに気がついた。

その塔は遠くからでも、とてつもなく巨大であることが分かり、塔上部の屋根の下には時計の針があった。


「……うわぁ、あんなに大きいのに気づかなかったんだ……イアンさん、もしかして、時計も知らない? 」


「いや、時計は知っている。ラストンに家にもあったし、探偵事務所にもあった。今の時間が分かるやつだろ? 」


時計は、この国以外ではとても高価なもので、滅多に見かけることはない。

故に、イアンはこの国に来て、初めて時計の存在を知った。


「そうだね。で、あの塔は時計塔っていう建物で、中心区画のセンタブルにあるの。完成したのが……確か十年前……って言ってたかな? けっこう新しい建物だよ」


「そうなのか。あの針はどうやって動いているのだろうか? 」


「……さぁ? よく分かんないけど、ロープワゴンと動力は同じだとか何とかって聞いたことはあるよ」


イオは詳しく知らないのか自信なさげな様子であった。


「そうか……それにしてもでかい。あの塔の頂上から見た景色は、さぞ絶景なんだろうな」


「あはは、そうかもね。でも、時計塔は一般の人は入れないよ」


「……そうか…」


イアンは、イオの言葉にそう返した。

イオには分からないが、この時イアンは眉は僅かに下がっており、彼にしては残念そうな表情を浮かべていた。







 イオの手伝いが終わり、イアンは探偵事務所に向かって歩いていた。

今の時間帯は人通りが少ないときで、イアンの視界に人の姿が無かった。

しばらくの間、人を目にすることは無いイアンであったが、探偵事務所が見えたと同時に人の姿が目に入った。


「お……」


思わずイアンは口を開いた。

その人物は、イアンと似た服を着た女性であった。


「大変、大変! 」


その女性は、イアンの方へ走ってくる。


「あれ? あなた、どこへ行くの? 」


女性はイアンの存在に気づくと、そう声を掛けた。


「……? どこへって……探偵じっ――!? 」


女性に答えようとしたイアンだが、彼の言葉は途中で途切れてしまう。

走ってきた女性に腕を掴まれたのだ。

イアンは女性に腕を引かれ、探偵事務所が遠ざかっていく。


「研修所はこっちよ。ほら急いで。早くしないと遅刻しちゃうわよ」


「研修所? なんのことだ? 」


「もう! 忘れてたのね! 今日は、私達ナースのスキルアップ研修の日でしょ! 」


「な、なんだと!? 待て、オレはナースじゃない。オレは……」


否定するイアンだが――


「何を言っているの? あなた、どこからどう見てもナースじゃない」


「……あ…」


腕を引く女性を納得させることはできなかった。


『着る服でその人の印象はだいぶ変わるんだよ』


この時、イアンはイオの言葉を思い出し――


「イオ……おまえの言うこと……よく理解した……」


と、情けない声で呟いた。

今のイアンはナース服を着ており、女性の言うとおりどこからどう見てもナースにしか見えないのだ。



 その後、女性の言う研修所に連れてこられたイアンは、集まったナースと共に一通りの研修を受けた。

研修内容は、技術を向上させるための実践的な模擬演習であった。

当然、ナースの技術を取得していなければ、できないことである。

従って、技術の無い素人のイアンは、何も出来なかった。


「……」


研修所の一室で、イアンは長机の端に座り、ぐったりと項垂れていた。

この部屋には、本物のナースが大勢おり――


「あの娘……何も出来なかったらしいわ」


「……まぁ、けっこう難しいやつばっかりだったからね。私も出来なかったやつあるし…」


「だから、何も出来なかったんだって! 何一つ出来なかったのよ」


「えっ!? それはまずいでしょ…」


何も出来なかったイアンを奇異な目で見ていた。


「はーい! 皆さん席に着いてくださいね~」


部屋に研修の講師であるナースが入ってきた。

席を離れていた研修生であるナース達が一斉に自分の席に着く。

全員が席に着いた頃には、部屋の前方にある教壇に講師が立っていた。


「はい、皆さん今日はお疲れ様でした。これでスキルアップ講座は終了です。忘れ物はしないように帰ってくださいね~」


講師が研修の終わりを告げた。

これにより、研修生のナース達はぞろぞろと部屋の外へ出ていく。


「あ! そこの水色の髪の子は、この部屋に残っていてくださいね~」


「……」


立ち上がろうと腰を浮かしたイアンは、周りを見回した。

自分以外に、水色の髪のナースは見当たらず、イアンは席に座り直した。


「そのまま、少し待っていてくださいね~」


講師のナースはイアンに言うと、部屋の外へ出て言ってしまう。

イアンは一人部屋に残されてしまった。


「……」


途方に暮れ、イアンは部屋の天井を見上げ続けていた。

すると――


ガチャ!


部屋の中に一人のナースが入ってくる。

そのナースの顔には、薄らと皺があり、中年の女性であると判断できる。

中年のナースは、キョロキョロと部屋を見回した後、イアンに視線を向け、彼の元へ向かう。


「……あなたね」


「……!? 」


中年のナースはイアンの前に立つと、彼の手首を掴み上げた。

手首を引っ張られ、イアンは席から立ち上げる。


「……ふん、道理で何もできないわけだ」


彼女あ掴みあげたイアンの手を見ると、そう呟いた。


「あなた、ナースではないね」


「……最初からそう言っている…」


イアンは、元気の無い声で答えた。


「ナースの服を着て、ナースではないと……信じる者はそうそういないわ。でも、私には分かる。この手は、ナースの手ではないことがね」


「……そうか。勘違いされてここに連れてこられたのだ。ナースではないオレが、この服を着ていたのが悪いと分かっている。すまなかったな……」


イアンは、部屋から立ち去ろうとするが――


「……手を離してくれないか? 」


中年のナースは、イアンの手を離さなかった。


「あなたの事情は理解した。でも、一流のナースとして、ナースとは呼べない者をここから出すわけにはいかない」


「……は? 」


中年のナースの発言に、イアンは思わず、間の抜けた声を出してしまった。


「久々に腕が鳴るわ。あなたには、これから五日の間、ここでナースの技術の習得をしてもらう。特訓よ」


「なっ!? 悪いがナースになるつもりは……」


「あなたは、私に意見する資格はありません。意見したいのであれば、私を超えること。さ、ついていらっしゃい」


中年のナースはそう言うと、イアンの腕を引き、部屋の外に出る。


「ま、待ってくれ! オレは男だ! おい、聞け! 」


イアンの叫びが、中年のナースの耳に届くことはなく、彼は廊下を引き摺られていく。

そんな彼を遠くから見つめる人物がいた。


「あーあ、久々に師匠に火が付いちゃいましたね~……師匠のシゴキはキツイですよ~」


その人物は、先ほどの講師のナースであった。

ニコニコと微笑む彼女の腕には、白い×マークが描かれた紺色の腕章が付けられていた。







 その日のうちに、ナースの特訓は始まった。

まずは、包帯の巻き方などの医療技術がそれほど必要でない技術から教えられる。


「包帯を巻く方が逆! 余った部分は折り返して重ねる! 重なる部分が狭すぎる! なんで、途中から巻く向きが変わるんだ! やり直し! 」


イアンが、人間の腕を模した人形に包帯を巻きつける横から、中の年ナースの怒号が飛ぶ。

彼女の教え方は厳しく、完璧にこなせなければ、やり直しというのものであった。


「……で、できた…」


ようやくイアンは、中年のナースに怒鳴られずに包帯を巻き終えることができた。


「ようやく一回か。すぐに解いて、あと百九十九回! 」


「……」


一回完璧にできれば終わりではない。

何度も完璧にこなせて、ようやくできるようになったと言えるのが彼女の教育方針であった。

他の技術もこれと同様に、イアンは何度もやらされた。

ナースに必要なのは、技術だけではない。

知識も必要で、技術と同様に何度も口で説明できるまで、イアンはやらされた。

ナースの知識はイアンに馴染みがなく、なかなか覚えることができないので、技術習得よりも中年のナースの怒号が飛ぶことが多かった。

しかし、知識において、否、この特訓の中で唯一、中年のナースに褒められたことがあった。


「この薬草は、こっちの薬草と合わせて調合すると効力が増す。あの毒草と形が似ていて、区別が難しいが……色の薄いこっちが薬草の方だ」


「……正解だ。あなた、薬学に強いのね」


イアンは薬草の知識をスラスラと覚えることできた。

これは、本職であると言えるほど薬草採取の依頼をやってきたため、薬草の効力の理解や見分ける能力がずば抜けて高いのだ。


「はぁ、他の知識もこれくらいできればねぇ……」


「……」


褒められるのは一時で、特訓中にイアンの心が癒されることは無かった。

地獄の特訓の日々が始まって五日後――


「……は、似た症状がいくつもあり、特定するには、患者をよく観察する必要がある」


「……正解。これで全ての特訓が終わったわ」


長かったナースの特訓は終わった。


「私の見込んだ通り、五日で終わったわね。よく頑張ったわ」


「……ありがとうございます」


イアンは、中年のナースに頭を下げた。

嫌々やっていたイアンであったが、途中から本気で特訓にのめり込むようになり、中年のナースには敬意を払っていた。


「これで、あなたは一人前のナースと言えるまでの技術と知識を習得したわ。でも……」


「「技術と知識は、衰えてゆくもの。日々、鍛え続けるべし……」」


中年のナースと共に、イアンも同じ言葉を呟く。


「よろしい。その言葉、常に心に刻んでおくように」


「はい、師匠」


この五日間で、師弟関係も築き上げていた。


「さて、あなたを送り出す前に、これを」


「これは……」


イアンは、中年のナースから紺色の腕章を受け取った。

その腕章には、×のマークがある。


「それは、私が育てた最高のナースに送る腕章。些細なものだが、あなたが本物になった祝いだよ」


「ありがとうございます」


イアンは腕章を自分の左腕に付けた。


「道に迷ったら、またここに来なさい。いつでも歓迎するわ」


「はい……では、失礼します」


イアンは、中年のナースに頭を下げると、部屋の外へ向かう。


「待って」


イアンが部屋のドアに手をかけたところで、中年のナースは彼を呼び止めた。


「あなた、名前は? 」


「……イアン・ソマフ…」


「そう……行ってらしゃい、イアン」


「行ってきます、師匠」


イアンは、部屋の外に出て、研修所を後にした。



 研修所を出た後、イアンは探偵事務所に向かった。


「あ、イアンくんだ。久しぶり」


事務所の部屋の中に入ると、机に座るジグスがイアンにそう声を掛けた。


「というか、何かあった? 雰囲気が前と少し違うけど……」


「ジグスよ……」


「……? 」


「オレは、本物のナースになってしまった……」


首を傾げるジグスに、イアン苦笑いを浮かべながら、そう言った。


「………………そうかい。それは……大変だったねぇ……」


長い沈黙の後、ジグスはそう答えた。

イアンは気づかないが、ジグスは少し汗をかいていた。

イアンの腕に付けられた腕章を見て、彼が何をしていたかを察したのである。

白い×マークがあることから、この腕章はクロスマークと呼ばれている。

クロスマークを持つ者は、総じて優秀なナースであり、百人中九十九人が途中で逃げ出す厳しい教育を耐えた者であると、この国の住民には知られている。

ちなみに、クロスマークを持つナースは、この日をもって四人になった。




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