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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
八章 都市探偵 ――奇怪事件と異様な骨董品――
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百八十八話 武闘派探偵

 リサジリア共和国には、魔物がいない。

このことを聞けば、リサジニア共和国が平和な国であると想像できるであろう。

しかし、魔物の存在が無いこの国にも、驚異というものは存在する。

その中の一つがフリョウである。

彼等は、各々の理由でフリョウと呼ばれる存在になり、学生かその年齢に近い子供が大半だ。

そのフリョウが驚異の一つに数えられる理由は、彼等は普通の人よりも、他人を攻撃することを厭わないことだ。

悪口を言った、視線が気に入らない等の理由で、他人に殴る蹴るの暴行を加えるという。

普通のこの国の人間ならば、彼らのような行いは絶対にしないと言えるだろう。

なぜなら、他人に攻撃することはいけないことであると、この国にいる者は教えられているからだ。

それに加え、場合によっては罰法に触れ、警士隊に捕まってしまうことも周知のことである。

もちろん、フリョウ達もこのことを知っているはずだ。

しかし、それに構うことなく、彼等は他人に暴行を加えてしまう。

気に入らない社会に敵意を向け、その社会が作った規則や道徳を守ろうとしないからだ。


「オラァ! 舐めてんじゃねぇぞ! 」


「ボコボコにしてやるからな! 」


古い住宅街の中にある空き地に、フリョウ達の怒声が響き渡る。

彼等は、一人の学生を取り囲んでいた。

フリョウに囲まれるという状況で、平然としていられる者は、そうそういないだろう。

ましてや、成人していない学生に、この状況は卒倒ものである。


「おーおー、よく吠えるねぇ。へへっ」


しかし、その学生――ヴィクターは笑っていた。


「あわわ……」


彼の状況にそぐわない態度に、少年は顔を青ざめる。

次に起こりうる事を予想できるのだ。


「先輩よぉ……俺達を舐めるのも大概にしとけよ! 」


ガンッ!


フリョウ達に囲まれるヴィクターを、少し離れた位置から見ていたフリョウリーダーが、近くにあったゴミを蹴飛ばす。

彼の態度は、フリョウリーダーを始め――


「容赦しねぇぞ! オラァ! 」


周りを取り囲むフリョウ達の逆鱗に触れた。

ヴィクターの側面から、フリョウが拳を振り上げながら接近し――


「オラァ! ワンパンで沈めてやるぜ! 」


ヴィクターの頬に、振り上げた拳を放つ。


ガッ!


しかし、フリョウの拳はヴィクターの手に阻まれる。


「なん――でぇぇ!? 」


そして、そのフリョウは驚く暇もなく、ヴィクターに殴り飛ばされる。


「うおっ!? 」


「お、お前がワンパンで沈められてどうするよ!? 」


殴り飛ばされたフリョウが倒れ、他のフリョウ達が動揺する。


「何やってんだ! 全員でボコっちまえばいいだろうが! 」


「お、おう! 」


「うおおおおお!! 」


フリョウリーダーの怒声を受け、フリョウ達は一斉にヴィクターに殴りかかった。


「うわぁ……もう…ダメだ」


流石に、一斉に攻撃されれば、ひとたまりもないだろう。

それは誰もが思うことであり、少年もそう思っていた。


「そうこなくちゃな」


しかし、ヴィクターはニヤリと頬を吊り上げる。

彼がこの状況で思い浮かべたのは――


「ふん! せいっ! 」


「ぐはっ!? 」


「ほげっ!? 」


多人数のフリョウを圧倒する自分の姿であった。

早速、ヴィクター両側面から来ていたフリョウを殴り飛ばした。

その後も、降りかかる拳の嵐を躱す又は、防ぎながら、フリョウ達を己の拳で迎撃し続ける。


「数がありゃ、勝てると思ったか! 」


フリョウ達を殴り飛ばしながら、ヴィクターが声を上げる。


「ひっ、ひぃぃぃ! こいつ……この先輩、強すぎるよ!」


殴られ、まだ意識のあるフリョウが悲鳴を上げる。

喜々としてフリョウを殴るヴィクターの姿は、傍から見ればフリョウそのものである。


「おりゃあああああ!! 」


「ごっ……ふぅ! 」


ヴィクターが、取り囲んでいた最後のフリョウを蹴り飛ばす。


「あん? なんだぁ? もう終わりかぁ? 」


拳の嵐が止み、ヴィクターはそう言った。


「じゃ、後はお前だけ……おい……そりゃ、反則だろ……」


フリョウリーダーに目を向けたヴィクターは、呆れた表情を浮かべた。


「あわわ……す、すみません…」


少年がヴィクターに謝罪の言葉を呟く。

彼は、二人のフリョウに体を掴まれていた。

そして、彼等の傍に、フリョウ一人とフリョウリーダーが立っている。


「動くなよ。もし、動いたら……」


「オラァ! 」


「いっ…!? 」


フリョウリーダーの合図で、フリョウが少年の腹を殴りつけた。


「ちっ……野郎…」


少年の痛がる様子を見て、ヴィクターは構えを解く。


「へっ、話しが分かるねぇ、先輩。おい、少しでも変な動きをしたら、そいつを殴れよ」


「へい! 」


フリョウリーダーは、フリョウにそう言うと、ヴィクターの元へ歩み寄り――


「オラァ! 」


ゴッ!


思いっきり拳を振り、ヴィクターの頬を殴り飛ばした。


「うっ…!! 」


勢いのついた拳により、ヴィクターの体がぐらりとよろめく。


「散々やってくれたねぇ、先輩。今度は、先輩が殴られる番…っスよ…」


「……クソッ! ミスったぜ……」


ヴィクターはそう呟くと、口から出た血を腕で(ぬぐ)う。

フリョウリーダーに殴られ、口の中を切ってしまったのだ。

そして、ヴィクターは、ある事を失念していたことに気づき、後悔する。

戦うことに夢中になり、本来の目的――少年を助けることを忘れていたのだ。


「先輩、手…後ろに組んでくださいよ……」


「……やりゃ良いんだろ…」


ヴィクターは、フリョウリーダーお言う通り、腰の後ろの辺りで両手を組んだ。

この体勢では、攻撃も防御もできない。

フリョウリーダーは、一方的にヴィクターを殴り続けるつもりであった。


「先輩が倒れたら、次はあいつを殴りますんで」


フリョウリーダーが、ヴィクターの顔を覗き込むように見る。


「……」


ヴィクターは、黙ってフリョウリーダーを見ることしかできなかった。

その様子に、フリョウリーダーはフッと小さく笑う。

その後、フリョウリーダーは――


「そのいかつい顔にクリーンヒットだ! 」


ヴィクターを殴るため、片腕を大きく振り被った。


「うっ……」


ヴィクターは、苦悶の表情を浮かべながら、自分の顔目掛けて繰り出されるであろうフリョウリーダーの拳を見続けていた。

打つ手なし。

ヴィクターに、この状況を打開する術はない。

今の彼が考えていることは――


(くそっ……少年(あいつ)が捕まられていなけりゃ、こんな奴……簡単にぶっ飛ばすことが出来るのに……)


こうだったら良いのに――という、虚しい願望であった。


「リ、リーダー! 」


フリョウリーダーが振りかぶった拳を放つ直前、少年を殴る役割を担っていたフリョウが声を上げた。


「あ? 」


その声を耳にし、フリョウリーダーはピタリと動きを止める。


「どうした? 何か他に思いついたことでもあんのか? 」


その体勢のまま、フリョウリーダーが後方のフリョウヘ問いかける。


「ち、違います! 空からナースがっ――!? 」


フリョウの声は途中で途切れ――


「ぐはっ!? 」


「ああっ!! 」


間髪入れず、他のフリョウ達の悲鳴が上がった。

彼等の悲鳴を聞き、フリョウリーダーは、慌てて後ろへ振り返る。

すると――


「……ナ、ナースぅ?なんで……って…げっ!?」


そこにはナースの姿があり、少年を人質に取っていたはずのフリョウは、皆倒れていた。

不思議なことに、ナースは空からこの広場にやってきて、少年を人質に取っていたフリョウ達を殴り飛ばしたのだ。


「……色々と分からないことはあるが、これで良いか? 」


そのナースが、尻餅をつく少年を助け起こしながら、そう言うと――


「……良いなんてもんじゃねぇ……最高だぜ、イアン! 」


ヴィクターが答えた。

突如現れたナースは、イアンであった。


「色々と言いてぇことあんだけど、なんで上から降ってくんだよ!? 」


「た、確かにこの人、空から……」


ヴィクターは、イアンに一番の疑問をぶつける。

少年もそのことを不思議に思っていたのか、ヴィクター同調して頷く。


「……ふむ、そんなに気になることだろうか……まず、オレは道に迷ってしまってな…」


「そうだろうよ。だから、俺は止めたんだぜ? 」


「むぅ…今は反省している。それで、迷路という道を通るから迷うのだと思い、屋根の上に上がったのだ。すると、広く開けたここを見つけ、こうして駆けつけたのだ」


「屋根の上に上がった……だぁ? 」


イアンの話しを聞き、ヴィクターは周りの建物を見る。

どの建物も同じ形をしており、見上げるほど高く、外から昇れるような梯子等は見られなかった。


「そんなん思いついたとしても、誰もできねぇよ。すげぇな、おまえ」


ヴィクターは、呆れた表情を浮かべながら、イアンを賞賛する。

彼の思考と能力は、この国の住民にとっては並外れたもと言える。

そんなイアンは、この国の住民であるヴィクターから見れば、途方もない存在に見え、呆れてしまうのだ。


「でも、まぁ……さっきも言った通り最高だぜ、イアン。これで心置きなくこいつをぶっ飛ばすことができるんだからよぉ」


「ひっ……! 」


腕を鳴らしながら睨みつけてくるヴィクターに、フリョウリーダーは短い悲鳴を上げる。

彼の仲間であるフリョウ達は、皆地面で伸びている。

味方がいなくなった今、先程まであった彼の自信はなくなった。


「へっ、情けねぇ顔してんなぁ……よし、チャンスをやろう」


ヴィクターは、そう言うと再び手を腰の後ろで組んだ。


「一発だ。一発ぶん殴って俺を倒せたら、お前の勝ちだ」


「い、一発? は、ははは、見栄張っちゃいましたね、先輩。せっかくの俺を倒すチャンスを手放してもいいんッスか? 」


フリョウリーダーが薄ら笑いを浮かべる。


「ああ? 見栄張ってんのはお前の方じゃねぇのか? だが、これでどっちが見栄っ張りか分かるぜ、大将」


「なっ……言ってろよ、クソが! おらあああああああ!! 」


ガッ!


フリョウリーダーは、拳を振り上げ、ヴィクターの頬を思いっきり殴った。


「ぎっ……! 」


殴られた勢いにより、ぐらりとヴィクターの体は大きくよろめく。

この瞬間、フリョウリーダーは勝利を確信した。

渾身の一撃を放ち、それを一番良い位置に当てたのだ。

これ以上はない。

フリョウリーダーは、自分の拳に押されるヴィクターの顔を見ながら、自然と笑みを零していた。


「……あ…」


しかし、彼の表情は凍りつく。

振り切ろうとした拳が動かないのだ。

何が起きたというのか。

それを理解した時、フリョウリーダーは――


ドッ!


「――ああっ!! 」


顔面を衝撃を受け、後方へ吹き飛ばされていた。

殴られたヴィクターは倒れることなく踏ん張り、フリョウリーダーに殴り返したのだ。


「ぐぅ…」


吹き飛ばされたフリョウリーダーが地面に仰向けに倒れる。

ヴィクターは彼の元へ向かい、胸ぐらを掴み上げると――


「もう……こんなことすんじゃねぇぞ」


と、フリョウリーダーの目を見つめながら言った。

フリョウリーダーは、ヴィクターの目を逸らすことができず――


「……は、はい…」


と答え、気を失った。


「ふぅ…………いってえええええええ!! 」


フリョウリーダーの胸ぐらを離した後、ヴィクターは頬を押さえながら叫びだした。

傍から見れば、フリョウリーダーの一撃をものともしない様子であったが、実際はそうでもなかった。

彼は殴られてからここまで、必死に我慢し続けていたのだ。


「……どうやら、おまえの方が見栄っ張りだったようだな、ヴィクター」


叫ぶヴィクターにイアンが歩み寄る。


「うるせぇ、イアン。下の奴に舐められる訳にはいかねぇんだよ」


「……それは一理あるな。しかし、これで一件落着だろうか」


「……いや、まだだ。おい、大丈夫か? おまえ」


ヴィクターが、呆然と立ち尽くす少年に声を掛ける。


「……あっ! ……あ、ありがとうございます! で、でも、今日はあなたに助けられましたが、次はどうなるか……」


明るい表情でヴィクターに礼を言った少年だが、次第に暗い表情になっていく。

これからも、フリョウ達に暴行や使いっぱしりにされるのだろうと不安になっているのだ。


「その心配はねぇよ」


「……え? 」


ヴィクターの言葉に、少年は疑問の声を出す。


「さっき、こいつの胸ぐらを掴んだ時に、もうすんなよって言ったんだよ」


「……で、でも…」


それでもフリョウ達はやめないだろう。

少年の短い言葉には、そのような意味が込められていた。


「……まぁ、こいつらが俺との口約束を守る保証はねぇわなぁ……」


ヴィクターは、倒れ伏すフリョウ達w見回した。

その後、彼は少年に顔を向け――


「だが、問題ねぇな。次は俺を頼ればいいんだからよ」


と、微笑みながら言った。


「あ……あ、ありがとうございます! 」


感銘う受けたのか、少年はヴィクターに深々と頭を下げた。


「ほれ、これで一件落着だぜ、イアン」


「ふむ、なるほどな」


ヴィクターの言葉に、イアンは頷いた。


「よーしっ! じゃあ、帰っか……ん? こいつは…」


帰えるため、歩き出そうとしたヴィクターの視線が足元に向けられる。

そこには、紙袋が落ちていた。


「あ……それ、僕が買わされたやつです…」


「おまえが? ああ、確かあの時も紙袋を持ってたな……中、見てもいいか? 」


「……はい…」


少年の了承を得て、ヴィクターは紙袋を拾い上げ、中に入っていた物を取り出す。


「げっ!? こいつは……」


「……? なんだ、それは? 」


紙袋の中に入っていた物が顕になり、ヴィクターは驚愕し、イアンは首を傾げた。


「エロ本じゃねぇか! 自分で買いに行けよ!」


ヴィクターが、それを掲げながら声を上げた。

それは、エロ本と呼ばれる裸の女性の絵が掲載する本であった。

絵は実物のように精密で、白と黒の異種類の色で描かれている。


「エロ本? 女の絵が描かれた本……か」


イアンがヴィクターが持つ本を観察するように眺める。


「……良かったら、先輩に差し上げますよ…」


少年がヴィクターにそう言うと――


「いらねぇよ! もう持ってるわ、同じやつ」


と、ヴィクターは答えた。


「というか、エロ本を買う度胸はあるんだな、おまえ……」


「あはは……」


ヴィクターが呆れた表情をしながらそう言うと、少年は照れたように笑った。

その少年の笑顔は、今日一番の笑顔であった。



2017年12月29話 セリフ追加

「」 → 「そのいかつい顔にクリーンヒットだ! 」

文字が入っていない「」があったので追加。

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