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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
八章 都市探偵 ――奇怪事件と異様な骨董品――
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百八十七話 路地へ向かう少年

 昼を過ぎた数時間後。

ケージンギアの住宅街の一角に、イアンはいた。

彼は、家と家の隙間の前にしゃがみ、前方を見続けている。

家と家の隙間の幅は、人の拳が二つ入る程しかなく、先へ続く距離は長く、イアンのいる位置からでは、向こう側を見ることはできない。

ここに特別何かがあるわけでもない。

よく見かけるただの家と家の隙間である。

そんな所をじっと眺める人物は珍しく、道行く人々は、イアンを不思議な目で見ていた。


「……来たか…」


じっとしていたイアンの腰が持ち上がる。

その瞬間、隙間から何かが飛び出した。


「……! よし! 捕まえたぞ」


イアンはその何かを受け止め、逃がさないよう、両腕でしっかり抱きしめる。


「ニャオ~」


彼の腕の中にいるそれは、鳴き声を上げながら、ジタバタと暴れる。

飛び出してきたのは、猫であった。


「白い毛に……赤色の首輪と鈴……尻尾の先端だけが……黒い。この猫で間違いなさそうだ」


「おーい! イアーーン!! 猫捕まえたかーー!? 」


イアンが猫を腕の中にいる猫を見ていると、隙間の奥から、ヴィクターの声が聞こえた。


「ああ! 捕まえたぞーー!! 」


「そうかーー!! じゃあ、依頼主に返しに行くぞーー!! 」


イアンが隙間の奥に向かって叫ぶと、ヴィクターの声が返ってきた。

彼が家と家の隙間の前に立ち続けていたのは、ヴィクターが追い掛け回していた猫を捕まえるためであった。




 猫を捕まえたイアンとヴィクターは、猫を飼い主の元に届け、依頼報酬を受け取った。

依頼報酬は3000ディル。

基本的な猫探しの依頼報酬であり、ヴィクターのような学生が、一日のバイトで稼ぐお金としては無難な量である。


「しかし、ヴィクターよ。よく、あそこに猫がいると分かったな」


イアンが、隣を歩くヴィクターに訊ねた。

今、二人は探偵事務所へ帰る途中で、道の両脇を家々に挟まれるケージンギアの街路を歩いている。

あと二、三時間ほどで、夕方と言える時間になっており、人通りも多く、二人が人とすれ違う回数も増えていた。


「ん? ああ。俺、猫探しは、よくやってるから、猫がどこへ行ったかとかが大体分かるんだよ」


ヴィクターは平坦な口調で答えた。

彼は、イアンに感心されていることに気づいているが、得意げになることはない。

猫の居場所を特定することは、彼にとっては、何でもないようなことなのだ。


「今日みたいに一発で分かるのは、そんなになくて、あと二、三ヶ所回る予定だったぜ」


「ほう、いくつかの目星はあったのだな。参考になる」


イアンは、ヴィクターに関心し、コクコクと何度か頷いた。


「おう、けっこう役に立つぞ…………そういえば、イアンよぅ」


「何だ? 」


ヴィクターに名を呼ばれ、イアンは彼に顔を向ける。


「おまえが男っだって知った時、すんげぇ驚いたぜ。初めて会った時、俺は本当におまえが、女の子だと思ってたんだからよぅ。だから、早く男の服を買わねぇと周りの奴らに、いつまでも女だって思われちまうぜ」


「……そうだな。だが、男の服を着たところで、オレが男に見られることはないがな」


「いやいや、そういうんじゃあないだろ。男だから、男の服を着るっていう……何て言うかな? 当たり前……いや、普通のことだろ? 」


「それは、そうだが……む? ……さっき、何と言った? 驚いたと言った辺り……だろうか…」


イアンは、ふとヴィクターの言葉が気になるものがあった。


「あ? なんだっけか? うーん……」


ヴィクターは、自分が何を言ったか思い出そうと、思わず顔を真上に上げた。

すると、前を向いていなかったため、前方から歩いてきた人物に気づかず、ぶつけてしまう。


「う…わ……」


ヴィクターとぶつかってしまった人物は、予想打にしなかった衝撃を受け、石畳に尻餅を付いてしまう。


「うおっ!? 悪りぃ! 大丈夫か!? 」


ヴィクターは慌てて、体をぶつけてしまった人を助け起こした。

すると、彼は気づいた。


「ん? おまえ……俺の学校の一年か…」


助け起こした人物は、ヴィクターと同じ服を着る少年であった。


「あ! せ、先輩……でしたか…ぶつかってしまって、すみません…」


少年は、ヴィクターのネクタイを見ると顔を真っ青にし、頭を下げだした。


「お、おい、やめろって! 俺がよそ見をしてたんだから、おまえは悪くねぇよ」


ヴィクターは困った表情を浮かべ、少年に頭を上げるよう促す。


「……? はて、何故……すぐに分かったのだろうか…」


イアンは、ヴィクターと少年を不思議そうに見ているだけであった。


「俺の学校では、学年によって、ネクタイの色が違ってな。二年の俺が赤で、下の一年は青。つまり、こいつは俺の一個下なんだよ」


「おお、言われてみれば、色が違う。面白いな」


ヴィクターの説明に、イアンは納得して頷いた。


「って、そんなことを言ってる場合じゃなかった。おい、おまえ」


「は、はいっ! 」


ヴィクターに指を差され、飛び上がってしまうほど体を震わせる少年。

そんな少年の顔に、ヴィクターは自分の顔を近づけ――


「今のは俺が悪い。だから、おまえは謝るな。いいな? 」


少年と目を合わせながら、そう言った。


(その顔では、脅迫をしているみたいだな…)


ヴィクターの顔を見たイアンは、そう思った。

真剣に、少年に非がないと、分かってもらおうとしているヴィクターだが、今の彼の顔は――


「……! ……! 」


少年にとっては、恐ろしい形相であり、少年はただ頷くだけしかできなかった。


「よしよし、分かったか。じゃあ……ん? あれ、おまえが落としたやつか? 」


その時、ヴィクターは、少年の後方に紙袋が落ちていると気づいた。

紙袋の口は閉じられており、中に何が入っているか分からない。


「あ! す、すみません! 僕、これで失礼します! 」


少年は、慌てながら紙袋を拾い上げると、ヴィクターの横を通り抜けて走り去っていった。


「……どうやら、おまえの顔がよっぽど怖かったようだな」


イアンは、ヴィクターの側に近づき、そう声を掛けた。


「……」


ヴィクターは、イアンの呼びかけに答えることはなかった。

彼は、少年の走り去った方向を黙って見つめたままである。


「……どうしたのだ、ヴィクターよ」


「……あいつ……気になるな…」


口を開いたヴィクターは、イアンに返事をすることはなく、独り言を呟いた。


「気になる……とは? 」


「……分からん」


ようやく、イアンに対して言葉を返したかと思えば、ヴィクターの答えは、分からないの一言であった。


「だけど……何かあるぜ…たぶん。イアンよぅ、一応聞いておくけど、ついてくるか? 」


「……何かあると言うのでならば、付き合おう」


「分ったぜ。じゃあ、行くか! 」


ヴィクターとイアンは、走り出した。

彼らが向かう先は、少年の走り去った方向である。




 イアンとヴィクターが走り出して間もなく、二人の視界に少年の後ろ姿が見えた。

彼は、人通りの多い街路を真っ直ぐ走っていたが、ある場所でピタリと足を止めた。


「おっと。隠れるぜ、イアン」


「ああ」


ヴィクターとイアンは、側にある路地に身を隠した。

二人が路地に入った瞬間、少年はキョロキョロと周りを見回した後、彼は側にあった路地の中へ入っていった。

その様子をヴィクターとイアンは、路地から顔を出して見ていた。


「……挙動が怪しいな」


「ああ。こりゃ、追いかけて正解かもしれないぜ」


イアンの呟きに、ヴィクターは頷いた。


「ふむ……今、オレ達のいるここから、あいつを先回りできそうだが、どうする? 」


イアンは、路地の奥に目を向けながら言った。

今、二人のいる路地の途中には、少年が入っていった路地に繋がっていそうな道がある。

そこを通ろうと、イアンは提案していた。


「……いや、あいつの後を追おう」


しかし、ヴィクターはイアンの提案を拒否、路地を出て少年が入った路地へ向かう。


「何故だろうか? 」


ヴィクターの後ろを走るイアンが訊ねる。


「ここの住宅街の路地は、迷路だと思った方がいいぜ、イアン。思ったよりも、入り組んでて、どこに繋がってるのか分かんねぇからよ」


二人がいる一帯は、古い建家が多く並び立つ住宅街であった。

この住宅街ができた当時、町の景観や通行のしやすさ等を考慮する規定が定められていなかったため、多くの家々が乱雑に建築された。

さらに、多くの家を手早く建てるため、家の形状や装飾は統一されている。

この結果、入り組んだ路地と、代わり映えのない景色が続く迷宮が出来上がったのであった。


「ほれ、もうあいつが見えなっちまった」


ヴィクターが路地に入った時、少年の姿は見当たらなかった。


「……恐らく、そこのいずれかの道に入ったのだろう」


イアンはヴィクターの隣に立ち、前方に指を差す。

二人が立つ路地は、先が見えないほど長く、イアンが指を差した先である路地の右側には、複数の曲がり角が見えた。


「ふぅ…見失っちまったな……ま、そんだけで諦めはしないんだがよ! 」


ヴィクターは、停止していた足を再び走らせ、複数の曲がり角の一つを目指す。


「……ならば、オレはこっちの道に進むとしよう」


ヴィクターが、曲がり角の前に辿り着くと、イアンは、別の曲がり角の前に立った。


「あん? さっき、ここは迷路だと思えって言っただろ? 俺についてこいよ。土地勘の無ぇおまえが一人になると、迷っちまうぜ」


曲がり角に入っていこうとする足を止め、ヴィクターはイアンにそう言った。


「しかし、二手に分かれた方が探しやすいだろう。時間が惜しい、もう行くぞ」


「お、おい! 待てって! 」


イアンは、ヴィクターの制止を振り切り、別の曲がり角に入っていった。


「くそっ! 行っちまいやがったよ…………イアンが心配だけど、あいつの方が優先か……迷子になんなよ、イアン」


ヴィクターも、自分の前の曲がり角へ入り、速度を上げ、狭い路地を駆け抜ける。

これで、イアンとヴィクターは二手に分かれて、少年を探すことになった。







 狭い道が入り組んだ路地の中、少年は紙袋を抱えて歩いていた。

迷わず、路地を進んでいる少年だが、顔を俯かせ、怯えた表情を浮かべていた。

自分が向かう先には行きたくないが、行かねばならない。

これが、今の彼の心境であった。

複雑な心境を抱えながらも、少年は足は進んでいく。

そして、少年は辿り着いてしまった。

少年が辿り着いたのは、この古い住宅街には珍しい広い空き地であった。

そこは、建物に囲まれた場所であるものの、三百人ほどの人が集まれそうな広さがある。

その空き地の隅には、壊れた木箱等の廃材や細々としたゴミが散乱しており――


「遅ぇぞ! 」


中央には、少年に対して、怒鳴り声を上げる人物がいた。

その人物は、少年やヴィクターの着ているものと同じ服である学生服を着ており、ネクタイの色は青い。

そして、彼はフリョウと呼ばれる素行の悪い学生であった。


「何してんだ、てめぇ! リーダーを待たせんじゃあねぇよ! 」


「オラ、ぶん殴るぞ! 」


彼の周りには、多くのフリョウがおり、そのフリョウ達は彼のことをリーダーと呼び、彼らのネクタイも青色である。

彼等は、フリョウで徒党を組む、フリョウグループと呼ばれる集団であった。


「すみません! ちゃんと買ってきたんで、許してください! 」


少年は、慌ててフリョウリーダーの元へ向かい、紙袋を差し出した。


「けっ! 買ってくんのは、当たり前なんだよ! それでチャラに出来るわけがねぇだろうが! 」


フリョウリーダーは、少年から紙袋をひったくると、少年の頬を殴り飛ばした。


「うっ!? 」


殴られた少年は、後方へ倒れ込んでしまう。

その様子が面白かったのか、周りのフリョウ達が一斉に笑い声を上げる。


「ふん! こんあんじゃあ足りないぜ。お前達! 」


「「「へい! 」」」


フリョウリーダーがそう言うと、フリョウ達が少年の周りを囲むように並び立つ。


「あ……ううっ…」


少年は殴られた頬を手で抑えながら、怯えることしかできなかった。


「へへっ、お前が早く来ようが、こうなることは変わらなかったぜ」


「俺たちゃ、お前を殴りたくて仕方がねぇんだわ」


フリョウ達は、手の指をポキポキと鳴らしたり、肩を回したりする。

少年に暴行を加えるつもりであった。


「オウオウ! 一人相手にその人数かよ! 」


その時、少年が通ってきた路地の方から、声が聞こえた。


「あ? なんだ? 」


フリョウリーダーを始め、空き地にいる者達が空き地の入口に目を向けると――


「一年坊は、度胸がねぇのなぁ」


そこには、ヴィクターが立っていた。

彼は、勘で道を選びながら進み、無事少年の元へ辿り着けたのだ。


「あ? なんスか、先輩。こいつと知り合いなんスか? 」


フリョウリーダーが、ヴィクターを睨みつけながら訊ねる。


「いや、知らねぇ」


「はっ……なら、どっか行った方が良いですよ。さっき、先輩が言ったこと……聞かなかったことにしてあげるんで」


ヴィクターが答えると、フリョウリーダーはそう言った。

他のフリョウ達は、ヴィクターを睨みつけたり、ニヤついた笑みを浮かべる。

関われば、ヴィクターもただでは済まさないということであった。


「なんだそれ、忠告のつもりか? それとも、俺一人にビビって、早くどっかいてください……っていう懇願なのかぁ? 」


ヴィクターは、半笑いを浮かべてフリョウリーダーを見る。


「よく言った! てめぇ、先輩だからって容赦しねぇぞ! 」


フリョウリーダーがそう怒鳴り声を上げると、フリョウ達がヴィクターの周りを囲み出す。

フリョウに囲まれ、ヴィクターの逃げ道はなくなった。


「あ……ぼ、僕についてきたばっかりに……」


少年は、囲まれるヴィクターを見て、そう呟く。


「へへっ、いいねぇこの感じ。猫探しよりも断然いいぜ! 」


絶望する少年とは対象的に、ヴィクターは笑顔であった。


「猫探しだぁ? なんだテメェ」


フリョウの一人が、ヴィクターの言葉に反応した。


「俺か? 俺は探偵だ」


そのフリョウが、自分を何者であるか問いかけていると思い、ヴィクターは答えた。


「探偵……だと? 何を言ってやがるんだ、こいつ…」


そのフリョウは、片眉を上げて、ヴィクターを見る。

ただ反応しただけで、問いかけたわけではなかった。


「探偵はなぁ……悪い奴をやっつけんだよ。だから、俺は強いぜ! オラ、どっからでもかかってきな! 」


ヴィクターは、そう言うと拳を握って構える。

彼が思う探偵は、迷子の猫探しをする人ではなく、強盗等の悪党と戦う人物であった。




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