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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
八章 都市探偵 ――奇怪事件と異様な骨董品――
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百八十五話 少年とやる気の無い探偵

 イアンがイオの花売りを始めた日から二日後。

二人は再び花を売りに、タブレッサのケージンギアに来ていた。


「君が噂のナースだね? いやぁ、思ってたよりも可愛いねぇ~」


「……どうも…」


中年ほどの男性に褒められ、イアンは無表情で言葉を返す。


「どうぞ……」


「ありがとう。また来るね~」


花を受け取ると、男性はニコニコと微笑みながら、イアンの元から去っていった。

今の男性がイアンの前に並んでいた列の最後であった。

客がいなくなったことで、イアンに暇ができる。


「ありがとうございます。また、来てくださいねー! ……ふぅ、ちょっと休憩だね」


イアンの隣にいるイオも接客が終わり、一息つく。


「今日も絶好調だね。前よりたくさん持ってきたのに、もう無くなりそうだよ」


イオが荷車の中に目を向ける。

そこには、異なる種類の花が合計で十本あった。


「イアンさんが綺麗っていうのもあるんだろうけど、服の華やかさが大事なのかな? 」


イオはそう呟くと、自分の着ている服を見下ろした。

今の彼女の着ている服は、長袖の付いた白いシャツと紺色の長ズボンで、シャツの上に黒いエプロンをかけている。

いわゆる汚れてもいい服装であった。


「……地味……だよね。今更だけど、これは庭作業の服装であって、花を売る時の服装じゃないなぁ。次はもっと花売りらしい華やかやな服を着てこよう。うん、そうしよう! 」


イオは一通り喋り終えた後、決意が固まったかのように両手の拳を握り締めた。

その後、イオは隣のイアンに顔を向ける。


「イアンさんも、もっと花屋らしいナース服を着たほうがいいね! 今度、そんなのが無いか見に行こうよ! 」


「……別にナース服でなくても……というか、早く男物の服が着たい……」


イアンは、元気の無い声でイオに言葉を返した。

その時――


「きゃああああああ!! ひったくりよ! 」


遠くから、女性の悲鳴が聞こえた。


「……! 」


イアンが、悲鳴の聞こえた方向へ目を向けると――


「へへっ! ちょろいぜ! 」


黒い服装の男性が、革製のバッグを抱えて走っている姿が見えた。

その男性は、イアンの視界を横切り、駅の側の住宅街へ向かっていく。


「すまん、イオ。もしかしたら、戻ってくるのが遅くなるかもしれん。今日は一人で帰ってくれ」


イアンはそう言うと、荷車を飛び越え、男性の向かった方へ走り出す。


「分かったー! でも、気をつけてねー! 」


イオは走るイアンの背中に向かって、そう声を上げた。

走り去るイアンは手を振り、やがてイオの視界から姿を消した。





 両脇に家々が並び立つ道をイアンは通り抜けていく。

今は、人の往来が多くなった時間を越えており、道行くの人の姿は見当たらない。

イアンの目の前には、バッグを抱えて走る男性の背中があり、徐々に距離が縮まっていく。


「……こいつはこの国の中でも早い方なのだろうか。思ったより、遅かったな」


走りながら、イアンはそう呟いた。

イアンは走りに自身は無い。

そんな自分でも追いつける男性を目にして、自分の能力がこの国の中ではどのくらいなのかをイアンは気になったのだ。


「いや、今はそんなことはいいか……」


イアンは頭を軽く振り、余計な考えを捨て、走ることに集中する。


「げっ! この女、俺の後を追ってきていたのか! ちくしょう、ここで捕まる訳にはいかねぇぜ! 」


男性はイアンの存在に気づくと、走る速度を上げていく。


「くっ……」


イアンが苦悶の表情を浮かべる。

男性との距離がみるみる離されていくのだ。


(やはり、盗みを働く奴の足は速い。このままでは、見失ってしまう)


イアンの額から汗が滲み出し、後ろ向きな考えをしたせいか、走る速度も遅くなっていく。


「うおわあああああ!! やっべええええええ!! 」


その時、イアンと男性が向かう先に、大声を上げながら向かってくる少年が現れた。

少年は、白い半袖のシャツに濃い赤色のネクタイと黒いズボンを身につけていた。

慌てて身につけたのか、シャツのボタンはほとんど留めておらず、ネクタイは結び目が下の方にあり、だらしのないように見える。


「寝坊したあああああ!! 遅れるううううう!! 」


男性とイアンは眼中にないのか、奇声を上げながら走ってくる。


「けっ、学生か。いいよなぁ……働かないで良くてよぉ……」


少年を目にした男性はそう言うと、少年を避けるために横へズレる。


「……(せわ)しいようだが止む終えまい。おーい! そこの男を止めてくれー! 」


イアンは手を振りながら、少年にそう呼びかけた。


「ん? おおっ!? すごい美少女のナースが手を振りながら、俺の方へ走ってくる!? 寝坊して良かった! おーい! 」


すると、少年はイアンに気づき、手を振り返した。


「いや……前! オレの前を見ろ! 」


「前? ああ! 把握したぜ! 任せとけ! 」


イアンに手前を見るよう促され、少年はやっと男性の存在に気づいた。


「可愛い子の敵は俺の敵。歯ぁ食いしばれぇーっ! 」


少年は男性の前に立ちふさがると、右手を大きく振りかぶり――


ゴッ!


「ぶっがっ!? 」


男性の顔面を思いっきり殴り飛ばした。


「……! おっと」


イアンは吹き飛ばされた男性を屈んで躱し、足を止める。

振り返ると、男性が道の真ん中で仰向けになって伸びていた。


「……死んでないよな…」


殴られた男性の顔を見ながら、イアンはそう呟いた。


「お嬢さん、お怪我はありませんか? 」


そんなイアンの元に少年が片膝を石畳につけて跪く。

だらしのない身なりはいつの間にか整っていた。


「無い……少々、やり過ぎかと思うが、助かった」


「光栄です! いやあ、あなたのような、美少女のお役に立てて良かった! 」


少年は立ち上がると、イアンの側に寄っていく。

イアンはその少年を手で退けると、男性の元へ向かい、盗まれたバッグを手にとった。


「なかなか値が張りそうなバッグですね」


少年がイアンに近寄りながらそう呟く。


「ああ。取り返せて良かったよ。あとは、持ち主に返しに行くだけだな」


「持ち主? お嬢さんの……バッグじゃあなかったのかい? 」


少年は、僅かに目を見開く。

肩も若干下がっており、整っていた服装も乱れる。

彼はイアンを助けたと思っていたが、そうではないと分かり、がっかりしていた。


「そうだ。今のオレに、このような物を買う金は無い。取り返したことだし、持ち主を探すとしよう」


イアンは、元来た方へ体を歩き出した。


「…………あっ! お、俺も手伝うぜ! 」


少年はしばらく放心した後、我に返り、イアンに向かって走り出す。

イアンの元へ辿り着くと、少年はイアンの隣に並び立ち――


「俺、ヴェクター。君は? 」


自分の名を名乗ると共に、イアンの名前を訊ねてきた。


「……イアンだ」


イアンはヴィクターに顔を向けず、前を見ながら自分の名を口にした。


「へー、イアンちゃんって言うのかぁ。可愛い名前だね! 」


「……」


その後、ヴィクターがイアンに色々と訊ねてきたが、イアンが言葉を返すことはなかった。





 数十分後、イアンは駅の前に辿り着いた。

そこで、バッグを盗まれたという女性を探し出し、無事、元の持ち主に返すことができた。

この時には、イアンが盗人である男性を追いかけ始めてから一時間ほど経っており、駅の周辺にイオの姿は見当たらなかった。

先に帰ったのだろうとイアンは判断し、自分もファラワ村に帰るため、駅に向かって歩き出した。


「……イアンちゃん、どこ行くのー? 俺もついて行くぜー」


その後ろをヴィクターがついてくる。


「……帰るのだ。だから、もうついてくるな。というか、お前は急いでいたのではないのか? 」


イアンは振り返り、ヴィクターに訊ねた。


「あ……もういいや、今日は休むぜ」


「休むだと? いいのか……そんなので……」


イアンは、ヴィクターの態度に呆れた顔をする。


「いいよ、いいよ。まだ何とかなるし。そんなことより、イアンちゃん、今の時間で帰っちゃうのは勿体無いぜ。どこかに遊びに行こう」


「遊びに? その遊びとやらは、金が掛かるか? 悪いが、今のオレには金は無い。じゃあな」


イアンはそう言うと、踵を返して、駅の入口に向かう。


「待てって。俺、バイトして、ちょっと金あるからさ。少しぐらい奢ってやるぜ? 」


「……なに? 」


ヴィクターの言葉を耳にし、イアンは振り返った。


「お! やった、俺と遊んでくれるのかい? 」


「いや、そうではない。バイト……と言ったな、それは何だ? 」


イアンが食いついたのは、バイトという単語であった。


「バイト? 金を稼ぐ軽い仕事みたいなもんだよ。イアンちゃんはやったことはないのかい? 」


「……今、それに似たようなことをしている。そうか、ふむ……」


イアンは腕を組んで考え込んだ。


(はぁ……こういう女の子ってクールビューティって言うの? いいね、神秘的で)


その間、ヴィクターはそんなことを思っていた。

しばらくした後、イアンは顔を上げてヴィクターを見た。

その時が、初めてヴィクターの顔を意識して見た瞬間であった。

彼の髪は明るい茶色で短髪で、顔は案外整っている。

目の瞳の色は金色で、イアンはその目に視線を向ける。


「そのバイトで、何をしている? 」


「……探偵さ。基本は、客に依頼された物を探す……けど、依頼されたことはほとんどやる。だから、何でも屋って言った方がしっくり来るぜ」


イアンに訊ねられ、ヴィクターはそう答えた。


「何でも屋か……ヴィクターと言ったな? オレをおまえの勤め先に連れて行ってくれ」


「ちぇ、遊びに行くのはお預けか……で、何か依頼かい? 」


ヴィクターはイアンに、そう訊ねた。

今の彼の顔は、軟派な男のものではない。

ヴィクターの目は鋭く、口元は吊り上がってた。

その表情から、依頼を絶対に達成させる意思と自信が伝わってくるのをイアンは感じ取った。

しかし、今のイアンは、そんな彼を求めていない。

なぜなら――


「いや、違う。できれば、オレもそこで働かせてほしい……のだ」


イアンは、そちら側の人間(探偵)になろうとしていたからだ。





 イアンは、ヴィクターに連れられ、ケージンギアにある建物の前に来ていた。

そこはケージンギアの駅から、東へ数分歩いた距離にあった。

イアンが見上げるその建物は古く傷んでおり、周りに並び建つ建物は皆新しいものばかりで、余計に目立って見えた。


「ここの二階だぜ。ついてきな」


イアンはヴィクターの後をついていく。

建物の脇には階段があり、上の階へ続いている。

三階まで続いているが、二階で階段を登るのをやめ、二階の通路を進んでいく。


「よっと。オジさーん、入るぜー」


ヴィクターは、二階通路にあるドアの鍵を開け、中に入った。

イアンも彼に続く。

中に入ると、白い壁に挟まれた廊下がイアンの視界に映った。

ヴィクターは躊躇もなく、廊下を真っ直ぐ進み、突き当たりの側面にあったドアを開く。


「さ、入ってよ、イアンちゃん」


ヴィクターは開いたドアの前に立ち、先に部屋の中に入るようイアンに促す。

ヴィクターに従い、イアンが部屋の中に入ると、部屋の奥の机が目に入った。

否、イアンが目に入ったのは机ではなく、そこに突っ伏している人物であった。


「かっー……すぅー……」


近寄ったことで、イアンはその人物が男性であると分かった。

その男性は、寝息を立てている。

一時間ほどで昼になる頃、彼は未だに眠っているのだ。


「ああ、やっぱり寝てたか。オジさん、起きて。新しいバイトが来てるぜ」


イアンが呆然とその男性を見ていると、ヴィクターが男性に近づき、体を揺すり始める。


「ん……あれ? ヴィクターくん? 学校はどうしたんだい? 」


男性は体を揺すられながら、ヴィクターにす訊ねた。

彼は未だに突っ伏したままである。


「サボったよ。そんなことより、新しいバイトの娘を連れてきたぜ」


「そんなことって……君が学校に行かずに、ここにいると姉さんに知られたら、僕はぶっ飛ばされるんだけどねぇ……って、今、新しいバイトって言った? 」


男性はゆっくり顔を上げ、イアンの姿を視界に入れると、体を起こして姿勢を正した。


「え? すごい可愛いじゃん。しかも、ナース。どうやって、こんな人材を連れてきたの? 」


「そりゃあ、俺の話術を以て、連れてきたに決まってるでしょ」


男性とヴィクターはヒソヒソと、イアンに聞こえない声で話しだした。


「嘘だ~こんな可愛い子がヴィクターくんになびくわけないよ……っと、少し(ないが)ろにしすぎたね」


男性はヴィクターとのヒソヒソ話しをやめ、イアンに目を向けた。


「ようこそ、僕の探偵事務所へ。僕の名前は、ジグス・フォース。見て分かると思うけど、僕がこの探偵事務所の所長だよ」


男性――ジグス・フォースはイアンを見ながら、そう名乗った。

この時、一瞬だけ、このジグスという男は、イアンと目が合っていなかった。

その一瞬、彼がどこを見ていたか、イアンは知る由もない。




2016年7月4日――誤字修正

イアンさんが綺麗っていうのもあるあるんだろうけど → イアンさんが綺麗っていうのもあるんだろうけど

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