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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
八章 都市探偵 ――奇怪事件と異様な骨董品――
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百八十四話 花を売るナース

 昼、正午を過ぎた頃、イアンはイオに連れられ、花園近辺に建つ小屋に辿り着いた。

小屋の中には、スコップやジョウロ等の道具が置かれている。

この小屋は、花園に咲いている花のための園芸用品を置くための場所であった。


「どうぞ、座ってください」


イオがイアンに座るよう促す。

小屋の中央にテーブルがあり、その周りに二つの椅子が置かれていた。

二つの椅子は互いに向かいの位置にあるため、椅子に座ったイアンとイオは向かい合う形になる。


「すみません、少し窮屈ですよね……」


イオが苦笑いを浮かべる。

小屋の中の広さは、奥行と幅が共に手を広げた人が二人並んだほどである。

さらに、園芸用品がテーブルを囲うように置かれているため、余計に狭く思える。


「オレは気にならない。むしろ、懐かしく思えて心地いい」


周りをゆっくりと見回した後、イアンはそう言った。

冒険者になる前、イアンの家は小さな小屋であった。

この部屋の雰囲気が自分の家と似ているため、イアンにとっては落ち着く空間と言える。


「そうですか……それは、良かったです」


イオは、僅かに微笑みを浮かべた。


「えと…もう知っているようですが、改めて……私はイオ。花売りをやっています」


イオは胸に手を当て、自分の名と職を口にした。

その時、イアンは改めてイオを見る。

彼女の髪は、肩にかかるくらいの長さで、ふわりとした緩やかな波のように伸びている。

イアンが見ているのは、彼女の髪であった。

彼が見たサクラの花の色と、イオの髪の色が似ているため、イアンの目には、あの時のサクラが目の前にあるかのように見えるのだ。


「見た……ことはないが、その髪の色とサクラの花の色は、同じ色なのだろうな……」


イオの髪を見ていたイアンは、そう呟いた。


「え!? ま、まぁ、色は似ていると思う……けど、サクラの花の色の方が綺麗に見えますよ」


イオはイアンの視線から顔を逸らし、小さい声で言葉を返した。

その時、イアンの目に映る彼女の耳は、ほんのりと赤くなっていた。


「そうか? まぁいい。ところで、花売りをしていると言ったな? その手伝いをしたいのだが……」


「手伝い? あ…ああ、お話しというのは、そのことですか…」


イオは逸らしていた顔を前に戻した。


「どうして、私のお手伝いをやろうと? 」


「この国から出るため、船の料金を稼ぎたいのだ」


「そうですか……そういえば、イアン……さんは、何をしている人なんですか? 」


イオがイアンに訊ねる。

彼女は、イアンの素性が気になったのだ。


「元木こり……と言うのも、もはや言う必要はないか。オレは、冒険者をやっている。一応……」


「冒険者? 」


冒険者という言葉に、イオは首を傾げた。


「冒険者というのは、依頼人の依頼を受け、それを達成した報酬で生計を立てている。あと、その名の通り、冒険をする者のことだ」


「なんか良いですね、そういうの! 」


イオがイアンの説明を受け、感嘆の声を上げた。


「それで、一応って? 」


その後、イオはイアンに問いかけた。


「今のオレはただの漂流者……ということだ。この国で、オレが出来ることはない」


「はぁ……そんなことはないと思いますけどね…」


イアンの返答を聞いたイオの反応は薄い。

しかし、彼女は気休めではなく、本当に思っていることを口にしていた。


「で、手伝いはさせてもらえるだろうか? 」


イアンがイオにそう訊ねる。


「はい、特に問題はありません……でも、手伝い…ですか……」


イオは視線を上に上げた。


「イアンさんにお願いすることは、あんまり無いような気がします……」


「そうなのか?だが、これで収入を得ることができる。ありがとう、恩に着る」


イアンはイオに頭を下げた。


「あはは…大げさですよ。今日の仕事はありません。明日、タブレッサに花を売りに行くので、一緒に行きましょう」


「タブレッサ……確か、この国で一番でかい都市だったか…」


イアンは顔を上げ、視線を上に向ける。

タブレッサという町について、イアンはラストンから聞いていた。


「そうですね。あそこは一番人が多いので、花も売れるんです」


「そうか……分かった。明日から、よろしく頼む」


イアンは、イオに右手を差し出した。


「あ……こちらこそ、お願いします」


イオは、差し出されたイアンの手を握り、二人は握手をした。

こうして、イアンは花売りの少女イオの手伝いをすることになった。


「……気になることがあるんですが…」


握手をした状態のまま、イオがイアンに訊ねる。


「……? なんだ? 」


「男の人……なんですよね? どうして、そんな服を着ているんですか? 」


「……これしか着る服がないのだ……」


「あ…ああ、そうなんですか……可哀想に……」


「……」


イオに哀れな目で見られるイアンであった。





 ――次の日の朝。


イアンは、村の外れにあるイオの家に向かった。

そこで、イオと合流し、二人は村のとある場所を目指す。


「……やっぱり、その格好で来ましたか……」


その途中、イオがイアンを見て、僅かに顔を引きつらせる。


「……すまんな」


イアンは、自分は悪くないと思いつつ、とりあえず謝っておいた。

彼は今、多種多様の花が積まれた荷車を引きながら歩いている。

イオは、その荷車に花を積み、ファラワ村の外へ花を売っていた。

早速、イアンは彼女お手伝いを引き受けているのである。


「あ、いえ、イアンさんが謝ることはありません。はぁ…ラストンさんには困ったものですね」


イオはため息をついた。


「尊敬できる人なんですが、どうかと思う部分もあるんですよね、あの人。ラストンさんに、変なことはされませんでしたか? 」


「今、されている最中だな」


イアンが自分の服を摘む。


「他には? 」


イオに訊ねられ、イアンは腕を組んで考え込むが――


「……どれが変なことかがイマイチ分からんな」


イアンには、思い当たることはなかった。


「そうですね……例えば、変なところを触られたり…とか? 」


「変なところか……触られたところは変なところではなかったぞ? 」


「そうですか。いくら綺麗でも、流石に男の人には、べたべた触らないか」


イオはイアンから視線を外し、前を向く。


「……ただ、体を動かす運動をしている時に、やたらと体に触れてきたな」


「なっ!? やっぱり! イアンさん、もうラストンさんと二人っきりになるのはやめましょう! 危険です! 」


イオがイアンに詰め寄りながら、そう言った。


「う、うむ…」


イアンは、彼女の剣幕に圧され、頷くことしかできなかった。


「まったく、あの人は……あ、見えましたね。イアンさん、あれを見てください」


歩くイオは、前方に指を差した。

その先に見えたのは、幅の広い建物であった。


「なんだ? あれは」


イアンが疑問の声を口にする。

幅の広い建物の近くには、塔のようなものが建っていた。

その塔の上部には、滑車が取り付けらおり、どこから伸びているか分からないほど長いロープがかけられていた。


「やっぱり、初めて見ましたか。まず、私達が向かっているのは、駅というところです。そこで、ロープワゴンに乗って、タブレッサに行くんです」


「ロープ……ワゴン? 」


イアンが聞きなれない言葉に、首を傾げた。


「はい……あ、ちょうど来ましたね。あれがロープワゴンです」


イオはそう言うと、駅とは違う方向に指を差した。

そこには、車輪の付いた小屋のような建物が、駅と呼ばれた建物に向かって進んでいる。


「小屋が……動いている……どうなっているんだ? 」


「あれはですね……」


イオがイアンにロープワゴンの説明をする。

ロープワゴンとは、人や荷物を乗せる輸送車と呼ばれるもので、駅という施設で乗ることが出来る。

奥行きの長い小屋の形状をしており、窓の数は多い。

小屋の部分の下には車輪が付いており、敷かれたレールの上を走る。

しかし、車輪が付いているだけで、動くことはない。

ロープワゴンを動かしているのは、上部に伸ばされた長い縄である。

この縄は、ある方法によって常に動いており、これを小屋の上部に付けられた縄握器(じょうあくき)と呼ばれるもので掴むことによって、ロープワゴンは前に進むことが出来る。

このロープワゴンの縄は、都市タブレッサを中心にリサジニア共和国のあらゆる場所に張り巡らされ、この国の人々にとって無くてはならない足となっている。

都市タブレッサを起点に、四方向に縄が伸びており、このファラワ村の駅は、南方線の終点であった。


「ほう、便利なものだな。フォーン王国にもあれば、もっと楽ができていたか……」


イオの説明を聞き、イアンは思わずそう呟いた。


「難しいんじゃないか……すみません。難しいと思いますよ。この国には、魔物がいないから、ああいった物が作れるんです」


イオが、イアンの呟きに答える。

話している途中、彼女は何かを言い間違えたようで、言い直していた。


「……オレに対して、丁寧な言葉で話さなくてもいいぞ」


イアンはイオにそう言った。

言い直したイオを見て、彼は今のままだと喋りづらいだろうと思っていた。


「あー……イアンさんは年上……でしょうから、丁寧なほうがいいかな……と」


「いや、気にするな。オレは相手が年上でも、丁寧な喋り方はしていないぞ」


自覚はあるイアンであった。


「…………分かった。でも、イアンさんの呼び方は変えないよ」


イオは丁寧な話し方をやめた。

すると、堅かった表情も柔らかいものへと変化する。


「うむ。オレの呼び方は好きにしてくれ」


イアンは頷いた。

今のイオの話し方や態度に違和感はなく、イアンはこれが本来の彼女であると認識した。


「うん! で、言いたいことがあるの」


「なんだ? 」


イアンは、イオに耳を傾ける。


「やっぱり、その服は、花売りをする人にとってナンセンスだと思うな。なんで、ナースが花を売っているの? って、お客さんに変な目で見られるかも。いや、

確実に見られる」


「うむ……」


「でも、その状況が変であって、イアンさんにその服が似合っていないわけじゃない。むしろ似合いすぎ! 男の子にしておくのが勿体無いよね」


「う、うむ……そうは思えない……な」


「もっと似合う服があるかも! 白いワンピースとかどうかな? いや、黒も似合うよね…フリフリの……ドレスみたいな感じ。ねぇ、イアンさん。イアンさんはどう思う? 」


「……さ、さあ? 」


イオに詰め寄られ、イアンはたじろいだ。

彼女は、よく喋る少女であった。





 イアンとイオは、駅に着いた後、ロープワゴンに乗った。

そこからロープワゴンに揺られること一時間半、二人はタブレッサに辿り着いた。

二人は、タブレッサにあるケージンギアと呼ばれる区画の駅で降りた。

タブレッサという町は広大で、いくつかの区画に分けられている。

ケージンギアは、タブレッサの最南端の区画であった。

そこは、タブレッサの住む中流階級の家庭が集中する住宅街である。

今の時間は、この国の国民達が勤め先に向かう時間であり、駅に向かう人の数は多かった。


「すごい数だな……」


駅に入っていく人の群れを見ながら、イアンは駅の側に荷車を置いた。


「今は人がこの駅に集まる時間だからね。でも、中心区画のセンタブリルの方が人は多いよ」


荷車に積まれた花を綺麗に並べながら、イオが言った。


「そうなのか? しかし、人の数にも驚いたが、この町並も……すごいな」


イアンは周りを見回す。

周りに建つ建物は皆、背の高い建物ばかりであった。

目を引くものは建物だけではない。

地面に敷かれた石畳も綺麗に並べられており、見るもの全てがイアンにとって衝撃的なものであった。


「うん、すごいよね。でも、私は緑の多いファラワ村の方が好きだなぁ」


都市の町並みに驚くイアンに、イオはそう呟いた。


「さて、準備もできたし、始めよっか」


「ああ。精一杯手伝うとしよう」


二人は、道行く人々に声を掛け、花売りとしての仕事を始めた。




 ――数時間後。


昼の時間となった今、二人はロープワゴンに乗り、ファラワ村を目指していた。


「むむむ……まさか、イアンさん目当てで花を買う人が急増するとは……」


ロープワゴンの中にある長椅子に腰掛け、腕を組むイオ。

彼女の側に置いてある荷車には、何も積まれていなかった。

つまり、完売したのである。

イオはその原因であろう隣に座るイアンに目を向ける。


「花売りとしては、ナンセンスですが、お客さんにはウケたね。花を売るナース…って」


「……そうだったな」


イアンの表情は暗い。

彼の元に来る客は男性客ばかりで、この数時間、可愛いや綺麗といった言葉を浴びせられていた。

今のイアンの精神はボロボロである。


「あ、そうか。普段は花に興味の無い男の人にも、花の良さを知ることができるチャンスかも! イアンさん、しばらくはその服のままでお願い」


「あ……うむ……おまえもこの服を着ろというのだな……」


イオに止めを刺され、イアンはがっくりと項垂れた。


「……イオはどうして、花売りをしているのだ」


項垂れた状態のまま、イアンがイオに訊ねる。

ふと、彼女が何故、花売りをしているか気になったのだ。


「私、花が好きなの。綺麗で、可愛くて、いい匂いがして、見ていると幸せな気持ちになれる……みんなにも花を見て、幸せになってもらえたら……ってね」


イオはそう言うと、はにかんだ笑顔をイアンに見せる。


「あ、改めて言うと、なんか恥ずかしい! イアンさん、あっち向いて! 顔を見ないで! 」


イオの頬は赤く染まりだした。

その顔を見られまいと手を伸ばして、イアンの顔を強引に逸らす。


「うぐっ……見ないから、手をどけてくれ」


イアンは、そう訴えたが、しばらくの間、顔を逸らされ続けた。

その後、ファラワ村に着くと、イアンはイオの家まで荷車を運び、ラストンの診療所へ向かった。

イアンがこの国で過ごした日々の中で、この日は数少ない平和な日と言える。


「ふわぁ……」


そのことをイアンは知る由もなく、診療所へ向かう途中にイアンは呑気にあくびをした。





2016年7月20年 文章修正

      元木こり……と言うのも、もはや必要はないか。 → 元木こり……と言うのも、もはや言う必要はないか。

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