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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
七章 多様の使い手
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百七十九話 騎士

 夜が明け、日が真上を通過したばかりの頃。

アントワーヌは、ラファント領西部にある村にいた。

彼女は今、その村で医者を営む中年男性の家で椅子に座り、ベッドで眠るイアンの顔を見つめていた。

眠るイアンの顔からは苦痛の色は消え、安らかな表情で寝息を立てている。

イアンは一命を取り留めたのだ。

腹に矢を受けてから時間が経ち、多く血を流したことにより、際どい状況であったが、中年男性の治療によって、死の瀬戸際から生還したのである。

治療がうまくいき、イアンが助かったことを中年男性から知らされた時、アントワーヌは再び涙を流した。

今、その涙は止まり、アントワーヌは神妙な顔つきで、イアンの顔をじっとしたまま動かない。


「入るぞ」


アントワーヌとイアンのいる部屋に、中年男性が入ってくる。

彼は、椅子に座るアントワーヌの隣に立ち――


「さっき、行商から話しを聞いた。近くの村に、騎士共が来ていたそうだ。よく分からんが、誰かを探しているらしい……」


と、アントワーヌに声を掛けた。


「……」


アントワーヌは顔をイアンに向けたまま、口を開くことはなかった。

中年男性は、そんなアントワーヌに構わず、口を開く。


「おれは事情を知らん……何もするつもりはない」


「…………そうか…」


しばらくした後、アントワーヌはそう答えた。

彼女は椅子から立ち上がり、部屋のドアに向かって歩き出す。


「どこに行くんだ? 」


アントワーヌがドアに手を掛けたところで、中年男性が訊ねる。


「……俺は、嫌な奴だったのだろうか…」


「…ああ、一目で分かったよ」


「ははっ…はっきり言ってくれる……そうさ、そうなんだろうよ…」


中年男性の返答に、アントワーヌは自嘲気味に笑った。


「ずっと考えていたんだ……そいつが何故、俺を助けに来たかを……」


「なんか分かったのか? 」


「分からん。だが、こんな俺を助けに来たそいつが尊い…というのか……そんな人間であることが分かったよ」


「ふぅん……それで、どこに行くんだ? 」


「ここからだと、あの石橋が近いか……そこへ行き、何故、俺の命を狙いに来るか……それを騎士達(やつら)に問いただしてくる。そいつ……イアンが起きたら、自分の国に帰るよう言っておいてくれ」


アントワーヌはそう言うと、ドアを開ける。


「待てよ! 」


部屋から出ようとしたアントワーヌだが、中年男性に腕を掴まれ足を止める。


「勝手な奴だな。そこのイアンに、おまえは救われたんだろ? せっかく、拾われた命を捨てに行くのか? 」


前を向いたままのアントワーヌに、中年男性はそう言った。

中年男性は、先ほどのアントワーヌの言葉を聞いて、彼女が何をしようとしているのかを察していた。

故に、こうして引き止めようとしている。


「ふ……狙われているのは俺だけ……共にいると、イアンも狙われてしまう。あと、村に騎士が来られたら、イアンも疑われてしまうかもな……なに、ここでイアンと別れるだけだ。死ぬつもりはない…」


「……何もするつもりはないと言った。お嬢ちゃん達を進んで引き渡すつもりはない。悪いことは言わねぇ…まだ、ここにいろ。騎士共が来たら、逃げればいいじゃねぇか」


「イアンが起きるまで……か。それはできんな」


アントワーヌはそう言うと、中年男性に顔を向けた。


「……! 」


アントワーヌの顔をを見た中年男性の目が見開く。

彼女は、いつもの不敵な笑みを浮かべいるわけでもなく、今の状況を嘆くような苦痛な表情もしていない。

ただ微笑んでいるだけであった。


「俺がイアンと共にいる資格はない。守られるべきは俺ではなく、イアンなんだ」


その声色も普段とは違い、優しいものである。


「イアンには、返しきれない恩がある。それは、俺が何をしようと返しきれるものではないが、少しだけ返すことができるかもしれん」


アントワーヌは、中年男性の腕を優しく振り払った。


「……その顔で……そんなことを言うなよ……」


中年男性はアントワーヌを止めることができなかった。


「これより、俺はあなたの嫌いな騎士となる。もう止めてくれるな……」


アントワーヌは、中年男性とイアンの方に顔を向け、左腕を上げる。

彼女の左腕についた盾が、彼らに向けられた。


「アントワーヌ・ルーリスティ改め、オルヤール家が当主…アントワーヌ・オルヤール。大恩あるイアン・ソマフ殿のため、オルヤール家の騎士として、我が身を捧げ、必ずや貴殿を守りぬくことをここに誓う……」


そう言った後、アントワーヌは――


「さらばだ! 」


と、不敵な笑みを浮かべ、踵を返した。

以降、彼女は決して振り返ることなく、中年男性の家を後にした。


「……本当、嫌な奴だよ……くそっ……」


視界からアントワーヌの背中が消えた後、中年男性は力なく、部屋の壁にもたれかかった。





時が経ち、日が沈み始めた頃。

ここ、ラファント領西部にある村の家々に、仕事を終えた人々が次々と帰り始める。

結局、この村に騎士が来ることはなかった。

別の村にいったのか、別の日に来るのか、理由は誰にも分からない。

ただ、今日この日、この村に来なかったことが結果として残った。


「……む……ううっ…」


顔を窓から射す夕焼けの光に照らされ、イアンが眠りから目覚める。

見知らぬ場所にいることが気になったがイアンはまず――


「アントワーヌ……」


アントワーヌの名を口にした。


「……ぐっ…」


イアンが体を起こそうとした時、腹に激痛が走ったのを彼は感じた。


「お前さんは、腹を怪我している。あんまり動くなよ」


男の声が聞こえ、その声が聞こえた方にイアンが顔を向けると、そこには中年男性の姿があった。

彼はイアンのいるベッドの前に来る。


「しばらく安静にしとけ。金は……貰っている…」


中年男性は、イアンに顔を背けながらそう言った。


「……オレと共に、黒い髪の女がいなかったか? 」


イアンが中年男性に訊ねた。


「アントワーヌとかいう奴のことか? 出て行っちまったよ。お前を置いてな」


中年男性は吐き捨てるように、そう答えた。


「そうか……ぐっ…う…」


イアンは、中年男性の返答を耳にすると、体を起こして、ベッドから下りようとする。


「……!? 馬鹿! 安静にしろって言っただろ! 」


中年男性が慌てて、イアンを止めにかかる。


「すまん……行かせてくれ…」


中年男性に止められてもなお、イアンは前に進もうとしていた。


「なんだってんだ! どいつもこいつも! 」


進もうとするイアンを止めながら、中年男性は吐き捨てるようにそう呟いた後――


「あいつの言葉を代弁するぜ。なんで、あいつを助けようとする? あんな奴、助けても何にもならんだろ! 」


と、イアンに言い聞かせるように言った。


「……ああ、何にもならんな」


中年男性の言葉に、イアンはそう答えた。

しかし、その言葉とは裏腹に、イアンは体を止めることはなかった。


「何にもならんが、行かねばならない」


「それの理由を聞いてんだよ! 」


「理由か? それは、頼まれたことと、今のオレは、あいつの騎士だからだ」


「……それだけの理由で、自分(てめぇ)が死にそうな目に遭っても助けに行くってのかよ……」


イアンを止める中年男性の手が弱まる。


「ああ……理由はこれだけで充分だろう。あと、行かなければ、後悔するのだ……オレがな」


「……」


中年男性は、とうとう腕を下ろし、イアンを止めることをやめた。


「はぁ……勝手にしな。もう止めねぇよ……」


中年男性はそう言うと、部屋を出ていった。


「……」


イアンは中年男性がいなくなったことで、前に進み出す。


「……あ…」


家のドアに手をかけたとき、イアンは気づいた。

自分の腰にホルダーが無いのだ。


「ほれ、こいつを探してんだろ」


そこへ、中年男性が別の部屋から現れる。

彼の手には、戦斧二丁と鎖斧が取り付けられたホルダーと、何かの液体が入ったビンが持たれていた。


「すまない、助かる」


イアンは、中年男性から受け取ったホルダーを腰に付けた。


「そのビンはなんだ? 」


イアンは、中年男性の持つビンを見ながら問いかけた。


「痛み止めだ。これを飲めば一晩は、その腹の傷の痛みを感じなくなる」


「それは有難い……」


イアンが中年男性の手から、ビンを受け取ろうとするが――


「待て。話は終わってない」


中年男性はビンを高く上げ、イアンの届かない位置に持っていく。


「痛みを感じないだけで、激しく動けば、傷が開いちまう。お前さんの傷は完全に癒えていない。それだけは、勘違いするなよ」


「……ああ、分かった」


イアンの返事を聞くと、中年男性はビンを下ろす。

今度こそ、中年男性からビンを受け取ると、イアンは一気にビンの中の液体を口の中に入れた。


「……あいつは、石橋……タージステン大橋か。そこに行くと言っていたな」


「ふぅ……石橋? どこだ、それは? 」


液体を飲み終えたイアンは、中年男性に訊ねた。


「あん? 知らないのか。タージステン大橋は、カレッド領とラファント領を繋ぐでけぇ石橋のことさ。この村から南西を目指せば行けるだろう」


「石橋……ああ、確か通った気がするな…」


「そうか。一度通ったのなら、迷う心配はないな。行ってこい、イアン……だったか。あのお嬢ちゃんは、お前さんのために死ぬつもりだぜ」


「ああ、止めてくる。傷を治してくれたこと、感謝する。また、いずれ会おう」


イアンは、中年男性に背を向け、彼の家を後にした。


「……ふん! 今度は患者じゃなくて、客人として来いよ…馬鹿共……」


開いた家のドアから、走り去るイアンの背中を見届けた後、中年男性はゆっくりとドアを閉めていった。






 ――夜。


カレッド領とラファント領を結ぶタージステン大橋。

二つの領堺にある湾を横切るように架けられたその石橋は、カレッド領とラファント領を行き来するのに古くから利用されている。

普段は昼に活気があり、夜は人通りが少なく、湾の岩場に波が打ち付けられる音だけしか聞こえないほど静かである。

しかし、今日は違った。


「「「うおおおお!! 」」」


この日は、大勢の騎士の雄叫びと――


キンッ! カンッ!


剣戟が鳴り響く音で、タージステン大橋は包まれていた。

彼らは、カレッド領とラファント領の騎士で入り混じっており、大橋の真ん中で一人の少女を取り囲んでいた。


「はあっ! 」


ズバッ!


「ぐっ……! 」


「あっ……! 」


少女の振り払った剣により、複数の騎士が切り裂かれ、大橋の石煉瓦の上に横たわる。

その少女は、アントワーヌであった。


「ふっ……どうした? 雑魚ばかりで、手応えがないぞ」


彼女は、手にした緑色の柄の剣に付いた血を払いながら、騎士達に向けてそう言った。

アントワーヌがこの大橋に辿り着き、騎士達と戦い始めたのは、夕方に頃。

ちょうど、イアンが目を覚ましたばかりの頃である。

その時から、アントワーヌは戦い続けていた。

騎士を倒し続けるアントワーヌだが、ここの騎士を殲滅するのが彼女の目的ではない。


(もう夜か……イアンは目覚め、今は船の上にいるのだろうか……)


アントワーヌは南西の方角に顔を向け、海に浮かぶ船を想像した。

その船には、イアンが乗っている。

彼女の目的は、イアンを逃がすためであった。

こうして、自分が騒ぐことで、騎士達の注意を引き、イアンが国外(そと)へ出やすくするためである。

従って、アントワーヌは今すべきことは、一秒でも長く、ここで戦い続けることであった。


「はぁ…はぁ…くっ…ふふっ…」


アントワーヌは不敵な笑みを浮かべ、息が切れ始めていることを相手に隠す。

彼女の戦いに引き際は無い。


「さあ……俺の次の相手はどいつだ!? まとめてかかって来ても構わんぞ? 」


アントワーヌはここで、死ぬつもりであった。


「くっ……小娘一人に……」


「もう奴の体力は底を尽きるはずだ。誰か早く行けよ」


多勢である騎士達であるが、アントワーヌの剣の強さに手も足も出ない状況であった。


(……こいつら、何か違うな。騎士の格好をしているが、騎士の風格が感じられない…)


アントワーヌは、動かなくなった騎士達を見つめる


(俺を殺そうとすることといい、何が目的だ? )


彼女は、ここで死ぬと決めてもなお、敵に疑問を感じ、それが何なのかを考えていた。


(死にきれん……ということもないが、気になるな……む? )


その時、馬の蹄が石橋の石煉瓦を叩く音が聞こえた。

その音はする方向――カレッドの方角に目を向けると、ぞろぞろと騎士達が道を開けるように、大橋の隅にずれていく。

彼らが道を開けて、現れたのは、馬に乗る騎士であった。


「ようやく真打登場というわけか…」


アントワーヌは、馬に乗る騎士に向けて、剣の切っ先を向けるが――


「……あ……おまえは…」


その騎士の姿を確認すると、アントワーヌは剣を下に下ろした。


「ユニス! 」


アントワーヌがその騎士の名を呼ぶ。

馬に乗って現れたのは、ユニスであった。

アントワーヌが気づくのに遅れたのは、ユニスが顔を伏せていたからである。

ユニスの乗る馬は、アントワーヌの目の前で止まった。


「良かった。おまえは無事で――」


アントワーヌがユニスに声を掛けた時、ユニスはアントワーヌの方へ倒れだした。


「うっ!? 」


倒れてきたユニスに押され、アントワーヌは彼女と共に、石煉瓦の上に倒れ込んでしまう。


「くっ…おい! 大丈夫か? どこか怪我でもしているのか? 」


上体を起こし、ユニスに声を駆ける。

しかし、ユニスは返事をせず、ぐったりとしているだけであった。


「おい……本当に大丈夫か――」


様子がおかしいと思い、ユニスの顔を見た時――


「うっ、うわあああああああああ!! 」


アントワーヌは絶叫し、慌ててユニスから離れた。


「はぁ…はぁ…ぐっ……何で……おまえ……」


絶叫したことで、アントワーヌの呼吸は乱れ、声を出すのが困難になる。


「う……ううっ……何で、おまえが死んでるんだよおおおお!! 」


アントワーヌは石煉瓦に膝をついた状態で、再び絶叫した。


「ヒヒーン! 」


アントワーヌの絶叫に驚いたのか、ユニスを運んでいた馬が走り去る。

馬に乗り、アントワーヌの元へやってきたのは、ユニスの死体であった。

その時、アントワーヌの目からは涙が溢れ出していた。

それは友が死んだ悲しみによるものでもあったが、一番の理由はユニスの顔である。

ユニスの顔は、歪んでいたのだ。

眠っているような死に顔でも、もう動かないことを象徴する無表情な死に顔でもない。

ユニスの死に顔はまるで、死に際の絶叫が聞こえるような、悲惨な表情をしていた。


「あ、ああっ……どうして……こんなひどいことができるっ……! 」


アントワーヌは、ユニスの死体に近寄り、騎士達()に囲まれているにも関わらず、彼女の亡骸を抱いて泣き崩れた。

ユニスの死に顔を見たアントワーヌは、絶叫の顔をしたまま死んだ彼女の死に方があまりにも残酷で、涙を流したのであった。


「あっはははははは!! ユニスの死体を残しといて正解だったわ! 」


その時、タージステン大橋に、女性の笑い声が響いた。


「お前はもっと冷たい奴だと思っていたけれど……最っ高の反応をしてくれるじゃない! ねぇ、アントワーヌ」


女性の声が自分の名を呼んだため、アントワーヌは顔を上げた。


「……!? そ、そんな……」


そして、アントワーヌの表情は絶望の色に染まる。


「何で……何で、そんなことを言うんだよ……ファイゼリア……」


そこにいたのは、赤色の髪を持つダークエルフ――フェイゼリアであった。

彼女がアントワーヌの前に現れたことで、道を開けていた騎士達が元の位置に戻り、再びアントワーヌを取り囲む。

ファイゼリアは彼らの前に立っており、騎士達を従えているように見えた。






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