十七話 ルガ大森林 2
――昼。
普段なら、昼食を取るため休憩をする時間帯であるが、イアン達は、ルガ大森林を進んでいる。
大森林の中だから安息の場所が見つからないわけではない、彼らが昼食の時間を無くしてまで進む理由は別にあった。
――数刻前。
中年冒険者が何かを見つけた瞬間、大森林を急いで抜けるよう言い出した。
その何かとは、ブルーベアの死体だった。
ブルーベアは、三メートルを越える大型の魔物だ。
討伐依頼が出されると、一匹に対して、Dランク冒険者三人を要求される。
その魔物の死体があったわけだが、その死に方が問題だった。
ブルーベアの死体は、上半身と下半身の真っ二つに切断されていた。
切断面から滴り落ちる真っ赤な血を見るに、殺られてからそんなに時間が経っていないことがわかる。
中年冒険者は、この魔物を真っ二つに出来る存在を知っていた。
しかし、その存在は、この時間帯には活動しない魔物であった。
その魔物と遭遇しないようイアン達は早足で大森林を抜けるようことにした。
現在、イアン達は、タトウが乗る馬車を中心にして、前方をプリュディスとその後ろにガゼル、右側面をロロット、左側面をイアン、そして後方に中年冒険者という配置の陣形を組んでいた。
イアンが後方にいる中年冒険者に訊ねる。
「そいつは、どんな魔物なんだ? 」
「でけぇ虫の魔物で、硬い甲殻と尻尾にハサミを持っていやがる。そいつで、ブルーベアを真っ二つにしたんだろう」
「そうか。見つけたら知らせる」
「見つかんねぇほうがいいけどな」
言葉を返す中年冒険者の顔の真剣であった。
イアンと中年冒険者の会話の後、誰も言葉を発することなく大森林を進んだ。
その間に魔物と遭遇することは無く、おかげで軽快に進むことができた。
しかし、大森林を出る兆しは、まだ見えなかった。
「そろそろ外が見える頃だと思うが…」
陣形の後方で、中年冒険者は呟いた。
「うーん。まだ何も見えないべ。木なら沢山見えるべが」
前方にいるプリュディスが目を凝らながら言った。
「木だけか…しばらく魔物も見てないな」
そう呟いたイアンは頭上を仰ぐ。
「いやぁ、ありがたいですな」
タトウが朗らかに言う。
すると、ガゼルの頭の中で疑問が生まれ、それを口にする。
「おかしくないですか? 何故、一体も現れないのでしょうか」
ガゼルの問いに、答えを返す者はいなかった。
そして、返ってきたのは――
「避けろ! ガゼル! 」
イアンの叫びと衝撃だった。
ガゼルは自分の身に起きた状況を確認する。
イアンに突き飛ばされたガゼルは、地面に倒れていた。
体を起こすと、さっき自分がいた場所に大量の土煙が立ち込めていた。
土煙が晴れるとそこには、タトウの馬車よりも巨大な魔物が佇んでいた。
その魔物の体はムカデのように長く、背中は黒い甲殻に覆われ、尾の先端は巨大なハサミとなっていた。
振り上げたそのハサミに、プリュディスとイアンが捕まっていた。
「イアンさん! プリュディスさん! 」
「待て、小僧! おめぇの魔法でも奴には効かねぇ」
彼らを助けようと駆け出すガゼルだが、襟を中年冒険者に掴まれる。
一方の片手には、「アニキ! アニキ! 」と喚くロロットの襟が掴まていた。
「いいか、よく聞け。タトウを連れてこのまま進むぞ」
「そんな! イアンさん達を見捨てるつもりですか! 」
中年冒険者の言葉に激昂するガゼル。
「違う。 見捨てるんじゃねぇ」
ガゼルは、自分の目を見据える中年冒険者に何も言い返せなかった。
視線を逸らそうとしても逸らせなかった。
彼の目が本気だったからだ。
「いいか、タトウを連れて外に出ろ。ファトム山のふもとには、魔物も少ない」
「…今、僕達がやっているのは護衛依頼。依頼人を第一に守れってことですか 」
頭が少し冷えたガゼルは神妙な面持ちで答えた。
「そうだ。隙を作るから、しっかりな。後から追う」
「……はい」
ガゼルは頷いた。その顔は、苦渋に満ちていた。
そして、ロロットをガゼルに押し付けると、中年冒険者は剣を抜いて、魔物に向かった。
中年冒険者の剣と魔物と激突し、その隙に、タトウが手綱を巧みに操り、馬車でこちらに向かってくる。
「行きましょう。きっと、彼らも後から追いついてきます」
「はい、わかってます。依頼は絶対にやり遂げます」
ガゼルは、ロロットを小脇に抱えると馬車に並んで走り出した。
「アニキ! アニキ! 離せえええええ!! 」
「イアンさんなら大丈夫です。後から来てくれます」
ガゼルは自分にも言い聞かせるように言った。
それでも、ロロットがジタバタと暴れるが、今はそれに耐える。
「今の僕には、これしか出来ないのだから……」
「……ガゼル達は、先に行ったようだな」
「ああ~きついっぺ~」
イアンとプリュディスは、魔物のハサミに鋏まれるのを耐えていた。
頭上から、落ちてくる魔物のハサミに鋏まれる瞬間、イアンとプリュディスはそれぞれの武器を出し、背中合わせでハサミの刃を受け止めていた。
しかし、即死を免れただけで、結局は身動きが取れず、ハサミに潰されるのを耐えているのであった。
「どうにか抜ける手段はないだろうか」
「考えてる余裕がないべ」
ハサミが徐々に閉じていく。
一瞬でも気を緩めば、ハサミが完全に閉じ、二人共真っ二つに切断されてしまうだろう。
イアンがどうしたものかと思案していると、魔物と戦っていた中年冒険者と目が合う。
「俺たちは先に行く。その……すまねぇ! 」
中年冒険者は目を伏せてそう言うと、ガゼル達が向かった方向へ走り出した。
「危険な旅だってわかってたべ。こうなることも覚悟してた。謝る必要は無いべ」
走り去る背中を見届けながら、プリュディスは呟いた。
「最悪の選択をしたと思っているのだろうな。気にしなくていいのだがな」
「おお? 何か余裕のある言い方だべな……まさか、おめぇ! 」
「ああ、思いついた。こいつを倒す策を」
イアンは、周りに生い茂る木々の一点をを見つめながら言った。