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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
七章 多様の使い手
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百七十八話 駆けつけた風前の灯

 暗闇の中をふらふらとおぼつかない足取りでアントワーヌは歩いていた。

彼女はラファント領から出ておらず、ラファント西部の草原をあてもなく歩いているだけであった。

騎士全員が敵であると知り、どこに行っても無駄であると考えたのだ。


「俺は……死ねない。オルヤール家を復活させるまで……生き延びなければ…」


彷徨うアントワーヌであるが、生きることは諦めていなかった。

しかし、度重なる騎士の襲撃により、アントワーヌの体と精神は限界を迎えようとしていた。


「アントワーヌ・ルーリスティだな…」


彼女の前方に何人目かの騎士が現れる。


「……」


アントワーヌはその騎士に何も答えない。

ただ、光の消えかかった目で見つめるだけであった。


「ここで死ね」


騎士は剣を構え、アントワーヌ目掛けて走り始めた。


キンッ!


ドスッ!


アントワーヌは振り下ろされた剣を弾き、騎士の体を長槍で貫いた。


「ぐふっ……ははっ…」


騎士は体を貫かれたにも関わらず、笑っていた。


「もらった! 」


その時、アントワーヌは自分の後方から男の声を耳にした。

声の主は、彼女の後方で矢を番えた弓の弦を引き絞る騎士。

彼らは、アントワーヌの前方と後方から挟撃を仕掛けていたのだ。


ヒュッ! ヒュッ! ヒュッ!


数本の矢が放たれ、アントワーヌの背中に目掛けて飛んでいく。


「……!? 」


アントワーヌは反応が遅れ、振り返ることしかできなかった。


キンッ! キンッ! ドスッ!


しかし、アントワーヌに矢が当たることはなかった。

一瞬、彼女の前で何かが立ちはだかったが、アントワーヌはそれに構わず、矢を放った騎士に向かい――


ズンッ!


騎士を長槍で貫いた。


「はぁ…はぁ…」


アントワーヌは騎士の体から長槍を抜くと、踵を返して再び歩き始める。


「うっ!? 」


程なく、アントワーヌは何かに(つまず)き、地面に倒れ込んでしまった。


「くそっ! なんだ? さっきは何もなかったはずだぞ…」


アントワーヌは上体を起こし、何に躓いたのかを確認するため、振り向いた。


「……」


アントワーヌの表情が徐々に凍りついていく。

まず、彼女が振り向いて見えたのは、黒い塊であった。

次に、目を凝らして確認できたのは、それが人であることだった。

最後に、顔を近づけて見えたのは、その人物が水色の髪で、伸ばされた右手に戦斧を持っていることだった。


「イ、イアン……何故、こんなところに…」


彼女が躓いたのはイアンであった。

アントワーヌは不器用に立ち上がると、イアンの側に腰を下ろす。

近づくと、アントワーヌはイアンの左手に何かが持たれていることに気がついた。


「これは……俺の盾じゃないか。おまえ、俺を探しに来てくれたのか……」


アントワーヌは、イアンの左手から盾を取り、自分の左腕に装着する。

彼女は服の中に鍵を入れたままであったため、これでアントワーヌは盾の武器を使える状態であった。


「は…ははは! おまえは俺の味方だもんな! よくやった…よく来てくれた、イアン」


イアンが来てくれたことに、アントワーヌは歓喜の声を上げた。


「おまえがいれば、何とかなる。おい、起きろ。とりあえず、どこか安全な所へ行くぞ」


アントワーヌはイアンの体を揺さぶり、起こそうとする。

しかし、イアンは起きるどころかピクリとも動かなかった。


「おい、どうし…た……」


アントワーヌの表情が再び凍りつく。

イアンの腹には矢が刺さっており、彼の周りは血の海になっていた。

そこでアントワーヌは気づいた。

騎士の放たれた矢から自分を守ったのが、イアンであることを。

彼はあの後、ラファント領へ走り、アントワーヌを探していた。

そして、ようやく見つけた時、アントワーヌに矢が放たれようとしていたため、咄嗟に彼女の前に飛び込んだのだった。

三本放たれた矢のうち二本は弾くことができたが、一本を腹に受けてしまったのである。


「おい! おまえが死ねば、俺は一人ぼっちになってしまうではないか! 」


アントワーヌはイアンにすがりついた。


「頼む! 死ぬな、イアン! 俺を一人にしないでくれえええええ!! 」


「……ぐ…」


「……! 」


その時、彼女はイアンにまだ息があることに気づいた。


「まだ、息がある……そうか…待ってろ、お前を助けて…」


アントワーヌは途中で言葉を詰まらせた。

負傷した者を救う術を彼女は知らないからだ。


「あ……そうだ…村だ! 確かこの辺に、小さな村があったはずだ。そこに行こうイアン! 」


アントワーヌは、イアンを担ぎ、朝に見た景色を頼りに歩き始めた。





 「着いた……これで助かるぞ、イアン…」


アントワーヌの言う村は、運良く近い距離にあった。

イアンを担いだアントワーヌは村に入り、そこにある一軒の家に向かった。


「すまない! 開けてくれ! 大変なんだ! 」


アントワーヌはその家のドアを叩きながら、そう叫んだ。


「……こんな夜更けになんだ? 」


しばらくすると、ドアが開かれ、顎に(ひげ)を蓄えた中年男性が顔を出した。


「すまない。貴公は医療の心得があるだろうか? 」


アントワーヌが、中年男性にそう訊ねる。


「おれはこの村で医者をやっている。そいつ、怪我をしているのか? 」


「……! やった! そうだ。こいつは腹に矢を受けて、死にそうなんだ。助けてくれ! 」


「……おたく、騎士…だよな? 」


中年男性がアントワーヌに訊ねる。


「あ、ああ、そうだが…」


アントワーヌは戸惑いながら頷いた。


「なら、金……いっぱいあんだろ? 出しな。金を出したら、そいつを助けてやる」


「金……金は今持っていない…」


アントワーヌはお金を持っていなかった。

使者であるため、衣食住は何とかなると思って持ってこなかったのだ。


「無いのか? 話にならねぇよ。帰んな」


中年男性はそう言うと、ドアを閉め始める。


「ま、待ってくれ! おまえは、目の前で死にそうな者を見殺しにするつもりか! 」


イアンを優しく地面に下ろすと、アントワーヌはドアが閉まるのを手で妨げる。


「そいつが死ぬのは、おれのせいじゃない。お前のせいだ。お前が金を持っていなかったから、そいつは助からないんだ」


「俺のせい……だと」


「そうだ。可哀想に……お前が金を持っていないから、そいつは死んでしまう。本当に可哀想なやつだよ! 」


中年男性は突然ドアを開き、アントワーヌを蹴り飛ばした。


「ううっ…」


蹴り飛ばされたアントワーヌは、地面に倒れ込んでしまう。


「ふん! 」


中年男性は開いたドアを閉め始める。


「待ってくれ! 今は、金を払えないが、助けてくれたら、必ず払いに来る! 」


アントワーヌのその言葉を聞き、中年男性の手が止まる。


「……嬢ちゃん、覚えておきな。見知らぬ人との金のやりとりは、世間一般じゃあ馬鹿がすることだぜ」


「そ、そうか、信用できないのか…ならば、誓約書を書く。約束を破った場合、どんな罰でも受けることを約束しよう! 」


「はぁ……」


中年男性は呆れたように、ため息をついた。


「嬢ちゃんは無駄に賢いな」


「……? 」


アントワーヌは中年男性の言ってることが分からなかった。


「普通、こういう時は、何も考えず、金に代わる自分の大切な物を差し出すもんだぜ? 」


「自分の大切な物……」


アントワーヌはその言葉を聞き、差し出せる物をもっていないか考える。

金に代わるとしたら、左腕についた盾と鍵しかなかった。


(我が家に伝わる俺が持つ大切なもの……一時的に手放すだけだ。あとで取り返せばいい…)


アントワーヌは心の中でそう考え――


「鍵を挿すと武器が出てくる珍しい盾です。これを差し上げます」


盾と四本の鍵を差し出した。


「ふぅん……珍しい盾…ね」


中年男性がアントワーヌから、盾と鍵を手に取った。


「…………何も起きねぇじゃねぇか。ただのボロい盾だろ? これ」


鍵穴に緑色の鍵を挿し込んだが、何も起こらなかった。

入れる鍵穴は間違えておらず、本来ならば、緑色の柄の剣が盾から出てくるはずであった。


「え……な、なんで……そんなはずは…」


何故、盾が反応しなかったのかが分からず、アントワーヌはただ、呆然と盾を見つめることしかできなかった。


「お前、人を騙すのか……もういいわ、どっか行けよ」


中年男性は盾と鍵を投げ捨てると、今度こそドアを閉めにかかった。


「待ってください!! 」


アントワーヌは叫び、その場に跪いた。

中年男性の手は止まったが、アントワーヌを見向きもしない。


「どうした? 何かあるんだろ、早く言えよ」


「……」


呼び止めたもののアントワーヌは考えていなかった。

考えても何を差し出せばいいか分からなかったのだ。


「……いい加減にしろよ…」


「……! 」


中年男性の言葉に、アントワーヌは――


[アウト・ザ・ソード! ]


カシャ! シュコン!


盾と緑色の鍵を拾い、それらを使って緑色の柄の剣を縦から出した。

そして、自分の二つに結った髪のひと房を切り裂いた。

左側のひと束を切り裂いたため、今のアントワーヌの髪型は、右片側だけを結っている状態となっていた。


「盾から剣が……嘘じゃなかったのか…」


「俺の髪は珍しい黒い色……」


驚愕する中年男性に構わず、アントワーヌは切り裂いた髪束を両手で差し出した。


「この髪は俺の自慢であり、誇りです! 俺の誇りを差し上げますので、助けてください! お願いします! 」


アントワーヌは、地面に額がついてしまうほど頭を下げた。


「……はっ、賢い奴だと思っていたが、おまえは馬鹿だったようだな。髪なんかが金になるわけないだろ…」


そのアントワーヌの姿を見た中年男性は、そう言うと、外に出てイアンを抱え出す。


「だいぶ時間が経っちまっているが、こいつはまだ助かる。入りな、お嬢ちゃん。おれは騎士は大嫌いだが、馬鹿は嫌いじゃないぜ。あと、意地悪言って悪かったな…」


中年男性はそう言うと、イアンを抱えて家の中に入っていった。


「……ぐっ…ううっ……ありがとう……ございます! 」


アントワーヌは額を地面につけながら、涙を流した。

彼女が他人のことで涙を流したのは、これが初めてのことであった。



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