百七十五話 盾型武器庫 対 変形槍
ルロルは、辺りを見回した。
彼女の目に映ったのは、破壊された北門と数多くの横たわった騎士の姿であった。
「本当に……一人で……」
そして、顔を前方に向ける。
そこには、この周辺の惨状を招いた張本人であるサミール・ダラーの姿があった。
彼は銀色に輝く大筒を抱え、ルロルの方をじっと見つめている。
「サミール・ダラーで間違いないな? 」
ルロルの隣にいるアントワーヌが、前方のサミールに訊ねる。
「……ああ…」
サミールの返事は短い。
彼の返事を聞くと、アントワーヌは緑色の鍵を取り出し、左腕の盾に差し込んだ。
[アウト・ザ・ソード! ]
カシャ! シュコン!
謎の音声が発せられ、アントワーヌは盾から剣を引き抜いた。
「……! 」
その様子を見たサミールは、驚いたかのように身構えた。
「敵地に単騎で乗り込み、これほどの被害を出させるとは流石という他あるまい。だが……」
アントワーヌがサミールに、剣の切っ先を向ける。
「それが蛮勇であることをこのアントワーヌ・ルーリスティが教えてやる」
そう言った後、アントワーヌは剣を構えた。
「わ、私もカレッドの領主として――」
「いえ、ルロル様はお下がりください」
ルロルも腰の鞘から剣を引き抜こうとした時、アントワーヌに止められる。
「で、ですが……」
「ルロル様は、残った騎士を引き連れて、怪我人の救助をお願いします。この者は、必ず私が倒しますので」
アントワーヌがルロルの顔を見ながらそう言った。
「……分かり……ました。救助が終わったら、必ず助太刀に参ります」
ルロルはそう言った後、この場を走り去っていった。
「……あまり……言いたくのないことだが……」
走り去るルロルを眺めた後、サミールはアントワーヌに顔を向け、そう呟いた。
「何かな? 」
「……お前一人で、おれに勝てると思っているのか……? 」
「思っているとも。俺には、この一騎当千の力がある」
「……そうか…」
サミールはアントワーヌの答えを聞くと、大きさが手のひらくらいの紙切れを取り出した。
カシャ! シャ!
そして、サミールは大筒の一部を開き、そこに先程取り出した紙切れを当て、擦らせるように動かした。
[チェンジ・トーチングスピア! ]
大筒が音声を発し、バラバラに分解した後、巨大な槍に姿を変えた。
先端に円錐状の刃が付いていることから、それが槍であると判断できる。
しかし、その巨大な槍は、従来の槍には見られない特殊な形状をしていた。
刃の付いている先端部分は円筒状に広がっており、そこにはいくつかの穴が空いている。
槍のように見えるが、槍の要素を組み込んだ何かとも見ることができる。
「……おれも似たような力を持っている…………おれは、お前が思っているより、数倍手強いぞ……」
サミールは、その巨大な槍を振り上げる。
巨大な槍を振り上げたサミールの姿は、より一層彼の存在を大きく見せる。
「ぐっ……」
その迫力に圧され、思わずアントワーヌは一歩後ろに下がりかけたが――
(……いや……こちらにも、強力な武器があるのだ。俺は奴に負けていない)
右手に持つ剣を目にして、下げかけた足を前に出した。
「ふっ……でかければ良いというものではない。ただのでかい棒だったと、ガッカリさせるなよ! 」
アントワーヌはそう言うと、額のバイザーを顔に下ろし、サミール目掛けて駆け出した。
「……その心配は無用……」
サミールは向かってくるアントワーヌに、巨大な槍を突き出した。
「槍の弱点は、懐に入られること! 」
アントワーヌは、突き出された巨大な槍を身を低くして躱し――
「もらった! 」
サミールの左肩目掛けて、剣を振り上げた。
(領主もできれば捕らえたい。そのために、腕の一本か二本を貰っていくぞ)
アントワーヌは、サミールを生け捕りにする腹積もりで、彼の左肩を狙っていた。
「……ぬぅん! 」
「……! ちっ! 」
しかし、アントワーヌの思い通りにはいかなかった。
サミールが、巨大な槍を抱えていない左手で、アントワーヌを殴りつけたのだ。
殴られたアントワーヌは、咄嗟に剣で防御したが、勢いには耐えられず、突き飛ばされてしまう。
サミールは、素早くアントワーヌの方向に体を向け、巨大な槍を振り上げながら、彼女の元へ向かっていき――
「……うらああああああ!! 」
振り上げた巨大な槍を力いっぱい振り下ろし始めた。
「ぐっ……」
今のアントワーヌは仰向けのまま、体が空中に浮いている状態であり、迫り来る巨大な槍を躱すことができない。
しかし、このまま何もせず、簡単にやられてしまうほど、アントワーヌは諦めの良い性格ではない。
「まだだ! はああっ! 」
アントワーヌは体を捻り、横へ回転させた。
ガッ! ガッ! ガッ!
体を回転させながら剣を地面に叩きつけ、その反動によりアントワーヌの体は横へ移動する。
ドォン!
その結果、地面に振り下ろされた巨大な槍は、アントワーヌを押しつぶすことはなかった。
「大振りな攻撃は、大きな隙を生む。今のうちに後ろに回らさせてもらおう」
サミールから遠く離れた位置で体勢を立て直したアントワーヌは、彼の背後を目指して駆け出した。
「……ふん! 」
走るアントワーヌに目もくれず、サミールは巨大な槍を持ち上げると、柄の部分を左手で叩いた。
ガシャ!
すると、先端の刃が僅かに奥に引っ込む。
シュゥゥゥゥゥ…
それと同時に、巨大な槍から強風のような音が発生する。
「……これが……トーチングスピア形態の真の力だ……」
再び、サミールは巨大な槍の柄を叩いた。
カッ! ボオオオオッ!!
その瞬間、何かが弾かれた音がした後、巨大な槍の先端から炎が放射状に噴出された。
「なに!? 火を吐く槍だと!? 」
巨大な槍から炎が噴射される様を見て、アントワーヌは驚愕の声を上げた。
「……行くぞ……うおおおらああああああ!! 」
サミールは両腕で巨大な槍を抱えると、横へ大きく振り回し始めた。
巨大な槍が振り回されることによって、走るアントワーヌの背中に目掛けて、噴出された炎が迫る。
「くそっ! 」
とうとう真後ろにまで炎に迫られ、アントワーヌは前方へ思いっきり飛び込んだ。
間一髪で、体を焼かれることはなかったが、彼女の付けていたマントに炎が引火する。
「……はぁ……火を吐く槍……これでは、奴に近づけん…」
アントワーヌは燃えるマントを外して投げ捨てた。
「ならば、弓で勝負だ」
アントワーヌは、盾に挿してあった赤色の鍵を抜き、代わりに青色の鍵を差し込んだ。
[アウト・ザ・ボウ! ]
ガシャ! シュコン!
そして、出てきた柄を引き抜き、弓のように構える。
やがて、柄は弓の形状になり、アントワーヌはそれに矢を番え、サミールに狙いをつけ――
「はっ! 」
弦を引き絞り、番えた矢を放った。
放たれた矢は青い光を纏いながら、サミール目掛けて飛んでいくが――
「……無駄だ……」
噴出された炎を向けられ、矢は焼き尽くされてしまう。
「オークの体を貫通した矢が負けただと!? 」
「……こちらの番だ……」
サミールはそう言うと、アントワーヌに巨大な槍の先端を向け――
「……バースト…」
柄を叩いた。
ボンッ!
すると、噴出していた炎が爆発し、前方のアントワーヌに爆炎が襲いかかる。
「そんなこともできるのか! 」
アントワーヌは、横へ飛び込んだことによって、爆炎を躱すことができた。
「おのれ……盾の力を使っているにも関わらず、手も足も出ないのか」
しかし、一時的にサミールの攻撃を逃れても、状況が変わることはない。
「……おまえの盾から出てくる武器の形態は、おれの槍より一つ多いが……それだけだ……大したことはない……」
サミールが、もう何をしても無駄だと言わんばかりに、アントワーヌにそう告げた。
「はっ、俺に技術が無いと言いたいのか……心外だな」
地面に膝を付いた状態で、アントワーヌがそう答える。
「……事実……多くの技術をもっていようが、突き抜けた一つの技術には敵わない……」
「それがどうした……そんなもの…嫌でも知っている…」
アントワーヌはそう言うと、右手に持つ弓を握り締めながら立ち上がった。
「……ならば、何故立ち上がった……? 」
「お前より、劣る部分が俺には無いからだ」
アントワーヌは空に目掛けて、青色の光を纏った矢を放った。
彼女の不可解な行動に、サミールが訊ねようと口を開いた時――
ボトッ!
空から体を抉られた鳥が落ちてきた。
「……良い腕だ……だが、おれに当てなければ、意味はないぞ……」
「確かに…な! 」
アントワーヌは、サミールの呟きに答えたと同時に、矢を放った。
「……!? 馬鹿な……それはマルゼスの……! 」
兜の中にあるサミールの目が見開かれる。
矢筒から矢を抜く動作から、矢を放つまでの動作は一瞬のものであり、それはマルゼスの得意とする速射技術に近いものであった。
「俺も弓を扱う騎士だ。動きを一目みれば、だいたいコツが分かる! 」
アントワーヌが休むことなく弦を弾き続けることによって、青色の光を纏った矢が連続で放たれる。
「……だが、無駄……いくら、矢を放とうが届かなければ意味はない……うおおおおおおお!! 」
サミールは、巨大な槍を振り回し、飛来する矢を次々と焼き尽くしていく。
「それはどうか……意味の無い矢を撃った覚えはないぞ? 」
「……意味の無い矢…………まさか! 」
サミールは、慌てて顔を上げた。
彼の視界に映ったのは、頭上に広がる空の青と自分目掛けて落ちてくる光を纏った矢の青であった。
先程、アントワーヌが放ったのは、空を飛ぶ鳥を撃ち落とすことで自分の弓の腕を見せることではなく、サミールに向けて放たれた矢であった。
そして、その矢を悟らせないために、彼女は連続で矢を放ち続けていたのである。
「くっ……」
巨大な槍の炎で焼き尽くそうとしようにも、既に至近距離までその矢は迫っていたため、サミールは巨大な槍を盾にする。
ガッ!
「刺さった……だと!? 」
落下してきた矢は、巨大な槍の円筒状の部分に突き刺さった。
サミールは、今まで巨大な槍の傷ついたところを見たことが無かったため、驚愕した。
「隙だらけだぞ! 」
「……!? 」
サミールが落下する矢に気を取られているうちに、アントワーヌはサミールに接近していた。
今の彼女は、いつの間にか盾の鍵を差し替えており、柄が緑色の剣を右手に持っている。
アントワーヌも至近距離に迫っていたため、再びサミールは巨大な槍を盾にする。
「馬鹿め! 学習しないやつだな! 」
アントワーヌは、巨大な槍の円筒状の部分に目掛けて、剣を振るった。
円筒状の部分は矢のダメージで脆くなり、彼女の剣によって切断される。
ゴトッ!
切断された先端部分が地面に落ちた。
「……ぐ……うらあっ!! 」
サミールが切断された巨大な槍で、アントワーヌを叩き潰そうとするが、彼女に華麗に躱されてしまう。
「年貢の収めどきだな。その槍ではまともに戦えまい」
アントワーヌはサミールから距離を取り、不敵な笑みを浮かべながら剣の切っ先を彼に向ける。
「……まだ……最後に残された一撃がある…」
サミールはそう言うと、紙切れを取り出し、巨大な槍に擦りつける。
[チェンジ・グレートランチャー! ]
謎の音声と共に、巨大な槍は白銀に輝く大筒に変化した。
その時、切断された先端は光となって消えてしまう。
「……この一撃でお前を倒す…」
サミールは、抱えた大筒をアントワーヌに向ける。
「それは……イアンを戦闘不能に追い込んだ武器か……」
額に汗をにじませながら、アントワーヌが呟いた。
(くそっ、槍を壊しても形を変えることができたのか。完全に誤算だ)
アントワーヌの剣を持つ右手は震えており、地面に立つ彼女の両足も同様であった。
サミールの攻撃の回避と慣れない速射によって、体を酷使しすぎたのである。
(体がうまく動けば、今すぐにでも奴に切りかかれるのに……せめて、奴の攻撃を凌ぐ大技があれば…………はっ! )
アントワーヌは何かを思い出し、服の中に左手を入れる。
そこから取り出したのは、マージエルドの砦でルロルから渡された白い鍵であった。
(槍も弓も今は振れない。この鍵に何の力があるか分からないが、こいつに賭けるしかない! )
アントワーヌは覚悟を決めると、左手の白い鍵と右手の剣を持ち替えた。
そして、右手に持った鍵を頭上に掲げる。
「……お前も……それが最後か……」
「ああ……お前のそれを遥かに凌ぐ、最後の一撃だ…」
(頼む! )
不敵な笑みを浮かべる顔とは裏腹に、アントワーヌは心の中から必死に願った。
盾の蓋を開いた部分にある三つの穴のうち、緑色の鍵が挿してある反対側の穴に、白い鍵を射し込んだ。
[マックスインフィニット! ]
すると、謎の音声が発せられ、左手に持っている剣の刀身が緑色の光に包まれる。
「これは……分かるぞ、今のこの剣には凄まじい力が宿っている…」
緑色に光る刀身を見て、アントワーヌはそう呟いた。
「……でかいのが来るな……だが、こちらも負けん! 」
サミールは片足を後ろに下げ、砲撃を放つ体勢を取る。
「抜かせ! 勝つのは俺だ! 」
アントワーヌは、左腕に持った剣を振り上げた。
「喰らえ! 」
ドォォォンッ!
彼の持つ大筒が轟音を放ち、アントワーヌ目掛けて黒い砲弾を発射させる。
「はああああ!! 」
それと同時に、アントワーヌが持つ左手の剣が振り下ろされた。
剣から、纏っていた緑色の光が放たれる。
バァァァァァァン!!
黒い砲弾の爆発と放たれた緑色の光が激突する。
二つの力は一つの巨大な光となって、サミールとアントワーヌの両者を包み込んだ。
2016年6月8日 誤字修正
されが蛮勇であることを → それが蛮勇であることを