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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
七章 多様の使い手
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百七十三話 戦う理由

 

 「…ぐっ……むぅ…」


気絶していたイアンの意識が戻り、閉じていた瞼を開く。

目に映ったのは夜空で、イアンは仰向けの状態であった。

顔を横に向けると、自分の側に誰かの後ろ姿が見えた。


「プレト…」


イアンがその人物に声を掛ける。

その人物はプレトで――


「起きたか……イアン殿」


後ろを振り返らずに答えた。

イアンは体を起こし、周りを見回した。


「ここは……塀の中の隅か…」


自分の周りに塀の壁があったため、イアンはそう判断した。


「ああ。ラノアニクスの暴走に巻き込まれないよう、ここまで来たのだ」


「そうか……だいぶ、俺は寝ていたようだが、今はどうなっている? 」


「我らを囲んでいた重騎士達がいただろう? 奴らは皆、ラノアニクスに殺られた」


「……そうか」


イアンはそう言うと、腰を下ろした状態になる。


「それで、ラノアニクスはどうだ? 」


イアンがそう訊ねると、プレトは背負っていた槍に手を伸ばす。


「変わらない。しかも、重騎士達がいなくなったのだ……どうやら、次の標的は拙者達になるらしい」


プレトのその言葉を聞き、イアンは彼女の隣に立つ。


「……これは……今までで、一番難儀になるな…」


目の前の光景を目にし、イアンはそう呟いた。

前方の地面には多数の重騎士達が横たわっており、重騎士の鎧のどこかには、著しくへこんだ部分があった。

そのへこみ様で、重騎士達が絶命していると判断できる。

そして、その死体の山の上に立つ存在に視線を惹きつけられる。


「グゥゥゥゥ……」


そこにいたのはラノアニクスであった。

イアンとプレトを見つめる彼女の目は、爛々と輝いているように見える。

まさしく、イアンの言うラノアニクスが暴走している状態であった。

しかし、今のラノアニクスには、今までとは違う部分がある。


「ギャアア…」


ラノアニクスは笑っていた。

今までイアンが見てきた彼女の暴走時の表情は、歯を剥き出しにする怒りを表す表情であった。

しかし、今のラノアニクスは笑っているのである。

それだけで、ラノアニクスが異様な者に見えてしまい、イアンは今までにない困難を予想したのであった。


「悪いが、プレトは手を出さないでくれ」


「イアン殿……ああなったあいつは、もう元には戻せないと思うのだが…」


「いや、オレ達が戻すのではない。ラノアニクス自身が元に戻るのだ」


「あいつ自身が? イアン殿は何をするつもりか? 」


「オレは……ラノアニクスの手伝いをする」


イアンはそう言うと、羽織っていたマントを外し、左腕に巻きつける。


「さあ、来い! ラノアニクス」


そして、イアンは戦斧を持つことなく前に出ると、両腕を広げて大の字の状態で立った。


「イアン殿!? それは無謀だ! 」


あまりにも無防備な姿を晒すイアンに、プレトが声を上げた。


「ギャアウ! 」


そんなイアンにラノアニクスが飛びかかる。


(やはりな…)


ラノアニクスの飛びかかる姿勢を見て、イアンは僅かに笑みを浮かべた。

今のラノアニクスは、両腕を振り上げ、口を大きく開いている。

何度も襲われたイアンには、その姿勢を見ただけで彼女の行動理念を理解できた。


(どんなに人を殺して、我を忘れていようと本質が変わることはない。おまえの一番の欲求は食欲だ)


イアンはラノアニクスに組み付かれる寸前、彼女の顔先に向けた。


「ガブッ! 」


すると、ラノアニクスはイアンにしがみつき、左腕に噛み付いた。


「ぐっ……」


巻きつけたマントで腕を守っているとはいえ、ラノアニクスの顎に圧迫され、イアンは痛みを感じた。


「イアン殿、何をしている! 早くそいつを振り払わないと、腕を噛み千切られるぞ! 」


ラノアニクス組み付かれたイアンに、悲痛な叫びを上げるプレト。


「いや、これでいい。これでラノアニクスに届く! 」


イアンはプレトにそう言うと、空いていた右手を握り締める。


(夜襲の時、確かにこいつは自分の暴走に抗った。ならば、今回もできるはず)


「弱めの…リュリュスパーク」


イアンの握り締めた右手に、緑色の(いなずま)が小さく(ほとばし)る。


「その煩わしい衝動が邪魔なのだろう? 今、オレが吹き飛ばすから、その隙に出てこい! ラノアニクス! 」


ボカッ!


イアンは電を纏った拳をラノアニクスの頬に殴りつけた。


「グッ!? 」


イアンの体にがっしりとしがみついているラノアニクスが吹き飛ぶことはなかったが、殴られた一瞬、彼女の目が普段のものに変化し――


「グアアッ! カァブッ! 」


ラノアニクスはイアンの体から離れ、自分の左腕に噛み付いた。


「フーッ! フーッ! 」


そして、自分の左腕を噛みながら、地面を転がり始める。


「な……イアン殿、今はどういう状況なのだ? 」


ラノアニクスの奇妙な行動を理解できず、プレトはイアンに訊ねた。


「恐らく……普段のラノアニクスが暴走する自分と戦っているのだろう。あとは、ラノアニクス次第ということだ」


イアンは左腕に巻きついていたマントを剥がし、首元に付け直す。


「はぁ……普段のあいつと暴走しているあいつは、別の何かということなのか? 」


「それは知らんが、恐らくそうなのだろう」


「……先程から、明確な答えが帰ってこないのだが、まさか、イアン殿は自分の憶測で行動していたのか? 」


「だいたいそうだな」


「な、なんと行き当たりばったりな……間違っていたら、どうするつもりだった……」


無謀すぎるイアンに、プレトは思わず額に手を当てて天を仰いだ。


「うまくいったからいいだろ。ほら、見ろ」


イアンがラノアニクスに指を差す。

ラノアニクスは転がるのをやめ、仰向けの状態で地面に寝転んでいた。

すると、むくりと体を起こし――


「ギャウ! ラノ、復活! 」


と、声を上げた。


「もう大丈夫なのか? 」


イアンがラノアニクスに声を掛ける。


「大丈夫だ。ごめん、イアン。痛かっただろ? 」


ラノアニクスは立ち上がり、イアンの左腕を心配そうに見つめる。


「なに、もう慣れた。で、プレトよ。ラノアニクスが正気に戻ったことだし、次はどうするか? 」


「……自分を殺そうとしていた相手に……これが慣れか…」


プレトは、イアンとラノアニクスの軽いやり取りに呆然する。


「まぁな。で、どうする? 」


「……消えたアントワーヌが気になるが、とりあえずここから――」


「む? そいつの暴走を止めたのか…」


その時、アントワーヌの声が聞こえた。

イアン達が、声のした方向に目を向けると、そこには女性を担いだアントワーヌの姿が目に入った。


「アントワーヌ! お前、今までどこに……って、それは女…まさか! 」


プレトがアントワーヌの担ぐ女性の姿を見て驚愕する。


「ああ、そのまさかだ。 マルゼスを捕らえた。速やかにゾーンオント砦に帰るぞ」


「そうか……この奇襲は成功したのだな。これで、この戦争も終わるのか…」


プレトは、しみじみとそう呟いた。





 朝になる頃、アントワーヌ達はゾーオント砦に帰っていた。

イアンとラノアニクスは、続け様に行われた戦闘により疲労していたため、砦に着いてすぐ、自分達の部屋に戻った。

アントワーヌとプレトはというと、まだ体を休めていなかった。

プレトはルロルに、今回の奇襲の顛末を報告し、アントワーヌは砦の地下に足を運んでいた。

砦の地下には牢獄があり、そこにある一つの牢屋に、マルゼスの姿があった。

ここに連れてこられた後、マルゼスはこの牢屋に入れられていたのだ。


「やあ、マルゼス殿。気分はいかがかな? 」


アントワーヌが、マルゼスが入っている牢屋の前に立つ。


「……最悪ね」


マルゼスが煩わしそうに答える。

彼女はアントワーヌに背を向けた状態で座っている。


「そうか、それはなにより。俺がここに来たのは、お前に聞きたいことがあるからだ」


「……」


マルゼスは何も答えない。

そんなマルゼスに構わず、アントワーヌは口を開いた。


「何故、カレッドに戦争を仕掛けた? お前がカレッドに攻めると言ったのだろう? 」


「……」


「理由があるはずなのだが……もしや、理由も無しに戦争を仕掛けたのか? 」


「……」


「……ふん、黙りか。ここに来たのは無駄だったな…」


アントワーヌは、マルゼスに話しかけるのは無駄であると判断し、牢獄の出口に体を向けた。


「……信用できないからよ…」


その時、ぽつりとマルゼスが呟いた。

その呟きはアントワーヌの耳にし、足を止める。


「どいつもこいつも信用できない……信じられるのは自分とサミールだけ…」


「信用? 分からんな。それだけの理由で戦争を仕掛けたというのか…」


「本当に分からないの? お前は、もう忘れてしまったのね。この国の中に、敵がいることを…」


「……敵を作ったのはお前だろう。カレッド領に戦争を仕掛けたことによってな」


「そうよ。あたしは誰が敵かが分からないから、敵を作った……他領に攻めると決めたのよ。カレッド領だからという理由はない。いずれは、全ての領地に戦争を仕掛けるつもりだった」


「なに!? おまえは、覇者にでもなるつもりだったのか! 」


マルゼスのその言葉を聞き、アントワーヌは再びマルゼスの方に向く。


「そんなつもりはないわ。ただ、敵を潰したかっただけ……全て壊してしまえば、敵も何もかもいなくなるでしょう? 」


「……昨日、お前は俺に共感できると言ったな。俺はお前に共感できない」


再び、アントワーヌは牢獄の出口に体を向ける。


「……お前には大切なものはないの? 」


アントワーヌが歩き出そうとした時、マルゼスが彼女に問いかけた。


「俺の大切なものは、自分の名誉……と、それを上げるために役立つ存在だ」


マルゼスの問いに、アントワーヌはそう答えた。


「そう……ははは! なるほど、あたしに共感できないわけだ! 」


アントワーヌの答えを聞くと、マルゼスは笑い声を上げた。


「ちっ! 癇に障る、笑うな! 」


ガシャアン!


アントワーヌはマルゼスの牢屋を蹴りつけた。


「ははは! お前、見た目通りの子供ね。じゃあ、覚えておきなさい。人は、大切なもの…大切な人が出来たら、どんなことをしてでもそれを守りたくなるの」


マルゼスは肩ごしにアントワーヌを見つめながら、そう言った。


「……バカバカしい。ちょっと年が上だからって、人を語るなよ。ここに来たのは、本当に無駄だったな」


アントワーヌは牢屋のマルゼスにそう吐き捨てると、牢獄の出口を目指して歩き始めた。





 アントワーヌは牢獄を出た後、ルロルのいる部屋に向かった。

マルゼスを利用して、ノブサル領との戦争を止める方法を伝えるためである。


「……では、マルゼス殿を人質にしていることと、降伏すればマルゼス殿を返すことをサミール殿に伝えさせれば良いのですね? 」


ルロルがアントワーヌに訊ねる。


「ええ、マルゼスとサミールとの関係は深い。サミールは必ず、この話に乗るはずです」


「そうですか……分かりました。すぐ使者を出しましょう」


ルロルはそう言うと、椅子から立ち上がる。


「それと……ルロル様の聞きたいことがございます」


「聞きたいこと……なんですか? 」


ドアに手をかけていたルロルがアントワーヌに振り向く。


「はい。まず、私の姓はルーリスティと言いましたが、本当はオルヤールなのです」


「オルヤール…………えっ!? 私達と同じ……だけど…」


ルロルは驚愕したが、アントワーヌがそのことを伝えた意味が分からなかった。


「ええ、同じです。そして……見ていてください」


アントワーヌは、ルロルに左手の盾を向け、服の中から緑色の鍵を取り出した。


「……? 」


ルロルは、アントワーヌの行動に首を傾げる。

アントワーヌはそんなルロルに構わず、盾の緑色の鍵を差し込んだ。


[アウト・ザ・ソード! ]


ガシャ! シュコン!


謎の音声が部屋の中に響き渡った後、盾の一部が開き、そこから剣の柄が飛び出す。

アントワーヌは剣の柄を引き抜き、顕となった剣をルロルに見せた。


「えっ……盾の中から…け、剣が…」


驚愕するルロル。


「この盾は私の家に古く伝わる家宝でございます。この盾の中から武器が出てくるのは、最近知ったばかりのことで、私はこの盾のことをよく知りません。それで、同じオルヤールの姓を持ち、代々領主を勤めてきた家の出のルロル様なら、何か知っていると思ったのです」


「……申し訳ありませんが、私はその盾のことを聞いたことはありません」


「そう……ですか…」


ルロルの言葉を耳にし、アントワーヌは落胆した。


「……ですが……えーと…代々伝わってきた物の中に、鍵のようなものがあったような記憶があります」


「なんと! それは本当ですか? 」


「たぶん……ですけど。何のためのものなのかが、全く分からないだけで、その盾に合うかどうかは分かりません」


「その鍵がこの盾に合うか試してもいいですか? 」


「はい。では、早速私の家に向かいましょうか。色々と準備があるので、門の前で待っていてください」


「ありがとうございます」


アントワーヌはルロルに頭を下げた。


(盾については、何も得ることはなかったが、新しい力を手に入れることができるかもしれない。ダメ元であったが、聞いて良かった)


アントワーヌはそう思いつつ、ルロルに続いて部屋の外に出た。



 その後、数時間の時をかけて、ルロルとアントワーヌはマージエルドにある砦に辿り着いた。

二人は砦の地下に向かい、そこの階層にある大きな扉の前に立つ。


「この先に、オルヤール……私の家に伝わるものが保管されています」


ルロルはそう言うと、鍵を外し、扉を開け始めた。

二人は部屋の中に入り、奥に向かって進んでいく。

二人が歩く通路の脇には、様々な物が博物館の展示品のように並べられていた。


「武器だけではなく、鏡や絵画もある……色々あるのですね」


「ええ。当時のオルヤールの者が大切にしていたものを残してあるので、ここにある物は多種多様なんです。それで、鍵があるのは、この奥になります」


二人が通路を進んでいくと、部屋の奥に、様々な物が乱雑に入れられた籠が置かれていた。


「……これも保管すべき物の数々なのですか? 」


「その…です。よく分からない物は、ここへ一つにまとめられていますね」


ルロルが申し訳なそうな顔をする。


「この中から鍵を探すのは、流石に骨が折れますね」


「あ……箱…箱に入っているはずです」


「その箱を探せばいいのですね。分かりました」


アントワーヌは鍵が入っているであろう箱を探し始めた。


――数十分後。


「これ……でしょうか? 」


アントワーヌは籠の中から、一つの箱を取り出した。


「……中を見てみましょう」


「はい……」


アントワーヌは箱を開けて中を見た。

すると、箱の中にあったのは銀色の鍵であった。

鍵の頭に星型の文様が刻まれている。


「中に鍵がありました。では、早速――」


アントワーヌが盾に鍵を差し込もうとした時――


「ルロル様ーっ! どこにおられますかーっ! 」


ルロルの名を呼ぶ声が聞こえた。


「ここです。何かありましたか? 」


「あ! そこにいましたか」


ルロルの名を呼ぶ者は騎士であり、彼女の元へ走ってくる。


「はぁ…はぁ……大変です、ルロル様…」


息も絶え絶えの様子で、騎士がそう言った。


「あの……落ち着いてからでいいですよ」


「いえ……そういうわけにはいきません。報告します……ゾーオント砦に、ノブサル領の騎士が攻めてきました」


「えっ!? 」


「なに!? 」


騎士の発言に、ルロルとアントワーヌは驚愕した。


「馬鹿な! マルゼスを人質にしていることを知らないのか! おい、敵の規模は!? 」


アントワーヌが騎士に詰め寄りながら訊ねる。


「ぐっ……敵の規模は一人です…」


「「……!? 」」


再び、騎士の発言に二人は驚いた。


「敵は……領主サミール…彼一人に多くの騎士達が倒され、今…プレト様と援軍で来られたお二人が、必死に戦っておられます」




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