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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
七章 多様の使い手
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百七十一話 暗ければ就眠だと思う

 ――夕暮れ時。


アントワーヌ達は、グレイトネル砦を眺めていた。

昼頃に出発した彼女達は、数時間の時をかけて目的の地に辿り着いたのである。


「でかい砦だな……今からあそこに向かうのか…」


グレイトネル砦を遠目で見ながら、プレトが呟いた。

塔状の形状をしている砦は、遠目から見ても巨大に見えた。


「あの形からすると、マルゼスがいるのは塔の最上部だろう。今回は、そこだけを狙えばいい」


プレトの横で、アントワーヌがそう呟いた。


「口では簡単に言えるが、あの高さだぞ? あそこまで、どうやって辿り着くつもりだ? 」


「やれるから言葉にできるのだ。このイアンの力には、空を飛ぶものがあってな。それを頼りにする」


アントワーヌが隣にいるイアンの肩を叩いた。


「……飛ぶのは良いが、少し目立つぞ 」


肩を叩かれたイアンは、ピクリと眉を動かした後、アントワーヌにそう言った。


「気にするな。今まで通り、奴らが俺達の行動を予測することはない。今回も苦もなく事は終わる」 


「ふん! そう簡単に事が運ぶか? 正直、今回の作戦も拙者は無謀だと思ってる」


「おや? だったら何故、黙ってついてきたのかな? 」


アントワーヌがプレトに訊ねた。

この時の彼女の顔は、人を小馬鹿にしたようにほくそ笑んでおり、その顔を見たプレトの額に薄らと青筋が浮かぶ。


「これは我々カレッドとノブサルの戦いだ。お前達他領の者だけに戦わせたくない。あと……マルゼスという女を仕留めれば、この戦争は早く終わるのだろう? 」


「ああ、恐らくな」


「ならば、拙者も槍を振るう。この戦争を早く終わらせ、姉上……カレッドの皆を守るためにな」


「ほう? お前達は戦いたいのではなかったのか? 」


「他領の連中には負けたくないのであって、戦いたいわけではない。皆もできれば、早く戦争を終わらせたいと願っているはずだ」


「ふむ……なるほど、あんなに俺の言うこと為すことを否定してきたお前が、今回特に何も言わなかったのはそれが理由か…」


「……皆の心を守れれば、それでいい。拙者は騎士の精神を守るために、ここへ来たのだ…」


(皆の代わりに、自分の手を汚す……か。情深い奴だな……馬鹿馬鹿しい)


アントワーヌは心の中で、プレトを罵っていた。


(騎士の精神、皆のため…そんなものばかりにかまけいるから、勝てる戦も勝てないのだ。勝つことが正義……それを証明してやる)


アントワーヌはそう思いつつ、塔の最上部を睨みつけた。



 夜になり、暗闇の中をラノアニクスの鼻を頼りに進んだアントワーヌ達は塀を越え、塔の屋根の上に辿り着いた。

ここに辿り着いた手段は、やはりイアンのサラファイアによるものであった。


「ここまで来るのに、さっきの力を二回使ってしまったか。残りあと…一回しか使えないぞ」


サラファイアは、塀を越える時と塔の屋根に登る時で二回使用していた。

従って、今日のサラファイアを放てる回数は、実質一回である。


「構わん。マルゼスを攫った後、ここから一気に塀を越えてしまえばいい」


「ちょっと待て。マルゼスは生け捕りにするのか!? 」


アントワーヌの言葉に驚くプレト。


「ああ。ここに来るまでに考えたのだが、人質にしたほうが良いと思ってな」


「人質だと? そいつを人質にして何ができるというのだ…」


「マルゼスとサミールは親しい仲なのだ。マルゼスを人質にすれば、サミールを利用できるはずだ」


「……それで、この戦争を終わらせるのか? 」


イアンがアントワーヌに訊ねる。


「それも出来る……が、その先のことも出来る。まぁ、先のことはゾーオント砦に帰ってからゆっくり考えればいい」


アントワーヌはそう言った後、屋根の端に移動した。


「イアン。この下の窓から入り、中にいる女を連れてこい」


「……分かった」


イアンは屋根から飛び降りると同時に鎖斧を投げ、それが屋根の中心にある装飾に巻きつく。

落下していたイアンは鎖に支えられ、窓の隣の壁に張り付いた。


(……暗いな。寝ているのか? )


部屋の様子を伺うために窓の中を覗いたが、暗くてよく見ることができなかった。


(中に入るしかないが、音はあまり立てたくないな……この窓は開くか? )


イアンは窓に手をかけ、開くことができるか試みる。


キィ…


すると、ゆっくり窓を開くことができた。


(開いたか。窓を割らずに済んで良かった…)


イアンは窓から部屋の中に入ると同時に、鎖斧を収納しているボックスをベルトから外す。


「む? 」


マルゼスの姿を探しながら、イアンが歩いていると、足に何かが当たったような感触を感じた。


ピンッ!


その瞬間、何かが切れたような音共に部屋のあちこちに置かれたロウソクが一斉に灯りだした。


「なっ……くそっ! 」


数秒硬直していたイアンだが、すぐに窓の方へ走り出す。

窓の近くに落ちていたボックスをベルトに戻し、ボックスの鎖を収納する力を利用することによって、イアンの体は屋根の上へと引っ張り上げられる。


「ん? イアン、マルゼスはどうした? 」


「罠だ、アントワーヌ。すぐ、ここから離れ――」


ドォン!!


イアンが言葉を言い終わる前に、雷のような轟音が鳴り響いた。

その轟音に驚く暇もなく、イアン達の周辺に異変が訪れる。


バァァァン!!


「なにぃ!? 」


「…間に合わなかったか! 」


アントワーヌが驚愕し、イアンが悔しげに声を上げる。

塔の最上部が爆発し、崩壊を始めたのである。

屋根の上にいたイアン達は、爆発による被害を受けなかったが、塔の最上部が崩壊したことで、空中へ投げ出されてしまった。


「イアン! おまえの炎で何とかしろ! 」


「……ダメだ。皆の位置が離れ過ぎている! 」


アントワーヌの叫びに、イアンはそう答えた。

空中へ投げ出された時に、イアン達はバラバラになっていた。

そのため、イアンの手が届く者は誰一人としておらず、サラファイアを使おうにも、全員を助けることは不可能である。


「くっ……姑息な手を使ったばっかりに…」


「馬鹿が! つまらんことを言っている暇があったら、助かる方法を考えろ! 」


後悔の言葉を吐くプレトに、アントワーヌが罵声を浴びせる。


「何か…何か方法があるはずだ…」


アントワーヌは考える。

しかし、何かを思いつくことはなく、一向に地面との距離が迫っていくばかりであった。


「もうダメだ! 地面に激突する! 」


プレトが切迫した声を上げる。

地面と彼女達の距離は、十メートルに迫ろうとしていた。

その時――


「ギャオオオオオオオ!! 」


誰もが生存を諦め、瞼を閉じてる中、ラノアニクスは叫んだ。

否、彼女は叫んだのではなく、咆哮を上げたのだ。


「……!? ラノアニクス!? 」


そのことに気づいたイアンがラノアニクスに目を向ける。

落下をしている中、彼女の姿をはっきりと見ることはできないが、その時のラノアニクスは普段とは違う表情をしているのをイアンは感じることができた。


「む? これは……」


「なんだ? 落下の勢いが……」


アントワーヌとプレトが自分の体にかかる異変に気がついた。

ラノアニクスの咆哮の後、アントワーヌ達の落下の速度が緩やかなものになったのだ。

これは、ラノアニクスの体重を軽くする力によるものであった。

かつて、バルガゴートに放った時と同じように、咆哮に力を乗せて、自分以外の者に力を反映させたのである。

落下の勢いがほぼなくなったことで、アントワーヌ達はどこを怪我することなく、地面に着地した。


「イアン、今のもおまえの力か? 」


アントワーヌがイアンに訊ねる。


「違う。今のは、ラノアニクスだ」


イアンはそう答えると、ラノラニクスの元に駆け寄る。


「グゥゥゥゥゥ…」


ラノアニクスは唸り声を上げながら、しゃがみこんでいた。

自分の肩を抱く彼女の手に力が入っており、必死に何かを抑えている様子であった。


「大丈夫か? ラノアニクス」


「グゥ…イ、イアン…グゥゥゥ……平気か…? 」


イアンに返事をする彼女の声には、唸り声が混じっている。


「ああ、おまえのおかげで何ともない。もう無茶はするな…」


ラノアニクスにそう声を掛けた後、しゃがみこむ彼女をイアンは背負いだした。


「アントワーヌ、限界だ。今日はもう、ラノアニクスの力を頼れない」


ラノアニクスを背負うイアンが、アントワーヌに言う。


「さっきの力は、そいつの全力か……それより、奇襲は失敗だ。ここから離れるぞ 」


今回の奇襲は失敗であると判断し、アントワーヌ達は塀に向かって走り出す。


「むっ!? 止まれ! 」


ほんの数メートル進んだところで、プレトが声を上げた。

その声に反応し、アントワーヌとイアンが足を止めると同時に――


ヒュッ! ヒュッ! ヒュッ!


彼女達の前に数本の火矢が飛んできた。


「火矢……まずい! 」


飛来してきたのが火矢であると確認したアントワーヌは、瞬時にこの場から走り去った。


「どういう……って、お、おい! どこへ行く!? 」


アントワーヌを呼び止めようとしたプレトだが、彼女はすぐに暗闇の中に消えてしまう。


「一体何が……」


「何にせよ、立ち止まっている場合ではない。早くしないと、ノブサルの騎士が…………」


言葉の途中で、イアンの口が固まる。


「ど、どうした? 」


そんな彼の様子に、ただならぬ気配を感じたプレトが恐る恐る訊ねる。


「この矢は攻撃が目的ではない。オレ達の位置を明確にするための明かりだ」


「なんだと!? 」


イアンの答えに、プレトが驚愕の声を上げる。


「敵はあそこだ! 全員進めーっ! 」


イアンの言葉を裏付けるように、ノブサルの隊長騎士らしき者の声が上がる。

頑強な鎧が軋む音が四方から聞こえ、プレトとイアンは動けず、あっという間に重騎士達に囲まれてしまった。


「まさかと思って警戒していたけれど、本当に来るとは侮れない人達ね」


周りに佇む重騎士達を見つめていた時、少女の声がイアンとプレトの耳に入った。

重騎士達が身動ぎ一つしないので、遠くから聞こえる少女の声をはっきりと聞き取ることができる。

まるで、茶会で話をしているかのように、少女の声はゆったりとしている。


「さらに大筒で砦を壊してまで徹底的にやったのに……本当に油断ならない」


ボッ!


塀の上に一つの炎が灯り出す。

その炎は弓に番えた火矢によるものであり――


「女……あいつがマルゼスか…」


プレトは、そこで弓を構える少女の姿を見ることができた。

マルゼス・ファンティーヌ。

ノブサル領一の弓の名手であり、領主サミールの補佐を務める彼女がそこにいた。

彼女の目は、イアンとプレトをしっかり捉えている。

ゆったりとした声音とは裏腹に、鋭い視線が体に突き刺さるのを二人は感じた。




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