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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
七章 多様の使い手
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百七十話 知らぬ間の亀裂

 

 「バ…バカな…」


弓兵部隊の駐屯地。

その南側の辺りに立つ一人の弓兵が信じられない光景を目の当たりにしていた。


「八人……だぞ。一斉に攻撃を仕掛けたのに、ぜ、全員殺られた…」


その弓兵の前方には、自分の部下である弓兵の死体が複数転がっている。

彼は、この弓兵部隊の隊長で、重騎士部隊に救援を求めるべく、南を目指していたのだが、一人の少女によって阻止されようとしていた。


「盾から武器を出すまでもなかったな。さて、残りはお前一人になるが、覚悟はできいるか? 」


転げっている弓兵の死体の中心にいる子供が、弓兵隊長に向かって言った。


「小娘の力で、騎士を同時に倒すなど……」


「実際にその目で見ても信じられないか? まぁ、お前のことなど、どうでもいい」


そう言うと、少女は二本の短槍を構える。

その少女はアントワーヌであり、彼女はここで、駐屯地から抜け出そうとする弓兵達を始末していた。


「……ま、待ってくれ! 」


「ん? 」


突如、弓兵隊長の態度が変化したため、アントワーヌは足を止めた。


「お願いだ! 殺さないでくれ! 俺はまだ、死にたくないんだ! 」


弓兵隊長は剣を抜くことなく、地面に両膝をつき、命乞いをし始めた。


「命乞いか。それで、俺に何をくれるというのだ? まさか、ただで見逃せると思っていないだろうな 」


アントワーヌは不敵な笑みを浮かべながら、弓兵隊長を見下ろす。


「し、知っていることは何でも話す…」


「その情報がクソの役にも立たないのならば、お前に助ける価値はない。言え…話はそれからだ」


「ぐっ……で、では、この戦争を早く終わらせたければ、マルゼス・ファンティーヌを狙え」


「マルゼス……確か、サミールの側近みたいな女だったか…」


「ああ、そうだ」


「それで、何故サミールではなく、マルゼスを狙えと? 」


アントワーヌはマルゼスを狙う理由が分からず、弓兵隊長に訊ねた。


「そうだ、領主のサミール…様は強いが、作戦や部隊の指揮が出来ない。代わりにマルゼスが考えているんだ」


「本当に任せっきりだったのか…」


アントワーヌは呆れた声を出した。


「実質、ノブサルの騎士達を動かしているのがマルゼスだ。彼女を仕留めれば、確実にノブサルは弱体化する。ついでに言っておくが、カレッドに攻め込むのを提案したのは彼女だ」


「なに? 」


アントワーヌは眉をひそめた。


「やはり、驚くよなぁ。だが、事実だ。理由は分からないがな」


「…………マルゼスがどこにいるかは分かるか? 」


しばらく考え込んだ後、アントワーヌが弓兵隊長に訊ねた。


「ここから北……ノブサル領の最南端にあるグレイトネル砦にいる」


「……そうか、サミールもそこにいるのか? 」


「サミール様は、首都ネルブルールにいる。どうもマルゼスは、サミール様を戦場に出したくない様子だな」


「ほう……二人が離れているのならばいい。マルゼスは、重騎士部隊とお前達弓兵部隊が敗れた後のことは考えているのか? 」


「……聞かされていないから、何とも……だが、マルゼスはすぐに動くと思う」


「ふむ、そうか」


アントワーヌはそう呟くと、左手に持った短槍を腰に戻し、空いた左手を弓兵隊長に差し出した。


「貴重な情報をくれて、ありがとう」


「あ……ああ、お役に立てて何よりだ……」


アントワーヌの行動を不思議に思っていた弓兵隊長だが、彼女が手を差し出したことによって、安堵の表情を浮かべる。

差し出した手を握り、弓兵隊長はアントワーヌの手を借りて立ち上がる。


ズンッ!


「えっ…? 」


そして、弓兵隊長は驚愕の表情を浮かべる。

異変を感じ、弓兵隊長が目線を下げると、アントワーヌの右手に持つ短槍が自分の胸を貫いているのを見た。


「な……なんで…? 」


弓兵隊長は搾り出すように声を出す。


「ん? まず、お前を助けるとは言っていない。それに、我が身可愛さで裏切る奴は信用できない」


アントワーヌはそう答えつつ、突き刺した短槍を左右に捻る。


「ぐぅ…あ……こ、これが、報い…か……」


「ふん! 」


アントワーヌは短槍を引き抜き、弓兵隊長は崩れ落ちる。


「……これで、この部隊も壊滅だろう。次をどうするかだが……どうしたものか…」


短槍に付いた血を払い落とし、アントワーヌは北の方角を見て、そう呟いた。



 ――朝。


ノブサル領の弓兵部隊が駐屯していた場所には、静けさが漂っていた。

アントワーヌ達の仕掛けた夜襲により、一晩で全滅したのである。

その駐屯地の中心に、アントワーヌ達は集まっていた。


「手筈通りなら、カレッドの騎士が重騎士部隊に攻撃を仕掛ける頃だが、拙者達もそろそろ動くのか? 」


プレトがアントワーヌに訊ねる。

予定では、重騎士部隊をカレッドの本隊と自分たちで挟み撃ちにするつもりであった。


「……」


アントワーヌはプレトに答えることなく、腕を組んだまま動かなかった。


「おい! 聞こえないのか! 返事をしろ! 」


「……ん? なんだ? すまん、もう一回言ってくれ」


ようやく、アントワーヌは反応した。


「……拙者はこの後どうするかと聞いたのだ」


「後……後か…このまま、予定通り重騎士を攻めに……行く…」


「……ん? 歯切れが悪いな……何かあるのか? 」


「いや……このまま、俺達だけでノブサル領に攻めに行くのも有りかと思ってな…」


「は? この拙者達だけの四人でか? 」


「ああ」


「流石に無理だろ。何考えてるんだ」


「やり方はいくらでもあるはずだ。できないことはない」


「……いや、きついな。このまま、予定通りに進もう」


イアンが口を開いた。

アントワーヌとプレトが彼の方に目を向ける。


「ラノアニクスの調子が悪い。実質、今戦えるのはオレ達三人だけだ」


「なんだと? 」


アントワーヌは眉をひそませながら、ラノアニクスを見る。

イアンの隣にいるラノアニクスには、特に変わったところは見られなかった。


「別に、普通のように見えるが? 」


「……昨晩の戦いで暴走してな。今は落ち着いたが、また戦えば再び暴走するかもしれん」


「暴走? なんだ、それは? 」


イアンの発言に、アントワーヌは首を傾げた。


「なに…知らないのか? アントワーヌ」


イアンにとって、アントワーヌの反応は意外であった。


「何かを殺しすぎると暴走してしまうのは、獣人特有のものではないのか? 」


「獣人が何かの条件で理性がなくなるのは聞いたことはあるが、殺しすぎで暴走するのは聞いたことがない。獣人特有なのではなく、こいつ特有のものだろう」


「そうか……」


「それで、別に戦えないわけではないじゃあないか」


「……!? 」


アントワーヌの言葉を耳にし、イアンは目を見開いた。


「いや……暴走したばかりだぞ? 今日戦って人を殺せば、また暴走するかもしれない」


「暴走する前に殺すのをやめればいい。そうだろ? 」


「だが……」


「グゥ…イアン、大丈夫だ…」


イアンが反論しようとしたとき、ラノアニクスが口を開いた。


「ラノアニクス……本当に大丈夫か? 」


「大丈夫……今度はイアン、襲わない…」


「ほれ、本人もこう言っている。今日もしっかり戦ってもらうぞ」


「ギャウ! 言われなくても! 」


涼しい表情をするアントワーヌをラノアニクスが睨む。


「ならば、今回からラノアニクスと共に動くことにする。もしも、ラノアニクスが暴走した時に、止められるようにするためだ」


「……ふん、好きにしろ」


イアンの提案に、アントワーヌは少しだけ顔をしかめながら、そう言った。


「お前達の間には色々とあるのだな。とりあえず、本隊の加勢に向かうぞ」


プレトはそう言うと、本隊と重騎士部隊が戦っているであろう南の方へ歩きだした。

アントワーヌ達も、彼女に続いて歩き出した。





 カレッド領本隊とノブサル領重騎士部隊の戦いは、カレッド領本隊の勝利で幕を閉じた。

弓兵部隊の支援がなくなったのと、アントワーヌ達による後方からの襲撃により重騎士達は混乱。

陣形を保つことができず、カレッド領本隊の騎士達によって各個撃破され、重騎士部隊は全滅したのであった。

本隊の被害は、六名が軽傷という軽いもので、この戦いはカレッド側の大勝とも言えるだろう。


「アントワーヌ殿、お疲れ様です… 」


「ルロル様? 前線に出ていたのですか? 」


近寄ってきたルロルに、驚くアントワーヌ。


「はい…後ろの方ですが…」


「姉上、あまり前に出ないでください」


アントワーヌとルロルの元に、プレトがやって来た。


「プレト、あなたもよくやりましたね」


「……ま、まぁ、そんなに大変ではありませんでしたよ…」


プレトは顔を逸らして、頬をかきながら答えた。


「この戦いに勝てたのは、あなた達のおかげです。今日はお疲れでしょう、早く砦に戻りましょうか…」


ルロルが踵を返し、本隊にも砦に帰ることを伝えようとした時――


「いや……帰らない。次はこちらが攻める番だ」


と、アントワーヌが言った。


「え……い、今からですか!? 」


ルロルが驚きながら振り返る。


「ええ、その通りです。今、ノブサルの連中は、この戦いの勝敗を知らない。つまり、まだ次の手は講じてこないのです」


「……今が攻撃をする絶好の機会だと? 」


「はい」


「そうですか……では、また部隊の編成を……」


「その必要はありません。この夜襲部隊の編成で充分です」


「「えっ!? 」」


ルロルとプレトが驚愕の声を上げる。


「どういうことだ? 今度は何を企んでいる? 」


プレトがアントワーヌに訊ねる。


「企んでるとは人聞きの悪い。なに、敵の頭を潰しに行くのだ」


「敵の頭……領主サミールか? 」


「違う。マルゼスという女を狙う。どうもその女がノブサルの騎士達を動かしているそうだ。で、そいつは、この北にあるいうグレイトネル砦にいるらしい」


「はぁ……ちょっと待て。何故、そこまでの情報を知っている? 」


「昨晩の夜襲で、弓兵部隊の隊長から聞き出した」


「いつの間にそんなことを……しかし、信用出来る情報なのか? 」


「それを込みで少数精鋭なのだ。情報が間違いで不利な状況になったら、すぐに逃げられるようにな」


「逃げられる……少数精鋭……また、奇襲か…」


プレトが肩を落とす。


「アントワーヌ…」


「ん? イアンか、どうした? 」


イアンに呼びかけられ、アントワーヌは振り返った。


「今日は、ラノアニクスを砦で休ませたい。やはり、無茶をさせないほうがいいだろう。いいか? 」


「ダメだ」


アントワーヌは、イアン提案を拒否した。

その厳しい言葉とは裏腹に、彼女は微笑みを浮かべている。


「そいつの鼻は敵の探知に役に立つ。今から行う作戦に必要不可欠だ」


「……しかし…」


「何度も言わせるな。暴走する一歩手前で殺すのをやめればいいだけの話だ。時間が惜しい。すぐに出発するぞ」


アントワーヌはそう言うと、北の方へ歩きだした。


「……はぁ…奇襲とはいえ、他領の者だけに戦わせるわけにも行かない。姉上、拙者も行って参ります」


「あ……うん、気をつけて…」


プレトはアントワーヌの後を追い、ルロルは本隊の方に向かった。


「イアン、ラノは大丈夫だ……だから、行こう…」


そう言いながら、ラノアニクスはイアンに近づく。

イアンは、じっとしたまま動かなかった。


「……イアン? 」


ラノアニクスは、そんなイアンの顔を心配そうに覗き込んだ。

彼女の目には、イアンのいつもの無表情が映った。

この時のラノアニクスは気づくことが出来なかったが、今のイアンの表情は僅かに歪んだものであった。





 グレイトネル砦――


ノブサル領最南端に位置する砦である。

砦の中では新しく建設され、その当時、戦乱は無かったものの、まるで戦いを目的としたかのように、頑強な造りをしていた。

分厚いに塀に囲まれた中に砦があり、塔のような形状をしている。

その塔の下、塀の中の広く開けた場所を歩く少女がいた。

少女は赤く長い髪を持ち、その髪は歩く度にゆらゆらと揺れている。

来ている服は、ノブサル領の騎士の服で、僅かに凝った装飾があることから、上位の騎士であることが分かる。

その少女の元に、一人の騎士が近づいていく。


「騎士長」


騎士が少女に声を掛ける。

少女は騎士の声に反応し、ゆっくりと顔を振り向かせる。


「……!? 」


振り向く途中の少女の顔を見て、騎士は思わず体を竦ませた。

少女の目つきは鋭く、味方にするような視線ではなかったのだ。


「なに? 」


少女はそう短く言った。

今の彼女の目つきは、先程のような鋭いものではなくなっている。


「新兵器のことについてお話があります」


「今から見に行くところだけど? 」


「そうでしたか。先に申し上げますと、新兵器は完成です。すぐ、戦場に出すことも可能です」


「そう……」


少女は顔を俯かせ、考え込むような仕草をする。

少し時間が経った後、彼女は顔を上げた。


「お前、前線に出ている部隊の伝令兵を見た? 」


「いえ……私は見ていません……」


「……悪いけど、新兵器は移動しないで、今の場所のままでいいわ」


「よろしいのですか? あの破壊力ならば、カレッドの者共をすぐにでも粉々にできると思われますが…」


「いいの。あと、重騎士達の数を増やしときなさい」


「……!? また、数を増やすのですか? これ以上、この砦に重騎士を集めれば、他の砦の戦力が大幅に落ちてしまいます」


「構わない。いいから、早く伝令を出しなさい」


「わ、分かりました…」


騎士は少女に礼をした後、走り去っていった。


「……西の大部隊の失踪といい、今回も……あり得るかもね…」


少女はそう言うと、再び歩きだす。


「でも、この戦争……勝つのはあたし。サミール……絶対にあなたを守ってみせるわ…」


少女――マルゼス・ファンティーヌは先ほどのような鋭い目つきで、そう呟いた。




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