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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
七章 多様の使い手
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百六十六話 勝利の策

 負傷したカレッドの騎士達と出会ったイアン達は、彼らに連れられ近くの砦に辿り着いた。

その後、イアン達は隊を率いていた騎士に連れられ、砦の一室に案内され――


「疲れているだろうが、状況を知りたい」


アントワーヌが、騎士に訊ねた。

その騎士は、この砦に駐留する部隊の隊長である。


「ああ、そのつもりだ。そこにかけてくれ」


その部屋の中央にはテーブルと椅子が並べられており、隊長騎士はアントワーヌ達にそこへ座るよう促した。

アントワーヌ達が椅子に座ると、隊長騎士も椅子に座り――


「察してはいるだろうが、我々カレッド領とノブサル領の戦争は始まっている。そして……」


話し始めた。

本隊から各前線砦へ一斉に突撃命令が下され、この砦も突撃部隊を編成し、ノブサル領に攻め入った。

ノブサル領内に侵入した部隊は、近隣の砦の制圧を目標に領内を進んでいたが、ノブサル領の重騎士部隊と遭遇し戦闘になる。

部隊は果敢に挑んでいったが、重騎士部隊の密集陣形を破ることができず、部隊の半分の騎士を失ってしまった。


「……半分の戦力を失ったところで、我々は退却することにした。君達と出会ったのはその途中というわけだ」


(個々の力は強いが、団体戦はノブサルに劣ったか……ふむ…)


隊長騎士の話しを聞き、アントワーヌは腕を組み、考え込むような仕草をする。

少しの間、そうした後、ようやく彼女の口が開かれた。


「ここは、本隊とは別の部隊ということでいいのだろうか? 」


「そうだ。我々は本隊とは別に動いている」


隊長騎士がアントワーヌの問いに答えた。


「そうか……ここは、カレッドでどの位置にある砦だ? 」


「最北西の位置だ 」


「他の砦との距離は遠いか? 」


「……けっこう距離があるな。本隊が駐留している砦の位置を教えようか? 」


隊長騎士は、アントワーヌが本隊を目指しているかと思ったが――


「今はいい……時間が無い」


彼女が質問をした真意は違うものであった。


「時間が無い……とは? 」


「……近々、この砦に多勢の部隊が攻め込んでくるかもしれない」


「なんだと!? 」


アントワーヌの言葉に、隊長騎士が目を見開いた。


「恐らくだがな。ここの他にも、ほぼ孤立したような部隊があれば、そちらから攻め込んでくるかもしれんからな」


「他の……我々のように本隊とは別に動いている部隊はあるだろうが、他の砦との距離があるのは他にはないはずだ」


「ならば、ここに来るな」


「待ってくれ。その攻め込んでくるという考えは、どこから出てきたのだ? 」


隊長騎士の顔は険しい。

アントワーヌの発言は隊の長として見過ごせないものであった。


「前線の砦から一斉に攻め込んだろう? ちなみに、本隊の規模は? 」


「……こことは比べほどにならんほどだ…」


「だろうな。ならば、最前線の各部隊の戦力は把握されているはず。各部隊の戦力を分析すれば、ここが一番攻めやすいと判断されるだろ? 」


「う…うむ」


隊長騎士が額に汗を浮かばせながら呟いた。


「そして、この砦を落とされれば、ここを足がかりにして、カレッド領を制圧しにかかるだろうな。この砦から本隊を挟み撃ちにしたりな。つまり、カレッドは敗北する」


「……!? 」


そのアントワーヌの言葉を聞いた騎士隊長は鬼気迫る表情をしたと同時に立ち上がり、部屋のドアに手をかけた。


「どこへ行く? 」


そんな彼をアントワーヌが呼び止める。


「……戦闘の準備だ…」


「無理だ。ここの戦力で、敵の大部隊に勝てるはずが無い」


「ならば、どうするというのだ!? このままでは、カレッドが負けてしまうと、貴様は言ったではないか!! 」


騎士隊長が怒鳴り声を上げた。

カレッド領の危機に、焦燥している様子であった。

そんな彼に対して、アントワーヌは――


「武器をぶつけ合うだけが、戦争ではないだろう? 頭を使え。策を弄するのだ」


と、頬を吊り上げながら言った。


「策…だと? き、貴様にはその策とやらがあるというのか? 」


「おうとも。俺が考えた策は……」


アントワーヌが自分の考えた策を話し――


「……!? き、貴様、正気か!? この外道め、そんなことできるわけがない!! 」


それを聞いた隊長騎士は激昂した。


「しかし、やればカレッドを守ることができるぞ? 」


「なっ……し、しかし、流石にルロル様の許可を取れなければ――」


「時間がないと言った。やるかやらないかは貴公次第だ」


「ぐっ……」


隊長騎士に選択を迫るアントワーヌ。

やはり、彼女の頬は吊り上がっており、その表情は自信に満ち溢れていた。





 アントワーヌ達がカレッド領に辿り着いた日から一日後。

ノブサル領最南西の砦に、大多数の重騎士が集結していた。

数は千名ほどある。

重騎士は砦の中で整列されており、先頭の二百名ほどの重騎士は武装した馬に乗っていた。


「ふふ…この襲撃で、我々ノブサルの勝利が決まったも同然だ。武術の優れたカレッドには、もう少し苦戦すると思ったのだがな」


その重騎馬を指揮をするエイ・オットロイトがそう呟いた。

ノブサル領はカレッド領の西が弱いと判断し、そこから大部隊による襲撃を行おうとしていた。


「カレッドの最前線のどこかに穴ができる……マルゼス殿の言った通りだ」


この一点突破を狙った策略は、マルゼス・ファンテーヌが考え出したものであった。

彼女はサミール・ダラーが領主となってから、その補佐としての手腕を発揮し、既に周りの騎士達から信頼されていた。

故に、彼女の意見に反対するものはおらず、騎士達の結束力も強い。

この結束力はノブサル領にとって、必要不可欠なものであった。

なぜなら、個々の技で勝負をするカレッドの騎士とは違い、ノブサルの騎士は陣形を組み、団体で勝負をするからである。


「エイ突撃隊長! 」


ノブサル領の伝令兵が、エイの元にやってきた。


「出撃か? 」


「はい。マルゼス殿より、出撃命令が出されました! 」


「よし! 手筈(てはず)通り、我々重騎馬部隊が先行する。各重騎士部隊は後から参られよ! 」


エイの言葉に、複数の重騎馬部隊の隊長が頷く。


「出撃! 」


そして、エイの号令により、ノブサルの重騎馬部隊が一斉に動き出した。

向かう先は、アントワーヌ達のいるカレッド最北西の砦である。



 先行したノブサル領の重騎馬部隊は、順調に草原を進む。

馬達は鎧で武装し、重騎士を乗せているせいか、速度は僅かに落ちている。

しかし、その重量が凶器となり、その突撃の威力は、ぶつかったの体をバラバラにしてしまうほどであろう。


「む、砦が見えてきた。各自槍を構えよ」


エイの指示で、重騎馬の騎士達は一斉に槍を構える。


「……よし、砦の門が開いている。奴らが気づく前に蹂躙するぞ! 」


前方の砦の門は開かれており、エイは喜々として門の中を目指して走らせる。

彼らが近づいても、砦の中からカレッドの騎士が現れることなく、ノブサルの重騎馬部隊は砦の中に侵入できた。


「……むぅ、蛻の殻…か? この砦を放棄したのか……」


エイ達が砦の中に入ったが、一向に騎士達が現れることはなかった。


「奴らめ…勝てないと踏んで逃げ出したか。しかし、これは好都合。戦うことなく、砦を落とせたわ……だが…」


エイは馬上から、地面に目を向けた。


「この散らかりようは何だ? 何故、草に塗れているのだ? 」


砦の中の地面には、草の葉が散りばめられており、隅には刈り取った草が大量に積まれていた。

その時――


バタン…!


砦の門がに閉まりだした。


「む? 誰だ? 門を閉めたのは 」


エイが自分の部下に訊ねるが――


「い、いえ、分かりません。誰もここから離れておりません」


エイが率いる重騎馬部隊は砦の中におり、門を閉めたとされる人物はいなかった。


「なに? では、独りでに門が閉まったとでも――」


エイがそう呟いたと同時に――


ヒュ!


風切り音と共に、火矢が飛んできた。

火矢は草の山に引火し、轟々と燃え盛る炎となる。


「うわっ!? 」


「熱っ! 」


重騎馬の騎士達が狼狽えは始める。

彼らは逃げ場を無く、燃え盛る炎に囲まれてしまった。


「くそっ! 罠だったのか! だが、カレッドの連中がこのような策を講じるなど……」


エイが火矢の飛んできた方向に顔を向けると、砦の上部にカレッドの騎士が佇んでいた。

その騎士は弓を手にし、じっとエイ達を見つめていた。


「おのれ! これが貴様達のやり方か! 」


エイは、その騎士に向かって怒声を浴びせる。


「……ぐっ…」


その騎士はエイの怒声に顔を歪ませた。


「卑怯者! 降りて戦え! ぐっ…ううっ…」


「熱い! や、焼け死ぬ! 」


「た、助け……ああああああ! 」


ついに、炎は重騎馬の騎士達を飲み込み始めた。

重騎馬の騎士と馬は炎に焼かれもがき、苦しみ始める。


「ぐうっ……卑怯者め! おのれ……おのれえええええ!! 」


エイの怒声は、他の重騎馬の騎士達と同じように絶叫となり、炎の中に包まれていった。


「……」


重騎馬の騎士達が炎の中に消えていったのを見届けた騎士は、砦を後にした。

彼は、砦に駐留していた部隊の隊長騎士で、アントワーヌの言われた通りに動いたのだ。

アントワーヌが考えた策は、敵を砦に招き入れ、砦ごと敵を焼き払うこと。

古くから使われている砦を焼くことと、敵と剣を交えることのなく勝利を得るのは、騎士の精神を重んじるカレッド領の騎士として、隊長騎士は反対であった。

しかし、カレッド領の敗北を天秤にかけられ、やむなくアントワーヌの策を講じたのである。


「……」


先に避難した部下達の元に向かう途中、隊長騎士は振り返る。


「……これが戦争……勝つことが正義…か…」


燃え盛る砦を見つめながら、隊長騎士はそう呟いた。

彼の拳は、内に込み上げるものを押し殺すかのように、強く握り締められていた。




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