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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
七章 多様の使い手
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百六十四話 選ばれたのは

 オリアイマッド王都堺の砦の一室は、時が止まったかのような静けさが漂っていた。

そこには、三人の少女がおり、その中の二人は驚愕した表情のまま固まっている。

唯一、一人だけは済ましたような表情を浮かべていた。

その少女――プレトは濃い紫色の髪を持ち、アントワーヌのように二つに結っているが、彼女よりも束ねた髪の長さは短い。

カレッド領特有の古風な騎士服を身につけており、一般のカレッド領の騎士服と違った部分がある。


「早く返事を聞きたいのですが……できれば、この場で」


済ました表情のまま、プレトはユニスに訊ねた。

表情が固まったままのユニスであったが、やがて目を瞑り、短く息を吐いた後――


「悪いが、その要求には答えられない」


と、プレトの目を見つめながら答えた。

ユニスは、他の領地に協力をしないと決めており、使者を送ってまで強力を求められようが、揺らぐことはなかった。


「左様ですか。では、協力は得られなかったと姉上に伝えます。では…」


要求を断られたにも関わらず、プレトは依然として済ました表情であった。

彼女はそのまま、部屋のドアの方へ歩いていく。


「待て」


そんなプレトを呼び止める者がいた。


「こんな話し合いがあってたまるか。詳しく……まず、ノブサル領に宣戦布告をされた経緯から話せ」


アントワーヌである。

彼女は今のやり取りに納得しておらず、プレトを呼び止めたのである。


「……協力はしないと、ここの領主は仰いましたよ? 今更、そんなことを話しても無駄だと思いますが…」


プレトは振り向きもせずに答えた。


「そんなことはない。詳しい話をすれば、こいつの意見も変わるかもしれんぞ? 」


「おい、勝手なことを言うな。なんであろうと、小生は意見を変えるつもりはない」


ユニスがアントワーヌに詰め寄る。


「まぁ、待て。おまえは頭が堅すぎる。奴の話を充分聞き、色んな視点から考えた方がいい」


「……むぅ、しかしなぁ…」


「じゃあ、奴の話を聞いた後、俺の意見を言わせてもらう。とにかく、詳しい話を聞くぞ」


「…分かった」


ユニスは渋々ながら頷いた。


「ということで、話しもらおうか」


アントワーヌはそう言うと、部屋の中央に置かれている椅子の一つに座った。

ユニスもアントワーヌの隣の椅子に座る。

椅子に座る二人の姿を見たプレトは――


「はぁ…」


とため息を着き、二人の向かいの椅子に座った。


「そんなに聞きたければ言ってあげます。唐突に宣戦布告をされました。理由なんて知りません」


「理由が無い……ならば、カレッド側に何か思い当たる節は無いか? 」


ユニスがプレトに訊ねる。


「無いです。ノブサル領が不利益になることを我々カレッド領はしていません」


ユニスの問いに、プレトは淡々と答えた。


「……他の領とは違うものを感じる…が、それだけだ。アン、今の話を聞いてどう思う? 」


「まだ分からない……だが、今の話を聞くに、カレッド領に協力した方がいいかもしれん」


「なんだと? 」


アントワーヌの答えに、ユニスは顔をしかめた。


「攻め込む理由が分からないのだ。ここで、カレッドと共闘し、早めに潰しといたほうが得策だろう」


「早めに……まさか、カレッドの次はこのオリアイマッドに攻め入るつもりなのか!? 」


「むっ…」


ユニスの発言に、プレトは眉をひそめた。


「そうするかは分からんが、可能性はあるだろう。だから、カレッド領があるうちにノブサルを潰した方がいいのだ」


「むぅ…そうか…」


ユニスはそう呟きながら、腕を組む。


「聞き捨てはらないことがあります」


ユニスが考え事をしている中、プレトが声を出した。

彼女の顔はしかめっ面で、いかにも不機嫌な様子であった。


「先程から、カレッド領が負ける前提で話していませんか? 」


「……まぁ、想定はしているな」


プレトの問いに、アントワーヌが答えた。


「想定……仮の話であっても、カレッド領が負けるなどと考えるのはやめていただきたい」


「…ふむ、カレッド領は負けないと言いたいのですかな? 」


アントワーヌが不敵な笑みを浮かべながら、プレトに訊ねた。


バンッ!


「無論だ! お前達、獣臭いオリアイマッドの力を借りずとも、カレッドは負けない! 」


プレトは目の前の机を叩き、アントワーヌに向かって怒鳴りつけるように声を上げた。


「おおっ!? 」


ユニスが驚き、目を見開きながらプレトを見る。


「ならば何故、ここに来た? 」


驚くユニスに反して、アントワーヌは涼しい表情をしていた。


「……カレッドは負けない……なのに、姉上がオリアイマッドに協力を求めろと…拙者達はそんなことする必要ないのに……」


俯きがちに、プレトはそう呟いた。


(なるほど、こいつがあまり乗り気でなかった理由は、他領と共闘することに否定的だったからか)


アントワーヌは合点がいき、短いため息をついた。


「否定的なお前が使者になったのは? 」


「他の者では協力を得るために、お前達に媚びるだろう。そんなの、カレッドのやる事ではない。お前達に舐められないよう、拙者が使者に名乗りを上げたのだ」


「ふぅん……で、ユニスはどうするか決まったか? 」


「……カレッド領に――」


コン! コン! コン!


ユニスが口を開いた時、部屋のドアを叩く者が現れた。


「なんだ? 今は取り込んでいる。後にしてくれ」


「しかし……ノブサル領から書状を受け取ったのですが…」


「なに!? 」


ドアを叩いた者は伝令兵だった。

ユニスはドアを開け、伝令兵から書状を受け取る。


「……確かに、ノブサル領のものだ」


ユニスは書状を手にしたまま、椅子に座る。


「ちっ、ノブサルも動いたか。ユニス、なんと書いてある? 」


「待て…………アン、それにプレト。すまん、オリアイマッドはカレッドに協力できない」


書状に目を通した後、ユニスは二人の顔を見回しながら、そう答えた。


「なに? それに何が書いてあった? 」


アントワーヌがユニスの持つ書状を覗き見る。

そこには――


オリアイマッド領 領主ユニス・キリオスへ


ノブサル領はカレッド領に宣戦布告をした

貴公に願うことは、ただ静観することである

カレッド領に協力することも我らの助太刀もしないでもらいたい

もし、この願いを聞き入れられないのであれば、オリアイマッド領も戦禍の炎に焼かれることになるだろう


ノブサル領 領主サミール・ダラーより


と書かれていた。


「要するに何もするなということか」


「ああ。でないと、このオリアイマッドも標的にされる」


「遅かれ早かれだと思うが? 」


「だとしてもだ。やはり領主として、自分の領地を戦争に巻き込ませたくない」


ユニスはそう言うと、腕を組み顔を伏せた。

もう意見を変えることは無い。

今のユニスの姿勢はそういう意が込められていた。


「オリアイマッドはカレッドに協力できない。これを返事として受け取ってもよろしいですか? 」


「ああ――」


「待て」


ここで、再びアントワーヌが待ったをかける。


「ユニス、ここでノブサルは潰しておいた方がいい」


「おまえの意見も分かる……だが、小生はもう意見を変えるつもしはない」


「ああ、分かっている。だから、両方やろう」


「……ん? 」


「は? 」


アントワーヌの言葉に、ユニスは首を傾げ、プレトは間の抜けた声を出した。


「オリアイマッドは静観しつつ、カレッドに協力するということだ」


「何を言っている……協力するのならば、静観ではないぞ」


「だから、頭が堅いと言っている。バレなければいいだけの話だ」


「……!? 」


ユニスの顔が引きつる。


「正気か!? ……いや、アンにこれを訊ねても無駄か。どう協力するのだ? 」


「少数精鋭を送り込み、カレッドの騎士達と共に戦う。指揮は俺が執ろう」


「少数精鋭か…むむむ……」


ユニスは腕を組み、唸りだした後――


「分かった。だが、小生…オリアイマッドは何もしない。おまえが小隊を編成した後は、何も手出ししないからな」


と観念したかのように、言い放った。


「充分だ。聞いたな? オリアイマッドは静観するが、カレッドに協力すると」


「め、滅茶苦茶だ! 拙者は何と姉上に伝えればいい! 」


プレトは頭を抱えて叫びだした。


「分からないか? ならば、おまえの姉にこう伝えておけ。アントワーヌが協力するとな」


アントワーヌは不敵な笑みを浮かべながら、言い放った。

そんな彼女にユニスは呆れ、プレトは唖然としていた。





 その後、善は急げとアントワーヌは自分の小隊に入る者を探し出した。

オリアイマッドを馬で駆け回り、手当たり次第騎士に声を掛けたが、誰も彼女の手を取る者は現れなかった。

アントワーヌの小隊にはオリアイマッドの後ろ盾が無い。

それを気にしてか、誰も彼女の元で戦おうとは思わないのだ。


「ふむ、集まらないものだな。まぁ、いなくてもいいのだがな」


アントワーヌはそう言うと、ピオリットに向けて馬を走らせた。


「ここに来たと言うことは、小隊ができたのだな」


ピオリットに辿り着いたアントワーヌは、ユニスの家に来ていた。

彼女が執務室に入ると、ユニスがそう言って出迎える。


「まぁ、増えなかったというか、決まっていたというか…とりあえず、出発したいと思う」


「……? よく分からんな。今出発するのか? 」


ユニスはそう呟きながら、窓の外を見た。

日が沈み始め、外は赤く照らされていた。


「ああ。日が沈む前にエンリヒリスへ行き、船でカレッドに向かうつもりだ」


「なに? カレッドに向かう間に夜になってしまうぞ」


「だからこそだ。ノブサルにバレんようにしなければならんだろう」


「そうか……で、おまえの小隊は何人集まったのだ」


「一人だ」


「なんだと!? 」


ユニスは驚愕し、目を見開いた。


「一人……おまえと合わせて、二人ではないか! 」


「ああ、そうだ。そいつと俺で充分だ」


「……その一人とは誰だ? 」


「イアンだ」


ユニスの問いに、アントワーヌはそう答えた。

その時、アントワーヌは不敵な笑みを浮かべていた。


「イアン…だと? 」


彼女に反して、ユニスは険しい表情を浮かべる。


「イアンはダメだ。悪いが、また小隊を集め直してくれ」


「……なに? 」


不敵な笑みを浮かべていたアントワーヌだが、ユニス同様険しい表情を浮かべた。


「イアンは小生の部下……いや、ただの部下ではない。小生が初めて登用した小生だけの部下だ。おまえと共には行かせられない」


「……ほう。では、イアンはどうだろうな」


「なに? 」


ユニスが眉をひそめる。


「イアンはどちらにつくかということだ」


「……イアンに決めさせるということか? 」


「そうだ。本人の意見を尊重しなければな。俺達だけで取り合いをしていても仕方あるまい」


「……いいだろう。ならば、明日イアンをここへ呼び、どちらにつくか答えてもらうとしよう」


「決まったな…」


アントワーヌはそう言うと、執務室を後にした。

彼女の頬はしばらくの間、吊り上がったままであった。





 次の日の夕方、イアンはユニスに呼ばれ、執務室に向かっていた。

ラノアニクスもイアンと共に歩いている。

彼が執務室に入ると、いつものようにユニスが椅子に座っており、アントワーヌが本棚にもたれかかっていた。


「久々に呼ばれてきてみれば……何かあったのか? 」


「……ああ。実はカレッド領…ここから南にある領なのだが、そこがノブサル領に宣戦布告をされてしまってな」


イアンの問いにユニスはそう答えた。


(……オレが聞きたいのは、そういうことではなかったのだがな…)


イアンは、ユニスとアントワーヌの間の距離を見つめていた。


「それは、他の騎士達から聞いている。オレが呼ばれたのは、それに関係することか? 」


「そうだ。オリアイマッドとしては静観する方針であるが、秘密裏にカレッドへ応援を出すことに決めたのだ」


「秘密裏? どういうことだ? 」


「ノブサル領にバレないよう、少隊を応援として派遣するのだ」


イアンの疑問にアントワーヌが答えた。


「そこで、イアン。おまえはどうしたい? 」


「どうしたい……待ってくれ。もう少し詳しく教えてくれないか? 」


ユニスの問いかけに戸惑うイアン。


「なに、簡単な話だ。ユニスと共にオリアイマッドに残るか、俺と共にカレッドへ行くか。このどちらかを選べばいい」


「アントワーヌ……おまえが小隊の指揮者か…」


イアンは状況を飲み込み、ゆっくりとそう呟いた。


(しかし、オレに選択を委ねるか。恐らく、二人で意見が分かれたのだろうな)


二人の雰囲気から、イアンは今の状況を察した。

イアンは正面のユニスの顔を見る。

ユニスはじっとイアンの顔を見つめていた。

彼女の目は真っ直ぐとイアンの目に向けられている。

イアンはユニスから視線を逸らし、アントワーヌの方に目を向けた。

彼女は済ましたような表情をしている。


「……? 」


イアンの目がアントワーヌの手に注目する。

彼女は服の中に手を入れているのだ。

そして――


「…………!? 」


イアンの目がゆっくりと見開かれた。

アントワーヌは服の中から、三色の鍵の一つである赤い鍵を取り出したのだ。


「ふっ…」


イアンが気づいたことを確認すると、アントワーヌは頬を吊り上げ、鍵を服の中へ戻す。

鍵と彼女の微笑みを見たことで――


「……オレはアントワーヌと共に行く」


イアンの選択は決定した。

彼女の行動の意味をイアンは察したのである。

それはイアンにしか伝わらないものであり――


「……? 」


ラノアニクスもその行動を目撃していたが、理解できなかった。


「……なっ!? 」


「そうか……」


イアンの選択した答えに、二人は対称的な反応をした。

ユニスは驚き、落胆したかのように顔を青ざめさせ、アントワーヌは済ました顔をしているが、若干頬が緩んでいるように見える。

イアンは、密かに彼女の願いを叶えたことによって、カレッドへ向かうこととなった。




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