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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
七章 多様の使い手
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百五十九話 平原の美味

ほのぼの回

 イアン達が王都から戻ってきた日から次の日。

ユニスの家にある執務室に、イアン達はいた。


「……むぅ…」


「ふむ……」


そこで、ユニスとアントワーヌは大量に積まれた書類に目を通していた。


「……先程から、二人は何をしている? 」


「領主となった今、領地の状況を把握しとくべきだと思ってな。ここ最近の記録を見ているのだ」


イアンの問いに、ユニスが答えた。


「領地を運営するには大事なことで、本来なら領主となる前に把握しとかなければならない。今日中にこの作業を終えるつもりだ」


「ほう……アントワーヌも同じことを? 」


「ああ……同じものを見ているわけではないがな」


アントワーヌは書類に目を向けたまま答えた。


「失礼します。エンリヒリス領堺の砦より、書類をお持ちしました」


「失礼します。エンリセンの港より、書類をお持ちしました」


大量の紙の束を抱えた役人が執務室の中に入ってくる。


「ご苦労。エンリヒリスはそこ、エンリセンはそっちに置いてくれ」


「「はい」」


ユニスの指示を受け、役人達は書類を置くと――


「「失礼しました」」


執務室を出ていった。


「……一日で終わるのか? 」


「グゥ…」


次々と積まれていく書類の山に、イアンとラノアニクスは唖然とするばかりであった。


「ユニス、オレ達は何をすればいい? 」


「…………今は特に――」


「失礼します! 」


突如、執務室の扉が勢いよく開かれ、部屋の中に役人が飛び込んできた。


「……ノックはしなくていいと言ってあるがな……強く扉を開けるのはやめてくれ…」


扉を開けた勢いで書類が吹き飛び、ユニスが紙の山に埋もれていた。


「も、申し訳ございません! 」


彼女の姿を見て、役人は青ざめた顔のまま、頭を下げた。


「ふぅ、どうせ後で滅茶苦茶になるんだ。気にすることはないがな。で、何があった? 」


「あ……大変です。エンビシャザードが北の平原に現れました! 」


「なんだと!? 」


「……!? 」


役人の言葉にユニスは驚愕し、思わず立ち上がってしまった。

アントワーヌも驚いたのか、目を見開いて役人の顔を見ている。


「エン……なんだって? 」


「ギャウ? 」


エンビシャザードを知らないイアンとラノアニクスだけがキョトンとしていた。


「ああ…イアンとラノアニクスは知らないか。エンビシャザードは、北の平原に周期的に現れる魔物だ」


ユニスがイアンとラノアニクスに向けて、エンビシャザードの説明を始める。


「甲殻を(まと)った虫のような外見を持つ蜥蜴(とかげ)型の魔物で、前足の(はさみ)は強力で重戦士の鎧をも砕いてしまうほどだ」


「ほう、鋏を持っているのか……懐かしいな。それで、何をそんなに驚いている? 」


「さっき周期的に現れると言ったろう? 奴が現れるには一ヶ月も早いのだ」


「さらに、今は見て分かる通りバタバタとしている。オレ達だけではなく、他のところもそうだ。つまり、エンビシャザードを討伐する騎士がいない」


ユニスに続いて、アントワーヌがイアンに説明した。


「それならば、ちょうどいい。オレ達が倒しにいこう」


「そう……だな。行ってもらえると助かる。だが、気をつけろよ。エンビシャザードは平原のどの魔物よりも強い」


「ユニスの言った通り、本当に強いからな。気をつけろよ、イアン」


「ああ、行くぞ」


「ギャウ! 」


イアンとラノアニクスは、エンリシャザードを討伐するため、ユニスの家を後にした。



 イアンとラノアニクスは、役人が呼んだ馬車に乗り、オリアイマッド領と平原の境目のあたりで降ろされた。


「私が案内できるのはここまで……討伐が終わったら、近くの村に行き、そこの村長へ報告をお願いします。馬車の手配もしてくれるはずです」


「分かった」


「では、私はこれで…」


御者はそう言うと、馬車を走らせ、領地の方へ帰っていった。


「ここから探すのか」


イアンは御者から平原の方に目を向け、そう呟いた。


「行こう、イアン。平原だから、すぐ見つかる」


ラノアニクスはそう言うと、平原を進んでいく。


「そうだな、行くとしよう」


イアンもラノアニクスに続いて、歩き始めた。

平原には数日前のように魔物が多く存在することはなかった。

その代わり――


「あいつか…」


一際大きい魔物が平原にいた。

その魔物は、ユニスの言った通り虫のような外見をしており、堂々と平原を歩いている。

話に聞いたエンビシャザードで間違いなかった。


「む? 」


イアンは、エンビシャザードに近づいていくサイベアーが目に入った。

サイベアーは威嚇しながら近づいていき、やがてエンビシャザードに襲いかかった。


「……!? 」


イアンは目に入った光景に驚愕した。

エンビシャザードに襲いかかったサイベアーが胴体を真っ二つにされたのだ。

一瞬の出来事で、イアンが我に返った時には、エンビシャザードはサイベアーの肉片を踏み越え、何事もなかったかのように歩いている。


「これは……予想以上だぞ…」


イアンの額から、一滴の汗が滴り落ちた。





 平原を歩くエンビシャザードの後ろをイアンとラノアニクスは追っていた。

気づかれないように、二人はある程度距離を離していた。


「ムッ! イアン、近づきすぎ、気づかれるぞ」


「ああ、すまん」


エンビシャザードとの間合いはラノアニクスが本能的に測ったものであった。


「さて…ラノアニクス、もうそろそろ攻撃を仕掛けてもいいだろうか? 」


「グゥ…………ムッ! イアン、準備だ! 」


「分かった」


ラノアニクスの言葉を受け、イアンは鎖斧を後方へ投げ飛ばす。


ジャラジャラジャラ…


鎖斧から真っ直ぐに鎖が伸びていき――


「今だ、イアン! 」


「うおおっ! 」


ラノアニクスの合図で、イアンは鎖を両手で持ち、体を大きく動かしながら振り回した。

イアンが鎖を振り回したことで、鎖斧は円を描くような軌道で、エンビシャザードの頭目掛けて振り下ろされる。

彼の大技である張縄伸斧撃がエンビシャザードに炸裂する。


ガンッ!


「なんだとっ!? 」


鎖斧はエンビシャザードの頭に弾かれた。

イアンは張縄伸斧撃が効かなかったことに驚きつつも、鎖斧の鎖をボックスへ収納していく。

その間に、イアン達の存在に気づいたエンビシャザードが方向を変え、彼らのいる方向へ頭を向ける。


「…!? イアン! 」


「…ぐっ!? 」


エンビシャザードと顔を合わせた瞬間、ラノアニクスがイアンの片腕を掴んで跳躍した。

彼女の力のおかげで二人は軽くなり、高く跳躍することができた。

空中に飛び上がった二人の下をとてつもない速度で、エンビシャザードが通過していく。


「一瞬で、あの速度!? 巨体のくせに、なんて瞬発力だ! 」


「硬いのに速い……イアン、今度はラノがやる! 」


空中から着地した後、ラノアニクスがエンビシャザード目掛けて駆け出した。

エンビシャザードは跳躍の反動なのか、彼女に背を向けて動かない。


「ギャオ! 加重竜脚! 」


ラノアニクスは跳躍し、エンビシャザードの背中に向けて急降下する。

しかし――


ズドンッ!


ラノアニクスは平原に落下した。

エンビシャザードは、ラノアニクスの加重竜脚を横に転がって躱したのである。

そして、エンビシャザードは長い体を方向転換すると同時に、ラノアニクスに向けて鋏を振り回した。


「まずい! 躱せ、ラノアニクス! 」


先程の無残に切り裂かれたサイベアーの姿を思い出し、イアンがラノアニクスに向けて声を上げた。


「ギャウ! 」


ラノアニクスは跳躍し、エンビシャザードの鋏に切り裂かれることはなかったが――


バチッ!


「うっ! 」


鋏の後に振り回された尻尾がラノアニクスに激突した。


「ラノアニクス! ぐっ…う…」


イアンはエンビシャザードの尻尾に弾かれたラノアニクスを受け止める。


「……! サラファイア! 」


そして、ラノアニクスに声を掛けるまもなく、イアンは両の足下から炎を噴射させて、空に飛び上がった。

方向転換により、イアンの方に頭を向けたエンビシャザードが突進してきたのだ。


「大丈夫か? ラノアニクス」


「グゥゥ…大丈夫…」


イアンに抱えられながら、ラノアニクスは頭を横に振った。


「そうか。ラノアニクス、もう一度行けそうか? 」


「グゥ…難しい。あいつ速いから、ラノの攻撃は当たらない」


「そこだな。攻撃を与えるには、奴の動きを止めなければ……その上で、奴に通用する攻撃をしなければならないが」


イアンは自分の右手のひらを見つめた。


「硬い奴にはリュリュスパーク……こいつならばいけそうだ」


「ギャオ! イアンにはビリビリがあったか! なら、動きを止めるのは任せろ」


「ほう! その方法は? 」


「ラノがあいつを受け止める」


「そのまんまか……流石に丸腰のままでは心配だ。とりあえず、着地は任せた」


「わかった」


ラノアニクスの力により、二人は空中から平原に着地した。

その時、イアンがショートホークを二丁取り出し、ラノアニクスに渡す。


「鋏が来たら、そいつで防げ」


「おお……おおっ! 」


ラノアニクスは初めて手にする武器に感動したのか、両手に持ったショートホークを見上げ、目をキラキラと輝かせていた。


「聞いているか? ラノアニクス」


「ギャウ! 問題ない。イアンは後ろにいろ」


「……頼むぞ」


イアンは心配しつつ、ラノアニクスの後ろに下がった。

その時、エンリシャザードは方向転換を済ませ、二人に頭を向けていた。

そして、突進を行うために尻尾を丸め始める。


「あいつ…丸めた尻尾を地面に叩きつけていたのか。それだけで、あの瞬発力を生み出すのか…」


イアンは、エンビシャザードの瞬発力の秘密を知り、目を丸くさせた。


「グゥゥゥゥゥゥ…」


ラノアニクスは二丁のショートホークを構え、唸り声を上げる。

彼女は力を自分の体を重くするために使っているのか、足の周りが陥没していく。

そして、突進の準備が整ったエンビシャザードが尻尾を地面に叩きつけた。

それにより、とてつもない瞬発力が生まれ、真っ直ぐラノアニクスへエンビシャザードが飛んでいく。


「グッ…!」


ラノアニクスがエンビシャザードの突進を受ける。

エンビシャザードは、突進の勢いを乗せた鋏をラノアニクスへ向けていたが、ラノアニクスを切断することはできなかった。

ラノアニクスがショートホークで、鋏を受けたのである。


「ギャオオオオ! 今だ、イアン! 」


「ああ、よくやった! 」


ラノアニクスの声を受け、イアンはサラファイアで飛び上がり――


「ふっ! 」


エンビシャザードの突き出た黒い目に、戦斧を叩きつけた。


「リュリュスパーク! 」


そして、間髪入れず戦斧の刃の部分に右手を添え、雷撃を放った。

雷撃は、戦斧の刃からエンビシャザードの目の中に伝わる。

リュリュスパークも強化されており、一瞬であった雷撃が今は十秒程流し続けることが出来ていた。

イアンの右手から放たれた雷撃は、エンビシャザードの体を駆け巡り、バチバチと尻尾から地面へと突き抜けていた。

香ばしい匂いを放ちながら、エンビシャザードはその場に倒れた。


「ふぅ……うまくいったな。ラノアニクス、よく……」


エンビシャザードの体から、平原に降りたイアンがラノアニクスに声を掛けようとしたとき、彼女はヨダレを垂らしながら、エンビシザードを見つめていた。


「む…むぅ? 」


心なしか、ラノアニクスの目がハートの形をしているように見えたイアン。


「……どうした? 」


一応、イアンはラノアニクスに訊ねた。


「……イアン、こいつは食えば絶対美味いぞ……ラノには分かる…」


「はぁ、やはりそんなことを考えていたか…だが、こいつはまも――」


「ギャウ! もう我慢できない! 」


ラノアニクスはエンビシャザードに飛びかかった。

硬い甲殻は目当てのものではないらしく、バリバリと剥がしていく。


「わあ……」


すると、剥がした甲殻の下から白い身が現れ、ラノアニクスが感嘆の声を上げる。


「……確かに、美味そうだ…」


「いただきまーす! 」


ラノアニクスは白い身にかぶりついた。


「んん~! 」


白い身を頬張るラノアニクスは、幸せそうな顔をする。


「……ラノアニクス、少しオレにも分けてくれないか? 」


あまりにもラノアニクスが美味しそうにするので、イアンも興味が沸いてきた。


「ギャウ! イアンも食え! 」


「…………うまい…」


エンビシャザードに肉はイアンの口にも合っていた。

特にプリっとした食感がたまらなかった。





 エンビシャザードを食べ尽くした後、イアントラノアニクスは近隣の村の村長に会い、エンビシャザードを討伐したことを報告した。

その後、村長が手配した馬車に乗り、ピオリットにあるユニスの家に向かった。

二人がユニスの家に辿り着いたときには、日が暮れ始めていた。


「帰ったぞ……大丈夫か? 」


イアンが執務室に入ると、綺麗に並べられた書類の山と、ぐったりしているユニスとアントワーヌの姿が目に入った。


「う……イアンか……無事で何より…」


机に突っ伏していたユニスが顔を上げる。


「そちらは大変だったようだな。本当に一日で終わったのか? 」


「ああ…なんとかな」


「オレ達も大変だったが、そっちも同じだろう……エンビシャザードはどうだった? 」


「「美味かった」」


アントワーヌの問いに、イアンとラノアニクスは声を揃えて答えた。


「え? 」


「は? 」


ユニスとアントワーヌは間の抜けた声を出した。


「また出てきたら、オレ達に任せろ」


「任せろ」


呆けたように口が開きっぱなしの二人に対し、イアンとラノアニクスはそう言った。

その時のイアンとラノアニクスは、とても頼もしい顔をしていた。




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