十五話 魔法の素質
タトウの店であるアクセサリー屋を出ると、日が暮れていた。
宿屋を探そうと、イアンが歩き始めようとしたところで。
「イアンさん、宿屋はもう決めてますか? 」
ガゼルが声を掛ける。
「いや、まだ決めてない。これから探すところだ」
「よければ、僕が泊まっている宿に来ませんか。値段が安くて料理もうまいですよ」
「ふむ、ロロットはどう思う? 」
「そこでいいと思う。お腹すいた… 」
「そうか。ガゼルよ、案内してくれ」
「わかりました。こちらです」
「あのー。オラも付いてっていいべか? 」
案内をしようと歩き出したガゼルに声が掛かる。
声の主は、先程の巨漢だった。
驚いたガゼルだが、すぐに平静を取り戻す。
「いいですよ。えと…… 」
「お?…ああ! まだ、名前を言ってなかったべ 」
巨漢は、ヘルムに手をかける。
「オラの名前は、プリュディスだべ。言いにくいから、プリュでいいべ。今年で、二十歳になったべ」
「―っ! 」
「ひっ! 」
ガゼル、ロロットが驚く。
ヘルムを外したプリュディスの顔は、とてつもない顔をしていたからだ。
二十歳とは思えない老けたような顔をしており、口からは長い前歯が伸びていた。
髪は、前髪が無く、落ち武者のような頭をしていた。
「おお…」
イアンは、その顔を見て、今は亡きトカク村の村長を思い浮かべた。
ガゼルの案内で、イアン達は宿屋に着いた。
その宿屋は、町の南西部にあり、ギルドや武器屋等の店が立ち並ぶ、中央部にある宿屋に比べれば、質素な建物であった。
中に入ると、恰幅の良い女性店主が迎えてくれた。
この宿屋は、一階が食堂で、二階に泊まる部屋がある。
早速、イアン達は、一階で食事を取ることにした。
料理を食べ終えた後、プリュディスとロロットは、それぞれの部屋に向かった。
プリュディスは、明日の準備をするため、ロロットは、眠くなったらしい。
ロロットとイアンで、二人部屋を取っていたので、先に部屋へ行くロロットに、その部屋の鍵を渡した。
一階の食堂の席に座っているのは、イアンとガゼルだけになった。
「ガゼルは、よく丁寧な喋り方をするが、オレには、ロロットのようにくだけた感じで話しかけてもいいぞ」
ロロットは、イアンに丁寧な喋り方で話さない。
「いえ、僕はイアンさんより、年下なので」
ガゼルは、自分の顔の前で、手を左右に振る。
「年下か…ガゼルは何歳になる? 」
「十二歳です」
「十二歳か。人のことは言えないが、その年で何故冒険者に? 」
冒険者になる― つまり、親元から離れて一人で旅立つこと。
十二歳の少年ならば、まだ親に守られて育つのが普通である。
自分のように、村や職を失ってしまったのだろうか。
イアンは、ガゼルが冒険者になった理由が気になった。
「ご存知の通り、僕は魔法が使えます。その魔法をもっと極めようかと思い、カジアルにある魔法学校に通うことを決めました」
イアンは、ガゼルに助けられた時を思い出す。
ガゼルは、炎の魔法を使っていた。
「しかし、学校に通うには、大金が必要になります。そのお金を稼ぐために冒険者になりました」
「なるほど。そして、護衛の依頼を受けたのは、お金が溜まったのと、目的地がカジアルだったからか」
「その通りです。しかし、ファトム山を通るつもりは無かったのですが…」
ガゼルは、肩を竦めた。
過酷な道を通るというのに、やけに余裕があった。
「魔法かぁ。オレにも使えないだろうか…」
泉に沈んだ父の戦斧を思い出す。
魔法が使えれば、黄金の斧とやらが無くても、父の戦斧を散り戻せるかもしれない、イアンはそう思っていた。
「試してみますか? 魔法の素質があるか」
ガゼルがイアンを見据える。
どうやら、魔法には素質というものがあり、それを確かめる方法があるようだ。
「どうすればいい? 」
ガゼルは、左手を前に出し、手の平を天井に向けた。
「手をこのようにして、自分の中にある力を、手のひらから出すような、イメージをしてください」
ボッ!
ガゼルの手の平から、拳大の炎が生まれた。
「素質があれば、このように結果が現れます」
ガゼルが左手を閉じると、炎はフッと消えた。
イアンは、それを見届けた後、右手を前に出して、ガゼルと同じように手の平を上に向けた。
とりあえず、ガゼルがしたように、手の平から炎が出るようイメージをする。
「…………出ないな。ガゼルのように火が出ると思ったが」
何も起こらなかった。
「どうやらイアンさんには、炎魔法の素質はないみたいですね。炎魔法はダメでも他の属性がありますから、まだ魔法の素質が無いと決まったわけではありません」
「そうか」
今度は、ガゼルが言ったように、自分の中にある力を、手の平から出すようなイメージをした。
イメージがしやすいよう、目を閉じる。
「…………どうやら、オレには素質がないようだ」
目を開けると、手の平からは何も出ていなかった。
「そう――ですね…魔法の素質はないみたいですね」
ガゼルは、イアンの手のひらを見ながら呟いた。
イアンの手のひらを見るガゼルの顔は、何か腑に落ちないことが、あったかのような顔をしていた。
その顔をイアンは、不思議そうに見つめていた。
その後、二階に上がり、ガゼルと別れたイアンは自分の取った部屋に入った。
部屋の中は、タンス、机、ベッドが二つがあるだけだ。
二つのうち一つのベッドには、ロロットが体を丸めて眠っていた。
しっぽが、顔に届きそうである。
イアンも明日に備えて、眠ることにした。
10月14日―誤字修正
あったたかのような顔をしていた。 → あったかのような顔をしていた。