百五十六話 国王の若き右腕
謁見の間に入り、衝撃を受けた二人は未だに棒立ちのままであった。
色々と分からないことが多すぎて、ついていけないのである。
「この茶葉、けっこう珍しいの。きっと、気に入るわ」
そんな二人に構わず、謎の女性は、何故か置かれているテーブルの上でお茶を淹れている。
彼女の名はミリー・サドレナといい、国王に代わってユニスとアントワーヌを出迎えた者であった。
ユニス達よりも四、五歳上のような、年若い外見をしていた。
服装は、高官と似たようなものを身に付けいるため、王城に務める職の人物であることが分かる。
「よいしょ…さあさあ、二人共、そんな所で立っていないで、こっちに来なさいな」
ミリーは椅子を引き、二人を手招きする。
国王の代理を名乗る等の要素に加え、この彼女の気軽さに、ユニス達は不信にならざるを得なかった。
「国王様はいないし、謎の女が自分が代理だとか言い出すし、こんな所で茶会を開き出すし……アン、小生はもう……って、アン!? 」
アントワーヌはあに食わぬ顔で椅子に座り、茶の入ったカップを手にとった。
「郷に入っては郷に従え…というやつだ」
「……はぁ、ただのヤケクソだろ…おまえ」
ユニスはため息をつきながらも、アントワーヌのように椅子に座った。
「やっと、座ってくれたわね」
ミリーも椅子に座り出す。
謁見の間という場所でテーブルを囲う三人。
しばらく、茶を飲んだ後、アントワーヌが口を開いた。
「聞きたいことが沢山あるが、まず……何故、国王がいない? 」
「実は国王様は今、病気を患って寝込んでいるのよ」
「なっ!? そんなこと初めて聞いたぞ! 」
ミリーの答えに、ユニスが驚愕する。
「ええ、機密事項よ。他所には漏らさないでね」
「ぐっ……!? 」
またも驚愕するユニス。
「ユニス、おまえはもう喋るな」
「……ああ、このままでは小生はもたん。アンに任せた」
ユニスはぐったりと椅子にもたれかかった。
「国王がいないのは理解できた。それで、おまえは一体なんだというのだ? 」
「けっこう有名人だと思っていたけれど……ちゃんと、自己紹介しますか。私の名はミリー・サドレナ。国王様の右腕? みたいなものよ。今は代理として、国王様の仕事をやっているわ」
「何故、おまえみたいな奴を代理に? 王子がいたではないか」
国王には、スタッテックという一人の息子がいた。
「殿下はまだ小さい……し、今はまだあまり表に出したくない。色々と事情があるのよ」
「へぇ……しかし、国王の右腕がこんな若い女性だとわな……」
「信じられない? まぁ、無理もないことだとは思うけれど、事実よ」
ミリーが頬を吊り上げながら、アントワーヌを見据えた。
「はぁ、ここで茶会を開くような奴だ。信じるしかあるまい」
「そう、素直ね」
ミリーは、アントワーヌに向かって微笑みを浮かべる。
「ふん、国王と何らかの関係があるのを信じただけで、お前を信用したわけではない。で、俺が一番気になっていることはこいつのことなのだが…」
アントワーヌは、左腕にはめていた盾のついた籠手をミリーに見せた。
「へぇ、これが…」
ミリーは、盾を興味深げに見つめた。
「ほう、何か知っていそうだな」
「いえ、知らないわ。私が知っているのは、あなたが不思議な盾を持っていることだけよ」
「なに!? 期待させといて、それか! 」
「あなたが勝手に期待をしただけよ。私は悪くないわ」
「ぐっ……」
アントワーヌは言い返すことができず、口を閉ざした。
「でも、興味があるわ。この盾にはどんな力があるの? 」
「…この盾は、特殊な鍵を挿すことで、色々な武器が出てくる。出てくる武器は挿す鍵の色によって違う」
「へぇ、武器が出てくるの。面白い盾ね」
「……それだけか? 」
「ええ。もう盾のことはいいわ。他に聞きたいことはある? 」
「あ、ああ……」
ミリーの反応が思っていたよりも簡素なものだったので、アントワーヌは拍子抜けである。
「……あ! 小生ある! 」
ユニスが何かを思い出したかのように声を上げた。
「どうぞ」
「領主となった任命式がまだ行われていないのだが……」
「え? さっきやったわよ」
「「え……?」」
ユニスだけではなく、アントワーヌも間の抜けた声を出した。
「あなた達を迎えたときに、ユニスを領主に任命するって言ったじゃない」
「……あ、あれが!? 」
「ええ、少し省略したから分かりづらかったかしら」
「省略しすぎて分からんかったわ…」
アントワーヌが呆れた声を出す。
「この後、あなた達は食事会があるでしょう? 手短に済ませて、あなた達とお喋りしたかったの。もうそろそろ時間よ」
「なら、行くとするか、ユニス」
アントワーヌは、椅子から立ち上がる。
その時に、再び盾を服の中へ隠す。
「しょ、小生は本当に領主になったのだろうか…」
「……行くぞ」
アントワーヌは、呆然とするユニスを気の毒に思いつつ、彼女を引っ張り上げ、ドアの方へ向かった。
「ああ、そうそう。あなた達も命を狙われるかもしれないから、気をつけてね」
アントワーヌがドアに手をかけたところで、ミリーがそう言った。
「領主……ユニスの父を殺した奴にか? 」
アントワーヌとユニスが振り向く。
「ええ。あと個人ではなく、組織で動いている可能性が高い……一人になるのは、なるべく避けなさい」
「組織……数人での犯行か。父上だけではなく、護衛の騎士達も殺されたのだ。確かに可能性は高いだろう」
ユニスが、ミリーの発言に頷く。
「数人ね……もっと大規模な組織だと、私は思うのだけれど…」
「大規模? 何か根拠があるのか? 」
アントワーヌがミリーに体を向けて問いかけた。
「ええ、そのうち分かるわ。私の口から言ってもいいけど、自分の目で確かめたほうがいいわ」
「……意味が分からんな。行こう、ユニス」
「あ、ああ」
アントワーヌとユニスは、謁見の間を後にした。
「ようやくか、遅いぞ! 」
二人が謁見の間から出ると、高官が額に青筋を立てながら、近づいてきた。
その高官は肥満体型で、膨らんだ腹が歩くたびに跳ねていた。
「小生達に言われても……」
「おまえの主殿へ文句を言うのだな」
「主殿? はっ、誰があのような者を主と呼ぶか! 」
「え? 」
「は? 」
高官の言葉に、ユニスとアントワーヌは間の抜けた声を出した。
「さっき、ここまで案内してくれた高官は、ミリー殿を主と呼んでいたが? 」
「なに? 馬鹿な、あの小賢しい小娘を主と呼ぶ高官など存在するものか! 殿下がいるではないか、何故国王はあんな小娘を……」
高官はユニスにそう答えた後、ブツブツと呟きながら廊下を歩いていく。
「……なぁ、アン。さっきの高官は、主殿って言っていたよな? 」
「ああ、呼んでいた……しかし、雰囲気が違うな…」
「そう…か? あのような態度の高官は他にもいると思うが……」
「おい! 突っ立ていないで、早く来ないか! 」
廊下の奥で、高官が声を上げた。
「ちっ、うるさい奴だ。行くぞ」
「ああ…」
アントワーヌとユニスは、高官の元へ向かった。
高官の後をついていき、ユニスとアントワーヌは城の中を歩き回る。
上った階段を下りていき、辿りついたのは広間らしき部屋の前であった。
「私が案内をするのはここまでだ。あとは領主共で勝手にやるがいい」
高官はそう言った後、廊下の向こうへ行ってしまう。
「成り行きできてしまったが、俺も中に入っていいだろうか…」
「領主達で勝手にやれと言ったのだ。おまえも来ていいはず、いや来てくれ」
ユニスはアントワーヌの肩を逃がさないように、しっかり掴んだ。
アントワーヌの肩を掴むユニスの体は震えていた。
「いてて、離せ。なんだおまえ、怖気づいているのか? 」
「当たり前だ! この中には、他の領主達がいるのだぞ! 」
「知っているとも。で、それがどうした? 」
「…!? おまえは、イタチの群れの中に放り込まれた子鼠が平気でいられると思っているのかあああああああ!! 」
ユニスは、アントワーヌの胸ぐらを掴み上げた。
「ぐええええ!? 」
アントワーヌは、ユニスに胸ぐらを掴まれたことで首が窮屈になり、苦しそうに悶える。
「分かった! 分かったから、この手を離せ! このっ! 」
アントワーヌは、ユニスの手を振り払う。
「はぁ…はぁ…本当に分かったか? 」
「ああ、一緒にいてやる。で、他の領主はそんなにすごいのか? 」
アントワーヌが首に手を当てながら、ユニスに訊ねる。
「小生は会ったことがあるのだ。すごい…なんてものじゃあない! 化物揃いだ! 一人を除いて! 」
「一人……ああ、エンリヒリスの……しかし、おまえがそんなに怯えるほどなのか…」
「うむ……とんでもない人ばかりなのだ。心して掛かからねば…」
ユニスは体を震わせながら、扉に手をかける。
そして、手をかけたまま、一向に開こうとはしなかった。
「……はぁ…今日は顔合わせだし、そこまで緊張しなくてもいいだろ。ほら、さっさと行くぞ」
アントワーヌが扉に手を掛ける。
「あ! ま、待て、まだ心の準備が――」
ユニスに構わず、アントワーヌは部屋の扉を開いた。
「……」
アントワーヌは、部屋の中を見回した。
部屋は、奥に伸びた縦に長い部屋であった。
中央には、縦長のテーブルが奥へと並んでおり、両側に等間隔で置かれた椅子には、領主らしき人物が座っている。
八名より多くいるため、アントワーヌと同じ領主についてきた者もいるようである。
「……あ…あれはロイクの……ということは、あいつも……」
アントワーヌのいる扉側に一番近い片側の席に座る男性が、ユニスの顔を見ながら呟いた。
その男性は太っており、身につけている礼服が弾けそうなほどである。
騎士らしくないその風貌に、アントワーヌは――
「ああ、おまえがトイットマンか……」
その男性が、エンリヒリス領の領主であるトイットマン・ヒオースであると判断した。
「ひっ…!? 」
アントワーヌと目が合い、トイットマンはビクリと体を震わせて彼女から目線を逸らした。
(噂通りだな……見ただけで分かる。こいつは小物だ。さて、ユニスが怖がる他の領主は……)
アントワーヌは、椅子に座るトイットマン以外の人物に目を向けた。
(子供……子供ばかりじゃあないか。ユニスの奴、こんな奴らに怖がっていたのか? )
トイットマン以外の人物は、見た限り皆子供であった。
どういうことかとアントワーヌは、ユニスの顔を見ると――
「……」
彼女は驚愕の表情を浮かべていた
「ユニス? 」
「ユニス殿……やはり、貴公のところもか」
アントワーヌがユニスを呼んだとき、テーブルの奥に座る少年が声を出した。
「ギウディン……これはどういうことだ? 」
ユニスが、少年に訊ねる。
「おまえの気持ちはよくわかる。このギウディンも、先程はおまえのように固まったよ」
「……? どういう話しをしているが分からんが…ははっ! ユニス、他の領主と親しげじゃないか」
少年と話すユニスを見て、アントワーヌが笑いながら言った。
「……あいつは、領主の息子だ。いや、ギウディンだけじゃない。トイットマン以外は皆、各領主の子供達だ……」
「なに? 何故、領主の子供が…………そういうことか! 」
アントワーヌは何かに気づき、思わず声を上げてしまう。
この時、彼女はミリーの言っていたことを理解した。
「そう……ユニス殿の付き人よ、だいたい貴公の想像しているとおりだ。ここにいるエンリヒリス領以外の領主は皆、新しく領主となった者達……ユニス殿、聞くまでも無いと思うが、あえて聞こう。貴公の父上は? 」
「何者かに殺害された……ギウディン…いや、皆も同じか…」
ユニスの言葉に、ギウディンだけではなく、他の領主達が神妙な顔つきになる。
「……」
ただ一人、トイットマンだけが頷くことはなく、居づらそうに体を縮こませていた。
「やはりな。これで、領主が一斉に七人も殺害される未曾有の事件が起きたことになる」
「いやぁ、すごい大事件だよね。で、これからどうする? 」
他の領主の一人が、ギウディンに訊ねる。
「それはこれから話し合おう。ユニス殿とその付き人よ、席に座るがいい」
ギウディンに促され、ユニスとアントワーヌは椅子に座った。
「まず、我ら最優先することは一致団結……恐らく、敵は巨大だからな」
二人が椅子に座ったことを確認すると、ギウディンはそう言った。
この日、七人の領主が殺された出来事は大事件をユニスとアントワーヌは知った。
国を揺るがす大事件であり、後にこの出来事は、国の崩壊の始まりとして語られることとなる。