百五十五話 謁見の間
親の訃報を聞いたユニスとアントワーヌは次の日の朝、オリアイマッド領のピオリットを目指して馬を走らせた。
イアンとラノアニクスも彼女と共に馬に乗っている。
全速力で駆け抜けたユニス達は、出発から二日後の夜にピオリットへ辿り着いた。
イアンとラノアニクスを宿屋に下ろし、二人はそれぞれの家に向かった。
アントワーヌが自分の家である屋敷に辿り着くと、庭に多くの人が集まっていた。
その中の一人である貴族の男性がアントワーヌの存在に気づく。
「おおっ! 君は、フィリク殿の娘の……」
「そうだ、俺がアントワーヌだ。父上はどこに!? 」
アントワーヌはそう答えながら、馬から飛び降りる。
「ああ……フィリク殿は二階の自室に…」
彼女は、貴族の言葉を最後まで聞かず、屋敷の中に入り、階段を駆け上がっていく。
そして、父の部屋のドアを開けると、そこには数人の人が一箇所に集まっていた。
「くっ……フィリクさん…」
「うわあああああああ!! 父上ーっ! 」
部屋の中にいたのは、フェリクと親しい騎士達とアントワーヌの兄であるパイクであった。
アントワーヌは人だかりへ、ゆっくりと近づいていく
彼女の存在に気づいた騎士達が道を開けていく。
彼らの中心にあったのは棺桶であった。
上の蓋はなく、棺桶には彼女の今の父がいた。
まるで、眠っているかのような姿であるが、生気は感じられず、紛れもなく死んでいた。
彼の顔の横には、彼の妻の写真が置かれていた。
フィリクの妻は、アントワーヌが幼い頃に病気で亡くなっている。
彼の側に、写真が置かれている理由は言うまでもないだろう。
「フィリク・ルーリスティ……」
アントワーヌは、棺桶で眠る男の名を口にした。
血は繋がっていなくとも、彼もアントワーヌにとっては父親であった。
いつかは、オルヤールの家を復興させ、ルーリスティの名を捨てるつもりのアントワーヌであったが――
「ふん……借りっぱなしではないか。おまえに受けた恩はどこへ返せばいい……」
親孝行はちゃんとするつもりであった。
「若様……」
騎士の一人がアントワーヌの隣に立つ。
「……父上を殺害したのは? 」
アントワーヌがその騎士に訊ねる。
「いえ、まだ何も……」
「……そうか」
アントワーヌは、騎士にそう返すと、ドアに向かって歩きだした。
「どちらへ? 」
「もう別れの挨拶は済ませた……俺はユニスの所に行く」
彼女の返事を聞くと、その騎士は何も口にすることなく、アントワーヌを見送った。
「ふぅ……」
部屋を出たアントワーヌは、ドアにもたれかかった。
「わあああああああ!! うあああああああ!! 」
部屋の中からは、パイクの泣き叫ぶ声が聞こえる。
「ははっ! 相変わらず、みっともない奴だ! 親が…死んだくらいで……」
笑うアントワーヌだが、彼女は今悲しい気持ちであった。
しかし、彼女の瞳から涙が流れることはない。
「……そうだ。そうやって、俺の分まで泣いてくれ……」
アントワーヌはそう言うと、前に向かって歩きだした。
今の彼女は、僅かに怒りに燃えていた。
アントワーヌは屋敷を後にすると、ユニスに家に向かった。
彼女の家にも多くの人が集まっており、アントワーヌは人だかりをかき分けるように進んでいく。
ロイクの部屋に入ると、真っ先にユニスの姿が目に入った。
ユニスは棺桶の前に立ち、顔を俯かせて静かに泣いていた。
「アンちゃん、来てくれたのね」
金色の髪の女性が、アントワーヌに近づく。
彼女は、ロイクの妻であり、ユニスの母であった。
「お久しぶりです……」
アントワーヌは彼女に頭を下げた。
「ここに来たということは、もういいの? 」
「ええ……ユニスは……」
アントワーヌは、ユニスの方に視線を送る。
「あの子も、そろそろ立ち上がるわ。それまで待っててくれるかしら? 」
「……はい」
アントワーヌは、振り返り部屋を出るため、ドアに手をかける。
「む? 」
「あ……すみません」
すると、彼女が力を入れる前にドアが開き、金色の髪を持つ男の子が現れた。
「おまえ……ロランド…か? 」
「は、はい! ロランド・キリオスです! 」
アントワーヌが聞くと、男の子は元気よく答えた。
ロランドはユニスの弟で数年前、アントワーヌは彼と会ったことがある。
「あ、ああ…そうだよな。見ない間に変わったな…」
「そ、そうですか? あまり変わった気はしないのですが…」
ロランドは自分の体を見回す。
「……最後に会ったのは、二年ほど前だったか……二年経てば、けっこう変わるか」
「……中に入ってもよろしいか? 」
ロランドの後ろから、男性の声が聞こえた。
「あっ! はい、どうぞ。姉は部屋の中にいます」
男性の声を受け、ロランドが慌てて横にずれる。
「失礼」
すると、部屋の中に複数の男性が入ってきた。
男性達は従来の貴族よりも立派な服装をしていた。
「王都の……高官? 」
アントワーヌが男性達を見て、首を傾げる。
彼らは、王都に務める高官という立場の人間達であった。
王都で働く彼らは滅多なことがなければ、そこから離れることはない。
それが、アントワーヌが首を傾げる理由であった。
「ユニス・キリオスだな? 」
高官の一人が、ユニスに声を掛ける。
「……? 」
ユニスは涙を拭いながら、高官の方を見るが、彼はユニスが返事をするのを待つことなく――
「ユニス・キリオス…王命により、貴公をオリアイマッド領の領主に任命する! 」
と、言った。
「「「……!? 」」」
部屋の中にいたユニス達は、その言葉に驚いた。
「任命式は明日の夜、王都で行う。その後、各領主達との顔合わせもある。この書状は城門に入るためのものだ」
高官は最後にそう言い、取り出した書状をユニスに渡すと、部屋から出て行った。
「ユニス……」
「……くっ、小生には泣いている暇は無い…ということか……」
ユニスは手にした書状を見つめ、そう呟いた。
次の日の昼を過ぎた頃。
ユニス達は王都に向かうため、馬車に乗っていた。
馬車の中に入れるのは四人で、ユニスの他にアントワーヌ、イアン、ラノアニクスが乗っている。
ユニスの隣にアントワーヌが座り、向かいの席にイアンとラノアニクスが座っている。
謁見の場に立つということで、ユニスはいつもの鎧の姿ではなく、正装に身を包んでいた。
「俺は別に着飾らなくても良かったんじゃないか? 」
「いや、おまえも城に入るのだ。正装でなくては困る。それに、戦に行くのではないからな」
アントワーヌの言葉に、ユニスが答えた。
彼女も、ユニスと似たような服を着ていた。
二人共、武器を身につけていない。
この場で武器を持っているのはイアンだけであった。
「オレ達も行く必要があるのか? 」
イアンが、ユニスに訊ねる。
「一応ある。イアンとラノアニクスには悪いが、城下の宿屋で待機してもらいたいのだ。万が一のためにな」
「万が一? 」
イアンがユニスの言葉に疑問を持つ。
「イアンとラノアニクスには言っていなかったな。父上達は、王都から帰る道中で殺られたらしい……」
「娘であるユニスも狙われる可能性があると? 」
「ああ。犯人の動機によってはあるかもしれないのでな」
ユニスが頷いた。
「しかし、領主を殺害するなぞ、大それたことを……待てよ、何故殺害されたと分かっている? 」
アントワーヌが疑問を口にし、顎に手を当てる。
「生き残った父上の部下がいて、その者が意識を失う前に、何者かに襲われたと言ったらしい」
アントワーヌの疑問にユニスが答えた。
「そうか……その時の状況を詳しく聞けないだろうか……」
「重体で、まだ意識が戻っていないらしいが、帰ったらピオリット医療院に行ってみるか。そこに入院しているそうだ」
「ああ、行こう……む? 」
「グゥ…? 」
ふと、アントワーヌとラノアニクスは互いに目があった。
しばらく、二人は睨み合いをした後――
「「ふん! 」」
と、そっぽを向いた。
「あ……はぁ…」
「……」
二人の様子に、ユニスはため息をつき、イアンは黙って何も答えなかった。
この空気を保ったまま、ユニス達は王都に辿り着いてしまった。
王都セリミットは、ゾンケット王国の中心となる都市であり、国王が直接統治する地域である。
国王が住まう王城の周りをは巨大な壁で囲われ、その外側に城下と呼ばれる町があった。
そこの宿屋にイアンとラノアニクスを降ろし、ユニスとアントワーヌは王城へ向かった。
「城壁に来たな。アン、降りるぞ」
馬車は城壁の前で止まり、ユニスとアントワーヌは馬車から降りた。
「帰りもよろしく頼む」
「かしこまりました」
馬車の御者はユニスに頭を下げ、城下の方へ向かっていった。
ユニスとアントワーヌは、城壁の門に向かう。
「止まれ、何者だ」
二人は門の前にいた甲冑姿の騎士に止められる。
「ユニス・キリオスだ」
ユニスは書状を騎士へ渡す。
「……確かに。後ろの者は? 」
「小生の側近だ。彼女も同行して構わないか? 」
「そうか。同行者は認められている。だが、武器を持っていないか調べさせてもらう」
騎士はそう言うと、アントワーヌの体を見据える。
アントワーヌは騎士の指示に従い、後ろを向いたり、腕を上げる等の動作を行った。
「……武器は持っていないようだな。よし、入ってもいい。開門! 」
騎士の合図で、目の前の巨大な門が開き出す。
すると、門が開いた先に一人の高官が立っていた。
「待っていたぞ、ユニス殿。謁見の間に案内する。私について参れ」
高官はそう言うと、踵を返して歩きだした。
「ふっ…前も思ったが王都の連中とは、領主に対してもあのような態度を取れるのだな」
アントワーヌが僅かに微笑みを浮かべる。
「国王様の直属の組織だからな。父上の前でもあのような感じだった。それよりも、早く行こう」
ユニスとアントワーヌは高官の後をついていった。
王城に入り、階段を何箇所も上ったユニスとアントワーヌは、大きな扉の前に案内された。
「ここが謁見の間だ」
高官が廊下の隅へ移動する。
「この中に国王様が……」
「……」
緊張しながらドアに手を掛けるユニスをアントワーヌが見つめる。
「む? 何を突っ立っている? 貴公も入らないか」
「なに? ユニスだけではないのか? 」
アントワーヌが高官に訊ねた。
「主様は貴公にも会いたがっている。その服の中に隠した盾にもな」
「……!? 」
アントワーヌは驚愕し、思わず体が硬直してしまう。
「な……お、おま……」
ユニスは青ざめ、ぱくぱくと口を開閉させていた。
「どうやら、ここは騎士よりも高官のほうが優秀みたいだな……」
アントワーヌは、服の中に手を入れる。
彼女が取り出したのは、いつも左手に付けている盾の付いた籠手であった。
「おまえ、やってくれたな! 城の中に盾を……ん? 盾は武器じゃないからいいのか? というか、よく隠し通せたな! 」
ユニスがアントワーヌに詰め寄る。
「ああ、自分でもよく隠せたと自負している。ケツに仕込んでおけば、バレんと思ったのだ。結局、バレてしまったがな」
「主殿は、既に知っている。そのまま入れ」
「ちっ…思ったよりも、ここは恐ろしいところだな。入るぞ、ユニス」
「知っているって……あ! おい、小生よりも先に行くな」
アントワーヌとユニスは扉を開け、謁見の間へと足を踏み入れた。
「ようこそ、ユニス・キリオス、アントワーヌ・ルーリスティ」
すると、中にいた人物が二人を出迎えた。
「「……」」
ユニスとアントワーヌは呆然と立ち尽くし、返事をすることができなかった。
そこにいたのは、国王ではなく、見知らぬ女性であったからだ。
「……あら、他の人達と同じ反応をするのね。私はミリー・サドレナ。国王様の代理として、ユニス……あなたをオリアイマッド領の新しい領主に任命するわ」
ミリーという女性は、硬直する二人とは裏腹に、にっこりと微笑んでいた。




