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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
七章 多様の使い手
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百五十五話 謁見の間

 親の訃報を聞いたユニスとアントワーヌは次の日の朝、オリアイマッド領のピオリットを目指して馬を走らせた。

イアンとラノアニクスも彼女と共に馬に乗っている。

全速力で駆け抜けたユニス達は、出発から二日後の夜にピオリットへ辿り着いた。

イアンとラノアニクスを宿屋に下ろし、二人はそれぞれの家に向かった。

アントワーヌが自分の家である屋敷に辿り着くと、庭に多くの人が集まっていた。

その中の一人である貴族の男性がアントワーヌの存在に気づく。


「おおっ! 君は、フィリク殿の娘の……」


「そうだ、俺がアントワーヌだ。父上はどこに!? 」


アントワーヌはそう答えながら、馬から飛び降りる。


「ああ……フィリク殿は二階の自室に…」


彼女は、貴族の言葉を最後まで聞かず、屋敷の中に入り、階段を駆け上がっていく。

そして、父の部屋のドアを開けると、そこには数人の人が一箇所に集まっていた。


「くっ……フィリクさん…」


「うわあああああああ!! 父上ーっ! 」


部屋の中にいたのは、フェリクと親しい騎士達とアントワーヌの兄であるパイクであった。

アントワーヌは人だかりへ、ゆっくりと近づいていく

彼女の存在に気づいた騎士達が道を開けていく。

彼らの中心にあったのは棺桶であった。

上の蓋はなく、棺桶には彼女の今の父がいた。

まるで、眠っているかのような姿であるが、生気は感じられず、紛れもなく死んでいた。

彼の顔の横には、彼の妻の写真が置かれていた。

フィリクの妻は、アントワーヌが幼い頃に病気で亡くなっている。

彼の側に、写真が置かれている理由は言うまでもないだろう。


「フィリク・ルーリスティ……」


アントワーヌは、棺桶で眠る男の名を口にした。

血は繋がっていなくとも、彼もアントワーヌにとっては父親であった。

いつかは、オルヤールの家を復興させ、ルーリスティの名を捨てるつもりのアントワーヌであったが――


「ふん……借りっぱなしではないか。おまえに受けた恩はどこへ返せばいい……」


親孝行はちゃんとするつもりであった。


「若様……」


騎士の一人がアントワーヌの隣に立つ。


「……父上を殺害したのは? 」


アントワーヌがその騎士に訊ねる。


「いえ、まだ何も……」


「……そうか」


アントワーヌは、騎士にそう返すと、ドアに向かって歩きだした。


「どちらへ? 」


「もう別れの挨拶は済ませた……俺はユニスの所に行く」


彼女の返事を聞くと、その騎士は何も口にすることなく、アントワーヌを見送った。


「ふぅ……」


部屋を出たアントワーヌは、ドアにもたれかかった。


「わあああああああ!! うあああああああ!! 」


部屋の中からは、パイクの泣き叫ぶ声が聞こえる。


「ははっ! 相変わらず、みっともない奴だ! 親が…死んだくらいで……」


笑うアントワーヌだが、彼女は今悲しい気持ちであった。

しかし、彼女の瞳から涙が流れることはない。


「……そうだ。そうやって、俺の分まで泣いてくれ……」


アントワーヌはそう言うと、前に向かって歩きだした。

今の彼女は、僅かに怒りに燃えていた。



 アントワーヌは屋敷を後にすると、ユニスに家に向かった。

彼女の家にも多くの人が集まっており、アントワーヌは人だかりをかき分けるように進んでいく。

ロイクの部屋に入ると、真っ先にユニスの姿が目に入った。

ユニスは棺桶の前に立ち、顔を俯かせて静かに泣いていた。


「アンちゃん、来てくれたのね」


金色の髪の女性が、アントワーヌに近づく。

彼女は、ロイクの妻であり、ユニスの母であった。


「お久しぶりです……」


アントワーヌは彼女に頭を下げた。


「ここに来たということは、もういいの? 」


「ええ……ユニスは……」


アントワーヌは、ユニスの方に視線を送る。


「あの子も、そろそろ立ち上がるわ。それまで待っててくれるかしら? 」


「……はい」


アントワーヌは、振り返り部屋を出るため、ドアに手をかける。


「む? 」


「あ……すみません」


すると、彼女が力を入れる前にドアが開き、金色の髪を持つ男の子が現れた。


「おまえ……ロランド…か? 」


「は、はい! ロランド・キリオスです! 」


アントワーヌが聞くと、男の子は元気よく答えた。

ロランドはユニスの弟で数年前、アントワーヌは彼と会ったことがある。


「あ、ああ…そうだよな。見ない間に変わったな…」


「そ、そうですか? あまり変わった気はしないのですが…」


ロランドは自分の体を見回す。


「……最後に会ったのは、二年ほど前だったか……二年経てば、けっこう変わるか」


「……中に入ってもよろしいか? 」


ロランドの後ろから、男性の声が聞こえた。


「あっ! はい、どうぞ。姉は部屋の中にいます」


男性の声を受け、ロランドが慌てて横にずれる。


「失礼」


すると、部屋の中に複数の男性が入ってきた。

男性達は従来の貴族よりも立派な服装をしていた。


「王都の……高官? 」


アントワーヌが男性達を見て、首を傾げる。

彼らは、王都に務める高官という立場の人間達であった。

王都で働く彼らは滅多なことがなければ、そこから離れることはない。

それが、アントワーヌが首を傾げる理由であった。


「ユニス・キリオスだな? 」


高官の一人が、ユニスに声を掛ける。


「……? 」


ユニスは涙を拭いながら、高官の方を見るが、彼はユニスが返事をするのを待つことなく――


「ユニス・キリオス…王命により、貴公をオリアイマッド領の領主に任命する! 」


と、言った。


「「「……!? 」」」


部屋の中にいたユニス達は、その言葉に驚いた。


「任命式は明日の夜、王都で行う。その後、各領主達との顔合わせもある。この書状は城門に入るためのものだ」


高官は最後にそう言い、取り出した書状をユニスに渡すと、部屋から出て行った。


「ユニス……」


「……くっ、小生には泣いている暇は無い…ということか……」


ユニスは手にした書状を見つめ、そう呟いた。





 次の日の昼を過ぎた頃。

ユニス達は王都に向かうため、馬車に乗っていた。

馬車の中に入れるのは四人で、ユニスの他にアントワーヌ、イアン、ラノアニクスが乗っている。

ユニスの隣にアントワーヌが座り、向かいの席にイアンとラノアニクスが座っている。

謁見の場に立つということで、ユニスはいつもの鎧の姿ではなく、正装に身を包んでいた。


「俺は別に着飾らなくても良かったんじゃないか? 」


「いや、おまえも城に入るのだ。正装でなくては困る。それに、戦に行くのではないからな」


アントワーヌの言葉に、ユニスが答えた。

彼女も、ユニスと似たような服を着ていた。

二人共、武器を身につけていない。

この場で武器を持っているのはイアンだけであった。


「オレ達も行く必要があるのか? 」


イアンが、ユニスに訊ねる。


「一応ある。イアンとラノアニクスには悪いが、城下の宿屋で待機してもらいたいのだ。万が一のためにな」


「万が一? 」


イアンがユニスの言葉に疑問を持つ。


「イアンとラノアニクスには言っていなかったな。父上達は、王都から帰る道中で殺られたらしい……」


「娘であるユニスも狙われる可能性があると? 」


「ああ。犯人の動機によってはあるかもしれないのでな」


ユニスが頷いた。


「しかし、領主を殺害するなぞ、大それたことを……待てよ、何故殺害されたと分かっている? 」


アントワーヌが疑問を口にし、顎に手を当てる。


「生き残った父上の部下がいて、その者が意識を失う前に、何者かに襲われたと言ったらしい」


アントワーヌの疑問にユニスが答えた。


「そうか……その時の状況を詳しく聞けないだろうか……」


「重体で、まだ意識が戻っていないらしいが、帰ったらピオリット医療院に行ってみるか。そこに入院しているそうだ」


「ああ、行こう……む? 」


「グゥ…? 」


ふと、アントワーヌとラノアニクスは互いに目があった。

しばらく、二人は睨み合いをした後――


「「ふん! 」」


と、そっぽを向いた。


「あ……はぁ…」


「……」


二人の様子に、ユニスはため息をつき、イアンは黙って何も答えなかった。

この空気を保ったまま、ユニス達は王都に辿り着いてしまった。






 王都セリミットは、ゾンケット王国の中心となる都市であり、国王が直接統治する地域である。

国王が住まう王城の周りをは巨大な壁で囲われ、その外側に城下と呼ばれる町があった。

そこの宿屋にイアンとラノアニクスを降ろし、ユニスとアントワーヌは王城へ向かった。


「城壁に来たな。アン、降りるぞ」


馬車は城壁の前で止まり、ユニスとアントワーヌは馬車から降りた。


「帰りもよろしく頼む」


「かしこまりました」


馬車の御者はユニスに頭を下げ、城下の方へ向かっていった。

ユニスとアントワーヌは、城壁の門に向かう。


「止まれ、何者だ」


二人は門の前にいた甲冑姿の騎士に止められる。


「ユニス・キリオスだ」


ユニスは書状を騎士へ渡す。


「……確かに。後ろの者は? 」


「小生の側近だ。彼女も同行して構わないか? 」


「そうか。同行者は認められている。だが、武器を持っていないか調べさせてもらう」


騎士はそう言うと、アントワーヌの体を見据える。

アントワーヌは騎士の指示に従い、後ろを向いたり、腕を上げる等の動作を行った。


「……武器は持っていないようだな。よし、入ってもいい。開門! 」


騎士の合図で、目の前の巨大な門が開き出す。

すると、門が開いた先に一人の高官が立っていた。


「待っていたぞ、ユニス殿。謁見の間に案内する。私について参れ」


高官はそう言うと、踵を返して歩きだした。


「ふっ…前も思ったが王都の連中とは、領主に対してもあのような態度を取れるのだな」


アントワーヌが僅かに微笑みを浮かべる。


「国王様の直属の組織だからな。父上の前でもあのような感じだった。それよりも、早く行こう」


ユニスとアントワーヌは高官の後をついていった。

王城に入り、階段を何箇所も上ったユニスとアントワーヌは、大きな扉の前に案内された。


「ここが謁見の間だ」


高官が廊下の隅へ移動する。


「この中に国王様が……」


「……」


緊張しながらドアに手を掛けるユニスをアントワーヌが見つめる。


「む? 何を突っ立っている? 貴公も入らないか」


「なに? ユニスだけではないのか? 」


アントワーヌが高官に訊ねた。


「主様は貴公にも会いたがっている。その服の中に隠した盾にもな」


「……!? 」


アントワーヌは驚愕し、思わず体が硬直してしまう。


「な……お、おま……」


ユニスは青ざめ、ぱくぱくと口を開閉させていた。


「どうやら、ここは騎士よりも高官のほうが優秀みたいだな……」


アントワーヌは、服の中に手を入れる。

彼女が取り出したのは、いつも左手に付けている盾の付いた籠手であった。


「おまえ、やってくれたな! 城の中に盾を……ん? 盾は武器じゃないからいいのか? というか、よく隠し通せたな! 」


ユニスがアントワーヌに詰め寄る。


「ああ、自分でもよく隠せたと自負している。ケツに仕込んでおけば、バレんと思ったのだ。結局、バレてしまったがな」


「主殿は、既に知っている。そのまま入れ」


「ちっ…思ったよりも、ここは恐ろしいところだな。入るぞ、ユニス」


「知っているって……あ! おい、小生よりも先に行くな」


アントワーヌとユニスは扉を開け、謁見の間へと足を踏み入れた。


「ようこそ、ユニス・キリオス、アントワーヌ・ルーリスティ」


すると、中にいた人物が二人を出迎えた。


「「……」」


ユニスとアントワーヌは呆然と立ち尽くし、返事をすることができなかった。

そこにいたのは、国王ではなく、見知らぬ女性であったからだ。


「……あら、他の人達と同じ反応をするのね。私はミリー・サドレナ。国王様の代理として、ユニス……あなたをオリアイマッド領の新しい領主に任命するわ」


ミリーという女性は、硬直する二人とは裏腹に、にっこりと微笑んでいた。




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