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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
七章 多様の使い手
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百五十四話 激突する二人

ユニス達の主な任務が見回りとなって数日の夜。

第二拠点の執務室にユニスは、アントワーヌ、イアン、ラノアニクスの三名を呼んでいた。


「明日は小生も見回りに参加する」


椅子に座るユニスが声を出した。


「小生が見回りを行うのは……午後からにする。アン達は午前な」


「分かった。イアン、明日は早いから、もう寝るとしよう」


「いや……イアンは小生と見回りを行う。アンと見回りをするのはラノアニクスだ」


「なに? 」


執務室から出ようと踵を返したアントワーヌが振り返る。


「そろそろ、おまえ達も仲がよくなってきただろう? 」


「俺は構わないが……」


ユニスに訊ねられ、アントワーヌは横目でラノアニクスを見る。


「グゥゥゥゥゥ…」


ラノアニクスはアントワーヌを睨みつけながら、低く唸っていた。

そんな彼女を見たアントワーヌは、一瞬だけ頬を吊り上げた。


「まだ、ラノアニクスは俺のことが嫌いな様子……ここは――」


「いや、いつまでも離れて行動しては、ずっとこのままだろう。いい機会だ、明日のうちに仲をよくする努力をするといい」


「ぐっ……」


ユニスに意見しようとしたアントワーヌであったが、イアンに口を挟まれ、開いていた口を閉ざす。


「グゥゥゥ…」


「ラノアニクスもな」


「ギャウ!? 」


唸り続けるラノアニクスの額をイアンは軽く弾いた。


「グゥゥ…イアンが言うなら」


「……まあ、そう…だな……分かった」


アントワーヌは大人しくなったラノアニクスを見た後、執務室を出て行った。


「ラノ、もう寝る…はぁ…」


ラノアニクスも重い足取りのまま、執務室を後にした。


「……うまくいくだろうか」


イアンも執務室から出ようと、ドアに手をかけた時――


「待て、イアン」


ユニスに呼び止められた。


「なんだ? 」


イアンは振り返り、ユニスに視線を移す。


「……アンについて…だが、あいつに鍵を渡したのはおまえだな? 」


「そうだ……で、それがどうかしたのか? 」


「いや、どうもしない。ただ、イアンが絡んでいそうだなと思っただけだ」


「……そうか」


イアンはそう返し、ドアの方へ体を向ける。


「あ! 待て待て、まだ話しは終わっていないぞ」


「……? 」


ユニスは立ち上がり、イアンの元へ歩み寄る。


「明日の午前は、模擬戦をやろうではないか」


「模擬戦……か。最近、集団行動の訓練ばかりだったからな……いいだろう」


「よし、この剣の腕を鈍らせるわけにはいかん。全力でかかってくるがいい」


「……その後に見回りがあるのを忘れるなよ…」


イアンとユニスはそう言葉を交わした後、執務室を出た。





 ――朝。


太陽が昇り始めた頃、アントワーヌは馬を引き、第二拠点の門の前を歩いていた。

彼女の後ろには、ラノアニクスがおり、仏頂面で歩いている。


「ふぅ…」


そんな彼女の顔を肩ごしに見つめ、アントワーヌは息を吐いた。


(ここまで引きずるか。面倒な奴…)


顔を正面に戻し、アントワーヌはそんなことを思っていた。


「そろそろ馬に乗れ、ラノアニクス」


アントワーヌが足を止め、ラノアニクスに馬に乗るように促す。


「……うん」


ラノアニクスは、アントワーヌの指示に従い、馬の上に乗った。


(おお、言うことはちゃんと聞いてくれるのだな。イアンに言われてやるのが、少々(しゃく)だが…)


アントワーヌはそう思いながら、馬の上に乗り、手綱を引いて馬を走らせた。


その後、二人は自分達が担当する範囲の見回りを行う。

この間、二人は一切の会話がなかった。


(……つまらん! なんだこれは!? あまりにつまらなすぎて、俺が真面目に見回りをやるほどだぞ! )


アントワーヌは心の中で、この状況に嘆いていた。


「……ああ! くそっ、もう我慢の限界だ! お前、そんなに俺のことが嫌いか! 」


堪らず、アントワーヌは後ろにいるラノアニクスに怒鳴りだした。

いきなり怒鳴りだしたアントワーヌに、一瞬ラノアニクスは驚いた。

その後、すぐに表情を変え、口を開く。


「ギャオ! 嫌いだ! お前、何を考えているか分からない! 」


「なに? 俺の考え…だと? 」


「お前、いつも何か企んでる! ラノ、それが気に入らない! 」


「うっ……!? 」


アントワーヌは、ラノアニクスの言葉に驚愕する。


(こいつ…頭の悪い奴だと思っていたが、なかなか鋭い……)


アントワーヌはラノアニクスを力が強いだけの奴と軽視したが、この時から彼女の考えは改まる。


「くっ……だから何だと言うのだ! 俺が何を考えようと俺の勝手だ! 」


しかし、この時のアントワーヌは珍しく激昂しており、冷静な判断ができなかった。


バシッ!


「グゥ!? 」


アントワーヌは振り向いたまま、ラノアニクスの頭を叩いた。

彼女は手を出してしまったのである。

これには、抑え気味であったラノアニクスも頭に血が上り――


「ギャウア! 」


アントワーヌに飛びかかった。


「ヒヒーン! 」


「くっ…! 」


「グゥゥゥゥゥ! 」


馬が驚いて悲鳴を上げる中、二人はもつれながら馬上から落下する。


「痛っ! やってくれたな、蜥蜴獣人め! 」


「ギャオ! うるさい! 」


二人は互いに掴み合いながら、ゴロゴロと平野を転がっていく。


「グゥア! 」


ラノアニクスはアントワーヌの髪を引っ張った。


「ぐ!? この! 」


「ギ!? 」


髪を引っ張られ、アントワーヌは更に怒り、ラノアニクスの頬を強く引っ張る。

二人を止める者はその場に現れず、二人はいつまでも喧嘩を続けた。



 ――夕方。


イアンとユニスは模擬戦を終え、見回りの準備を行っていた。

馬を引き、拠点の門に来たが、彼らはまだ見回りを行わない。

イアン達と交代するはずのアントワーヌとラノアニクスが帰ってきていなのだ。


「遅いな……今日は早めに引き上げると思ったのだが…」


「……」


二人は平野を見回し、彼女達の影が見えないか探す。


「……ん? 影が見える…」


イアンは視界の奥で揺れ動く影が見えた。


「どうする? ユニス」


「二人が帰ってきたのかもしれない。行ってみよう」


イアンとユニスは馬に乗り、影を目指した。

二人が近づくにつれ、影の人物が鮮明になっていく。


「……やはり、アントワーヌとラノアニクスか……はぁ…」


ユニスの背から頭を出し、影の正体を確認した後、ため息をついた。

アントワーヌは馬の手綱を引きながら歩き、その少し離れたところでラノアニクスが歩いていた。


「二人共、何かあっ――何があった!? 」


アントワーヌの元に辿り着き、声を掛けたユニスが驚愕する。


「……ユニスか…」


アントワーヌが顔を上げ、ぼそりと呟いた。

ユニスを見上げる彼女の姿はボロボロで、自慢の髪もボサボサになっていた。


「……ラノアニクスも…」


ユニスが離れた所にいるラノアニクスに視線を移す。

彼女もアントワーヌと同様にボロボロな姿をしていた。


「おまえ達、二人がこんなボロボロに……強い魔物にでも遭遇したのか!? 」


「……」


「……」


ユニスの問いに二人は視線を逸らすだけで、何も答えなかった。


「何故、何も答えない……まさか、おまえ達は――」


「ユニス、さっさと見回りに行くぞ」


ユニスが二人がしでかしたことを察した時、イアンが言葉を遮った。


「あ、ああ、だが――」


「いい。それは二人の問題だ。オレ達には関係ない。あと、おまえはこうなることを想定していなかったのか? 」


「……!? 」


イアンのその言葉にユニスは、胸を突かれる痛みを感じた。

ユニスはこれまで共に戦ったことで、アントワーヌとラノアニクスの仲が少しだけ良くなったと思っていた。

それで、今回共に見回りを行うことで、更に二人の仲が深まると考えた。

しかし、それらは彼女の思い込みであった。

そのことに今、ユニスは気づかされたのである。


「なら、何故あの時……」


イアンは、二人の仲が良くないことに気づいていた。

気づいていたにも関わらず、自分を止めなかったイアンを責めようとした。

しかし、彼女は言葉を飲み込んだ。

気づいたのである、それがただの八つ当たりであると。


「……」


ユニスは唇を噛み締めながら、俯く。

この結果を招いたのは、自分が彼女達をしっかり見ていなかったからだと思ったのだ。

頭を下げ、震えるユニスの背を見たイアンは――


「行こう、ユニス。日が経てば、良くなるだろう」


と声を掛けた。


「……ああ」


イアンの言葉を受け、ユニスが馬を走らようと手綱を引いた時――


「ユニス隊長? ちょうどいいところに! 」


馬に乗った騎士が現れ、ユニスの元へ走ってきた。


「む? 伝令兵か。今、見回りの最中だ。騎士長殿の指示なら、拠点にいるヘーク歩兵長に伝えておいてくれ」


「お待ちください! 此度はあなたにお伝えすることがあり、馬を走らせました! 」


ユニスはそう言い、伝令兵の横を通り過ぎるが、伝令兵が必死に呼び止めた。


「小生に? どういった要件だ? 」


馬の足を止め、伝令兵を見つめるユニス。


「お伝えすることは……」


伝令兵は言葉を詰まらせる。

その後覚悟を決めたかのように息を吐き――


「あなたの父、ロイク・キリオス様が何者かの手によって……殺害されました…」


と、かすれた声を精一杯搾り出すように言った。

彼の言葉に、ユニス達は動きを止め、伝令兵を見つめるだけしかできなかった。

ただ一人、アントワーヌが動き、伝令兵の元へ向かう。


「お、おい。何の冗談だ? 領主が殺されるなぞ……周りに護衛はいなかったのか…」


伝令兵の前で、アントワーヌが震える声を出す。

ユニスの父、ロイクが殺される。

それはアントワーヌにとって、他人事ではない。

なぜなら、彼女の父はロイクの部下であり、彼と共にいた可能性が非常に高いからだ。


「ロイク・キリオス様を護衛していた騎士達も殺害されました」


「その騎士達の中に、フィリク……フィリク・ルーリスティという名はあるか? 」


「……あります」


アントワーヌの問いに、伝令兵は声を搾り出すように答えた。

この言葉の後、その場にいる者は誰一人として、動くことができなかった。

夕日が地平線の向こうへ沈んでいくだけであった。




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