百五十三話 平野の戦は終わり迎える
「ウオオオオッ! 」
蛮族の一人が、ユニスに目掛けて槌を振り下ろす。
「はあ! 」
「グガッ! 」
ユニスは、槌を横に躱した後、蛮族の首に剣を突き刺した。
その後、突き刺した剣を無理やり引き抜き、蛮族の首を切断する。
「ア……」
首から大量の血が噴き出し、蛮族は前のめりに倒れ出す。
「はぁ…はぁ…首を落とせばいいが、手間がかかる…」
ユニスは、剣に付いた血を払いながら呟いた。
戦闘を初めてから数十分、ユニス達は未だに蛮族の群れを突破できないでいた。
数十人を二人で相手をしているのだから、当然といえば当然のことである。
しかし、この二人の力を以てすれば、この頃には全滅させていてもおかしくはない。
彼女達が苦戦しているのは、蛮族の体に原因があった。
ここにいる蛮族達は、脳が生きている限り彼らは動き続ける。
体を斬られて血を大量に噴き出そうが、彼らを止めることはできない。
蛮族と倒すには、頭と体を切り離すしかなかった。
「く……まだ数十体いるか……」
ユニスは蛮族の攻撃を躱しつつ、立っている蛮族達に目を向けた。
数は減ってきているが、それは微々たるもので、蛮族達はまだ大勢いる。
「ギャオウ! ユニス平気か? 」
蛮族の首をズタズタに切り裂いた後、ラノアニクスがユニスの隣に立つ。
「ああ、小生は平気だ。だが、足でまといだな、すまない」
「気にするな。それより、イアン達、なかなか来ない」
「……確かに。自分のことで手一杯だった……中もここと同じ状況なのか? 」
ユニスが向かってきた蛮族の槍を弾きながら呟いた。
「イアンとアンの方が窮地に陥っているかもしれん。急いで――」
「ユニス、ラノアニクス、体を伏せておけ! 」
その時、ユニスは蛮族の群れの奥からアントワーヌの声を聞いた。
「聞こえたか? ラノアニクス! 」
「聞こえた! でも、何故伏せる? 」
「分からん、とりあえずアンに従おう! 」
ユニスとラノアニクスは蛮族の群れから離れつつ、体を伏せた。
バシュ! バシュ! バシュ!
すると、幾つかの青い光が彼女達の頭上を通り過ぎていく。
「……!? なんだと!? 」
「ギャオ!? 」
目の前の光景に、ユニスとラノアニクスが驚愕した。
先程まで、大勢いた蛮族達が粉々の肉片になっていたのだ。
「あの…蛮族達を一瞬で……」
「みんな、バラバラ……」
二人は信じられない光景を見にしながら、ゆっくりと立ち上がる。
「やあ、二人共。無事だったか? 」
集落の中から、アントワーヌはゆったりとした足取りで歩いてくる。
「今のは……おまえの仕業なのか? 」
ユニスが恐る恐る訊ねる。
「ああ。この弓……いや、盾の力によってな」
「そのおまえの家に伝わる盾か。アン、おまえの家は……」
「それより、イアンを見なかったか? さっき、敵の攻撃で吹き飛ばされたのだが……」
「なに!? イアンが吹き飛ばされただと!? 」
「えっ!? 」
イアンが吹き飛ばされたと聞き、ユニスとラノアニクスが驚く。
「その様子だと、まだこちらに来ていないのか。敵の攻撃を受けて、伸びているかもしれん。探しに行くぞ」
「あ、ああ」
「ラノも行く! 」
アントワーヌはユニスとラノアニクスを引き連れ、イアンを探し始めた。
「……確か、こっちに飛んでいったはず……あ、いた」
集落から離れた位置にイアンはいた。
気を失っているのか、地面に仰向けの状態である。
「おい、イアン大丈夫か? 」
アントワーヌがイアンの元に駆け寄る。
「アントワーヌ……ユニスとラノアニクスも。ということは、集落は落ちたか」
イアンは気を失ってはいなかった。
「ずっと、この状態なのか? 」
「ああ、あの黒い炎は闇魔法と言ってな。生命に直接影響を与えるとかで、オレが動けないのは、闇魔法によって体力を削られたからだろう…」
アントワーヌの問いにイアンが答える。
「それで、黒いローブの奴はどうなった? 」
「……すまん、逃がした」
「そうか……とりあえず、皆無事で何より……」
イアンはそう言うと、瞼をゆっくり閉じていった。
「イアン? イアン! 」
ラノアニクスがイアンを揺すりだす。
「……よしてやれ。イアンは死んではいない。体力が奪われたせで疲れてしまったのだろう」
ユニスは、イアンが呼吸をしていることを確認し、ラノアニクスの腕を止める。
「そうなのか? 良かった…」
ラノアニクスは安堵し、その場に座り込む。
「それにしても、やはり蛮族を裏から操っている者がいたのだな」
ユニスがアントワーヌに訊ねる。
「ああ、何が目的だったのかは分からないが、奴は再び我らの前に現れるかもしれん。騎士長殿に伝えた方がいいな」
「それがいいだろう……お? アン、見ろ。本隊の方も終わったみたいだぞ」
ユニスが指を差す方向では、大勢の騎士達が集落を目指して平野を進んでいた。
「ようやくか、これで蛮族達との戦いも終わったな……さて、本隊に救助してもらうために集落に行くとしよう。ラノアニクス、イアンを運べるか? 」
「ギャウ、問題ない」
ラノアニクスはイアンを背負った。
「よし、ではイアンを頼んだぞ。行こう、ユニス」
「ああ」
ユニス達は、本隊と合流するため、集落へ向かった。
その後、駆けつけたガントレイとの部隊に救出され、ユニス達は第四拠点に帰還した。
この日、蛮族と領地拡大部隊の戦いは終を迎えた。
――本拠点。
ワオエアーは、執務室の窓から平野を眺めていた。
その場所からは、第三、四拠点辺りまでの景色を見ることができる。
コン! コン! コン!
執務室のドアを叩く者が現れた。
「入れ」
「失礼します。第四拠点 ガントレイト隊長より報告です」
ワオエアーは振り返ることなく、伝令兵を招き入れた。
「……言え」
「はっ、第三、四拠点の総攻撃により、蛮族を一掃。集落も落としたとのことです」
「死傷者は出ているか? 」
「負傷者は二十名。うち五名が重症で、あとは軽傷の者でございます。死者の報告はありません」
「……そうか。略奪した物等の報告は後でいい、他に何か変わった報告を受けてはないか? 」
「はい。えー……襲撃部隊のユニスより報告、集落にて蛮族を裏で操っていた者を確認」
「ほう、捕らえたのか? 」
「いえ、逃がしたようです……が、その者に関する情報をいくつか入手しています」
「分かった。書類にまとめ、後で提出しろ」
「はっ! 」
伝令兵は礼をした後、執務室を後にした。
「……これで、この平野も少しは落ち着くな。で、蛮族を裏で操っていた者に心辺りはあるかね? エッジマスク殿」
ワオエアーはそう言うと振り返り、部屋の隅を見た。
そこには目の周りを覆う仮面をつけた人物が佇んでいた。
どうゆうわけか身長や体つき等の外見的の特徴がはっきりしないため、子供か大人か、男性か女性なのかも分からない。
騎士の服装と顔に付けた仮面しか、その人物を示す特徴はないのだ。
故に付けている仮面の名称から、エッジマスクとその人物は呼ばれている。
エッジマスクは、王の補佐を務めるミリー・サドレナという貴族の私兵で、諜報活動を主な任務としていた。
エッジマスクがここにいるのは、領地拡大の進歩状況を確認するためであるとワオエアーは聞いている。
「……」
エッジマスクは何も答えなかった。
「……答えないということは、貴公の主も知らないのだろうな……領地拡大の進歩状況は今の報告通りだ」
「……」
エッジマスクは頷くが、一向に動く気配はなかった。
「……で、まだ消えないということは、裏で手を引いていた者の情報が欲しいと? 」
「……」
エッジマスクが頷いた。
「なら、書類ができるまで、しばらく待つがいい。それまで、そこで立っているか? 」
「……」
エッジマスクは頷いた。
ワオエアーはエッジマスクが頷いたのを確認すると、再び窓の外を眺める。
「それにしても、今回ばかりは流石に死ぬと思ったが……なかなかにしぶとい…」
彼は誰に言うことなく、一人呟いた。
――数日後。
領地拡大部隊は、蛮族の集落をそのまま第五拠点とした。
ソルフーンス山脈に拠点を建てる計画は蛮族の滅亡によって中止となったのである。
領地拡大部隊は、ここで領地を広げる活動を中断する。
一旦、広げた領地の中に町を作ろうとワオエアーは考えたのだ。
第二拠点の辺りに作るらしく、その辺りは人の行き来が多くなる。
町作りによって、第二拠点が忙しくなったかというと、そうでもなかった。
第二拠点に与えられた任務は、ソルフーンス山脈周辺の見回りである。
魔物等の驚異から、町作りを行う作業員を守るためであるが、この辺りの魔物はだいたい殲滅が完了している。
滅多に魔物が現れることはなかった。
ユニス達は蛮族を殲滅した後、第二拠点に戻され、ただ平野を駆け回る日々を送っていた。
「はぁ……最初は平野を駆け回れることに喜んだが、毎日走り回っていると流石に飽きるな」
馬の手綱を引くアントワーヌが呟く。
「そろそろ交代だが、帰ったら何をしようかなぁ…」
アントワーヌはそう言うと後ろにもたれかかった。
「……とりあえず昼飯だろう」
もたれかかってきたアントワーぬを押しのけながら、イアンが言った。
アントワーヌとイアンは同じ馬に乗り、平野の見回りを行っている最中であった。
「イアン、俺が言っているのは、その後のことだ」
「あと……昼飯のあとは訓練だろう。またサボるつもりか? ユニスに怒られるぞ」
「あいつは真面目すぎる。忙しい時は休めないのだから、この時くらいのんびりしてもいいだろうよ」
「……おまえは少々、のんびりしすぎだと思う。あと、もたれてくるな、鬱陶しい」
イアンはもたれかかってくるアントワーヌの背中を押し続ける。
「そういえば、アントワーヌよ。願いごとは決まったか? 」
イアンがアントワーヌに訊ねた。
アントワーヌは鍵を盾に挿したことをイアンに話していた。
だが、約束の願いをまだ言っていないのである。
「ん? まだだ。そう急かすな、もう少し考えさせてくれ」
「……時間が過ぎていくほど、おまえがとんでもない願いを言ってきそうで怖い…」
「はははは! 馬鹿な奴だ! もっと厳しい条件をだせば良かったものを」
「ああでも言わんと、おまえは鍵を挿してくれんかっただろう……まぁ、条件を出してまで鍵を渡した甲斐はあったがな」
イアンは、アントワーヌの籠手に付いた盾を見る。
彼女から、この盾が武器庫であるとイアンは既に聞かされている。
鍵が合ったことにも驚いたが、盾から武器が出てくる所にもイアンは驚かされた。
(タトウから貰った鍵の使いどころも分かった。今いるこの部隊のやることも特に無い……そろそろか…)
イアンは、空を見上げて、そんなことを考えていた。
「……何でもいいが、早く決めろよ? 」
「ははは! まだ待てと言っているだろうが、せっかちな奴だ」
願いごとお催促するイアンに対し、アントワーヌは上機嫌に微笑んでいた。
七章の前半はこれで終了




