百五十二話 残されたのは形見の盾と三つの鍵
数百年前、魔王が率いていた軍の中に、オークと呼ばれる魔物がいた。
オークはゴブリンを巨大化させたような醜い魔物で、人を遥かに上回る腕力と俊敏さを持つ。
当時、人間の戦士を多く殺害した魔物はオークであったとされる。
しかし、勇者には敵わず、彼が魔王を倒す頃には全滅したとされ、現在どの地域にもオークは見られない。
そのため、今では伝説の魔物として語り継がれている。
ちなみに、その醜い姿とある習性によって、魔族やダークエルフよりも忌み嫌われている存在である。
そのオークを模した魔物とアントワーヌは対峙していた。
蛮族の長の肉体を使って作られた魔物で、名前を付けるのであれば、蛮族オークだろう。
蛮族オークは三体おり、それぞれ槍、槌、弓を手にしている。
(化物になってしまったが、持ってる武器はあまり変わっていないな)
蛮族オーク達が持つ武器は、他の蛮族の持つ武器より大きいだけで、特に変わったところは見られない。
それぞれの武器の外観はというと、槍は木の棒の先端に尖った石を括りつけたもの、槌は木の棒の先に石を括りつけたもので、弓は木の枝で作られたものであった。
「……」
アントワーヌはバイザーを下ろし、剣を両手で持って構える。
じっと剣を構えたまま、蛮族オーク達の出方を伺う。
「フゴゴ! 」
「ブゴオッ! 」
「ゴッヘヘ! 」
三体の蛮族オークはアントワーヌを見つめていた。
鼻息は荒く、口からよだれが垂れている。
「やはり、気持ち悪い……」
その蛮族オーク達の様子を見て、アントワーヌの表情が嫌悪に染まる。
すると、彼女の声に反応したのか蛮族オークの一人が弓を構えた。
「来るか! 」
アントワーヌは、矢の攻撃に備える。
蛮族オークは構えた弓に矢を番え、アントワーヌに目掛けて矢を放った。
「……! 」
アントワーヌは横に飛んで矢を躱した。
バキッ!
矢はアントワーヌの後方の丸太を僅かに粉砕しつつ、突き刺さった。
「なんという威力だ…」
「フゴッ! フゴオオオオオ!! 」
アントワーヌが矢の威力に驚いている間に、槍を手にした蛮族オークが彼女に迫る。
蛮族オークは、アントワーヌの腹に目掛けて槍を突き出した。
アントワーヌは横へ軽く足を踏み込むことによって体をずらし、槍を躱すことができたが――
「フゴッ! フゴッ! 」
間髪入れず、再度槍を突き出していく。
連続で突き出される槍に対し、アントワーヌは躱す一方であった。
「早い……が、避けれんことはない」
「ブゴオッ! 」
当たらないことに痺れを切らしたのか蛮族オークは、槍を横薙ぎに払う。
「しめた! 」
アントワーヌは屈んで槍を躱し、蛮族オークに接近し、腹を斬りつけようとしたが――
「……!? 刃が通らないだと!? 」
アントワーヌの剣は、蛮族オークの分厚い腹の中に沈むだけで、肉を切り裂くことはできなかった。
「フゴオッ! 」
蛮族オークは片手を振り上げ、目の前にいるアントワーヌを叩こうと振り下ろす。
アントワーヌは蛮族オークの手を躱した後、背後に回り込む。
「腹がダメなら背中――」
「フゴゴッ! 」
槍を手にした蛮族オークの背中を突き刺そうとした時、アントワーヌに別の蛮族オークが迫っていた。
その蛮族オークの手には槌が持たれており、アントワーヌ目掛けて振り下ろされる。
「ちっ」
アントワーヌは突き刺すのを諦め、横に飛んで蛮族オークの槌を躱す。
ゴッ!
振り下ろされた槌は地面を粉砕し、辺りに砂塵が舞い上がる。
「威力は凄まじいが、お前の攻撃は当たらん」
槌によって、砕かれた地面を見ながら、アントワーヌが言った。
蛮族オーク一体一体の攻撃は容易く避けることができ、彼女は余裕の表情を見せる。
しかし――
「フゴオオオオオッ! 」
弓を手にした蛮族オークがここぞとばかりに弓を引き、アントワーヌ目掛けて矢を放った。
「これは避けれない! ぐっ……! 」
空中で躱すことのできないアントワーヌは、剣で矢を受けた。
槌を躱した後の隙を狙った追撃は、完璧にアントワーヌを捉えていた。
連携攻撃されては、アントワーヌの俊敏さを以てしても、回避は困難であった。
貫かれることは防いだが勢いに押され、矢と共に飛んでいく。
「ぐはっ! 」
飛ばされたアントワーヌは、丸太の壁に激突し、ズルズルと崩れ落ちた。
背中を強く打ち付け、アントワーヌはすぐに立つことができない。
「お、おのれ……俺は…まだ……」
視界がぼやける中、彼女は立ち上がるために、体に力を入れる。
アントワーヌはまだ、剣を手放してはいなかった。
集落の門前にて、二人の少女が大勢の蛮族を相手に戦っていた。
一人は剣の腕が秀でており、もう一人の少女は並外れた膂力を持っている。
「はぁ…はぁ…ようやく一人目……」
「グゥゥゥ……こっちもだ…」
ユニスとラノアニクスは、息を切らしていた。
彼女達の実力でも、蛮族達を倒すのは困難であった。
「こいつら、やけに強い……というか、しぶとい! 」
ユニスが目の前の蛮族を袈裟懸けに斬り裂く。
「ギャアアアア……ウオオッ! 」
蛮族は傷口から血を噴き出すが、何事もなかったようにユニスへ向かっていく。
「くそっ! ラノアニクス、手伝ってくれ! 」
ユニスは蛮族の首に剣を当てる。
「ギャオ! 任せろ! 」
蛮族の頭に目掛けて、ラノアニクスは飛び蹴りを叩き込んだ。
蹴り飛ばされた勢いで、ユニスの剣が首を切断し、蛮族の頭がもげて飛んでいく。
「……! 」
首を失った蛮族はその場に崩れ落ちた。
「はぁ…二人ならば、すぐに倒せるが……」
ユニスが前方に視線を移す。
そこにはまだ大勢の蛮族達が蠢いていた。
「まだ、これだけの量がいる。ここを突破するにしても、だいぶ時間が掛かるな…」
「イアン達、様子が見えない。大丈夫か? 」
「分からん……が、中にあいつらがいる以上、進むしかあるまい。踏ん張るぞ! 」
「ギャオウ! 」
ユニスとラノアニクスは蛮族の群れに向かっていった。
アントワーヌは集落の中を駆け回っていた。
彼女が走り回っているのは、弓を手にした蛮族オークから放たれる矢から逃れるためである。
しかし、先程のダメージと体力の消耗から走る速度が落ちていく。
「フゴォ…」
そんな彼女に狙いを定めるのは容易である。
弓を構える蛮族オークの番えた矢は、ぴったりアントワーヌに向けられていた。
それを横目に見たアントワーヌは、前方へ思いっきり飛び込んだ。
ヒュッ!
間一髪で矢を避けることができたが、今のアントワーヌは地面に伏せた状態である。
「フゴオオオオッ!! 」
地面に伏せる彼女目掛けて、槌を手にする蛮族が跳躍する。
アントワーヌの真上に到達すると、落下しながら槌を振り下ろした。
ドゴッ!
槌が大きく地面を粉砕する。
「ぐああっ! 」
槌の直撃を逃れたアントワーヌだが、衝撃で吹き飛ばされる。
「くっ……なに!? 」
彼女が吹き飛ばされた先には、槍を手にした蛮族オークがいた。
蛮族オークは、仰向けに倒れるアントワーヌを見下ろし――
「フゴォ! 」
彼女に目掛けて、槍を突き出した。
「……! 」
アントワーヌは横へ転がり、蛮族オークの槍を躱す。
「このまま、やられてばかりでは……」
膝を付き、立ち上がろうとしたアントワーヌ。
「フゴオオッ! 」
その彼女に、蛮族オークの突き出された槍が迫る。
ガッ!
アントワーヌは咄嗟に剣を盾にしたが、力負けしてしまい、後ろに吹き飛んでしまう。
なんとか地面に着地し、体勢を立て直したアントワーヌだが、手にした剣を見て驚愕した。
「なっ……今ので剣が! 」
アントワーヌの剣の刃は槍の勢いに耐え切れず、折れ曲がっていた。
「くそっ! これでは戦うことができない! おのれぇ!! 」
アントワーヌは力強く、折れ曲がった剣を地面に投げつけた。
剣は何回か跳ねた後、虚しく地面に転がった。
役に立たなくなった剣を憎々しげに見つめた後、三体の蛮族オークに視線を向ける。
三体の蛮族オークはアントワーヌが武器を失ったことで勝利を確信し、武器を下ろして彼女の元へ歩いていく。
「……俺を八つ裂きにするつもりか。奴らに殺されるくらいなら、自分で命を絶ったほうがマシだ」
アントワーヌはまだ自分に武器が残されていないか、自分の服を探し回る。
「む? これは何だ? 」
すると、服の中に小さい何かがあることに気づいた。
その一つを手にすると――
「これは、イアンに貰った鍵……こんなところに入れてたか…」
それはイアンに貰った鍵の一つ、緑色の鍵であった。
「ははは……あいつめ、鍵では流石に自決できんぞ。こんな意味の分からん鍵なんぞ寄越しおって…」
アントワーヌは手にした鍵を見つめる。
「……あいつは、俺の盾にこいつを挿したがっていたな……良かろう。俺が死ねば、オルヤールの家も死ぬ。代々受け継がれてきたという、この盾の所有者は俺で最後だ…」
アントワーヌは、左腕を前に突き出し、盾の側面側にある蓋を開ける。
そこには三つの穴が横に並んでいた。
「こんな物でも贈り物だ。初めて俺に贈り物をした男として、このアントワーヌが最期におまえの望みを叶えてやろう…」
(オルヤールの家を復興できなかったこと……あいつがこの場にいなことが心残りだ…)
アントワーヌは緑色の鍵を天に向けて掲げた後――
「ありがたく思えよ、イアン! 」
盾の三つの穴の一つに挿した。
「……!? 入った……だと!? 」
緑色の鍵は、穴に奥まで差し込めた。
ただ穴に入っただけではなく、ぴったり穴にはまった感触をアントワーヌは感じた。
「…まさか…これは……」
アントワーヌは、恐る恐る刺さった緑色の鍵に手を伸ばす。
「……いや、ここまでやったのだ。どうとでもなれ! 」
アントワーヌは緑色の鍵に手をかけ、鍵を回した。
[アウト・ザ・ソード! ]
「はあ!? 」
鍵を回した瞬間、盾から声が飛び出し、アントワーヌは驚いた。
その声は聞き取ることはできるが、明らかに人間の出せるような声ではなかった。
ガシャ! シュコン!
すると、手の方の盾の一部が開き、そこから何かの柄のような物が飛び出した。
柄の色は緑色で、何かの武器の柄であることが分かる。
「武器? 盾の中に入っていたのか? なんなのだ一体…」
アントワーヌは疑問を口にしながら、柄を掴んで引き抜いた。
「……!? 」
アントワーヌは引き抜いた物に驚愕した。
彼女が引き抜いたのは、剣であった。
その剣の刀身の長さはアントワーヌの腕の長さほどあり、両側に刃が付いている。
ガシャ!
彼女が剣を抜いた後、開いた部分が勝手に閉まる。
「剣……しかも、これほどの長さの剣を、どうこの盾にしまっていたのだ!? 」
引き抜いた剣は盾よりも長く、どう見ても入り切るものではなかった。
「フゴ!? ブゴオオオオオオッ!! 」
彼女が武器を手にしたことに蛮族オークが気づいた。
槌を手にした蛮族オークがアントワーヌに迫り、彼女目掛けて槌を振り下ろす。
「……! 」
注意を向けていなかったアントワーヌだが、蛮族オークの接近に反応し、その腹を斬りつけにかかる。
「ちっ、しまった。こいつの腹に剣は効かないのだった」
そのことを忘れていたアントワーヌだったが――
ズバッ!
彼女の剣は軽々と蛮族オークの肉を斬り裂きながら背中へ抜けた。
「フゴッ!? ブグウウウウ…」
斬り裂かれた傷口から大量の血が噴き出し、槌を手にした蛮族オークは膝を付く。
「な、なんという切れ味だ…」
「ブゴオオオオオッ! 」
剣の切れ味に驚く彼女に、槍を手にした蛮族オークが向かっていく。
「槍が来るか! おっと、他にも鍵があったな」
アントワーヌは服から、赤色の鍵を取り出し、他の穴に入れようとするが――
「むぅ…鍵穴が合わん。ここにしか合わないものなのか? 」
他の二つの穴には入らなかった。
「仕方がない。この緑を抜いて……おおっ!? 」
彼女が緑の鍵を抜いた瞬間、持っていた剣が緑色の光となって消えていった。
「鍵を抜くと、剣は消えるのか……とりあえず、次は赤を」
アントワーヌは赤色の鍵を挿して、回した。
[アウト・ザ・スピア! ]
ガシャ! シュコン!
謎の声と共に盾の一部が開き、そこから赤色の柄が飛び出す。
「ふん! 」
アントワーヌが柄を引き抜くと、それは先に刃の付いた短槍であった。
しかし、短槍の柄が伸び、従来の槍のような形状に変化した。
「赤は槍……鍵の色で、出てくる武器が変わるのか…」
アントワーヌは槍を両手に持ち、向かってくる蛮族オークに備える。
「フゴオッ! 」
「はっ! 」
彼女は蛮族オークが突き出した槍を上に払った後――
ドスッ! ドスッ! ドスッ!
蛮族オークの両肩と頭を槍で突いた。
槍の刃も強力で、蛮族オークの肉体を軽々と貫いていた。
「ははっ! こいつも強力だ! さて、最後は…」
アントワーヌは赤色の鍵を抜き、取り出した青色の鍵を差し込んだ。
[アウト・ザ・ボウ! ]
ガシャ! シュコン!
手にした槍が消え、盾から青色の柄が飛び出す。
それを引き抜くと、柄の両端が伸び、青色の細い糸が伸びた両端にピンと張られた。
「青は弓か。どれ、この弓と勝負してみるか? 」
アントワーヌは弓を手にした蛮族オークにそう呼びかけつつ、矢筒から一本の矢を取り出す。
「フゴゴッ! 」
蛮族オークは弓に番えた矢をアントワーヌ目掛けて放った。
「はあ! 」
アントワーヌも蛮族オークに遅れて矢を放った。
バキッ!
彼女の放った矢は青い光を纏いながら飛んでいき、蛮族オークの放った矢を粉砕した後――
「……!? 」
蛮族オークの頭を貫通した。
顔に穴を開けられた蛮族オークは、立つこともままならず、その場に倒れこむ。
「は、はははは! どれも最高の武器じゃあないか! そして、この盾はただの盾ではなく、これらの武器を格納する武器庫だったのだな! 」
アントワーヌはそう言うと、矢筒から矢を取り出し、まだ息のあった槌を手にする蛮族オークに放つ。
「……ゴッ!? 」
頭を打ち抜かれ、蛮族オークは悲鳴を上げるこなく、崩れ落ちた。
三体の蛮族オークは、アントワーヌの盾から現れた武器によって倒された。
「ふぅ…鍵で複数の武器を呼び出せる盾型の武器庫…か。俺の先祖はとんでもない奴かもしれんな。いや、それよりも……」
アントワーヌは手にした二つの鍵を握り締める。
「これで確信した。この鍵を持って、俺の前に現れたイアン……間違いない、あいつは俺を強くする存在だ! あいつを手に入れれば、俺は更なる高みを目指すことができる! 」
握り締めた手に更に力を入れ、アントワーヌはそう声を上げた。
「だが、それは一旦後回しだ。今はこの場をどうにかすることに力を注ぐ。イアン、おまえがくれたこの力…存分に使わせて貰うとしよう」
アントワーヌは手にした二つの鍵を服の中にしまい、青の弓に矢を番えた。
4月8日 サブタイトル変更
2016―4月19日 誤字修正
このまま、やっられてばかりでは → このまま、やられてばかりでは
2016―6月7日 文章修正
刀身の長さが彼女の腕の長さほどある両刃の剣であった → その剣の刀身の長さはアントワーヌの腕の長さほどあり、両側に刃が付いている。