百五十一話 集落襲撃
まだ日が昇らない早朝。
ソルフーンス山脈の暗闇にイアン達がいた。
何故、彼らが山の中をいるのかというと、蛮族が集結しているであろう集落に襲撃を行うためである。
平野を進んでいては蛮族に見つかってしまうので、こうして山の中を進んでいるのだ。
彼女達はソルフーンス山脈を西に進み、蛮族の集落から南の位置を目指していた。
その位置から、真っ直ぐ北に向かい、蛮族の集落を襲撃するつもりである。
「暗い……こんな朝早くから行かなくても良かったのではないか? 」
イアンが足元に目を凝らしながら呟いた。
「出発する前に聞いたと思うが、総攻撃を行うのは昼だ。その時になって出発したのでは遅すぎる」
イアンの呟きにユニスが答えた。
「それは分かっている。オレが言いたいのは、暗い山道は危険だということだ」
「何を今更……ラノアニクスがいるから大丈夫ではないか。おーい、何か匂うか? 」
ユニスが前方に向けて声を出した。
「何もしない。大丈夫だ」
先頭を歩くラノアニクスが答えた。
「…だそうだ」
「いや、そうではなくて――」
イアンが何かに躓き、前のめりに倒れる。
「……視界が悪いから危険だということだ」
「仕方がない……気をつけて進むしかないだっ――ろう」
ユニスも躓きかけた。
転んだイアンをユニスが助けおこし、再び彼らは進みだす。
その後、魔物に遭遇しそうな時が度々訪れたが――
「ギャオウ!! 」
ラノアニクスが吠えることによって、追い払うことができた。
彼女のおかげで何事もなく、山を進むことができ、日が昇る頃にイアン達は目的の場所に辿り着いた。
そこは、第四拠点から西にいった辺りの山の中である。
「アン、見えるか? 」
ユニスがアントワーヌに訊ねる。
「……微かに見える。ここでいいだろう」
「よし、予定より早く来れたな。合図が出るまでここで待機だ」
ユニスはそう言うと、近くにあった岩の上に腰を下ろした。
イアン達が辿り着いたのは、見晴らしのいい山の斜面。
北の方角に目を凝らすと、微かに蛮族の集落が見える場所であった。
「ふぅ…ここに来ただけで、ひと仕事終えたような気分だ」
「アン、まだ終わっていないぞ……って、どこに行くつもりだ? 」
ユニスが振り向くと、アントワーヌが先に進もうとしていた。
「少し、その辺を歩いてくるだけだ」
「あまり遠くに行くなよ」
「分かっている」
アントワーヌはユニスにそう返すと、山道を一人で進んでいった。
「……オレも行ってくる」
すると、イアンがアントワーヌの後を追い出した。
「おまえもか……まぁ、一人にするのは危険だしな。仕方がない」
「ラノも行く! 」
「えっ!? い、いや、流石に一人にされると……」
ラノアニクスも行くと言い出し、焦りだすユニス。
「ラノアニクス、おまえはここにいてくれ」
「むぅ…何故だ? 」
食い下がるラノアニクス。
まだそれほど仲良くないユニスより、イアンと共にいる方がいいようだ。
そんな彼女にイアンは――
「何故って……ユニスが一人になると可哀想だろ? 」
と言った。
「グゥゥゥ……ユニス、可哀想。なら、仕方ない」
「分かってくれたか。では、行ってくる」
イアンも山道の先に進んでいった。
「……小生は複雑な気持ちだ」
ユニスは岩の上で膝を抱え、空を見上げた。
イアンが山道を進んでいると、アントワーヌの後ろ姿がを見ることが、一向に出来なかった。
イアンよりもいち早く、先の方に行ったとはいえ、いつまでも姿が見えないというのはおかしなことである。
彼もアントワーヌが見えないことを不思議に思ったのか、早足で歩いていた。
「……あいつ、どこまで先に行ったんだ? 」
とうとうイアンが走り出そうとした時――
「イアン、俺はここだ」
彼の後ろからアントワーヌの声が聞こえた。
イアンが振り返ると、そこにはアントワーヌが腕を組んで立っていた。
「…? 何故後ろに? 」
「そこの茂みに隠れていた。で、ここまで来たのは、俺の考えが合っているか試すためだ」
「……合っていたのか? 」
「合っていたとも。俺に何か用があるんだろ、イアン? 」
アントワーヌがニヤリと頬を吊り上げながら言った。
イアンの目が丸くなる。
ある思いがあって、度々イアンはアントワーヌに視線を送っていたのだが、彼女はそれに気づいていたらしい。
「……ああ。おまえに用…というか、渡したいものがあった」
イアンはそう言うと、服のポケットから何かを取り出す。
「ほう……渡したいものとな? これは意外……どれ、見せてみろ」
アントワーヌは、イアンの手にした物を受け取り、手のひらに乗ったそれを見つめる。
「む……三色の鍵? なんの鍵だ、これは? 」
アントワーヌが見つめる手のひらの上には、赤、青、緑の色が異なった三つの鍵があった。
「分からない」
アントワーヌの問いに対し、イアンはそう答えた。
「分からないだと? イアン、どういうつもりだ? 」
「分からないが、その鍵がおまえの持つ盾の穴に合うか試して欲しい」
「おまえはあの三つの穴を鍵穴と見たか……はっ! くだらん。これは返す」
アントワーヌは手にした三つの鍵をイアンに突き出した。
「……いや、鍵を挿して合うかだけでも――」
「こんな得体の知れない物を盾に挿してどうなる? それを答えれたら、おまえの言う通りにしてやろう」
「……むぅ」
イアンは、答えられずにいた。
まず、その鍵が盾のもので合っているかすら分からないのだ。
アントワーヌもイアンが答えられないと分かって、問いかけていた。
しかし、イアンは――
「……その鍵を挿してくれたら、俺はおまえの願いを一つ聞く……」
アントワーヌの問い答える代わりに、条件をつけた。
しかも、条件が盾の穴に挿すだけというもので、達成されたも同然であった。
「なにっ!? 」
予想外の返答にアントワーヌが驚愕する。
「願いを一つ……それは何でもか? 」
「……何でもだ」
アントワーヌの目に視線を向け続けるイアン。
(う、嘘ではないようだ。だが、そこまでして俺の盾に鍵を……一体何だというのだ)
盾の穴に鍵を入れたがるイアンに、アントワーヌは困惑していた。
(実際、鍵を挿してみたい気持ちも分かるが、この盾はたった一つの親の形見。下手な真似はしたくはない。ここは……)
アントワーヌは考えた末に――
「ふん、そこまで言うのであれば、この鍵は俺が貰っておいてやる。ただし、貰うだけであって、挿すとは限らんからな 」
とイアンに言い、突き出した腕を引っ込めた。
その後、アントワーヌは踵を返し、ユニス達の元へ向かっていく。
(鍵を持っているのなら、いつかは挿してくれる……と思う。とりあえず、今はこれでいいだろう)
イアンは、アントワーヌが鍵を受け取ってくれたことで安堵していた。
軽い気持ちで、何でも言うことを聞く権利をアントワーヌにあげてしまったイアン。
この行いによって、後に迫る重大な選択の選択肢が、この時点でほぼ決まってしまったことを彼は知らない。
イアン達が本隊の合図を待ち続けて数時間後。
太陽は真上を通り、総攻撃を行う予定の時間を過ぎていた。
「もう時間が来たはずだが……お! きたきた」
ユニスが本隊が待機している方向の空を見ると、白い煙が上がっていた。
本隊は集落に向けて突撃すると同時に、狼煙を上げたのだ。
「蛮族共も動いたな」
アントワーヌが見つめる先では、大勢の蛮族達が本隊のいる東の方に向かっていた。
「では、こちらも動くか」
「ああ。だが、真っ直ぐ向かうのではなく、西へ迂回しながら集落の後方を攻めよう」
イアンの問いに対し、ユニスはそう返した。
ユニスの言葉に、イアン達は頷く。
全員が頷いたのを確認すると――
「これより集落を攻め、敵の頭を潰す…行くぞ! 」
集落の方角に顔を向け、そう声を上げた。
ユニスの号令の後、イアン達は一斉に山を下り、集落を目指して平野を駆けた。
集落を駆けたイアン達は、蛮族の大半が本隊と交戦しているおかげで、難なく集落に辿り着いた。
集落は丸太で作られた壁で囲まれており、門はイアン達いる反対側にあった。
「後方に来たはいいが、どうやって中に入る? 」
イアンがユニスに訊ねる。
「……後方から侵入できると思ったが、ここからじゃあ侵入はできないな。アンはどう思う? 」
「侵入できないことはない。イアンの炎があれば、こんな木の棒なぞ簡単に飛び越えれるだろう」
「あれは、日に……三回程しか使えんのだがな。他に方法がないのであれば仕方ない」
「待て待て、ここを飛び越えて入れば、中に残っている蛮族に囲まれるかもしれん」
ユニスがイアンに抱きつこうとするアントワーヌを止める。
「むぅ……では、こうしよう。俺とイアンがここから入り、ユニスとラノアニクスが門から入る。これで挟み撃ちにできるぞ」
「そうくるか。まぁ、全員が同じ所から入るより、二手に別れた方が敵の意表を突けるか。よし、ではそれで行こう。ついてこい、ラノニクス」
「ギャオ! 」
ユニスとラノアニクスは門に向かっていった。
「こちらはもう入るとしよう。頼んだぞ、イアン」
アントワーヌはそう言うと、イアンに抱きつく。
「……しっかり掴まっていろよ。サラファイア! 」
イアンはアントワーヌを抱えたまま、足下から炎を噴射させ、丸太の壁を飛び越えた。
上から集落の中を見ると、少数の蛮族がいた。
持っている武器はバラバラで、皆門の周辺で固まっている。
イアンとアントワーヌの真下には――
「む? なんだあいつ…」
黒いローブを羽織った者が立っていた。
頭にフードがかかっているため、どんな顔をしているかが分からない。
「恐らく、あいつが蛮族に入れ知恵をした者だろう。蛮族に加担した罪、死を持って償わせてやる」
アントワーヌはイアンに抱えられながら、弓を取り出し、番えた矢を黒いローブの者目掛けて放った。
バッシューン!
しかし、黒いローブの者に当たる前に、何かに弾かれた。
まるで、壁に阻まれたかのような弾かれ方であった。
「なに!? 魔法使いか! 」
「ちっ、すぐに着地する。気をつけろよ」
イアンは足下から出ている炎を消して落下するが、黒いローブの者がイアンに左手を向け――
ドシュウ!
黒い炎の塊を放った。
「これは、闇魔法!? まずい! 」
「なっ!? 」
イアンは、アントワーヌを投げ飛ばし――
「ぐっ! 」
黒い炎の塊に当たり、集落の外へ飛んでいった。
「くっ……」
アントワーヌは集落の中へ着地する。
「ふぅ、いきなり飛んできたからびっくりした。そんで、門からも敵が来てると……」
黒いローブがそう呟いた。
彼の視線の先には、武器を振り回す蛮族達が映っていた。
「これが襲撃ってやつね、知ってる」
黒いローブの男がそう言うと、アントワーヌに体を向ける。
「狼煙が上がったのは、君達に襲撃をさせる合図だったのか、盲点だったなぁ」
「ペラペラとよく喋る。そのうるさい口を二度と開けなくしてやる! 」
「僕に攻撃が効かなかったの見ていなかった? 」
アントワーヌは、黒いローブの男の言葉を無視して、三本の矢を連続で放った。
バッシューン! バッシューン! バッシューン!
またも、矢は見えない何かに弾かれてしまう。
「ありゃりゃ、効かないって言ったのに…」
黒いローブの男は両手のひらを広げて、大げさに振舞う。
「ちっ! ならば、剣で! 」
アントワーヌは右手に剣を持ち、黒いローブの男目掛けて横に振るった。
「おっと」
しかし、黒いローブの男が後ろに跳躍した躱した。
(避けた! 近接攻撃は効くのか!? )
アントワーヌは、振り切った剣を投げ捨て、腰から左右の手で二本の短槍を引き抜く。
「もらった! 」
そして、前に右足を踏み込み、黒いローブの男目掛けて、左右の短槍を同時に突き出した。
しかし、二本の短槍は黒いローブ男の左右の手に掴まれてしまう。
「魔法使いだからって、こういうのが苦手だと思った? 」
「……!? 」
アントワーヌは悪寒を感じ、短槍から手を話して後ろに跳躍する。
すると、黒いローブの男に持たれた二本の短槍が一瞬にして黒い炎に包まれた。
黒い炎が消える頃には、二本の短槍は跡形もなく消え去っていた。
「惜しい! 感がいいなぁ。大抵の奴なら、今ので殺せるのに」
「く…今のは危なかった…」
アントワーヌは後ろに下がりながら、落ちていた剣を拾い上げる。
「うーん、まだやる気があるのかー…僕的には、やることやったから引き上げたいんだけどねぇ……あ、そうだ」
黒いローブの男は、前方に地面に向けて指を差し――
「バン! バン! バン!」
と、三ヶ所に黒い稲妻を放った。
稲妻が地面に当たると、そこに黒色の陣が浮かび上がり、そこから三体の魔物が現れる。
魔物達は、ニメートルを越える身長の人間のような姿であった。
明らかに人間と違うのは、ゴブリンのように醜い顔と肥大化した腹を持つことだ。
肌は褐色でそれぞれ、槍、槌、弓を手にしている。
「ま、魔物だと!? しかし、この武器は……」
「オークって知っている? 屈強な肉体を持つ伝説の魔物だよ。それを蛮族の長の体を使って作ってみたんだ」
「なに!? 蛮族を……人間を魔物にしたのか!? 」
黒いローブの男の言葉に驚愕するアントワーヌ。
「そうだよ。失敗するかと思ったけど、思いのほか上手く出来てね。僕の代わりにこいつらを置いていくよ」
黒いローブの男はそう言うと、空に浮き上がっていく。
「待て! 」
「待たないよ。じゃあ、偽オーク相手よろしく! 」
黒いローブの男は空中で黒い炎に包まれた後、そこに彼の姿はなくなっていた。
「ボフゥ! 」
「フゴォ! 」
「ゴッヘッヘ! 」
三体のオークとなった蛮族がアントワーヌに迫る。
「くっ…気持ち悪い。ユニス達はまだか! 」
アントワーヌが門の方に目を向けると、まだ蛮族達が群がっていた。
「くそっ、一人でやるしかないのか」
アントワーヌは、ユニス達が来るのを諦め、右手に持つ剣を強く握り締めた。




