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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
七章 多様の使い手
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百五十一話 集落襲撃

まだ日が昇らない早朝。

ソルフーンス山脈の暗闇にイアン達がいた。

何故、彼らが山の中をいるのかというと、蛮族が集結しているであろう集落に襲撃を行うためである。

平野を進んでいては蛮族に見つかってしまうので、こうして山の中を進んでいるのだ。

彼女達はソルフーンス山脈を西に進み、蛮族の集落から南の位置を目指していた。

その位置から、真っ直ぐ北に向かい、蛮族の集落を襲撃するつもりである。


「暗い……こんな朝早くから行かなくても良かったのではないか? 」


イアンが足元に目を凝らしながら呟いた。


「出発する前に聞いたと思うが、総攻撃を行うのは昼だ。その時になって出発したのでは遅すぎる」


イアンの呟きにユニスが答えた。


「それは分かっている。オレが言いたいのは、暗い山道は危険だということだ」


「何を今更……ラノアニクスがいるから大丈夫ではないか。おーい、何か匂うか? 」


ユニスが前方に向けて声を出した。


「何もしない。大丈夫だ」


先頭を歩くラノアニクスが答えた。


「…だそうだ」


「いや、そうではなくて――」


イアンが何かに躓き、前のめりに倒れる。


「……視界が悪いから危険だということだ」


「仕方がない……気をつけて進むしかないだっ――ろう」


ユニスも躓きかけた。

転んだイアンをユニスが助けおこし、再び彼らは進みだす。

その後、魔物に遭遇しそうな時が度々訪れたが――


「ギャオウ!! 」


ラノアニクスが吠えることによって、追い払うことができた。

彼女のおかげで何事もなく、山を進むことができ、日が昇る頃にイアン達は目的の場所に辿り着いた。

そこは、第四拠点から西にいった辺りの山の中である。


「アン、見えるか? 」


ユニスがアントワーヌに訊ねる。


「……微かに見える。ここでいいだろう」


「よし、予定より早く来れたな。合図が出るまでここで待機だ」


ユニスはそう言うと、近くにあった岩の上に腰を下ろした。

イアン達が辿り着いたのは、見晴らしのいい山の斜面。

北の方角に目を凝らすと、微かに蛮族の集落が見える場所であった。


「ふぅ…ここに来ただけで、ひと仕事終えたような気分だ」


「アン、まだ終わっていないぞ……って、どこに行くつもりだ? 」


ユニスが振り向くと、アントワーヌが先に進もうとしていた。


「少し、その辺を歩いてくるだけだ」


「あまり遠くに行くなよ」


「分かっている」


アントワーヌはユニスにそう返すと、山道を一人で進んでいった。


「……オレも行ってくる」


すると、イアンがアントワーヌの後を追い出した。


「おまえもか……まぁ、一人にするのは危険だしな。仕方がない」


「ラノも行く! 」


「えっ!? い、いや、流石に一人にされると……」


ラノアニクスも行くと言い出し、焦りだすユニス。


「ラノアニクス、おまえはここにいてくれ」


「むぅ…何故だ? 」


食い下がるラノアニクス。

まだそれほど仲良くないユニスより、イアンと共にいる方がいいようだ。

そんな彼女にイアンは――


「何故って……ユニスが一人になると可哀想だろ? 」


と言った。


「グゥゥゥ……ユニス、可哀想。なら、仕方ない」


「分かってくれたか。では、行ってくる」


イアンも山道の先に進んでいった。


「……小生は複雑な気持ちだ」


ユニスは岩の上で膝を抱え、空を見上げた。



 イアンが山道を進んでいると、アントワーヌの後ろ姿がを見ることが、一向に出来なかった。

イアンよりもいち早く、先の方に行ったとはいえ、いつまでも姿が見えないというのはおかしなことである。

彼もアントワーヌが見えないことを不思議に思ったのか、早足で歩いていた。


「……あいつ、どこまで先に行ったんだ? 」


とうとうイアンが走り出そうとした時――


「イアン、俺はここだ」


彼の後ろからアントワーヌの声が聞こえた。

イアンが振り返ると、そこにはアントワーヌが腕を組んで立っていた。


「…? 何故後ろに? 」


「そこの茂みに隠れていた。で、ここまで来たのは、俺の考えが合っているか試すためだ」


「……合っていたのか? 」


「合っていたとも。俺に何か用があるんだろ、イアン? 」


アントワーヌがニヤリと頬を吊り上げながら言った。

イアンの目が丸くなる。

ある思いがあって、度々イアンはアントワーヌに視線を送っていたのだが、彼女はそれに気づいていたらしい。


「……ああ。おまえに用…というか、渡したいものがあった」


イアンはそう言うと、服のポケットから何かを取り出す。


「ほう……渡したいものとな? これは意外……どれ、見せてみろ」


アントワーヌは、イアンの手にした物を受け取り、手のひらに乗ったそれを見つめる。


「む……三色の鍵? なんの鍵だ、これは? 」


アントワーヌが見つめる手のひらの上には、赤、青、緑の色が異なった三つの鍵があった。


「分からない」


アントワーヌの問いに対し、イアンはそう答えた。


「分からないだと? イアン、どういうつもりだ? 」


「分からないが、その鍵がおまえの持つ盾の穴に合うか試して欲しい」


「おまえはあの三つの穴を鍵穴と見たか……はっ! くだらん。これは返す」


アントワーヌは手にした三つの鍵をイアンに突き出した。


「……いや、鍵を挿して合うかだけでも――」


「こんな得体の知れない物を盾に挿してどうなる? それを答えれたら、おまえの言う通りにしてやろう」


「……むぅ」


イアンは、答えられずにいた。

まず、その鍵が盾のもので合っているかすら分からないのだ。

アントワーヌもイアンが答えられないと分かって、問いかけていた。

しかし、イアンは――


「……その鍵を挿してくれたら、俺はおまえの願いを一つ聞く……」


アントワーヌの問い答える代わりに、条件をつけた。

しかも、条件が盾の穴に挿すだけというもので、達成されたも同然であった。


「なにっ!? 」


予想外の返答にアントワーヌが驚愕する。


「願いを一つ……それは何でもか? 」


「……何でもだ」


アントワーヌの目に視線を向け続けるイアン。


(う、嘘ではないようだ。だが、そこまでして俺の盾に鍵を……一体何だというのだ)


盾の穴に鍵を入れたがるイアンに、アントワーヌは困惑していた。


(実際、鍵を挿してみたい気持ちも分かるが、この盾はたった一つの親の形見。下手な真似はしたくはない。ここは……)


アントワーヌは考えた末に――


「ふん、そこまで言うのであれば、この鍵は俺が貰っておいてやる。ただし、貰うだけであって、挿すとは限らんからな 」


とイアンに言い、突き出した腕を引っ込めた。

その後、アントワーヌは踵を返し、ユニス達の元へ向かっていく。


(鍵を持っているのなら、いつかは挿してくれる……と思う。とりあえず、今はこれでいいだろう)


イアンは、アントワーヌが鍵を受け取ってくれたことで安堵していた。

軽い気持ちで、何でも言うことを聞く権利をアントワーヌにあげてしまったイアン。

この行いによって、後に迫る重大な選択の選択肢が、この時点でほぼ決まってしまったことを彼は知らない。





 イアン達が本隊の合図を待ち続けて数時間後。

太陽は真上を通り、総攻撃を行う予定の時間を過ぎていた。


「もう時間が来たはずだが……お! きたきた」


ユニスが本隊が待機している方向の空を見ると、白い煙が上がっていた。

本隊は集落に向けて突撃すると同時に、狼煙を上げたのだ。


「蛮族共も動いたな」


アントワーヌが見つめる先では、大勢の蛮族達が本隊のいる東の方に向かっていた。


「では、こちらも動くか」


「ああ。だが、真っ直ぐ向かうのではなく、西へ迂回しながら集落の後方を攻めよう」


イアンの問いに対し、ユニスはそう返した。

ユニスの言葉に、イアン達は頷く。

全員が頷いたのを確認すると――


「これより集落を攻め、敵の頭を潰す…行くぞ! 」


集落の方角に顔を向け、そう声を上げた。

ユニスの号令の後、イアン達は一斉に山を下り、集落を目指して平野を駆けた。




 集落を駆けたイアン達は、蛮族の大半が本隊と交戦しているおかげで、難なく集落に辿り着いた。

集落は丸太で作られた壁で囲まれており、門はイアン達いる反対側にあった。


「後方に来たはいいが、どうやって中に入る? 」


イアンがユニスに訊ねる。


「……後方から侵入できると思ったが、ここからじゃあ侵入はできないな。アンはどう思う? 」


「侵入できないことはない。イアンの炎があれば、こんな木の棒なぞ簡単に飛び越えれるだろう」


「あれは、日に……三回程しか使えんのだがな。他に方法がないのであれば仕方ない」


「待て待て、ここを飛び越えて入れば、中に残っている蛮族に囲まれるかもしれん」


ユニスがイアンに抱きつこうとするアントワーヌを止める。


「むぅ……では、こうしよう。俺とイアンがここから入り、ユニスとラノアニクスが門から入る。これで挟み撃ちにできるぞ」


「そうくるか。まぁ、全員が同じ所から入るより、二手に別れた方が敵の意表を突けるか。よし、ではそれで行こう。ついてこい、ラノニクス」


「ギャオ! 」


ユニスとラノアニクスは門に向かっていった。


「こちらはもう入るとしよう。頼んだぞ、イアン」


アントワーヌはそう言うと、イアンに抱きつく。


「……しっかり掴まっていろよ。サラファイア! 」


イアンはアントワーヌを抱えたまま、足下から炎を噴射させ、丸太の壁を飛び越えた。

上から集落の中を見ると、少数の蛮族がいた。

持っている武器はバラバラで、皆門の周辺で固まっている。

イアンとアントワーヌの真下には――


「む? なんだあいつ…」


黒いローブを羽織った者が立っていた。

頭にフードがかかっているため、どんな顔をしているかが分からない。


「恐らく、あいつが蛮族に入れ知恵をした者だろう。蛮族に加担した罪、死を持って償わせてやる」


アントワーヌはイアンに抱えられながら、弓を取り出し、番えた矢を黒いローブの者目掛けて放った。


バッシューン!


しかし、黒いローブの者に当たる前に、何かに弾かれた。

まるで、壁に阻まれたかのような弾かれ方であった。


「なに!? 魔法使いか! 」


「ちっ、すぐに着地する。気をつけろよ」


イアンは足下から出ている炎を消して落下するが、黒いローブの者がイアンに左手を向け――


ドシュウ!


黒い炎の塊を放った。


「これは、闇魔法!? まずい! 」


「なっ!? 」


イアンは、アントワーヌを投げ飛ばし――


「ぐっ! 」


黒い炎の塊に当たり、集落の外へ飛んでいった。


「くっ……」


アントワーヌは集落の中へ着地する。


「ふぅ、いきなり飛んできたからびっくりした。そんで、門からも敵が来てると……」


黒いローブがそう呟いた。

彼の視線の先には、武器を振り回す蛮族達が映っていた。


「これが襲撃ってやつね、知ってる」


黒いローブの男がそう言うと、アントワーヌに体を向ける。


「狼煙が上がったのは、君達に襲撃をさせる合図だったのか、盲点だったなぁ」


「ペラペラとよく喋る。そのうるさい口を二度と開けなくしてやる! 」


「僕に攻撃が効かなかったの見ていなかった? 」


アントワーヌは、黒いローブの男の言葉を無視して、三本の矢を連続で放った。


バッシューン! バッシューン! バッシューン!


またも、矢は見えない何かに弾かれてしまう。


「ありゃりゃ、効かないって言ったのに…」


黒いローブの男は両手のひらを広げて、大げさに振舞う。


「ちっ! ならば、剣で! 」


アントワーヌは右手に剣を持ち、黒いローブの男目掛けて横に振るった。


「おっと」


しかし、黒いローブの男が後ろに跳躍した躱した。


(避けた! 近接攻撃は効くのか!? )


アントワーヌは、振り切った剣を投げ捨て、腰から左右の手で二本の短槍を引き抜く。


「もらった! 」


そして、前に右足を踏み込み、黒いローブの男目掛けて、左右の短槍を同時に突き出した。

しかし、二本の短槍は黒いローブ男の左右の手に掴まれてしまう。


「魔法使いだからって、こういうのが苦手だと思った? 」


「……!? 」


アントワーヌは悪寒を感じ、短槍から手を話して後ろに跳躍する。

すると、黒いローブの男に持たれた二本の短槍が一瞬にして黒い炎に包まれた。

黒い炎が消える頃には、二本の短槍は跡形もなく消え去っていた。


「惜しい! 感がいいなぁ。大抵の奴なら、今ので殺せるのに」


「く…今のは危なかった…」


アントワーヌは後ろに下がりながら、落ちていた剣を拾い上げる。


「うーん、まだやる気があるのかー…僕的には、やることやったから引き上げたいんだけどねぇ……あ、そうだ」


黒いローブの男は、前方に地面に向けて指を差し――


「バン! バン! バン!」


と、三ヶ所に黒い稲妻を放った。

稲妻が地面に当たると、そこに黒色の陣が浮かび上がり、そこから三体の魔物が現れる。

魔物達は、ニメートルを越える身長の人間のような姿であった。

明らかに人間と違うのは、ゴブリンのように醜い顔と肥大化した腹を持つことだ。

肌は褐色でそれぞれ、槍、槌、弓を手にしている。


「ま、魔物だと!? しかし、この武器は……」


「オークって知っている? 屈強な肉体を持つ伝説の魔物だよ。それを蛮族の長の体を使って作ってみたんだ」


「なに!? 蛮族を……人間を魔物にしたのか!? 」


黒いローブの男の言葉に驚愕するアントワーヌ。


「そうだよ。失敗するかと思ったけど、思いのほか上手く出来てね。僕の代わりにこいつらを置いていくよ」


黒いローブの男はそう言うと、空に浮き上がっていく。


「待て! 」


「待たないよ。じゃあ、偽オーク相手よろしく! 」


黒いローブの男は空中で黒い炎に包まれた後、そこに彼の姿はなくなっていた。


「ボフゥ! 」


「フゴォ! 」


「ゴッヘッヘ! 」


三体のオークとなった蛮族がアントワーヌに迫る。


「くっ…気持ち悪い。ユニス達はまだか! 」


アントワーヌが門の方に目を向けると、まだ蛮族達が群がっていた。


「くそっ、一人でやるしかないのか」


アントワーヌは、ユニス達が来るのを諦め、右手に持つ剣を強く握り締めた。




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