百四十八話 一難去ってまた一難
蛮族の襲撃から次の日。
イアン達は執務室に集まっていた。
ユニスが椅子に座り、手にした手紙に目を通している。
「……ふぅ」
ユニスが疲れたように息を吐く。
本拠地から手紙が届き、今それを読み終えたのだった。
「何が書いてあった? 」
壁にもたれ、腕を組むアントワーヌがユニスに訊ねる。
「ああ…本拠点の被害状況と第五拠点設営の計画が書いてある。まず、被害状況について、本拠点の被害は軽いが、負傷者が二名出たそうだ」
「ほう、負傷者が出てしまったか。こちらは出ていないというのに、情けない…」
アントワーヌは手を広げて大げさに振舞う。
「いきなりの奇襲で騎士達が浮き足立ってしまったのだろう。というか、だいたいおまえのせいだぞ、これ…」
そんな彼女を諌めるように、ユニスが言った。
「死者が出なかったから良かったじゃあないか。あと、俺が蛮族を押し付けに行ってなかったら、第二拠点の被害は軽いものじゃ済まされなかっただろうな」
「うっ……た、確かにそうだが…」
「誰かさんは、アンのおかげで勝てた戦だ~とか言ってたっけなぁ」
「ぐっ…! 」
「蛮族を押しつけに行くだけなのに、勘違いして半泣きになった奴もいたなぁ」
「ぐっはあ…! 」
アントワーヌの言葉責めにユニスは耐えていたが、とうとう机に突っ伏してしまった。
「アントワーヌ、その辺にしてやれ」
イアンがようやく止めに入る。
「そうだな、話が進まん。で、お咎めは? 」
「ううっ…書かれていない」
ユニスが顔を上げながら答える。
「なに? 」
アントワーヌが眉をひそめる。
「一切、何も書かれていないのだ。というか、第二拠点の四文字すら書かれていない」
「……あの騎士長のことだから、何かしらの報復が来ると思ったのだがな…」
アントワーヌが再び腕を組み、顔を俯かせる。
「第二拠点の人物の仕業だということを疑っていないのでは? 」
イアンがアントワーヌに声を掛ける。
「そうか? ……まぁ、罰が無いのにこしたことはない。で、第五拠点がどうとか言っていたな」
「ああ、今回の襲撃に対しての対策として、第二拠点の西……山の中腹あたりに、第五拠点を建てる計画を立てたらしい。明日から、工事が始まるそうだ」
「ほう……だが、場所が場所だ。ここよりも小規模なものになるんだろうな」
「恐らくな。本拠点からの伝達は以上だ。さっきも言った通り、第二拠点には何も指示がされていないので…ヘーク、普段通りの行動をするよう騎士達に伝えに言ってくれ」
「はっ! 」
ヘークはユニスに返事をした後、執務室を後にした。
「では、オレ達も……ん? 」
イアンも執務室を出ようとしたが、アントワーヌの腕に目が入り、思わず足を止めてしまった。
「……」
アントワーヌが籠手についている盾の一部を開閉していた。
彼女の癖なのか、ひたすら開閉を繰り返している。
「アントワーヌ、その籠手に付いている盾は……」
「……ん? ああ、これか。盾のこの部分は見ての通り、開くことができてな。だが、何故開くかは分からない」
イアンの声に気づいたアントワーヌが籠手についた盾を説明する。
「開くということは、何か意味があるんだろう? 」
「……いや、意味が分からない。開いた中に、三つの穴があるのだが、これがなんなのかがさっぱりでな」
アントワーヌが盾の開いた部分をイアンに見せる。
そこには、確かに三つの穴が横に並んでいた。
「ふむ……む? これは…」
イアンは何かに気づき、盾に手を伸ばそうとした時――
「……!! 」
アントワーヌがイアンの手を振り払った。
「ん? ああ、なるほど…」
「ギャオ! なにする!? 」
ユニスが察したように呟き、ラノアニクスがアントワーヌを睨みつける。
「……あ…すまん! だが、イアン。いくらおまえでも、これに触れるのはよしてくれ…」
アントワーヌはそう言うと、バツが悪いのか、逃げるように執務室を出て行った。
「なんだあいつ! 」
「やめろ、ラノアニクス。恐らく、今のはオレが悪い」
憤るラノアニクスをイアンが宥める。
「誰が悪いということではないが、奴の籠手には触らんほうがいいだろう……」
「……確か、親の形見だったか? 」
イアンがユニスに訊ねる。
「ああ。あれは、あいつの親の唯一の形見…相当大事にしていて、誰かに触れられるのを極端に嫌う。友である小生でさえ、触ろうとするとボコボコにされる」
「むぅ…さっきの対応は軽いものだったのだな…」
イアンは振り払われた右手を見つめた。
「あいつは、自分の黒い髪も気に入っているが、籠手はそれとは異なったものだと思っている。恐らく、あの籠手はあいつにとって、自分がオルヤールの者だという証であると、小生は思っている」
「……」
イアンは黙って、ユニスの話しを聞いていた。
その後、ユニス率いる第二拠点は何事もなく、普段通りの行いをこなす日々を送る。
周辺の見回りを行い、訓練で己の体と技を磨く。
そんな毎日を数日行った後、本拠点から伝達兵がやってきた。
伝達兵はユニスのいる執務室へ案内される。
「騎士長より伝令! 第二拠点 ユニス防衛隊長はこの手紙の内容に従うこと! 以上! 」
「……」
ユニスは手紙を受け取り、その内容に目を通す。
「なっ……!? わ、分かった。手紙の内容に従うと、騎士長殿に伝えてくれ」
手紙の内容を見たユニスは、動揺しつつ伝令兵にそう言った。
「はっ! 」
ユニスの言葉を受け、伝令兵は執務室を後にした。
「……ヘークよ、アントワーヌとイアンとラノアニクス……この三名をここに呼んでくれ」
「はっ! 」
ヘークも執務室を後にする。
一人になった執務室の中で、ユニスは顔を俯かせていた。
数分後、ヘークがイアン達三名を連れて執務室にやってきた。
「さて、騎士長殿はどんな無茶を俺達に押し付けてきたのかな? 」
手紙の内容を察したアントワーヌがユニスに訊ねる。
「察しがいいな、アン。おまえの言う通りだ」
「なっ……やはり、蛮族を押し付けたことはバレていたのでは? 」
ヘークの額に汗を滲む。
「それもあるかもしれんが、あの騎士長殿は遅かれ早かれ、俺達に何かしらの嫌がらせをしてきただろう」
「否定できんな。それで、手紙の内容……小生達に任された任務は、ツチ族の集落への牽制だ」
ユニスが手紙の内容を口にした。
「ん? それならば、それほど無茶ではないと思うが…」
イアンが顎に手を当てながら言った。
「そうでもない。集落というのは、奴らの本拠地。そこを牽制しろと言うのだ、一筋縄ではいかんだろう」
イアンの発言に対して、アントワーヌが口を開いた。
「ああ。で、我らが牽制を行い、蛮族の注意を引きつけている間に、第三、四拠点の部隊が集落を叩く…という作戦のようだ」
「牽制…というより、囮のようだな。ここ最近、暇だったからちょうどいい……で、いつ出発だ? 」
「明日だ」
「なに? 流石にそれは早すぎるだろう」
ユニスの発言が意外だったのか、アントワーヌは驚いた。
「部隊を出すのだ、準備に時間がかかる」
「いや……それが時間がかからないのだ」
「時間がかからない? 部隊編成や持っていく兵糧の計算等、色々やることがあるだろう」
「……部隊の人数制限がされている」
「……何名だ? 」
「小生含めて、四名だ」
「「「……!? 」」」
アントワーヌ、イアン、ヘークが驚愕した。
「ギャウ? 」
ラノアニクスだけが首を傾げる。
「い、いや、牽制ならばまだ何とかなる。これで集落を攻め落とせと言われたら卒倒するところだ。で、誰を連れて行く? 」
「無論、おまえとイアンとラノアニクスだ」
アントワーヌの問いにユニスが答えた。
「ヘークには小生のいない間、防衛隊長代理を任せたい」
「分かりました」
ヘークはユニスに頭を下げた。
「しかし、何もバカ正直に四名だけで行く必要はないんじゃないか? 」
アントワーヌが冗談交じりでそう言ったが――
「小生達がいない分、本拠点から何名かの騎士が第二拠点に派兵されるそうだ」
「……へぇ、この分じゃあ、第三、四拠点から騎士を借りるのもできなさそうだな」
既に対策を打っているようであった。
「ああ、あの手この手が使えないよう徹底されている」
「ちっ、前も後ろの敵ばっかだな」
「だが、やるしかないのだろう? 」
イアンがユニスに問いかける。
ユニスは頷いた後――
「任務の内容は無茶なものだが、この四人ならばできると小生は思っている」
と、アントワーヌ、イアン、ラノアニクスの顔を見回しながら言った。
「それは言えるな。実際、死ぬ気がしない」
アントワーヌが拳を握り締める。
「ともかく、頑張ろう」
「ラノも! 」
イアンとラノアニクスが戦意があることをユニスに伝える。
「よし、皆の気持ちは一つだな。この任務、誰一人欠けることなく乗り切るぞ! 」
ユニスの発言に、その場にいた全ての者が頷いた。