百四十六話 多勢に無勢
太陽が真上を通過してから、数時間後。
イアンとラノアニクスはソルフーンス山脈に登り始めた。
山には所々に木々が生えており、背の低い草花に覆われている。
「ふむ、思ったより何も無いな。見つけるのも容易いが、こちらも見つかりやすい。ラノアニクス、何かの匂いがしたらすぐに教えろよ」
「分かった」
イアンは先頭を歩くラノアニクスに声を掛けた。
彼女の鼻を頼りに進むイアン。
偵察を行う上で、敵に見つかてはならない。
そのため、相手よりも早く存在を感知する必要があるのだ。
「……」
ラノアニクスに匂いを警戒させつつ、イアンも周りを見回す。
最大限に周囲に警戒しながら、イアン達は山の斜面を上っていく。
「ギャウ? 」
すると、ラノアニクスが何かに気づいた。
「どうした? 」
「人の匂いする。ここら辺にいた」
「この周辺にいる可能性が高いな……」
足を止め、イアンは考える。
匂いがしたということで、このまま進めば蛮族か何かがいる可能性は高い。
しかし、その分自分達が見つかってしまう可能性も高くなってしまう。
「……そこの茂みに隠れて、しばらく様子を見よう」
イアンは側にあった茂みに指を差した。
彼は敵を見つけるより、見つからない方法を選んだ。
茂みに身を隠したイアンとラノアニクス。
匂いがしたからと言って、蛮族か何かが現れることはない。
「……このままだと日が暮れてしまうな」
「ギャウ…」
「かと言って、先に進むと見つかっていまうかもしれん……むぅ」
「グゥ…」
この状況に頭を悩ませるイアン。
(この場に、キキョウがいれば、気配探知でどうとでもなるな……いや、こういう考えは良くない、やめよう…)
頭にキキョウの存在が過ぎったが、今、彼女は修業中である。
彼女が頑張っているというのに、自分が弱音を吐くべきではないと、イアンは思ったのだ。
「……」
イアンは、手のひらを広げる。
手のひらを見つめながら、自分の力で何かできないかと考えていると――
「数分間、ケルーピオンが召喚できた。なら、リュリュ達も時間制限付きで呼び出せるのでは? 」
妖精を召喚することを思いついいた。
「以前より、オレのこの妖精とかを呼び出せる力も上がったはずだ。少し、試してみよう」
「ギャウ? イアン、何をするつもりだ? 」
ブツブツと呟くイアンにラノアニクスが訊ねる。
「ああ、妖精を召喚しようと思う」
「ようせい……なんだそれ? 」
「なんか……ふわふわしてる連中のことだ」
「グゥ…よく分からん」
「…オレもよく分からん。とりあえず、やってみるか…」
イアンは右手を前に突き出し、目を閉じる。
(リュリュ! )
そして、心の中で呼び出す妖精の名を呼んだ。
……デュン♪ デンデンデデンデン♪
(イアン? なにー? )
イアンの頭の中に、軽快な音楽が流れた後、リュリュの声が聞こえた。
(今、来て欲しいのだが、来れるか? )
(いいよー、ちょっと待ってね)
そこから、しばらくリュリュの声が聞こえなくなる。
(ごめん、まだ狭い)
(そうか……む、狭い? どういうことだ? )
リュリュの言葉に疑問を持つイアン。
(うん。イアンの方に繋がる道? みたいなのがすっごい狭いの。あ、でも前よりは大きくなってるよ! イアンの握りこぶし二つ分くらい)
(握りこぶし……だが、前よりも大きくなっているのか。では、リュリュスパークが強化されたりとかは? )
(あるよ。前より、手から雷撃が出てる時間が延びるくらいだけど……)
(ふむ、そうか……む、ならばサラファイアも強化されているのか? )
(たぶん、してるねぇ。炎を噴射する時間も延びたんじゃない? )
(ほう、そうなのか……というか、サラを知っているのか? )
リュリュがサラを知っている様子であったため、イアンは不思議に思った。
(知ってるよ。よく、イアンの中に入って遊んでる! )
(オレの中? よく分からんが会えるのか、おまえ達は…)
(うん! 身体を小さくさせて、イアンの中に行くんだー。あ! たくさん遊び相手が欲しいから、どんどん増やしていってね! )
(うぅ…む、増やすのはともかく、身体を小さくできるのなら、こちらに来れるのではないか? )
(えー? ちっこいリュリュはそんなに強くないよ? )
(今は強さは必要ではない。とりあえず来い)
(むー…わかった。もう一回、リュリュを呼んで)
(分かった……リュリュ! )
バリッ! バリバリバリ!
すると、イアンの突き出した右手から、緑色の電が迸る。
「うおっ!? すごい目立つ! 」
想像していたよりも派手であったため、イアンは少し後悔した。
「ギュゥゥゥ……」
以前、リュリュスパークで痛い思いをしているラノアニクスは、イアンの背中に隠れてしまう。
デュン♪ デンデンデデンデン♪
軽快な音楽がイアンの頭の中ではなく、周囲に鳴り響いた後――
パァン!
イアンの右手が激しく光、そこに小さなリュリュが現れた。
リュリュは背中の羽ではばたき、宙に浮いている。
(来たよ、イアン! )
リュリュは口だとうまく喋れないため、通信で自分の声をイアンに送る。
(……出てくる時はすごい派手なのだな。もう少しなんとかならんか…)
(えー…じゃあ、音楽だけは流させてね)
(むぅ…ところで、あの音楽は――)
(そんなことより、何でリュリュを呼んだの? )
(あ、ああ…また、はぐらかしたな。おまえを呼んだのは、この先の方の様子を見てきて欲しいからだ)
イアンは茂みに身を隠しつつ、指を差して方向を示した。
(近くに敵……人がいないか…だいたいでいいから、数を数えてくれ)
(ああ、それで小さくでも良かったんだね、わかった。でも……あーあ、魔物かなんかに雷撃を浴びさせたかったな~)
リュリュはそういうと、イアンの目の前から空に向かって飛んでいった。
「あいつ、たまに物騒なことを言うんだよな、なんなのだろうか…」
イアンは飛んでいく小さいリュリュを眺めながら呟いた。
「イアン、今のちっこいのが妖精か? 」
イアンの背中から出たラノアニクスが訊ねる。
「そうだ。今は身体を小さくしているが、本当はおまえくらいの大きさだ。あいつが周りを見に行ってくれているから、オレ達はここで待っていよう」
「ギャウ、身体小さくできるのか……不思議だ」
「……空を飛びたいと思って、腕から翼を生やせるおまえも充分不思議なのだが…」
リュリュを不思議に思うラノアニクスに対して、イアンはそう呟いた。
(戻ってきたよ~)
すると、空から小さいリュリュが舞い降りてきた。
(早いな、どうだった?)
(なんかサラちゃん……みたいな肌の色を持った人達が上の方にたくさんいた。百人はいるんじゃない? )
(百人……第二拠点の騎士の数より多いな )
(あと長い棒……槍って言うんだっけ? それを持ってたよ)
(槍……それ以外には? )
(無いよ。槍しか持って無かった)
(そうか……)
イアンはリュリュの言葉を受け、しばらく考える。
(……様子はどうだった? )
(なんか、張り切ってた。うおおおお!! とか叫んでいる人もいたよ)
(まずいな……こちらに攻めてくるかもしれん…)
イアンの額に汗が浮かび上がる。
(リュリュよ、助かった。もういいぞ)
(はーい。イアン、右手を広げて)
(ああ)
イアンが右手を開くと、そこにリュリュが舞い降りる。
(バイバーイ! )
そして、リュリュはそう言うと、緑色の光になって消えていった。
「よし、ラノアニクス、急いで帰るぞ! 」
「ギャオ! 」
イアンとラノアニクスは山を駆け下り、第二拠点へ急いだ。
イアンとラノラニクスが第二拠点についた頃には、日が沈み始めていた。
第二拠点に辿りついたイアンとラノアニクスは、兵舎にある執務室に向かい、ユニス達に偵察してきた内容を話した。
「やはり、奴らは山に潜伏していたか。ユニス、本拠点と第三、第四拠点に応援を要請しろ」
アントワアーヌがユニスに言った。
「ああ、このことを想定して、手紙はもう用意してある。ヘーク、これを伝達兵に渡してくれ」
「はっ! 」
ヘークは手紙を受け取ると、執務室から出て行った。
「しかし、ヤリ族か。こちらに弓兵がいれば、なんとかなるかもしれんが、このままだと数で圧倒されてしまう」
「応援を呼んだから、数の問題はないのではないか? 」
ユニスの呟きに、イアンが問いかけた。
「イアン、まだ数の問題は解決されていない。君の言う通り、蛮族共が張り切っていたとなると、数日のうちに、こちらに攻めてくる可能性が高いだろう。それまでに応援が間に合わないかもしれない」
ユニスがイアンの問いに答えた。
「それまで持ちこたえるしかないのだが、この拠点はそれほど固くない。すぐに突破されてしまうだろう…はぁ……」
ユニスは腕を組み、深く椅子にもたれかかった。
「むぅ…何か対策を考えられないか? 」
「色々考えられるのだが、どれも時間と金がかかるものばかりだ。とりあえず、今は石を拾わせている」
イアンがアントワーヌに訊ねると、彼女はそう答えた。
「石? なぜだ? 」
「相手は蛮族。俺達のように武装はしっかりしていない。こぶし大の石でも、投げれば充分武器になる」
「なるほど、考えたな」
「まったくだ。石を投げるなど、子供の発想だぞ」
ユニスが関心しつつも、呆れた声を出す。
「何を言うか、俺達はまだ子供だぞ? はっははははは! 」
アントワーヌは大声で笑いだした。
その彼女の様子に、イアン達も頬を緩めた。
――次の日。
イアンとラノアニクスはやることがなく、騎士と共に石拾いをしていた。
ユニスとアントワーヌは、執務室にて蛮族の来襲に備えて対策を練っている。
「イアン、ラノアニクス、ユニス隊長がお呼びだ」
昼前にヘークがイアンとラノアニクスの元に現れた。
二人は何事かと思いつつ、ヘークと共に執務室へ向かった。
イアンとラノアニクスが執務室に入ると、そこは重い空気に包まれていた。
ユニスは椅子に座り顔を俯かせ、アントワーヌは険しい表情で腕を組み、壁にもたれかかっていた。
「……どうした? 何かあったのか? 」
イアンが訊ねると、ユニスが顔を上げる。
「……すまん、応援は来ない…」
「……!? 」
ユニスの言葉にイアンは驚愕した。
「第三、第四拠点は遠征部隊を出し、人数不足。本拠点は……応援を出すに値せず、そちらで解決せよ……とのことだ」
「ふん! この状況で騎士を出さんとは、騎士長殿は何を考えているのやら」
ユニスが伝達兵から聞いた内容を口にし、アントワーヌが吐き捨てるように言葉を吐いた。
「ぐっ…それで、どうします? これだけの人数で、百人を相手にするには無理があります。石もだいぶ集まりましたが、これだけではどうにもなりませんよ! 」
ヘークが声を上げて、ユニスに訊ねるが――
「……」
口を開かず、顔を俯かせてしまった。
「う……くっ…」
ヘークも顔を俯かせる。
返事が返ってこないことから、打つ手が無いと判断したのだ。
「……ここから別の拠点に逃げるというのは? 」
重々しい空気の中、イアンが口を開いた。
「ダメだ。戦いもせずに逃げれば、敵前逃亡とみなされる。敵前逃亡は死罪……小生達に逃げ場はない…」
ユニスが俯きながら答えた。
再び、執務室に沈黙が訪れる。
「……あ…」
しかし、アントワーヌが口を開かれたことで、沈黙は破られた。
「人数が多いのならば、減らせばいいじゃあないか」
「……それができれば、苦労はしない…」
ユニスはアントワーヌにそう返した。
「そうだ。苦労はするが、敵の数を減らせるぞ。ヘーク歩兵長、弓と矢筒はどこかな? 」
「兵舎の中にある武器庫にある。しかし、何をするつもりだ? 」
「今から蛮族の数を減らしに行く。イアン、馬で山登りはきつそうか? 」
「いや、そんなことはないと思うが…」
「おい、アン! 人数を減らすというのは、そういうことか! 」
ユニスが立ち上がり、執務室を出ようとするアントワーヌの肩を掴む。
「早まるな! 人数が少なくとも、勝てる見込みが無いというわけではないだろう? それにおまえ一人が犠牲になって、勝利した戦など……」
「ふっ……そう熱くなるなよ。一人でも多く蛮族を減らしに行くだけだ、必ず戻ってくる」
「いや、ダメだ。おまえ……死ぬぞ! 」
ユニスは心から叫んだ。
自分達のために、自らの命を差し出して勝利を導こうとする友人を彼女は止めたかった。
「……ははっ! 大げさな奴だ。蛮族共を減らしに行くだけだ、俺は死なん。それより、戦の準備をしろ。俺が引きつけられなかった蛮族共は、たぶんこっちに来るぞ」
「……どうしても…行くのか? 」
「ああ、勝つためにな。時間が惜しい、行ってくる…」
アントワーヌはユニスの手から逃れるように、執務室を後にした。
「……ユニス」
イアンが立ち尽くすユニスに声を駆ける。
「……友人としては、アンを止めたかった……だが、将として小生はやつを止めることはできなかった……友を犠牲にする小生は…」
俯いた彼女の顔から、雫が落ちる。
そんな彼女を気の毒に思いながら、イアンは――
「……泣いている場合か? 奴は帰ってくると言った。ならば、おまえはあいつを信じ、戦いに備えるしかないだろう。それが友というものではないのか? 」
とユニスを諭した。
「……! ああ…すまない。そうだな…小生はあいつが帰ってくるこの場所を守らなければ……ヘーク! 」
「はっ! 」
「拠点の西側に集めた石を用意し、第二拠点にいる騎士を全員集めろ。この戦、絶対に勝つ! 」
「分かりました! 」
ヘークは勢いよく執務室を飛び出した。
ユニスもヘークに続いて、執務室を後にする。
「……」
「どうした、イアン? 」
窓を見つめたまま動かないイアンに、ラノアニクスが訊ねる。
「……いや、何でもない。オレ達も行こう」
「ギャオ! 」
イアンとラノアニクスも執務室を後にした。
拠点の西側に柵が設置され、騎士達がその後ろに佇んでいた。
彼らの足元には、幾つもの石が積まれている。
その騎士達の前に、馬に乗ったユニスがいた。
騎士達が石を投げ終わった後、ユニスが馬で突撃し、騎士達も蛮族に向かって突撃する。
投石で弱った蛮族を休む暇なく、一網打尽にするというアントワーヌが考えた策であった。
「おまえの考えたこの策で、勝利を掴み取る。さあ、蛮族共…いつでもくるがいい…」
ユニスは蛮族が来るのを今か今かと待ち続ける。
イアンとラノアニクスは、ユニスの側でじっと前方を眺めていた。
「ユニス隊長ーっ! 蛮族共が現れましたーっ! 」
拠点にある物見櫓にいる騎士が声を上げた。
「来たか…数は? 」
「えー……五十…五十です! 」
「なっ…半数だと!? 」
ユニスはその数に驚愕した。
しばらくすると、こちらに向かってくる蛮族の姿が見え――
「た、確かに五十ほどだ」
明らかに百人はおらず、五十人ほどであるのが分かった。
「あいつめ……よくやってくれた。よし、全員石を持て! 」
ユニスの号令で、騎士達が石を手に持つ。
「……」
ユニスは、蛮族達が近づくのを待ち――
「今だ! 投石を開始せよ! 」
蛮族達が投石の有効範囲に入ったところで、投石の合図を出した。