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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
七章 多様の使い手
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百四十五話 拠点

 エンリヒリス領の北東、ソルフーンス山脈の東に領地拡大部隊の第一拠点、通称 本拠点がある。

部隊の最終防衛拠点でもあるため、拠点の周りを高い塀で囲い、他の拠点に比べて守りは高い。

塀の中には砦があり、そこの執務室にて騎士長のワオエアーは、各隊長へ指示を飛ばしていた。

今日もワオエアーは執務室で、騎士長としての仕事をこなす。


「…して、前線の第三、第四拠点の方はどうか? 」


ワオエアーは目の前に立つ騎士に訊ねた。

立ったままに騎士に対して、ワオエアーは椅子に座っている。


「はっ! 第三、第四拠点共に、ここ数日戦闘は行われておりません」


「……前の戦闘からだいぶ経つな。周辺の魔物の掃討は済んだと見ていいか……第三、第四拠点の隊長に遠征をしろと伝達しろ」


「はっ! 」


騎士はワオエアーに返事をすると、執務室を後にした。


「蛮族共が音沙汰なしというのが気になるな……」


本拠点より北には平野が広がっている。

平野には、魔物の他に彼らが蛮族と呼ぶ者達がいる。

複数の部族が存在し、扱う武器の特徴から、ツチ族、ユミ族、ヤリ族と呼称していた。

彼らは平野を進む騎士達に襲いかかったり、拠点を強襲するので、ワオエアー・コフォイユを始めとする領地拡大部隊は、蛮族を魔物同様に殲滅対象として扱っていた。


コン! コン! コン!


ワオエアーが蛮族達の動向を気にしていると、執務室の扉を叩く音が聞こえた。


「なんだ? 」


「第二拠点防衛隊長 ユニス・キリオス。オリアイマッド領より、ただいま戻りました」


ドアを叩いたのは、ユニスであった。


「ユニス隊長か、入れ」


「はっ! 失礼します」


ワオエアーの言葉に従い、ユニスが執務室の中に入る。


「……予定より、到着が遅いな。何かあったのか? 」


ワオエアーが窓の外に目を向けながら、ユニスに訊ねた。

窓の外は、太陽が真上にあるせいか、眩しいほど明るかった。


「申し訳ございません。父の……ロイク様が集めた他大陸の戦士の中に、腕の立つ者を見つけまして、その者を部下に引き入れる準備に時間がかかってしまいました」


「ほう、それは良いことだな。滅多に部下をとらん貴様のことだ。さぞ、優秀な部下なんだろうなぁ」


「はい、素晴らしい者達に出会いました」


「……結構、その者達と共に第二拠点の防衛に尽力するといい。下がれ」


「はっ! 」


ユニスは執務室を後にした。

彼女の背中を見届けた後、ワオエアーは窓の前に立った。

そこからは、広大な平野を眺めることができた。

ふと、下に目を向けると、砦の前に三人の少女が立っているのに気がついた。

しばらく見つめていると、そこに金色の髪の少女が現れ、三人と共に歩いていく。


「はっ! 何を雇ったかと思えば、同じ年頃のガキ共か。やはり、奴も所詮ガキ……仲良しこよしで生き残れるほど、戦場は甘くない…」


ワオエアーは、金色の髪の少女を軽蔑の眼差しで見下ろしていた。

彼は、ただ剣の腕がいいというだけで隊長の任についたユニスが気に入らなかった。



ユニスが騎士長への報告から戻ってきたため、イアン達は塀の門を目指して歩いていた。

左を見れば兵舎、右を見ても兵舎が立ち並び、道行く騎士の数も多かった。


「人が多いな」


そのことが気になり、イアンは呟いた。


「うん、ここ後ろの方のはず、何故多い? 」


ラノアニクスも気になっていたようで、ユニスに問いかけた。


「ああ。戦闘で死傷者が出たり、新しい拠点が出来た時にすぐ現場に騎士を派兵できるよう、ここには多くの騎士が詰めているのだ」


「なるほど、それで人が多いのか」


「ギャウ、納得」


ユニスの答えに納得するイアンとラノアニクス。


「……」


三人が会話をしている間、アントワーヌは腕を組んでじっと黙り込んでいた。


「どうした? 」


彼女の様子を不思議に思ったイアンが訊ねる。


「……ん? いや、騎士長…ワオエアー・コフォイユという男がどういう人物かが気になってな…」


「騎士長? 彼は真面目な方だよ。それに騎士長としての手腕もある。この短期間でここまでの――」


「良いところは大体分かる。悪い点は? 」


アントワーヌがユニスの言葉を遮り、問いかけた。


「……蛮族への掠奪行為を黙認しているところ…と、貴族や名家の出の者を毛嫌いしているところ…か」


ユニスが苦い顔で答えた。


「ほほう、蛮族から何を掠奪するのかが疑問だが……なるほど、俺達とは考え方が違うようだな」


アントワーヌはニヤリと頬を吊り上げた。


「何を笑っている? 相手が蛮族であろうと、掠奪は騎士としてあるまじき行為だぞ! 」


「まあな。だが、それは俺達、生まれ騎士の家系が持つ精神だ。一部の平民や最底辺の連中はどうかな? 」


「なに? 」


ユニスはアントワーヌの言っていることが理解できなかった。

騎士である以上、皆が騎士であることに誇りを持つ。

それがユニスの考えであった。


「確証は無いが、騎士長殿は平民か何かの出身だろう。俺達、生粋の騎士には無い価値観……勝つためには手段を選ばないやり方が、短期間でここまでの領地を拡大できた一つの要因だろう。本当に確証は無いのだがな」


「たとえ騎士長が平民の出であっても、彼は騎士だ! 掠奪を黙認する理由には――むぐっ!? 」


声を張り上げるユニスの口をアントワーヌが塞いだ。


「そう熱くなるなよ。確証は無いし、ただの推測……むしろ冗談話さ、はっはははは! 」


アントワーヌは周りを見回しながら、声を上げて笑い出す。


(ちっ、ここでこんな話をするんじゃなかった。今の話が奴の耳に入れば、俺達の立場がさらに悪くなる)


彼女は笑いながらも、心の中ではそう思っていた。


「……ぷはっ! だが……する必要はないだろう? 」


「ある。現場の騎士達の不満を解消するのに一番効率がいい…らしい」


「不満? 騎士として戦うことになんの不満が? 」


「俺達と価値観が違うと言っている。平民出身の騎士なんてゴロゴロいるだろ? そいつらの不満は、日々の戦いで溜まっていくのだ」


「ああ、そうか……ん? でも、なんで掠奪して不満が解消される? 」


ユニスはいまいち理解できず、首を傾げた。


「……金品とかを奪うんだろ? 」


「いや、蛮族(あいつら)が金に変わるほどの物を持っているのを見たことがない」


「じゃあ……女だ」


「女……女はいたな。で、女を奪ってどうする? 」


「……分からん」


二人は、掠奪をした後、そこから何をするかが想像できなかった。

この辺の知識をまったく知らないのだ。


「こればっかりは男に聞いてみないと……」


アントワーヌはそう呟くと、イアンに視線を移した。

ユニスもイアンに顔を向け、何故かラノアニクスも彼の顔を見る。


「…………それは…」


「「……! 」」


「…? 」


イアンの口が開かれ、期待が高まるアントワーヌとユニス。

ラノアニクスだけがキョトンとしていた。


「……すまん、オレも知らん」


男であるイアンも知らなかった。

彼は、ずっと一人で生活してきたが故に世間知らずである。

冒険者となった今でも、それはあまり変わっていなかった。


「「そっかぁ…はぁ…」」


アントワーヌとユニスは、揃って残念そうにため息をついた。





 その後、イアン達は本拠点を後にし、北にある第二拠点に向かった。

第二拠点は本拠点の次にできた拠点で、更に北へ行くと第三、第四拠点がある。

平野のど真ん中に兵舎が建っており、木材で作られた柵で囲われている。

周辺の魔物は掃討されており、本拠点と同様に戦闘が行われることはない。

ユニスはここの防衛隊長で、この拠点では一番の地位である。

彼女がこの拠点の防衛隊長に任命されたのは、剣術大会で優勝した報酬のようなものであった。

まだ実戦経験がなく、年若いユニスであるが、領地の娘を一般の騎士にするには居心地が悪く、扱いに困った末に、戦闘の無いこの第二拠点の防衛隊長に任命したのだった。


「ユニスだ! 門を開けてくれーっ! 」


門の前でユニスが叫ぶ。

すると、門が開き、中から一人の青年が現れた。


「お疲れ様です。ユニス隊長」


「ヘークか。小生が留守の間、隊の中で何かあったか? 」


「いえ、皆真面目に働いていました」


ヘークと呼ばれた青年が、姿勢正しく返事をする。

すると、彼の視線がイアン達に向けられる。


「ユニス隊長、こちらの方々は? 」


「うむ。小生が連れてきた部下だ。黒い髪は、アントワーヌ。緑の髪がラノアニクス。水色の髪がイアンだ」


「おおっ! そうですか。では、私も名乗らせて頂く。私の名はヘーク。この拠点の歩兵長を任せれている者だ、よろしく」


ヘークは次々とイアン達に手を差し出し、三人と握手を躱した。


「ユニス隊長、帰ってきて早々に申し訳ないのですが、確認してもらいたいことがあります」


握手をし終わった後、にこやかだったヘークの表情が神妙なものへと変化した。


「……む、今じゃないとだめか? これから、アントワーヌ達に中を案内しようと――」


「ユニス、行ってこい。こっちは、自分達で回ることにする」


アントワーヌがユニスに、そう言った。


「……そうか? では、すまないが小生はしばしの間、おまえ達と離れる。行こう、ヘーク」


「はっ! 」


ユニスは馬を引きながらヘークを連れて、兵舎に向かった。


「馬小屋はそっちか…イアン、ラノアニクス、ここで待っていてくれ。馬を置いてくる」


「ああ、分かった」


アントワーヌは馬を引き、ユニス達の後を追った。



 アントワーヌが戻ってきた後、イアン達は拠点の中を見て回った。

しかし、本拠点ほどの広さは無いので、すぐに見て回ることができた。


「終わったな、次はどうする? 」


イアンがアントワーヌに訊ねる。


「特にすることはない。ユニスの所に行くとするか」


アントワーヌは兵舎の方に足を向けた。


「思ったより、騎士の数が少ないなぁ…」


途中、アントワーヌが呟いた。


「数……そんなところを見ていたのか…」


イアンがアントワーヌの呟きに反応する。


「ああ、この拠点にどのくらいの騎士がいるか気になってな。人数は、ざっと三十人ほどだな」


「三十……数で聞くと、途端に少なく感じるな…」


「さらに、馬小屋にいる馬は、俺とユニスが乗ってきた馬も含めて五頭……皆、歩兵か弓兵……いや、全員歩兵の可能性が高い…」


「ギャウ、何が言いたい? 」


いまいち会話についていけないラノアニクスが口を挟む。


「この拠点……かなり軽視されている。攻められたら、簡単に落ちるぞ…」


アントワーヌが険しい顔をする。

すると――


「あっ! 三人共、ちょうどいいところに! 」


兵舎の中から、ヘークが現れた。


「ユニス隊長がお呼びだ。執務室に来てくれ」


ヘークはそう言うと、兵舎の中に戻っていった。

三人は互いに顔を見合わせた後、兵舎の中に足を踏み入れた。



 執務室の中に入ったイアン達が目にしたにのは、険しい表情で椅子に座るユニスの姿であった。

彼女は腕を組み、じっとしている。


「ユニス、来たぞ。何かあったのか? 」


「いや……まだだ」


アントワーヌの問いにユニスが腕を組んだまま答えた。


「ここ最近、蛮族の姿が見えないと思ったら、昨日現れたそうだ」


「へぇ、どこに? 」


「そこだ」


ユニスが指を差した。

その方向には、ソルフーンス山脈がそびえ立つ方向であった。

ユニスが話しを続ける。


「山脈のふもとに蛮族らしき者の影を見たらしい…」


「ほう……つまり、山脈を迂回してきたと? 」


「ああ、北には第三、第四拠点がある。平野から来たとは考えにくい」


「……本拠地に連絡して、騎士の数を増やした方がいい」


「無理だ。不確定な情報では、騎士を動かせない」


アントワーヌの隣に立つヘークが答えた。


「ヘークの言う通りだ。そこで、山脈へ偵察に行きたいのだが……」


「人数が少ないのだろう? ならば、オレが行こう」


ここでイアンが口を開いた。


「ギャオ、ラノも行く! 」


ラノアニクスも声を上げた。


「うむ。オレとラノアニクスで偵察を――」


「待て! 」


突如、ヘークが声を上げた。


「おまえ達、二人でか!? 危険だ! 蛮族と遭遇すれば戦闘になるんだぞ! それにおまえ達はまだ――」


「ヘーク、イアンとラノアニクスはおまえよりも強いぞ」


「なっ!? 」


ユニスのそう言われ、ヘークは言葉を詰まらせた。


「まあ、確かにヘーク殿の言いたいことも分かる。俺もイアン達に同行しよう」


アントワーヌがユニスにそう言うが――


「アンはここに残ってくれ」


「……!? 」


彼女の思い通りにはいかなかった。


「おまえにはここで、万が一の時のための対策を小生と一緒に練ってもらいたい」


「……分かった。少々心配だが、偵察は二人に任せるとしよう」


「うむ。では、イアン、ラノアニクス、小生の部下になって早々危険な任務を任せてすまないが、頼んだぞ」


ユニスは申し訳なさそうな顔でイアンとラノアニクスにそういうが――


「大丈夫だ。危険な目に会うのは慣れている」


「ギャウ、この前も死にかけた。でも、生きてる! 」


二人はまったく気にしていなかった。

そして、平気な様子で執務室を後にする。


「……いや、逆に心配なのだが、大丈夫か? 」


二人を信じて送り出したユニスだが、去り際に言った二人の言葉で不安になった。





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