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精霊斧士 ~流浪の冒険者~  作者: シャイニング武田
七章 多様の使い手
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百四十四話 待ち合わせ

ゾンケット王国 王都セッターより北東にエンリヒリス領があった。

エンリヒリス領の北にはソルフーンス山脈が広がっており、山脈とエンリヒリス領の間に深い谷がある。

この領地は山脈が近いだけあって、高原の多い地域であった。

牛や羊などの動物達を多く飼育しており、畜産ではこの国随一である。

この領地の領主は、トイットマン・ヒオースという男。

現在、領地拡大を進めている領地の代表ということで、屈強な男性をイメージしがちだが、彼は気の弱い男であった。

元々、商人の家の出であるため、戦うことも戦闘の指揮を執ることも出来ない。

その分、商業関係には強く、名産物である畜産物をうまく売り、財政面から領地を豊かにしている。

従って、領地拡大の指揮は部下に任せている。

領地拡大部隊の騎士長に選ばれたのは、ワオエアー・コフォイユという男性の騎士。

彼は、魔物や蛮族との戦いの指揮を執りながら、現在町二つ分の領地を拡大した。

騎士としては申し分はない能力を持っているが、一部の部下達にはよく思われていない。





 イアンとラノアニクスは、魔物討伐があった次の日に馬車に乗って、エンリヒリス領に向かった。

馬車はゆっくり進んでいき、四日掛けて目的の村に来ていた。

そこは、フォイソという名前の村で、領内の北東部にある。

高原にあり、村人の多くは牧畜を行って生計を立てている。

その村には、小さな騎士の詰所があり、外に作られたベンチにイアンとラノアニクスが座っていた。

ちなみに、詰所は無人で騎士が一人もいない。


「……暇だ、イアン……あいつはまだか? 」


ベンチに腰掛けるラノアニクスが、隣のイアンに訊ねる。


「まだ……だな。もうすぐ来るはずなのだが…」


イアンはラノアニクスのそう返した。

ユニスと別れるとき、この村で待つように言われた。

イアンは彼女の言葉に従い、こうして待っているのだが――


「……遅いな。朝には来ると行っていたのだが、もう昼を過ぎてしまったぞ」


約束の時間はとっくに過ぎていた。

待っている以上、そこから離れることはできず、昼食を取ることの出来ないイアン達。

しかし、通りすがった村人がパンと牛乳をくれたため、次の問題は――


「夕方までに来なかったら、夕飯はどうしようか……」


夕食の心配であった。


パカラッ! パカラッ! パカラッ!


その時、遠くの方から馬の足音が聞こえてくる。

音の方向にイアンが顔を向けると、その方向から馬に乗った金色の髪の少女がこちらに向かって来ていた。


「来たか……む? あいつ一人ではなかったか…」


イアンは、その少女がユニスであると認識すると同時に、彼女の後ろにもう一頭の馬が走っていることに気がついた。


「…………なに? あの黒い髪の女は、あの時の役人ではないか? 何故、ここにいるんだ…」


イアンは、ユニスの後ろを走る少女に見覚えがあった。

アントワーヌである。

彼女とはあまりいい思い出がないため、イアンの顔は暗くなる。


「すまない、イアン。準備が予想以上にかかってしまってな……申し訳ないが、前線の拠点に向かうのは明日にしよう」


イアンの目の前で馬を止めたユニスが、馬上から言った。


「ああ、それは構わないが、そいつは……」


「ん? ああ、彼女は――」


イアンの視線が、アントワーヌに向いていることに気づいたユニスが紹介しようとするが――


「俺の名はアントワーヌ・ルーリスティ。君と同じ、ユニスの部下だ」


アントワーヌは自分で名乗った。

何故かイアンとは、初めて会った時のような振る舞いであった。


「うむ、アンは小生の友人でな。彼女もイアン達と同じように小生の部下になった。仲良くしてくれ」


ユニスがそう言うと、アントワーヌが馬から下り、イアンの目の前に立つ。


「よろしく、イアン」


そして、イアンに向けて手を差し出した。


「……ああ、よろしく。こっちのラノアニクスにもよろしくしてくれ」


イアンはアントワーヌの手を握り返し、隣にいるラノアニクスに視線を向ける。


「ああ、イアンと共にいた者だな。よろしく」


「……よろしく」


イアンから手を離したアントワーヌとラノアニクスが握手を交わした。


「ふむ、流石は爬獣人種だな。この手から君の凄まじい力が伝わって来るぞ…」


「ギャウ…もっと力を見せてやろうか? 」


ラノアニクスが手に力を入れようとした瞬間――


「ハハハ! やめておこう、また戦場にて君の力を見させてもらうよ」


アントワーヌはパッと手を離した。


「ギャウ……」


今のラノアニクスの顔は渋い。

いきなりイアンに戦闘を挑んできた彼女をラノアニクスはよく思っていなかった。


「よし、自己紹介も済んだことだ。詰所の仲に入ろう。遅れた分の侘びとして、たくさんの肉を持ってきたぞ! 」


「肉!? ギャーイ!」


ユニスが詰所の敷地内のる馬小屋へ馬を入れ、括りつけていた荷物を持つ。

ラノアニクスはユニスの元へ駆け寄る。


「ラノ、手伝う! 早く、中に入ろう」


「ん? ああ、すまない……ぜ、全部持ってしまったか、すごい力だ。よし、ついてきてくれ」


ユニスはラノアニクスを連れ、詰所の中に入っていった。


「……アントワーヌ…だったか。荷物を運ぶのを手伝おう」


イアンも荷物運びの手伝いをすることにした。


「すまない。俺の荷物は多くてな」


アントワーヌは括りつけていた荷物の一つをイアンに渡す。


「うむ……む、なんだ? この荷物の中は武器が入っているのか? 」


イアンは受け取った荷物が武器であると分かった。

丈夫な布の中から、ジャラジャラと金属がぶつかり合う音が聞こえる。


「ああ…小物の類の武器をそこに詰め込んである。短剣類、鎖鎌、小型のメイス、鞭と……」


「い、色々あるのだな? 全部、おまえが使うのか? 」


「もちろん……だが、場合によるな。だいたい、こいつらで間に合うかもしれん」


アントワーヌは、右手で腰に差した剣を、左手で腰の後ろに下げた短槍を取り出した。


「剣と…短い槍……」


アントワーヌの右手に持つ剣は両刃で、軽く振りやすそうな作りをしていた。

左手に持つ短槍は、細長い円錐上の形をしている。


「……どっちを使うのだ? 」


「フフフッ、両方だ」


イアンの問いに、アントワーヌは微笑みながら答えた。


「今、君が持っている多くの武器から分かると思うが、俺は多くの武器を扱うことができる。状況によって、最も適した武器を選んで戦うことができるのさ」


「……すごいな。だが、多く武器を持っていると、動きが鈍くなったりするのではないか? 」


「その通り、そこが問題なのだ。この最小限の武器を持ち歩くことにしているのだが、それでは万能とは言えないよな。せめて、あと弓を持ちたいと思っているのだが……」


アントワーヌが額に手を当てる。

武器を多く扱えるがゆえの悩みであった。


「うーむ…弓は流石に持てんだろう……ずっと、気になっていたのだが、その腕にはめている籠手はなんだ? 盾がついているが…」


イアンは、アントワーヌの左腕にはめられている籠手に視線を向けた。

黒い籠手に盾がつけられており相当古いのか、盾は錆びたような茶色をしていた。


「これか……これは俺の両親の唯一の形見だ。古くから伝わっている我がオルヤール家の家宝らしい」


「ほう……ん? 今……おまえの姓はルーリスティではなかったか? 」


「……ああ、元はオルヤールという姓だったのだが、両親が死んでしまってな。ルーリスティ家に引き取られて、今はルーリスティの姓を名乗っている」


「そうか……大変だな…」


「いや、そうでもないさ。養子の身分でも、案外好き勝手できるしな」


アントワーヌは平気な顔で、二つに結った髪のひと束を払うような仕草をする。


「……そういえば、珍しい髪の色をしているのだな。それも親から受け継いだものではないのか? 」


「両親は共に黒い髪をしていなかったらしい……いや、何故俺の髪が黒いのかはどうでもいい。イアン、この黒い髪をどう思う? 」


アントワーヌがイアンに訊ねた。

彼女の剣と短槍を持つ手に力が入る。


「綺麗……だな。おまえ以外にも黒い髪も持った奴を知っているが、やはり神秘的…とでも言うのか? 不思議な魅力がある」


「ははっ! 不思議な魅力とは、変な表現をする」


アントワーヌは手に持っていた剣と短槍を元に戻した。


「褒め言葉として受け取っておこう。イアン、おまえとはもっと話しをしたいが、ユニス達が待っている。詰所の中に入るとしよう」


アントワーヌはそう言うと、馬を馬小屋に入れ、詰所の中に入っていった。


「黒い髪について、オレが思うことを言っただけなのだが……まあ、いいか…」


イアンも詰所の中に入っていった。





次の日の朝。

イアンとラノアニクスは詰所の前に立ってると、ユニスとアントワーヌが馬を引いてやってくる。


「もう武装するのか」


イアンが二人の姿を見て呟いた。

ユニスはイアンと出会った時のように、騎士服の上に胸当て等の最小限の鎧を身につけた姿をしていた。

腰にひと振りの剣を下げ、イアンよりも小柄であるものの、気品のある騎士の佇まいも持っていた。

アントワーヌもユニスと同じように、騎士服の上から最小限の鎧を身につけ、剣と短槍と盾の付いた籠手を装備している。



「ん? アントワーヌ、頭にかけているのは、兜のパカパカするところか? 」


イアンがアントワーヌの額の辺りに視線を向けた。


「パカパカ……こいつはバイザーと言うのだ、覚えておけ…」


アントワーヌが苦笑いを浮かべながら答える。

彼女の頭には、兜のバイザーがかけられていた。

バイザーには帯が括りつけられており、その帯によってバイザーを頭に固定していた。


「兜は重くてな。俺は、この部分だけをつけるようにしている。ほれ、こうするとある程度顔を守れるのだ」


アントワーヌがバイザーを下げた。

すると、バイザーが彼女の額から鼻の辺りまでを覆い隠す。


「ほう、考えたな。ユニスは付けないのか? 」


「視界が狭くなるから、小生は付けない。それより、二人に渡したいものがある。受け取ってくれ」


ユニスはそう言うと、イアンとラノアニクスに黒い布を手渡した。


「なんだ、黒い布? 」


「大きい」


イアンとラノアニクスは、黒い布がなんなのか分からず、とりあえず広げてみる。

黒い布には少々の厚みがあり、布にしては頑丈であった。


「それはマントだ。本当は金の刺繍で、何かしらの紋章を入れるはずだったが、金色の糸が少なくてな。小生のしか入れてもらえなかった…」


ユニスはイアンとラノアニクスに背中を向ける。

彼女の着るマントには、金色の刺繍で剣が描かれていた。


「ちなみに俺は君達と同じ黒字のマントだ」


アントワーヌも背中を向ける。

イアンとラノアニクスの持つマントのように、金の刺繍が無いものを着ていた。


「……皆のマントにこの紋章を入れたかった…」


体を正面に戻すと、ユニスが残念そうに呟いた。


「ま、隊長らしくていいじゃないか」


そんな彼女の肩をアントワーヌが優しく叩く。


「ふむ、ではオレ達も着るとするか」


「ギャウ、ラノもヒラヒラつける! 」


イアンとラノアニクスもマントを着ることにした。

マントは彼らの身長に合わせて作られており、地面に垂れることはなかった。


「おお、格好良い…」


「な? 黒にして良かっただろ? 」


イアンとラノアニクスのマントをつけた姿を見て、ユニスとアントワーヌがうんうんと頷く。


「よし! これで準備は整った! これから最前線の拠点に向かう。二人には悪いが、小生かアンの後ろに乗ってもらいたいのだが…」


「……ここは、ユニスの馬にイアンを乗せ、俺の馬にラノアニクスが乗ってもらうことにしよう」


ユニスが考え込んでいるうちに、アントワーヌがそう発言した。


「お、速攻で決まったな。二人はそれでいいか? 」


「オレは構わないが…」


「ギャオ! やだ! こいつと一緒! 」


ユニスの問いにイアンは肯定したが、ラノアニクスが嫌がった。


「むぅ? 嫌われているな。アン、何かしたのか? 」


「はて? 彼女に嫌われるようなことはしていないが…」


アントワーヌが腕を組み考え込むような仕草をする。


(ラノアニクスは、あの時のことをまだ気にしているのだな。というか、アントワーヌの奴、ユニスには言っていないのか? オレとアントワーヌが既に知り合っていたことを)


イアンはアントワーヌの態度を見て、そう思っていた。


「仕方ない。ラノアニクスは小生の馬に乗ってくれ。アン、イアンを頼む」


「分かった」


ユニスはラノアニクスを、アントワーヌはイアンを馬に乗せる。

その後、自分達も馬に乗り、手綱を手に取った。


「予定より少し遅れているので、少々飛ばす。二人共、しっかり掴まっててくれ。では、行くぞ! 」


ユニスとアントワーヌが手綱を引き、馬を走らせた。




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