百四十三話 アントワーヌの思惑
今回、説明ばかりで特に面白いところはないですねぇ。
数百年前、ゾンケット王国建国時、王を支えた八人の英雄がいた。
王都を中心にして八つの領地があるのは、英雄達の数に合わせたものだと言われている。
英雄一人の強さは、騎士千人分と同等とされ、数々の戦果をあげた。
その英雄は皆、剣か槍を用いていたとされている。
しかし、オルヤールという姓を持つ英雄に限ってはそうではない。
オルヤールという者は、あるときは剣を使い、またあるときは槍を使う、そのまたあるときは弓を使う等、使用していた武器が他の英雄達に比べて突出して多かった。
どの武器を使った時でも彼は活躍していたことから、多くの武器に精通した人物とし、人々は彼を武芸八百と呼んだ。
かつて、魔王を倒したとされる勇者の仲間にも、多くの武器を扱う者がおり、彼がその子孫であると囁く者がいるが定かではない。
数百年経った今、時代が流れていく中で、彼らの名はありふれたものとなり、直系の子孫を名乗る者は少ない。
日が昇り始めた頃。
アントワーヌは、エンリセンの町役人の寮を背に歩いていた。
服が入った荷物を背負い、彼女の武器の一つである二本の短槍を腰の後ろに下げている。
腕には亀の甲羅のような形の盾がついた籠手をつけており、彼女にとって一番大事な物であった。
「書置きもした…あとは父上がなんとかしてくれるだろう」
そんな勝手なことを呟きながら、目的の場所を目指す。
「ユニス……色々と遅れを取ることがあったが、ここまでだ」
アントワーヌはそう言うと片手を上げ、拳を強く握り締める。
「俺は町役人などでは終わらん。出世し、やがては領主となり、世に俺の名を知らしめるのだ。アントワーヌ・ルーリスティ……いや、アントワーヌ・オルヤールの名を」
アントワーヌは見上げる空に向けて、そう言った。
――九年程前。
アントワーヌはオルヤールの姓を持つ騎士の家に生まれた。
彼女の両親は共に騎士であり、父は階級は高くないものの部下に慕われ、母は夫を補佐しつつ戦場で活躍する騎士であった。
アントワーヌはその二人に愛されながら育てられる。
しかし、それはほんの一時であった。
アントワーヌが一歳になった頃、彼女の両親はそろって同じ戦場で戦士した。
当時、オリアイマッド領の領地拡大部隊に二人は所属しており、そこで魔物に殺されたという。
両親を失った彼女の引き取り手は、フィリク・ルーリスティ。
アントワーヌの親戚はおらず、彼女の両親の部下で二人を慕っていたフィリクが引き取り手になった。
その時から、アントワーヌはルーリスティ家の人間になった。
フィリクに育てられ、アントワーヌはすくすくと育っていった。
アントワーヌが三歳の時、この頃から武器に興味を持ち始めた。
「ちちうえ、わたしに剣を教えてください」
「ん? うーん…まだ早いと思うが、やってみるか」
フィリクに剣を教わり――
「こ、この歳でここまでできるのか……流石、あの人達の子供だ…」
あっという間に上達し、フィリクを驚かせた。
「ちちうえ」
「ん? また剣を教えて欲しいのか? 」
「いえ、槍を教えてください」
「や、槍? う、うーん…オレは苦手なんだけど……基本くらいなら教えてやれるか…分かった」
フィリクに槍を教わり――
「……こいつ、オレよりうまいのでは……」
フィリクが自信を無くすほど、アントワーヌは上達した。
「ちちうえ」
「……今度はなんだ? 」
「弓を教えてください。狩りをやってみたいのです」
「弓……無理だ。オレは弓はできないんだ……知り合いにうまい奴がいるから、そいつに頼むとしよう…」
弓を扱えないフィリクに代わり、別の者に弓を教わり――
「フィリク殿……」
「どう…だった? 」
「あの子はもう、動く生き物にも矢を当てられるようになりました……流石です」
「……」
フィリクが絶句するほど、アントワーヌは上達した。
このような日々を送り、アントワーヌは五歳にして、剣、槍、弓の三種類の武器を基本以上のレベルまで扱うことができた。
その後も多くの武器を手に取り、彼女の扱える武器の種類はみるみる増えていった。
フィリクはそんな彼女の成長を嬉しくも思い、その反面悲しくもあった。
彼には、アントワーヌを引き取る前から息子がおり、アントワーヌより三つ上の兄になる。
名はパイクといい、彼よりアントワーヌが優れているため、フィリクは複雑な気持ちであった。
しかし、アントワーヌに対して思っていることがあるのはパイク本人であり、彼はアントワーヌのことをよく思っていなかった。
「おい、アントワーヌ。養子のくせにいい気になるなよ! 」
「……ん? 兄上? いたのですか。聞いてませんでした、なんておっしゃいましたか? 」
アントワーヌはこの時、既に兄に対して敬意を持っていなかった。
「ぐぅ、養子のくせにいい気になるなって言ったんだよ! 」
「はい…そうですか…」
アントワーヌはその場を立ち去ろうとする。
「舐めやがって……猿みたいな髪の色しやがっ――ぶっ!? 」
パイクが髪を貶した瞬間、アントワーヌが彼の顔面を殴りつけた。
「髪は関係ない……と前にもおっしゃったはずですが? 」
「ぐぅぅ…このっ……父上ーっ! アントワーヌの奴が僕を殴ったーっ! 」
パイクは泣き喚きながら、フィリクに泣きつきに行った。
アントワーヌは自分の珍しい黒い髪を気に入っていた。
それを悪く言う者は兄のように、容赦はしない。
むしろ、今の対応は極めて軽いものだった。
ちなみに、彼女の両親は二人共栗色の髪である。
彼女の髪が黒いのは、変異して黒くなったか、先祖の中に黒い髪の者がいたかのどちらかが疑われている。
アントワーヌが八歳の時。
彼女は、十代の子供を集めた剣術大会に出ることになった。
十歳未満の子供に参加する資格はないのだが、アントワーヌが主催者側に認められるほど剣術の腕があったため、大会に出場することができた。
実際にアントワーヌの剣術は凄まじく、年上の子供達がまるで相手にならないほどであった。
しかし、彼女の快進撃は準決勝までで終わってしまう。
その時の相手は、ギートゴートという十五歳の少年だった。
少年の腕力は並外れており、アントワーヌが技を駆使して戦うも、結局力負けしてしまい、アントワーヌは敗北。
三位決定戦で勝利を掴みとり、その大会でアントワーヌは三位になった。
そして、大会は決勝戦を向かえ、観客席からアントワーヌは見た。
自分がまったく歯が立たない相手を同い年であるユニスが倒す光景を。
ユニスもアントワーヌと共にこの大会に出場していたのだ。
彼女はアントワーヌのように多くの武器は扱えないものの、剣術に関しては誰よりも秀でていた。
ユニスはギートゴートを倒したことで優勝。
そんな彼女を無表情で見つめるアントワーヌ。
隣に座っていたフィリクが彼女が落ち込んでいると思い――
「惜しかったな。でも、剣術だけじゃなかったら勝てたかもな」
と声を掛けた。
「……くっ…ううっ……」
その言葉を受け、アントワーヌは静かに頬を涙で濡らした。
今の彼女は、その言葉が一番聞きたくない言葉であった。
剣術大会で三位となったアントワーヌに、町役人の仕事をもちかけられた。
アントワーヌは、早く自立をしたかったため、とりあえず町役人になることにした。
しかし、仕事に身が入らず、彼女はサボってばかりの毎日を過ごした。
仕事中に狩りに出かけたり、本屋で立ち読みをしたりし、酷いときには他の町に出かけていたりするほどである。
この時、優勝したユニスは、領土拡大をしている最前線で防衛隊長を任されていた。
彼女と自分を比べて、アントワーヌは卑屈になっていたのだ。
そんなある日――
アントワーヌが町を見回っていると、通りの奥で男達が集まって何かをしているのを見た。
「ちっ、喧嘩か? 面倒くさい…」
アントワーヌはそう吐き捨てると、一応仕事中なので喧嘩の仲裁をしにいくことにした。
しかし――
「ひいいいいいいい…」
男の一人が悲鳴を上げた。
「……? 様子が変だ」
アントワーヌは足を止め、少し様子を伺うことにした。
「…………なっ…!? 」
男達が取り囲んでいた中の人物を見て、アントワーヌは息を詰まらせた。
(な、なんだあの水色の髪の少女は! 話に聞く女神のような美しさ……それでいて、なんて力強い目をしている)
アントワーヌは、男達に絡まれていたイアンに目を奪われた。
(い、いや…この俺が惹かれているのはそこではない……なんだ、この感じは…)
アントワーヌはイアンから得体の知れないものを感じ取り、冷や汗をかいた。
「……は、はは…」
アントワーヌは口から笑みがこぼれる。
(俺は、あいつが欲しい! 何が何でもあいつを手に入れたい! )
彼女はそう思い、行動に移した。
ユニスは今、ピオリットにある実家にいた。
ピオリットはオリアイマッド領の首都で、彼女の父親であるロイクはこの家に住んでいる。
「うーむ…彼らに何を贈ろうか…」
ユニスは二階にある自分の部屋で唸っていた。
彼女は今、自分の部下になってくれたイアン達に何を贈ろうか考えていた。
「小生の部下であることが、一目でわかるような……何か……何かないか…」
部屋の中をグルグルと歩き回りながら、ユニスは考える。
彼女は、イアンに達の贈り物を用意するために実家に帰っていたのだ。
「ユニス様、お客様がお見えですよ」
「わかっ――ん? 使用人じゃないな、誰だ? 入れ」
部屋の外から声が聞こえてきたが、ユニスの知る使用人の声ではなかった。
「失礼します」
「なんだ、フェイゼリアじゃないか」
部屋に入ってきたのは、騎士の姿をした女性であった。
赤く長い髪を持ち、彼女の肌は褐色色で、耳は横に長かった。
フェイゼリアはダークエルフであった。
種族や生まれを気にしないロイクに迎えられ、まだ十代で若いながらも、優秀な部下としてロイクに重宝されている。
「お久しぶりです。任されていた任務がようやく終わりまして、またロイク様の側に仕えさせて頂くことになりました」
「そうなのか。で、客人がいると聞いたが……」
「俺だ、ユニス」
フェイゼリアの影からアントワーヌが顔を出す。
「おおっ! アンじゃないか! 小生がピオリットにいることがよく分かったな」
ユニスはアントワーヌの元に行き、彼女の手を取る。
アントワーヌとユニスは幼い頃からの付き合いであり、ユニスはアントワーヌのことを親友だと思っている。
「ああ、エンリセンにいた父上に聞いてな。今日はおまえに頼みたいことがあってきた」
「……では、私は失礼します」
二人を微笑ましく見ていたフェイゼリアは、部屋の外へ出ていった。
「別にいても良かったのだが、相変わらず律儀なやつだ」
彼女が出て行ったドアを眺めながら、アントワーヌが呟いた。
「まぁ、そこがあいつのいい所なのさ。で、頼みたいこととは? 」
「ああ、俺をおまえの部下にしてくれないか? 」
「な、なに!? 」
ユニスはアントワーヌの発言に驚愕する。
「お、おまえ、剣術大会の後で小生が誘った時に断ったではないか…あと、おまえは町役人をやっていなかったか? 」
「そんな昔のことはいいじゃないか。あと町役人はやめた」
「むぅ…そこまでしてきたか。相変わらずよく分からんやつだな…」
ユニスはアントワーヌを呆れた目で見つめる。
「……あの時にも言ったように、友であるおまえが側にいてくれれば百人力だ。だが、今になって何故小生の部下になろうと思ったのだ? 」
ユニスはアントワーヌに問いかける。
自分の部下になろうと思った理由、それを聞かずにはいられなかった。
アントワーヌはしばし黙り込んだ後――
「俺は……町役人で終わる女にはなりたくない。やはり、騎士として名を上げねばと思ったのだ。そして、おまえの元であれば、それが叶うかも知れない。ユニス…俺をおまえの騎士にしてくれ」
と、ユニスの目をしっかり見つめながら言った。
「お…おおおおお…」
ユニスはアントワーヌの言葉に感涙する。
「ぐ……分かった! しかし、これもあの時言ったように、おまえとはずっと友でありたい。友として小生を支えてくれ! 」
ユニスは溢れる涙を腕で拭い、アントワーヌの手を取った。
「ああ、任せておけ」
アントワーヌは、ユニスの手を握り返す。
(……ここまで感激されるとはな。俺の真意を知った時、こいつはどんな顔をするのだろうか)
ユニスと熱い握手を交わしながら、アントワーヌはそんなことを思っていた。
アントワーヌはイアンを手に入れるために、ユニスの部下に一時的になろうと考えたのだ。
ユニスのもとでイアンの心を掴み、ゆくゆくは自分の部下にするというのが、アントワーヌの考えたシナリオだった。
(長い道のりだが、まず第一歩は踏めた……良しとしよう。で、こいつは何故に実家にいる? )
「おまえが実家にいるなんて珍しい。何をしていた? 」
アントワーヌは、何故ユニスが実家にいるかが気になり、訊ねることにした。
「ああ、実は昨日、小生の部下になった者達がいてな。その者達に何か……小生の部下だと分かるような者を贈りたいと考えていたのだ」
「ほう……贈り物か…」
アントワーヌはニヤリと頬を吊り上げた。
「マント…なんてどうだ? 身に付ける物だから、一目でおまえの部下であるとわかるだろう」
「マントか……アンの好きな装飾だな。いいんじゃないか。 で、色はどうする? 」
「黒にしよう。黒いマントをはためかせながら、戦場を駆ける……最高じゃないか」
「黒か……アンの好きな色だな。いいんじゃな……いや、待て……なんか変だ」
それまで肯定的であったユニスが首を傾げた。
(ちっ、流石に気づくか。ユニスはアホだから気づかんと思ったが……)
アントワーヌは心の中でそう思っていた。
彼女は、ユニスに助言をしつつ、イアンに自分が考えた物を贈ろうとしていた。
「なぁ……金色で何かの剣などの紋章を入れないか? さらに格好良くなると思うのだが」
「……いいじゃないか」
(やはりアホだったか。しかし、金の刺繍か……ダサい…)
アントワーヌはユニスの意見に賛成しつつ、心の中ではそんなことを思っていた。
「よし! さっそく今日中に作らせるとしよう。ちょっと、服屋に行ってくる」
「……俺も行く」
「む? 別に待っていても良かったのだが……まぁいい、共に行こう! 」
ユニスはアントワーヌを連れて、服屋を目指した。
アントワーヌは、ユニス一人ではひどいデザインになってしまうのではと不安になり、彼女についていくことにしたのだ。
3月30日 誤字修正
友として小生を支ええくれ! → 友として小生を支えてくれ!
4月2日 誤字修正
おおっ! アンではじゃないか! → おおっ! アンじゃないか!
4月3日 誤字修正
彼女の黒いのは、変異して黒くなったか、 → 彼女の髪が黒いのは、変異して黒くなったか、